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「な、……」
なんでここに?と言いかけて口をつぐんだ。
きっと、私が気絶させられ連れ去られてから時間をおかずに皇太子はエルディ家へ到着したのだろう。そんな中、ロイが目を覚まして、私を追いかけようとしてるのを見つけたのであれば、黙って見ているだけのはずがないのだ。そういう人だから。
「……この間と逆だね。リーリア。いい子だからそっちの手と一緒に、僕の手を掴むんだ。出来るよね?」
ふっ、と皇太子が微笑んで優しく言う。
(……っ、ま、眩しい……っ)
顔が良すぎるのも本当に考えものである。うっかり力が抜けて、崖に落ちでもしたらどうしてくれるのか。いや、そんなことは起きないけども。
「……、」
私はおずおずと皇太子の手で掴まれていない手を伸ばす。そのまま両手を掴まれると、ぐ、と身体が持ち上がった。
「え……っ」
(う、わー……)
本当にこの皇太子は、どうしてこんなにイケメンなんだろうか。
皇太子の一息で、私の浮いていた足は無事地面に着地した。どんな腕力なんだ。すごい。
が、私はそのまま踏ん張れずに、へなへなと座り込んでしまう。
「リーリア!」
「だ、だいじょう、ぶ、です……ちょっと、さすがに、あしが……げんかいで……」
ほぼ治っているとはいえ、未だ全速力には耐えられなかったらしい。
単純に体力と気力の問題もあると思うけども。
「……」
「え……っ」
しばらくは動けないかも…なんて考えている私をよそに、皇太子は徐に私を横抱きにして持ち上げた。まぁ、つまりはお姫様抱っこというやつ。
「あ、あの……っ、殿下……っ」
「なに?」
「あの、なに?では、なくてですね……っ、」
「ああ。あの人攫い二人組ならロイドたちが締め上げているところだろうから大丈夫だよ」
「あ、そうでしたか!」
あの二人捕まったのか。
私はほっと息をついた。追われている、と考えるだけでなんとなく気が焦ってしまうので、やっと肩の力が抜けるというものだ。って、違う。
「……っ、ではなく、あの、お、おろしていただきたいのですが……っ」
「……身体の力が抜けているんじゃない?無理をして歩いて、また崖から落ちるなんてことになったら怖いから大人しくここにいてよ」
「あっ、」
まぁ確かに……?再度皇太子に迷惑をかけてしまうくらいならこのままのほうがいいのか?
ちょっと丸め込まれた感は否めないけど、私は大人しくこのまま運ばれることにした。
「……」
「……」
いやでもちょっと待って?この状況って割と気まずくない?
なんといっても、あの告白以来の邂逅である。そのうえ、私はそれに、返事もなにもしていないわけで。
「……」
「……」
「……このまま皇宮に連れて帰ろうかな……」
「ぇ……っ!」
なんか不穏なんですが……!
「……っ、ふ、」
「へ……?」
なにを言えばいいのかも思いつかないまま、それでも気持ちあわあわしながら黙っていると、皇太子が笑っている気配を感じて、思わず目を瞬かせた。だってここで笑われるなんて、思いもしなかったので!
「っ、ごめんごめん。いや、君のこういう反応を見るまで本当に長かったなぁ、と思って……」
なんともしみじみと言うので、改めて私は皇太子のそういうやつをものすごくスルーしてきたんだな、と思った。
まぁでもまさか、散々スルーしてきてすみません、なんて言うわけにもいかず。
やっぱり黙っているしかない私の顔を覗き込むように、ふいに皇太子の顔が近付いた。
「ねぇ、リーリア」
「えっと……、は、い」
整っている顔が、とても心臓に悪い……。
「……君はさ、無意識なのか、そういう空気を遠ざけていたところがあるよね?無理矢理、例えば、これは親愛のようなものだと、自分自身に思い込ませているような……」
「……」
「どうしてか、聞かせてくれる……?」
そういう空気を遠ざける?いや、そんなことはない、はず。だって私はただ、皇太子がそんな風に想ってくれるなんて、思ってもいなかっただけで……。
と、思ったのに、言葉が出てこなかった。多分、図星だったのだ。
「……あの、質問の答えになるかは、分からないですが……」
「うん」
「殿下に、聞きたいことがありまして……」
「うん」
「その前に、私の話を、とりあえずなにか気になることがあっても、ただ、聞いていただきたいのですけど……」
「分かった」
そう言うと、皇太子はおもむろにその辺にあった木の幹に腰かけた。私をお姫様抱っこしたままで。なんで?!
「えっ、いや、えぇっと…?」
「話をちゃんと聞きたいと思って。邪魔が入ると困るしね」
「じゃあ、あの、降ります……っ」
「幹が冷たいからだめ。このままで我慢して?」
いや、我慢するしないという問題ではないんだけども。
「……」
「……」
ちょっとした攻防を繰り広げるも、皇太子はこの体勢を変えるつもりは頑としてないようで。結局は私が根負けしてしまった。
こほん、と咳払いをして気を取り直す。
「昔、私、周りから嫌われていたんです。家族以外ですけど」
「……」
気になることがあってもただ聞いてほしいという言葉通り、皇太子が口を開くことはない。
「……そんなに、嫌われることをしたつもりはなかったんですけど……。お節介ウザいとか、裏で色々と言われてたので、まぁそういうことなんでしょうね。私がよかれと思ってやっていることは、すべて無意味でした。
所詮は独りよがりだったんですね。余計なお世話というやつです」
「でも、私は最初嫌われているなんて、これっぽっちも思っていませんでした。だってみんな優しかったから。
それで……ある日、友だちだった女の子が、ある男の子は私のことが好きだと思う、と教えてくれたんです」
ぴくり、と少しだけ椅子にしている皇太子の身体が動く。が、すぐになんでもないような顔で続きを促してくれた。
「……胸がいっぱいになりました。私を好きでいてくれる人がいたんだ、って。素直に嬉しかったんです。
……その男の子の前で、少しでも可愛くあれるように気を遣って、お願いをなんでも聞いてあげて……」
「そうしたらある日、聞いてしまったんです」
『なぁ、あいつ都合が良いってマジ?』
『マジマジ。なんかちょっと気がある風でいけば、困ったときなんでもしてくれるぜ』
『あーいけないんだ〜。人の親切心に漬け込むとか〜』
『よく言うわ。お節介ウザとか言ってたくせに』
「……」
「……本当に恥ずかしかったです。思い上がりも甚だしいな、って。」
思い出したくもなかった、前世の苦い記憶。
逆に言えば、思い出してしまうくらいに、私という存在にこびりついてしまった記憶。
「それからは他人に対して、絶対期待しないように気をつけてきました。私なんかが好かれるはずがないんだから……って。結婚を考えてた頃だって、そういう場に行けば、好きじゃなくても。ただ妻としてだけなら私を選んでくれる人がいるんじゃないかって、それだけを考えてました……うまく、いかなかったですけど」
私は顔を思い切り伏せた。決して皇太子に私の表情が見えないように。
せっかく想いを伝えてくれた人に対してあんまりだ、と自分でも思うから。
「私は……、どうして殿下が私に好意を向けてくださるのか、ちっとも分かりません」
「……」
「……私なんか、都合のいい女止まりなのに。だって、性格なんてそんな変わらないですよ……?色々なことに巻き込まれて面倒ですし。だから、そんな、好きとかそういう感情を向けられても、どうしていいのか分からない……っ」
「……っ、」
「……?」
「くく……っ」
は……え?
私、なんか笑われてる……?




