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あのあと。
私の号泣がひとしきりおさまるのと「リーリアお姉さまは?!どうしていっしょじゃないんですのっ?!」とセルシア様に泣きわめかれた皇太子とばったり再会するのが同じくらいだった。
皇太子の案内で部屋に入ると、セルシア様に抱きつかれて、私の涙腺がまた緩む。
『セルシア様……っ』
『おねぇさまぁっ!』
『よかった、ごぶじで!』
『それは!私のセリフよぉ……っ!』
『けが、ないですか?』
『それも、私のセリフよ……!』
恐れ多くも抱き締め合って、二人わんわん泣いた。
あとから聞いたところによると、兄二人が後ろでおろおろしてたらしい。全然気づかなかったけど。
あの黒ずくめの男は、カナバ国の刺客だったらしい。
使者が持ってきたという皇女への贈り物は呪物で、それを用いて侵入した刺客に皇女を浚わせ、それを皇太子側の罪にすることで、皇太子側と皇女側を争わせ、内戦勃発を企んだのだそう。
大国であるレーヴァルトの弱体化を狙ったそうだけど、国王は「なめられたものだ」と、すぐさまカナバ国へ報復したという。なにをどうしたのかは分からないけど、風の噂で国王が変わったという話だけ聞いた。報復したという割にはカナバ国の件が面だったニュースになってないところをみると、全ては秘密裏に行われたのだろう。こわ。
さて、簡単に皇女宮への刺客の侵入を許したばかりか異変に気づかなかった近衛兵たちには、処罰こそなかったものの、きつい灸が据えられたらしい。
それに加えて「平和ボケでもしたみたいだな」との厳しいお言葉ののち、地獄の訓練が始まったという。皇太子もまとめて。
いや、誕生日がきてないから多分まだ10歳だし、子どもと呼ばれる歳なんだからそんなに厳しくしなくても、と思ったけど、皇族となればそうもいかないのかもしれない。だから、今日は来てないのか、と納得。
そう、あの襲撃事件から数日後、私はようやく皇宮への招待に応じて、セルシア様とお茶会を楽しんでいた。お互い、あんまり心穏やかな気分ではなかったけど。
「お姉さま……しばらく来れなくなるって、本当なの?」
「……」
私とセルシア様の二人がようやく泣き止んだあのあと、皇太子たちと別れ乗った帰りの馬車で、私はそのまま眠ってしまい、気付いたら朝になっていた。
その翌日は大変で。やっぱり無理が祟ったのか、私としては屈辱なことに、全身筋肉痛のせいで丸一日ベッドから動けなかった。令嬢の身体で全力疾走はやっぱり無謀だったみたい。
そんな中、私の目が覚めるなりやって来た両親は、兄から全てを聞いたらしくものすごく取り乱していて、母に至ってはすでに泣き出していた。
いつも笑顔の母しか見たことがなかったから、私はこの時点で内心大パニックだ。
『お、おかあさま!』
『私の可愛いリーア。アヴェルから話を聞いて、どんなに心臓が止まりそうになったか。もう、こんなことはしないでちょうだい……あなたはまだ、小さい子どもなのよ……?』
『……』
はい、とは答えられなかった。だって、また、あの時あの場所にいたら、私は何回だってああしたと思うから。
『……リーア、』
『お母さま、今回は、私が色々とみじゅくだったから、危険な目にあってしまいました。反省しています』
『……』
『だから!もっと勉強してかしこくなって、強くなるわ!』
『……ん?』
『だから大丈夫。お兄さまだっていますし』
『おい』
素早く入った兄のツッコミは無視する。
『もっともっと大きくなって、今度こそ、見事に危機をのりこえてみせますから!』
『『『……』』』
その時の母を初めとする三者三様の『そういうことじゃない』顔は、今でも私的にはちょっとだけ解せない。
「……まぁそれで、これはだめだと思ったのか、このままここで私を野放しにすれば、また危険にさらされることになるかもしれないと心配したらしい両親の強い要望で、学園に入学出来る13歳になるまで、エルディの領地で過ごすことに……」
エルディの領地は穏やかで平和だ。首都にいるより、危険な目に遭うことはないだろうという判断だった。こればっかりはしょうがない。
セルシア様はため息をついた。
「……私のせいね、ごめんなさい」
「セルシア様!何度も言ってますけど、悪いのはわるだくみした国の人と刺客なんですよ!間違えてはいけません」
「……うん」
「それに、13歳になるまで領地で過ごす令嬢は、まあまあいるみたいだそうです」
「そう……でも……ざんねんだわ。お姉さまと、しばらく会えなくなるなんて」
「私もです……」
せっかく友だちとして、きゃっきゃうふふな会話をする仲になるにはこれからだったっていうのに。でも。
「セルシア様、私、今回ただ走るだけしか出来なくて、とっても悔しかったんです」
しかも数日筋肉痛で満足に動けなかったし。前世ではそこそこ動けるほうだっただけに、悔しいのも倍である。
「お姉さま……」
「だから、領地でもっと体力をつけて、勉強もして、あんな刺客くらい一発でどうにかできるようにしてきます!」
「……え?!それはいいんじゃない?お姉さまだって女の子なんだから!」
「あ、いやいや、別に私が仕留めるとかではなくてですね。もしまた、ああいうことがあっても、ちゃんと危機を乗り越えられるようにしたいなって」
走って助けを呼ぶにしても、あんな風に窮地に追い込まれないよう体力をつけたり、もっといい方法で逃げられるよう、知識を身に付けたりとか、そういうことだ。
流石に令嬢である身の今世で、悪者を直接撃退は出来ないだろうから。
「……なら、僕の役目は、そもそも皇宮でそういうことが起こらないようにすることかな」
「……殿下!」
セルシア様の後ろから、いつものように突然皇太子が現れた。今では、立ち上がっての皇太子への正式な挨拶はしない仲になっていたので、軽く頭を下げる。
親しげに手を振る皇太子は、なんとなくやつれて見えた。地獄の訓練とやらのせいかもしれない。
「お忙しいと伺ったので、今日は来られないのかと思いました。大丈夫ですか?」
「……君が明日で、領地へ行ってしまうと聞いたら、来ないわけにはいかないよ」
「まぁ……ありがとうございます」
皇太子がいつもの席に座ると、セルシア様が立ち上がった。そのまま私の傍へ来たので、思わず立ち上がる。
「セルシア様?」
「お姉さま、お兄さまがいらっしゃったし、私はそろそろ部屋へ戻るわ。今日はミレー夫人が来る日なの」
「そうなんですか?!すみません、そんな日に来てしまって」
「なに言ってるの!私が来てっていったのよ。最後にあいさつ出来ないまま、しばらく会えなくなるほうがいやだもの!」
「セルシア様……」
セルシア様が私に抱きついてきた。私はとっさに抱き止める。
「……お姉さま、また遊びにきてね」
「もちろんです!今度こそ、お部屋にご招待くださいね」
「ふふ。約束ね!」
セルシア様はとびきりの笑顔で言った。刺客から逃げていたあの時、衣装部屋で別れるときの約束を、覚えていてくれたのだ。
「エルディ嬢、」
手を振って庭園を去るセルシア様を、同じく手を振って見送った私がいつまでも立ったままだったからか、皇太子がわざわざ立ち上がって席に座らせてくれた。
エスコートがスマートすぎて、本当に10歳なのかと、感心してしまう。流石王子様だ。
「……エルディ嬢、今回の騒動、改めて礼を言う。ありがとう」
「えっ、いえ!」
皇太子にしっかり頭を下げられて驚きで声が裏返った。だって、この国で三番目に偉い人だ。本当なら、簡単に、頭を下げてはいけない人。
「殿下、私はセルシア様と仲良くさせていただいてます。お助けするのは当然です」
「……普通は、命の危機にさらされて、君みたいに出来ないよ」
「それは……まぁ、私も必死だったので」
結局危ないことになって、兄に助けられた上、領地に行くことになってるんだけども。
「……ねぇ、エルディ嬢」
「は、はい?」
「名前で呼んでもいい?」
「へ?」
このタイミングで?
9歳でも立派な令嬢である。そもそも貴族は敬称で呼び合うものだ。名前で呼び合うのは、親しい間柄でだけ。
だから、名前を呼び合う仲になりたければ、許しを得るのは当然ではあるけども。何故このタイミング?
「どう?」
「……もちろんです、」
「ありがとう、リーリア」
「いえ、」
「……やっと言えた」
皇太子は苦く笑った。そういえば、友だち第一号は皇太子だった。それなのにいつまでも慣れなくて、申し訳なかったな。皇太子は、ずっと仲良くなろうとしてくれてたのに。
「殿下、」
「リーリア」
「え、あ、はい」
「……今度は、僕が助ける」
「え?」
「君がもし、危険な目に遭ったとき、大変な目に遭ったとき。今度は僕が、君を助けるから。必ず君の力になるよ」
いつも。皇太子は優しい笑顔だったから。こんな顔は初めてだった。はりつめたような真剣な眼差しに、どきりとする。
「あ、あの……」
「……妹を助けてくれたお礼にね」
「あ、ああ!そうなんですね!いや、お気遣いはありがたいんですけど、そんな、私が勝手にやったことなので、お礼なんて!」
「だったら、僕も、勝手に君を助けていいんじゃない?」
「……殿下、」
「ふ。君は妹の命の恩人で友人で、僕の友人でもあるんだから。これくらいはさせてもらえないと、僕がセルシアに怒られてしまうよ」
「う、うーん、」
そう言われてしまうと、あんまり遠慮も出来ない。
私が小さく唸ってるのを気にすることなく、皇太子は立ち上がると、私の近くへ来て膝をついた。私は唸るのを止めて立ち上がりかけたけど、皇太子に制されて、座ったまま、恐れ多くも皇太子を見下ろしている。
「触れてもいい?」
「えっ、はい」
なにも考えずに返事をしてしまって後悔した。皇太子が優しい手付きで私の髪をすいて、指で一房掴んだかと思えば、そのまま小さく口付けを落としたからだ。ひっ、と声が出そうで慌ててこらえた。
「……僕は、君を守れるくらいに強くなる」
それはなにかの儀式のようで、簡単に声がかけられなかった。名残惜しそうに髪から手が離れて、いつもの笑顔の皇太子が、そのまま私を見上げる。
「また、皇宮へおいで」
「……」
もしかしたら、皇太子も私が領地に行くのを寂しく思ってくれたりしてるのかもしれない。多分、そういうことだ。私はそう、自分に言い聞かせた。
そうして、少しだけ沸き上がった何かの感情を無視して、私は笑う。
だって私は、皇太子の友だち第一号で、セルシア様の女の子友だち第一号なんだから。もちろん、招待されたら応じるに決まっている。
「はい」
そう返事したときの皇太子の笑顔がいつものときと一瞬違って、なんだか眩しかったのは誰にも内緒だ。




