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マリー・ワーゲンの行動はそりゃもう分かりやすかった。

入り口近くで自分の父へ「じゃあ、遊んで来るわ、お父さま!」と言い放って、父が責任者と孤児院内に入って行くと同時にこちらを振り返る。

その顔は、あの猫なで声はどこから?と心底思う悪い顔だった。

私はげっ!と思って引いたのだが、周りが怯えたように震えたので、おかしく映らなかったらしい。危ない。

私は周りに合わせて身をちぢこませた。


「あいかわらずきたないところねぇ」


失礼な。ここはエルディ家が経営する孤児院である。衛生には特に気を配っているので、そんな、心底汚ならしいものを見るような目で見られる筋合いはない。

そう思ったのが、多分顔に出た。

ぱぁん!

気付いたら頬を張られていて、倒れ込まないまでも、くら、と頭が揺れる。


「おねえちゃん!」


私の傍に来ていたルルが私を支えてくれた。騒がないように念をおして合図する。思ったより早くて助かった。

それにしても。


「……」


急にビンタとはやってくれる。

それに、避けられなかったのがなんか不覚で一瞬落ち込んだけど、マリーの「このわたしむかって、そんな顔していいと思ってるの?!」という怒鳴り声で思い止まった。

いや、いきなりビンタかますこのお嬢ちゃんがおかしいのだ。

私は背筋を伸ばして腕を組んだ。そして、冷えた目で睨み付ける。


「へぇ?「このわたし」というのは、誰のこと?」

「なっ!おまえ!」


再び手を伸ばしてくるのをはたいた。マリーは驚いて座り込む。


「じゃあ、反対に聞きましょう。「この私」に向かって、貴方、なにをしたと思ってるの?」

「なっ、なにを……」


その時、バタバタと駆け寄ってきたのは、彼女の父、ワーゲン子爵と私の兄だった。合図でこちらに来るようにしていたのだ。

駆け寄ってくる兄と目が合うと、流石にぎょっとしていた。あ。兄に孤児院の子たちの服着て囮になる話したっけ?しかもビンタくらってるし。

でも、言いたいことをぐっと飲み込んでくれたらしい。何を言うこともなく、兄は口を閉じた。

なんか、ごめん、兄。

私が口を開く前に、動いたのはマリー・ワーゲンだった。


「お父さま!この小汚ないみなしごが生意気にも私を睨み付けたの!しかも、私の手をはらったのよ!こらしめてやって!」


ワーゲン子爵に駆け寄り、甘えたようにすがりつく。お見事!といいたいけど、言ってることが外道過ぎじゃない?お嬢さんよ。


「まぁ!どこのマナーがなってないお嬢さんかと思ったら、ワーゲン子爵の娘さんでしたのね!」


私はわざとらしく大きな声ではきはきと言った。マリーはすぐさま目をむいて「なんですって?!」と、こちらを睨む。


「……ま、マリー」


流石商人といおうか、私の発言と態度で、嫌な予感がしたんだろう。

ワーゲン子爵はマリーをなだめるようだ。でも、今さらそれがなんだというのだ。


「ワーゲン子爵、お久しぶりですね」

「う。お、あ、あなたは……」

「まぁ、お忘れですか?私、リーリア・エルディです」

「ま、まさか、エルディ家のご令嬢……?」


ワーゲン子爵が真っ青な顔で兄を見る。兄はそれを無視して私に駆け寄った


「リーリア、我が妹。これは一体。どういうことだ?」


ワーゲン子爵がさっと青ざめる。

兄には偶然を装って、あらかじめエルディ家の令息としてワーゲン子爵へ商談の話をちらつかせてもらっていた。

これで、ワーゲン子爵はこんな格好でも、私がちゃんとエルディ家の令嬢であると、認識しただろう。


「それが……私、ここで遊んでいましたら、服が汚れてしまって。ここの予備の服をもらって遊んでいましたのよ。そうしたら、このご令嬢が急に私の頬をはたいてきましたの……」

「な、なんだって?!」


ワーゲン子爵が真っ青な顔のまま娘を見る。流石に空気が読めるのか、マリーはばつが悪そうに口をつぐんだ。


「ワーゲン子爵のご令嬢ともあろうかたが、なんてマナーでしょう!まさか、今までも、他の子たちをこんな風にいじめてましたの?」

「う、いや、」


マリーがもごもご言っている間に、私は子どもたちにしか分からないよう合図する。

すると、一人、また一人とすすり泣きを始めた。もちろん、嘘泣きである。


「まぁまぁまぁまぁ!私に親切にしてくれた優しい子たちに、なんて仕打ちを!」

「お待ちください!それはあまりにも……!マリーがそんなことをしたという証拠はありませんでしょう!」

「……まぁ、ワーゲン子爵。子爵には、この私の頬が見えないのでしょうか?」

「っ、」

「マリー嬢は、私が生意気だから、と手をあげましたわ。これこそ、貴方のお嬢さんが「そんなことをしたという証拠」になるとは思いませんこと?それに、マリー嬢には、心当たりがあるようですわ?」


私はこれ以上ワーゲン子爵にもマリーにも口を開かせないよう、まくし立てるように喋る。

もし、私が思うよりワーゲン親子の頭がきれて、万が一にも変な言いがかりをつけられると困るのだ。まあ、今のところそんな心配はなさそうだが。


「……このままだと、ワーゲン子爵の商会から買ったものを見るたび、今回のことを思い出して、色々な方に話をしてしまうかもしれませんわ、お兄さま」

「……そうだな。お兄さまも、つい話してしまうかもしれないな。「ワーゲン子爵は慈善事業にも取り組んでおられて立派だが、その裏では娘が孤児院の子どもたちを苛めているらしいんだ。どうやら、ご令嬢の躾だけは失敗してしまったらしい」なんて風に」


……兄よ、それは全部まるっと言い過ぎじゃ?

流石に色々ばれるでしょ、と思ったけど、ワーゲン親子はそれどころではないらしい。

そりゃそうか。商売なんて信用第一である。そのうえ、躾がなっていないことが広まれば、マリーに縁談が入ってこなくなるかもしれない。慌てるのも無理はないだろう。


「そっ、そんな!どうか、お許しを!まだ分別のつかぬ子どもなのです」

「まぁ。それでは、分別がつかぬなら何をしてもいいととれてしまいますわ、ワーゲン子爵」

「エルディ令嬢!け、決して、そんなことは……!」

「いけないことをしたら叱る。悪いことをしたら謝る。これは当然ですわ。それを知らぬ分別もつかぬ子どもに、謝ることを教えることは親の義務と思いませんこと?」

「そ、その通りで……マリー!謝りなさい!」

「っ!お父さま!!」

「いいから謝りなさい!」

「でも!」

「マリー!!お前はいけないことをしたのだ!謝るのは当然だろう!」


いけしゃあしゃあと言う。これを言ったのがエルディ家の令嬢と令息でなかったら、この父娘は、絶対に謝ろうとはしなかっただろうに。

マリーは渋々、私に頭を下げた。


「……ご、ごめんなさい」

「私はいいわ。それより、貴方がいじめた子たちがいるでしょう?その子たちに謝ってちょうだい」

「……」

「マリー!言うことを聞きなさい」

「ご、ごめんなさい!小さい子をたたいたのも、石を投げたのも、いじわるをいったのも、ごめんなさいぃ!」


……色々してるな、マリー・ワーゲン。

呆れを通り越して、ある意味感心してしまうよ。誉めやしないけど。

孤児院の子たちは、謝られていることより、マリーがギャン泣きし始めたことに目を丸くしてしまった。

私も予想を越えるギャン泣きに一瞬時が止まったけど、まだ仕上げが残っている。


「みんな。マリー嬢は、謝ってくれたけど、どうかしら?」


中にはびっくりしたままの顔の子どももいたけど、私は作戦通り先にすすめる。


「……許してくださるそうですわ。よかったですわね、マリー嬢。皆さん優しくて」


私がにっこり笑うと、なにが怖かったのか、マリーは顔を青ざめて涙をおさめた。いや、今は普通に笑っただけなんだから、そんなに怖がらなくても。


「……今後はこんなことがないように、くれぐれも気をつけなければいけませんわ、マリー嬢。あなたのこれからのためにも」

「……」


そうしてマリーは、非常にゆっくりこくりと一つ頷いた。これでまあ、ひとまずはいいだろう。

マリーが分別のつかない子どもだってのは一理ある。甘やかされて、こういうことをよしとされてきたら、調子にだって乗ってしまうだろう。

やっぱり誉めやしないけど。だからといって人をおとしめるのはアウトなのだ。

さて、とはいえ、謝ってもらうだけでは、この場しのぎである。ほとぼりが冷めて同じことを繰り返されても困るのだ。釘は指しておかねばならない。


「……ワーゲン子爵。マリー嬢は素直に謝れてとても良いご令嬢ですね。奥方さまの教育がとてもよいからでしょう」

「え、ええ……」


ワーゲン子爵が愛想笑いを止めて、怪訝そうに私を見た。やはり商人。嫌な予感は感じるらしい。


「けれど、マナーはまだまだだったようですわ。まぁ、これは奥方さまの問題ではなく、個人の問題なので、マリー嬢がこれからしっかり学んでゆかねばなりませんね」

「……そう、ですね……」

「また、もし、マリー嬢がマナー悪く、ここの子どもたちをいじめるようなら、私もつられて、マナーが悪くなってしまうかもしれませんもの」

「……?」


万が一にもマリーや、その近くにいる子どもたちに聞こえないよう、ワーゲン子爵にだけ届くように、私は声をひそめた。


「……例えば、この間ワーゲン子爵と一緒にいた若い女の方のことを、奥方に言ってしまったりとか?するかも、しれませんでしょう?」


ワーゲン子爵の顔が一気に青ざめた。それに合わせて、私はにんまり笑う。


「でも、二度とマリー嬢のマナーが悪くならない限りは、私も令嬢のマナーを守っておしとやかに口を閉ざすつもりですわ。ですから、今後このようなことがないように、子爵がマリー嬢をしっかり見ていてくださいね」

「う、うぅ」


かまをかけただけのつもりだったけど、顔がひきつっているということは、浮気はばっちりしているようだ。

奥方が恐ろしいらしいのになんてガッツだ、ワーゲン子爵。そして最低最悪だ、ワーゲン子爵。


「……孤児院の子たちの声は、どこからでも、すべて、私に届きますので」

「……」

「どうぞ、お忘れなきように。ワーゲン子爵」






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