第九話
「避けろクリスッ!」
激昂しているクリスを、突き飛ばす。
そのまま体を捻り、出来るだけ姿勢を低くすると、白い靄が体ギリギリを通り過ぎていく。少し触れてしまった頬には、小さな切り傷が。
「まさか見切られるとは、やるわね新入生」
白い靄は、またどこかへ霧散してしまった。
あの魔術は一体何だ、あの靄が斬撃というわけでもない。意思を持って動いている以上、未納自身か、使い魔かと言ったところか?
やはり、ここは未納を抑えつつ、先に正体のわかる加苅を仕留めるのが最善策だ。
「カズスケ!アンタは先にあの七三分けをやりなさい!私がこいつの相手をするわ!」
「気をつけろ、未納は攻撃時の白い靄以外に姿は現さない!」
「だぁー分かってるわよ!」
クリスも同じことを考えていたようだ。まさか、加苅が部長よりも強いなんてことはないだろうし。
クリスと互いに距離を取り、加苅と向かい合う。
「貴方もやるようですね、新入生」
「そりゃどうも」
「それならば、こちらも出し惜しみはなしで行きますか」
加苅が前傾姿勢に変わる。クリスを見習い、こっちも先手必勝だ。
足の加速器を最高速度に設定し、一気に爆発させる。
加速器の青い焔が、クリスの対比のように一閃を描く。
加苅も走り出し、互いの距離が詰まる。
とてつもない速度に耐えられる訓練を受けているが、体にかかるGはとんでもない。
だが、俺はCQB技術を習っている。白兵戦ならこちらのものだ。
「食らえっ!」
相手の拳が顔面に迫る。強化されているため、きっと威力は高いが、動きは素人だ。
拳を放った右腕を掴み、そのまま相手の首と左腕を抑え、右肩を外しに――――
「ふんっ!」
重い拳が顔面に当たる。
一瞬ひるんだが、力を抜かず右肩を外す。そしていったん距離を取る。
「今のは……なんだ」
「くっ……貴方、格闘術を心得てますね」
先ほどの状態なら、左腕は抑えていたから動かないはずだ。
なんだ、今の違和感は。
「ですが、試合はこれから」
治癒魔術で簡易的に肩を治したのか、再び攻めてくる。
動きは明らかに素人だ。喧嘩に慣れているチンピラ程度。だというのに、
「おらっ!」
体を抑えようと、筋を切ろうと、まるで飄々とし、どこからか拳が降ってくる。
それに怖気づき、深く責められず、いまいち重く入らない。
「そんなものですか……一発、決めてやりましょう」
加苅が、大ぶりな回し蹴りの予備動作に入る。隙だらけだ。
回避すれば、攻撃のチャンスが生まれる。
振りかぶった右足が届かない懐に体を潜り込ませ、相手の腹部を狙うッ!
「……剥離せよ」
俺の拳が相手に届く前に、左下腹部に重い一撃。
衝撃は大きく、視界が一瞬白く染まった。
そのまま、5メートルも吹き飛ばされる。
「カズスケッ!」
「あら、他のことに心配している余裕はないわよ」
「――ッ!」
クリスがこちらを心配する。心配するなと合図を出す。向こうも、まだ打開策を見つけ出せずに回避することで一杯だ。
だがまさか、ここまで強いとは。強い、というよりも全く分からない。
未納は、いまだどの系統の魔術か分からない。対処法も見つからない。
さっきの加苅の攻撃だってそうだ。完全に回し蹴りは俺の左側頭部を狙っていた。
だというのに、『その姿勢のまま』下腹部を殴打。
なにか、『見えないもの』と闘っている気分がする。
「全く、これじゃニュースにすらならないですね」
だめもとだ。試せる手は試すしかない。
あまり使いたくはなかったが、負けるわけにもいかない。今わかっていること、相手が魔術師だということ。ならば、魔術師の弱点を突くだけだ。
懐から拳銃を取り出し、迫ってくる加苅に向かって射撃。
未悠さんが説明したように、弾丸に魔嫌石の効果が移り、魔術を全て弾き飛ばす。
「弾丸など効きは――――!」
途中で気付いたのか加苅は避けようとするが、弾丸は確実に左肩を捉えた。
だが、一切の血は流れなかった。代わりに――――
「誰だ……お前」
さきほどまで加苅がいたはずなのに、七三分けの体は溶け去り、そこには全くの別人がいた。
髪はボサボサで背も低い。顔つきも真面目というより不良のものだ。
「クソッ、クリスに使っていた魔術瓦解の拳銃か!」
そう吐き捨てるように言った後、煙を焚かれ姿が見えなくなる。
だが、今の一瞬で謎が解けた。この違和感の正体が。
「まさか、一撃を食らわされるとは思いませんでした」
煙の中からは、先ほどの七三分けの加苅が現れた。
「――加苅、お前の魔術は幻覚魔術だな。それも高度の」
「……ほう?」
加苅の眉が動く。
これ以上、無駄な会話はいらない。
加苅の主な魔術は強化だけだと思っていたが、それだけじゃない。こいつは恐らく、幻覚魔術を身に纏っている。ずっとこの七三分けが加苅だと思っていたが、これは幻覚であり、本体はさっきのチビの方だ。
攻撃時のみ、幻覚と剥離し、本体が隙のある場所を狙って攻撃ということだろう。だから、左肩を抑えていたはずなのに拳が飛んできた。だが、右腕はパンチする為に本体の腕だったから肩を外せた。
常に幻覚を纏い続けるというのは相当高度な魔術だが、仕組みが分かれば簡単なことだ。
「ふん、たとえ理解しようとも、見えなければ防げないだろっ!」
確かに、視覚からは完全に見分けがつかない。だが、本体を他の方法で認識すればいい話だ。
すぐに腕時計型のデバイスを操作し、「赤外線可視化」を選択。あっという間に視界が赤と青のコントラストになる。これも未悠さん開発だ。6種類の視覚変化が可能になる。
「剥離せよ!」
加苅が再び攻勢に移る。また、幻覚は大ぶりな攻撃を繰り出そうとしている。
だが本体は赤く照らされ、しゃがんでみぞおちを狙っているのがしっかりと視認できる。
「これでおしま――――」
「これでおしまいだ」
伸びている腕を引っこぬくと、背の低い本体が剥離され、露わになる。
そして、宙に浮いている体を頭から地面にたたきつけた。相手は脳震盪を起こし、気絶する。
「未納加苅ぺア、加苅戦闘不能!」
もし作品を楽しんでいただけましたら、ブックマーク、評価、感想のほどよろしくお願いします。
モチベがめっちゃあがります。