再会
クラシカルな音楽が流れる会場には着飾った男に、着飾った女。出会いに浮かれる人達を尻目に、俺は人を探していた。何度も知り合いに声を掛けられては言葉を返し、頃合いを見量い話を切り上げ会場を歩き回っていた。本当はこの場所に来てはいけないのに。
『ごめんね〜。どうしてもってついてきちゃって〜。希乃、ご挨拶しようか?』
探し人に似た声が耳に入る。俺はその声に導かれる様にその方向へ足を向けた。
『佐々木希乃華です。』
鈴を鳴らした様な細く高い声が響いた。その姿に目を瞠った。
他所行きのおめかしをした少女が、母親の足に隠れる様に目の前の女達を見上げている。
『初めまして、佐藤です。わぁ、可愛い。娘さん?』
『初めまして。ママのお友達の飯野です。何歳かな?いやぁ、ママ似だね。姉妹だから当たり前だけど、乃子さんにも似てるんじゃない。』
『初めまして庄子です。今日はとっても素敵ですね。へぇ、名字は佐々木のままかぁ。じゃあ、実家は容子が継いだんだ〜。』
女達は少女の前に目線を合わせる様に屈み込む。少女はオロオロしながら三人の女達を代わる代わる見ている。
探し人がいない事に違和感を覚えたが、
もしかしたら自分を避けこの場を訪れなかったのだと思い当たる。
再び少女を見る。回りの雑音が掻き消えていく。探し人によく似た姿を目で追っていく。
艶のある黒髪に、猫の様な大きい黒目。透けるような白い肌が一層その色合いを引き立てる。
口数が少なく内気そうな様子は益々あの人を彷彿とさせた。
その少女へと足を進めて行く。
目敏く自分に気付いた女達が声を上げた。それぞれが口を開く。
『藍田さん、お久しぶりです。お元気でした?今日この場でお会い出来て嬉しいです。突然サークルを休会されて寂しかったんですよ。』
『すっかり社会人なんですねー。あー、あたしもか。海外の大学に編入されたと伺いました。私も寂しかったです。再会を祝って、是非色々なお話しを聞かせて下さい!』
『うわぁ、ラッキー。藍田さんとこんな近くでお話し出来るなんてー。大人っぽくなって益々素敵ー。』
女達に勧められるがままに、その輪の中に入った。
皆で連れ立ってテーブル席の方に赴き、ハンカチや上着を置いて席を確保する。それから食事や飲み物が置いてあるフロアへ移動した。
料理を前にして少女は目を輝かせた。パンや果物。甘い物の前で立ち止まり、お皿を持ったまま右へ左へと首を動かす。
『希乃、駄目よ。デザートは後。ご飯から食べないと。』
佐々木が少女に諭す様に声掛ける。
『良いじゃないの〜。ねぇ、希乃ちゃん。お姉さんが許すから、好きなのジャンジャン取っちゃいなさい〜。』
飯野が少女の方に首を傾け、手を広げオーバーポーズで語りかける。
『ほんと?好きなのだけ全部取って良いの?』
少女が飯野を見上げ、嬉しそうに笑顔を作る。
『良いのよ、良いのよ〜。あたしも希乃ちゃんの味方だからね。』
佐藤が少女の左横から顔を覗かせガッツポーズを作り、近づけウインクする。
『可愛いね〜、まぁまぁまぁ、今日くらい良いんじゃない。希乃ちゃんはあたし達に任せてさ、子育て頑張ってるんだから、たまには羽を伸ばしなよ〜。』
庄子は佐々木の横に並んで宥めていた。佐々木も仕方がないという様に少女を友人に任せていた。
一通り料理を選んで皆で席につく、待ってましたとばかりに佐々木に話題が集中した。
料理を啄ばみながら話が進む。
『いやぁ、容子が結婚してたとは…。教えて欲しかったな。結婚式はいつ挙げたの?』
庄子がフォークを片手に話し出す。
佐々木は言葉を濁す様に答える。
『式は内々で挙げたの。ちょっと事情があって急を要したから。』
『え、何々。あー、分かったぞ。そういう事でしょ?』
飯野が意味深に授かり婚を匂わせる。
『まぁ、そんな感じ。』
佐々木が苦笑いで答える。
『そっか。お父さんは今日はお家でお留守番かな?』
佐藤が皆の話に混ざりたさそうにしている少女に話を振る。
少女は大きく横に首を振った後答える。
『お父さんね、希乃が小っちゃい時に病気で死んじゃったの。だからお母さんと、おじいちゃんとおばあちゃんと暮らしてるの。』
その場は水を打ったようになる。
沈黙を打ち破り次々と声が上がる。
『そうなの…。苦労してたんだ容子…。
『頑張ってるんだ…。本当に偉いね。』
『凄いよ、なかなか出来ないよ。』
突然の報告に驚きを隠せない。
俺も驚いた。まさか佐々木が幼い子供を女手一つで育てているとは思わなかった。
あの人の近況を聞き出せればと思っていたが、聞き及んだその境遇に同情が芽生えた。少しでも明るい方に空気が流れる様自分の話題を提供する。
『おじさんも君位の年の子がいるんだ。おじさんの子は男の子で3歳なんだけど。君は何歳かな?』
すると少女は真っ直ぐ俺を見つめ、三本の指を立てこちらへ示した。
『そっか、おじさんの子と同じだね。』
被せる様に女達が話し出す。
『え、ご結婚されたんですか?』
『しかも、お子さんもいるの??』
『ええぇ〜、びっくり。』
それから留学した先の話や、親の跡を継ぐ為に関連会社で働いている話、結婚相手や息子についても話をした。
妻帯者である自分に興味を失ったのか、暫くして女達は席を移っていった。
その後どこに行くでもなく、佐々木と俺はその席に留まり過ごした。少女を挟みありきたりな会話をし、その間お互いの知り合いが席を訪れては話し込み離れていくを繰り返した。
20時を過ぎる頃、少女は眠気でうとうとし始める。慣れない場での疲れが出たのだろう。
眠った子を抱き抱え帰宅するであろう佐々木がしのびなく、俺は家まで車で送ることを申し出た。
佐々木は申し訳ない様子ながら誘いを受け入れた。
道中一番聞きたかった話題に触れた。
『乃子さんは元気にしてるかな。あれから一切の接触を許されなかったから…。』
バックミラー越しに佐々木を見た。
『姉は亡くなりました。愛する人も失い悲嘆に暮れながら。』
佐々木は鏡越しに俺の目を見つめ返した。
『どうしてそんな…。どういうこと?』
あんなに元気で優しく、誰かの為に陰ながら働いてた彼女がどうして。
『私.本当は結婚なんてしてないんです。この子は姉の子です。ここまで言えば分かりますか?』
佐々木は目線を下げ、すやすやと眠る少女の頭を撫でた。そして俺の方に顔を上げる。
『あなたに姉の死を知らせるなと父母は言いました。でも私はあなたに伝えたかった。あなたならきっと今日あの場に姿を見せると思ったから。』
乃子さんによく似た瞳が強く俺を見据える。
『ご結婚されてるとは思いませんでした…。まさか希乃と同じ年の子がいるなんて…思いもしませんでした。』
乃子さんによく似た声は俺を責める様だった。
『でも…、それでもあなたに打ち明けます。私達の中では終わっていません。希乃はあなたの事が無ければ両親に囲まれ幸せに暮らしていた筈だから…。』
佐々木の放つ言葉が俺の胸を抉る。俺は道端に車を一時停車した。
『安心して下さい、姉は自死ではありません。病死です。あれから癌に侵され気付いた時には余命宣告を受ける段階でした。』
何故、どうしてとしか考えられない。
『全てあなたに頼ろうとは思いません。職も得ていますから。希乃の為にこれからも頑張るつもりです。』
佐々木はそう告げると、また俯き少女を見つめ、手触りの良さそうな柔らかな髪を手ですく。
『私の両親は既に定年を迎えています。希乃が大きくなるまでに介護が必要になるかもしれません。もしかしたら私が身体を壊し働けなくなる可能性もあります。』
『もし、そうなったらこの子は他に頼れる人はいません。誰にも相談出来ず、自分の望む道へも思う様に進めないかもしれません。そんな未来が訪れてしまったとしたら、その時は力になって頂けますか?』
俺は返す言葉も無く、佐々木の話を静かに聞いていた。
『あなたのことが誰よりも憎い。でもあなた以外に弱音も吐けない。誰にも頼れない。』
声を震わせ話す佐々木に、静かに声を掛けた。
『本当にすまなかった。可能な限り力になる。いつでも頼ってくれ。』
俺は二人を家から少し離れた場所まで送り届けると、降車前に名刺を手渡した。名刺には私用の携帯番号にメールアドレス、自宅とは別の住所を書き添えて。
あの二人だけは守りたい。守れるだろうかこんな非力な自分に。
皆にああは言ったが、俺の結婚生活は破綻していた。結婚相手に罪は無い。寧ろ人柄の良い美しい人だ。子供も僅かしか見ていないが、あの人に似た可愛い子だった。短いやりとりからでも家に馴染もうと懸命に努力をしてくれているのが分かった。
俺と俺の家がいけないのだ。こんな俺の元に嫁いでくれたのに、俺は意気地がなくて歩み寄る事も力になる事も出来ていない。あの美しい人を犠牲にして表面上あの家を成り立たせている。
当たり前だと思っていた古い仕来りや、両親への違和感が成長するにつれ積み重なっていった。外の世界を知れば知る程、あの場は酷く窮屈でいるだけで息が詰まる。
それは夫となり親となっても変わらない。あの家に身を置く覚悟は決まらなかった。両親の声を聞くのも耐え難く、仕事に支障が出そうな状態になった。両親は妻や息子の事や次の子の事で話をしたがっていたが、争いになるだろう事は予想がついたので、仕事を理由に家に寄り付かなかった。今ではあまつさえ別に居を構えている。
成人してるのに俺は両親を恐れ、未だ意見する事も出来ない。まだ権勢を振う両親に下手を打って放逐される事を恐れている。あの人達は合理的だ。言いなりにならない、利用価値が無いと思えば切り捨てるだろう。それを子供の頃から幾度となく見てきた。
それに子供の頃から染み付いた贅沢な暮らし以外を知らない。一人で生きていける自信が無かった。言いなりになっていれば何も困る事は無い。
本当はこんな自分も、今の暮らしも変えていきたかった。あの人とならこの全てを棄てて生きていける気がしていた。彼女といると劣等感も閉塞感も軽く取り払われ、自由な気持ちで笑っていられた。
物質的には不足していても、心が満たされれば大した問題ではないと思えた。
でもあの人は自分を選んでくれる事は無かった。
自分とは大差の無い、ともすれば取り立てて見栄えするものが無い人を選んだ。釈然としない自分はあの人にその人のどんなところが好きになったのか聞いた事がある。
その答えにあの人は
『優しいところ』
『一緒にいて落ち着く。』
そんなありふれた理由を答えた。
どうして自分では駄目だったのだろう。自分にとってあの人は最愛だった。何故同じになれなかったのだろう。あの人はいつも自分といて笑ってくれたいたのに。
今にして思えば、あの人は誰にでも優しかったのだ。特別だと勘違いしていたのは自分だけで、あの人の目に映る自分はただのサークルの後輩だったのだ。
あの人との会話はいつも自分からだった。声を掛けるのも、電話をするのも、約束をするのも、会いに行くのも自分からだった。
それにあの人は優しく答えていただけなのか。付き合おうという誘いにも微笑み、お姉さんみたいなものだからと言って断るばかりだった。
一緒に過ごした日々が懐かしい。自分がした事があの人を追い詰めたのか何があったか知りたい。