9.カラフォティスの鍵
レオは太平洋上にいた。
「スタンバイ」
トップの声に応じてヘリの後部ハッチが開き、薄暗い機内に光が差す。
「っ! まぶしっ!」
太陽が近い。
レオには何もかもが初めての体験だった。
× × × ×
二日前。
レオがリビングで ノイズ、スコットとゲームをしているところへ、トップがやってきた。
「やぁ、いいところに揃ってるね。みんな、明後日はいいかな?」
トップはソファに座りながら 持っていたタブレットを起動させ、ブリーフィングが始まった。
音もなく、立体映像が現れる。
「なんですか、これ?」
タブレット上には説明しがたい形状の うっすら黄色っぽい物体が浮かんでいた。
厚みが均一でなく、凸凹している。
立体映像はゆっくり上下左右に回転していたが、その物体の表も裏もわからなかった。
「これ、『カラフォティスの鍵』と呼ばれるものなんだ」
「鍵、ですか?」
レオが驚いて身を乗り出した。
「ふひひ、ドア開ける鍵やないで。変な名前やけど」
ノイズがおかしな声で笑う。
「高濃度エネルギー結晶体や」
トップが微笑んで頷いた。
「ここに映っている『カラフォティスの鍵』は、アメリカの研究所で保管されているものの一つ。
これを世界中から集めるのが俺たちの仕事」
「はぁ」
「一つずつ、大きさも形も違う。小さいのだと小指の爪くらいかな」
スコットの説明にノイズが続く。
「ウチが見た一番デカいのは、握り拳大やったで」
トップは画面を世界地図に切り替えた。
「これを探すために『CHASER(追跡者) 』というチームが世界中を偵察してる。
今回は太平洋沖にあるから、俺たちで取りに行くよ」
ノイズがレオにつけ足した。
「レオの父ちゃん、ラムダは『CHASER』におってな。分析者やったんや」
「アナライザー?」
単語は知っているが聞き慣れない。
「集めたデータから『カラフォティスの鍵』がいつ、どこで発生するか割り出すんや。ラムダ、すごい的中率やったで。分析通り越して預言者て言われとった」
レオはしばし、言われたことを飲み込むのに沈黙した。
父の所属と、その仕事。
「この石のデータを……分析」
ノイズが人差し指を左右に振った。
「石やと思うたらいかん。不安定な化学物質や」
スコットが唸る。
「んん……、そう言われてもピンとこないよなぁ。まぁものすごいエネルギーが凝縮されてるんだと思えばいいよ。
突然現れて短時間で一気に出来る時もあるし、あっても気象条件で形が変わっちゃったり、見つけるのが難しいのよ。んで、探索専門のチームと回収専門のチームに分かれてんの」
トップが微笑んだ。
「『カラフォティスの鍵』は、自然界の物質が結合して出来ると考えられてる。
これまで熱帯でも氷点下でも見つかっているから、研究所では発生時と同じ気象状態を維持して保管してるよ」
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トップ、スコット、ノイズ、レオの四人。
思いもよらぬルートで廃校を出た。
学校の敷地内で四人が乗り込んだ車は、運転席のスコットがリモコンを操作した途端、エレベーターに乗ったかのように地面ごと地下に降りたのだ。
「うおっ、」
レオが驚いて周りを見回していると、車は地下道を走り出した。
スコットが片手で楽しそうにハンドルを握っている。
「この道、作ったのさ。飛行場まで二十分かからないくらい」
舗装された道路はイスゴ専用で、他の車は一台も走っていない。
「車両の重さを感知して、トンネル内に自動でライトが点灯する仕組みになってんの」
レオは感心して呻いた。
(誰もいない高速道路のトンネルを走っているみたい)
車がゆるいスロープを上がって地上に出ると、すでに飛行場の敷地内だった。
レオの実家からそう遠くない公共の飛行場で、国際線のジャンボ機は飛ばないが、国内を行き来する個人所有のセスナやヘリコプターが離着陸する。
レオも小さい頃、父に連れられて ここへ飛行機を見に来たことがあった。
「ここからフライトですか? 成田空港に?」
レオが早足で移動するみんなについていきながら訊くと、ノイズがニヤリと笑った。
「いんや〜、こっから直で太平洋や」
「直接?!」
格納庫で何人ものスタッフがバタバタと働いている。
「やぁ、トップ」
「スコット、今日は自分で操縦だって? 整備は済ませておいたよ」
「ノイズ、ちゃんとトップの言うこと聞けよー」
わいわいと声がかかり、挨拶が交わされる。
(整備士さんたちかな……?)
「チーム『HAULAGE』の皆さんだよ」
トップがレオを振り返る。
「haulage……運搬、ですか」
「そう」
スコットがスタッフと手のひらを合わせ、背中を叩き合ってから、ついでとばかりにレオの背も叩いた。
「『HAULAGE』は人員移動と、輸送、乗り物の整備、操縦を担ってるチームだよ。
今日は俺が操縦するけど、お願いすれば廃校まで車で迎えに来てくれるよ」
「ほんま、ついでに毎朝学校まで送ってくれるとええんやけどなー」
「おい」
格納庫には これまで見たことがない プロペラのないヘリコプターが待機していた。
ローターがなく、大きな尾翼。ヘリに似ているが、ヘリよりも大きい。
「ヘリコプター? 変わった形ですね」
驚くレオに、スコットが荷物を積み込みながら言った。
「いや、ヘリじゃない。イスゴの私的軍用機」
「えっ? あのぅ、 『私的』と『軍用機』って、なんか矛盾してませんか?」
ノイズがヒャハハハ、と笑った。
「せやな! スコット語、おもろ!」
レオがウロウロしている間に、手際良く荷物の搬入が終わり、全員搭乗したのを確認してスコットが操縦桿を握った。
トップはスコットの隣に座り、コックピットにタブレットを設置して立体映像の地図を出した。
インカムをつけて どこかに連絡をとり、スコットが離陸準備をするのに合わせて数々のレバーやボタンを操作して計器を確認している。
一方、ノイズは後部座席で一度も座ることなく、立ち上がったまま機内でウエットスーツを広げ始めた。
「ノイズ、危ないよ」
レオが注意すると、
「平気や、そんなに揺れんようできてる。レオも早う着替えぇや。時間ないでぇ」
カーキ色のつなぎを投げつけてきた。
「レオの分のウエットスーツや。作業時間も短いし、水温も高いさかい、ウエットで ええと思う。
それ、ふつーのと違うて、衝撃から身を守る特殊素材で出来ているんやで」
そして着ていたTシャツと短パンを 下着と一緒に一気に脱いで、素っ裸になって着替え始めた。
「うわわっ、ちょ、ちょっと! ノイズ!」
「なんやねん、早う準備せぇや」
「っ、て、なんでここで脱ぐの?!」
レオは自分の顔が熱くなるのがわかった。女性の裸を間近でみたことは、物心ついてからは、ない。
ノイズは さっさとスポーツタイプの水着を身につけ、まったく動じずにウエットスーツに脚を通しながら言った。
「ウチの裸が、そないに喜ばれるとはなぁ、ひひひッ」
ノイズの身体は、女にしては筋肉質だった。
少年といっても通じそうな肩幅、脂肪が少なく背中の筋肉がくっきりと分かる。引き上がった尻、高い腰に長い脚。
乳房は大きくはないが美しい形をしていて、レオはついまじまじと見つめた。
あっという間に着替えたノイズが、
「ほなら次はレオの番やで。ウチがじっくり観察しとったる」
リストバンドやイヤホンなどを身につけながら、レオにいじわるな笑みを浮かべた。
「ごっ、ごめん」
レオが座席の後部でこそこそ着替えている間に、ヘリは静かに離陸していた。