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ワーゲン親子は項垂れつつ帰っていった。途端、わっと歓声が上がる。それでようやく、私の肩の力も抜けた。
「……よかった、上手くいって」
正直、うまく謝らせられるかは半々だった。わーっとしゃべって押しきったようなものだ。
色々と盾にして脅したわけだけど、こんな小娘のお粗末な脅しに屈しないタイプのちゃっかりというか、悪どい商人だったなら、こんなにうまくはいかなかっただろうから。
「全くよかった、じゃないな」
「げ」
人が折角ほっとしているところに。
兄は私の格好を上から下まで見たかと思えば、眉をひそめた。
「……えぇと、お兄さま……」
「お前の兄さまは、こうなるとは聞いてなかったが?」
確かに、孤児院の子の服を着て囮になるという話はしなかった。だって兄にはワーゲン子爵に近づいてもらう役目があったから。
いや、ぶっちゃけて言うと、兄に話すのをすっかり忘れていたのである。
「……あれー……言ってなかった、でしたっけ?」
「……お前は。なんで領地に来ることになったのか、忘れたみたいだなぁ?」
「……」
うぐぐぐ、それを言われると全く反論が出来ない。
皇女の囮として危ない目にあったせいで、両親が心配して領地に来る羽目になったのである。
それが、領地にきてまで囮になってビンタ食らってるわけなので、そりゃ兄も呆れた顔をするだろう。
「もちろん、忘れてなんかいませんけど……」
「忘れていなくてこれなら、なお悪い」
「……」
「お前のいいところは、大人びて賢いところだが、悪いところも同じだな」
「……うぅ」
「いいか、うるさく言うようだが、お前はまだ子どもなんだ。母や父のことも考えて行動しろ」
「……はい」
兄はルルを呼び止めて何かを頼んだ。ルルが駆け足で濡れたタオルを持ってくると、兄は無言でそれを私の頬に当てる。冷たくて気持ちよかった。
痛かったのは一瞬だったけど、あんなお嬢さんのビンタでも、それなりにダメージはあったのかもしれない。
「……お兄さま」
「なんだ」
「……お母さまには、言わないですわよね?」
私としてはたいしたことないけど、母にとっては一大事だ。なにせ、令嬢が顔に攻撃を受けたわけだ。
皇女の件、怪我を負ってないというのに(筋肉痛はあったけど)あれだけ心配されたのだから、今回バレたらどうなるか分からない。
私は切実だった。私の目を見てくれない兄の顔を、無理矢理覗き込む。
「お兄さま、」
「……」
「ね?」
「……」
兄はなにも言わずはぁ、と息をはいた。とりあえずは了承してくれたと思っていいだろう。なんだかんだ私のお願いは聞いてくれる兄なのである。
「……頬はこれで大丈夫だろう。あの細腕だからな、腫れもしないはずだ」
「ありがとうございます、お兄さま」
「にしても、令嬢同士なんだからもう少し穏便にいかなかったものか」
「……言っておきますけど、私だって、いきなり手を出されるとは思っていませんでしたわ!マリー・ワーゲンがなかなかのご令嬢だっただけで!」
「分かった分かった。確かに、なかなかのお嬢さんだ。お前に一発食らわすとは。ロイとかいう少年でもなし得なかった所業だな」
うわ。兄にまでこれを言われるとは。ロイ、どんまい。
と、思っていたらロイが来た。兄の言葉はちゃんと聞こえてたらしく、若干気まずそうだけど、聞かなかったことにするらしく、その件には触れないようだ。
かと思えば、急に私の目の前で両膝をついた。そして、頭を下げる。
「……?!なに?」
「……お嬢さま、」
「お嬢さま?!」
「……約束通り、あのおん……あのお嬢さんに謝ってもらえました。それに、あの様子なら、これからも多分、俺たちが手を出されることは、ないと思う……思います」
「なに、急に。別に今さら敬語じゃなくていいわ。顔も上げて」
そういうと、ロイは大人しく顔を上げた。膝はついたままだったけど。そのまま見上げられるって、なんか複雑。
「……俺の願いは叶った。だからこそ、改めて、俺の過ちの謝罪をさせてほしい」
「え?いらないけど」
「……は?」
「だって、ロイにはとっくに謝ってもらってるもの。必要以上の謝罪はいらないわ」
「い、いらないってったって……」
「でも、そうね」
「……?」
私はロイの腕を引いて立ち上がるよう促した。ロイは若干つんのめりつつも、立ち上がる。
うん。やっぱり跪かれても困るだけだ。所詮は11歳の小娘なので。
「他の言葉なら受け付けるわ。例えば、感謝の言葉とかね!」
「……」
ロイは戸惑った顔のまま固まったかと思えば、苦い顔で、それでも朗らかに笑った。
「本当に、ありがとう。感謝する」
おっと。
ロイの笑顔を見たのは初めてだった。こうしてみると、この子結構顔が整ってるみたい。
「……なんだよ」
私がロイの顔を見たままにやにや笑ってたから気味が悪かったのかもしれない。ロイは笑顔を引っ込めて、顔をひきつらせた。
「ううん。ロイってかっこいい顔してるな、と思って」
「……はあぁっ?」
「今までしかめっ面とかしかしてなかったから分からなかったのね。これからもそうやってもっと笑ったほうがかっこいいと思うわ」
「おま、急に、なに、」
ロイは一気に真っ赤になった。あれ、こういうこと言われ慣れてないのかな。
まぁ、ここはロイより小さい子たちばっかりの孤児院だし、ロイ自身もまだ子どもなわけだから、無理もないか。なんか可愛い。
「えぇ?そんなに照れなくてもいいのに」
「……おまえなぁ、」
「ふふっ」
またにやにや笑っていると、兄がひとつ咳払いをした。あ、兄そっちのけで話してた。
私が口を開く前に、なぜか言いづらそうに兄が言う。
「……あー、リーア。お前はそろそろ着替えてきなさい」
「あっ、そうですよね!」
気がつけば、もうそろそろ日が暮れる時間だった。ここから家までは近くはない。あまり遅くならないほうがいいだろう。
「早く着替えてこなきゃ。じゃあね、ロイ。ルルー!貴方たちの部屋をまた貸してくれる?」
私が駆け寄ると、ルルはにこにこ快く了承してくれた。うーん、可愛い。
なんだかどたばたしちゃったけど、今度来るときは、何人か友だちになってくれたりしないかしら。
別に打算のためにマリーに謝らせたわけじゃないけど、やっぱり少しくらいは期待してもいいんじゃない?と思うわけで。
「……ねぇ、ルル。私、またここに来てもいいかしら」
「……もちろん!」
欠片も嫌そうじゃないルルの返事がすごく嬉しくて、後ろの男二人の会話は、私には全く届かなかったのだった。
「……言っておくが、あいつには全く他意はないぞ」
「……そうみたいですね」
「ものすごく、たちが悪いだろう」
「……そうですね」




