第十七話
「何を聞きたいんだ?」
「この……足にあるのは……?」
「これは、液体酸素と液体水素の化学反応に加えてそれを燃焼したりするらしい」
「らしい……?」
「俺が作ったわけじゃないからな、難しいところはよく分かってない」
「誰が……作ったの……?」
「それは……あー」
言っていいものだろうか。未悠さんは、樫原学院長ほど有名でないにしても魔術界では名の知れた魔術師だ。その人が、ひっそりと万事屋をやりながら科学を研究して、装備を作っているなんて知られていいものか。
「まぁ、言いたくないなら……また今度で……良い」
俺が言いあぐねていると、忖度して遠慮してくれた。
「イリスは科学が好きなのか?」
「好き……というより、興味深い。魔術より……難しい」
イリスはどうやら生粋の研究者体質なのだろう。面白いものには目が無い。未悠さんによく似ている。
そして、それは実際に結果に結びついているようだ。このモニターも、今の時代にここまで揃えるのは難しい。
「モニターは映るのか?」
「一応……でも、カメラがないから……リアルタイムの監視とかは……無理」
「カメラなら、うちにいくつかあるぞ。壊れてるかもしれないけど」
「ホント……ぜひ……貸してほしい」
ここまで熱心なのだ。なんとなく、応援したくなる。未悠さんに頼んで一台貸してもらうか。
それからも結構な時間、科学について話した。イリスはやはり賢く、難しい話もすぐに飲み込んでいた。学内序列六位は伊達じゃない。俺も特別詳しいわけではないけれど、未知の技術を知るのは楽しいのだろう。飽きずにずっと話していた。
そろそろ休み時間も終わるとき、ふと一つのことを思い出す。
「そうだ、生徒連続失踪事件について知っているか?」
「もちろん……どうして?」
「いや、ちょうど友人から話を聞いてな。いくつか聞いてもいいか?」
科学について教えた礼として、いくらか事件の話を聞かせてもらった。
連続で生徒が失踪していて、犯行時間、手口も不明。生徒に限定されており、被害者全員が学生寮に住んでいたことから学院内に犯人がいるとみているらしい。痕跡などもなく、被害者は学院の生徒ということ以外共通点はない。
「まだ生死すら分からない……手詰まり……」
「なるほど……ありがとう、俺も気を付けることにするよ」
「あ……あと、クリスに一応……謝罪の意を……」
「あぁ、了解した」
イリスもイリスなりに思うところがあったんだな。これで多少は関係が改善されるといいんだけど。
「そうすると……イリスと会ってることがバレるな……」
「それなら大丈夫……さっきからクリス……和佑のこと尾行してた……きっとここにいること……バレてる」
「それ早く言ってくれよ!」
尾行に気付かなかった俺も間抜けだが、まさか本当に監視されていたっていうのか。事件の容疑者として疑っているのだろう。
特に不都合なことはないが、何とも言えない感覚がある。疑われるって、嫌な気分だな。
「それじゃ……これは約束の美味しい昼ご飯」
そういって手渡されたのは、大きな重箱。
まさか、本当に用意していたとは。
「それじゃ、ありがたくもらっておくよ」
「また……話を聞かせて……ね?」
イリスに別れを告げ、工房の裏にある階段へと向かう。
重箱を片手に上っていくと、すぐに森の景色が見えてくる。学院内の森につながっていたようだ。
周囲を見渡しても、クリスやその他の尾行の気配は見当たらない。
どうやら、一旦は監視の目から逃れられたようだ。
だが、まだ気は抜けない。それに、こちらの事件も探っていく必要も出てきたかもしれないな。
何はともあれ、未悠さんに伝えなければ。
その日は、美味しい弁当をいただけた。
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