8.コードネーム
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「レオ?」
目が覚めたのは、すっかり暗くなった頃だった。
「レオ? まだ眠い?」
(……誰?)
朦朧とする意識の中で、重い頭をごろん、と動かして寝返りをうった。
「レオ、起きて」
うん。
んんー。
うっすら目を開けると、目の前に大きな丸い瞳が、レオを至近距離で見つめていた。
「うわわわわわわっ!」
「あー、良かった! 起きた〜」
レオの叫び声とキティの安堵した声が同時に部屋に響いた。
「レオ、髪の毛くしゃくしゃ! あははっ。なかなか起きないから心配しちゃった〜」
キティの声でようやくここがどこなのか思い出す。
(そうだ……、校舎案内の後で眠っちゃったんだ)
起き上がって髪の毛をなでると、キティがレオの口を指差した。
「よだれ」
「あ、」
口の周りを手の甲でぬぐい、バツ悪く笑う。
「夕飯だよ! みんな待ってるよ〜、行こ!」
キティに連れられて廊下に出ると、すでに外は真っ暗になっていた。
(うわー、『夜の学校』だ……怖……)
だが校舎内は明るく、人が住んでいるせいか温かな雰囲気だった。
「レオ、頭、すごいよ」
「ウチの寝起きより派手やな」
「爆発してる」
テーブルにつくと、みんなが口々にレオの寝癖をからかった。
「うふふ、休めたみたいね。こちらにどうぞ」
ジェニーが席に案内してくれる。
テーブルにセットされた何本ものナイフとフォーク。
「えっ、すごい」
前菜を並べながらジェニーが微笑んだ。
「今日はフレンチ。お口に合うといいんだけど」
準備が整うと、みんなは変わったジェスチャーをして
「いただきます」
食事の挨拶をした。
両手を「グッド」の形にして、双方の拳をひねる。たがい違いに親指をくっつけると、まるでマッチを擦るかのように、シュッと擦り合わせた。
「なんですか、今の?」
スコットが もう一度 ゆっくりとやって見せた。
「こうしてサムズアップ(立てた親指)をこすり合わせて、一日の無事を祈ったり、感謝すんの。
昔は違う場面で使ってたジェスチャーらしいけど、昨今は食事前にやることが多いかな」
食事は高級レストランのように次々と皿が入れ替わった。
どれも量が多く、ジェニーが「アミューズ」と呼んだ突き出しからすでに山盛り。
(す、すごい量……)
魚も肉も体育会系運動部の男子学生が食べる大きさだった。
(でっか!)
それを小さなキティが平気で食べている。
「美味しい!」
味は申し分ない。
魚はふわふわ、肉はジューシー、食べたことのない香ばしいソース。
そこらのレストランでは食べられないクオリティと量に、舌鼓をうちながら、
(俺が当番になったら、どうしよう……こんなのとても作れないけど)
レオは密かに気を揉んだ。
「ところで」
そろそろ肉料理を食べ終わろうというころ、和やかにトップが切り出した。
「レオのコードネームを決めなくちゃいけないんだけど、」
話の途中で キティが叫んだ。
「えーーーっ、『レオ』ってコードネームじゃないの!?」
レオは慌てて肉を飲み込んで否定した。
「んっ、本名です」
「知らなかった! じゃあ、なにか決めないとね!」
「決めるって……どうやって?」
スコットが答える。
「周りの人が決めてもいいし、本人の申請でもいいよ」
ノイズが口を挟む。
「コードネームちゅうても、いい加減なもんやで。
トップやランみたいに、正式なコードネームがあるのに、違うニックネームがついてもうてる場合もあるやんな。なんでもええんちゃう?」
ジェニーが食べ終わった分の皿を下げながら、首をかしげた。
「そうね、トップのことをヴァージルと呼ぶ人はごくわずかの決まった人だけだし、ランも本当は 英語で『槍』を意味する『Lance』なんだけど、みんな『ラン』って呼んでるわね」
(あの大男が『槍』かぁ……)
レオは先程の金髪プロレスラーを思い出した。
(あのすごい筋肉なら とてつもなく太くて、重くて、長い槍を、軽々と旋回しそう。ゲームのキャラクターみたい)
似合いすぎて思わず笑みがこぼれる。
古代西洋の銀色の鎧をまとって、大槍で勇ましく戦うランを思う。
「ここで豆知識な。
なんでトップはトップと呼ばれとると思う?」
ふいにノイズがレオを現実に引き戻した。
「え? なんでって……ここのトップの人だからじゃないの?」
レオの回答に、ノイズは眉毛を派手に持ち上げて人差し指を左右に振った。
「ちちちち、ありがちな答えでんな。レオ、常識人やろ」
「え、違うの?」
キティが挙手しながらノイズを呼ぶ。
「はいはいはいっ」
「はい、キティさん、説明したってや」
「トップは『止まらない人』という意味でぇす!」
ジェニーがテーブルを歩き回りながら、デザートのアイスクリームを配膳し、食事は終盤にさしかかっていた。
キティはさっそく唇の端に チョコレートアイスをくっつけ、元気よくストロベリーアイスを頬張っている。
「は? そないな意味やったっけ?」
ノイズが大げさに額に手を当て、スコットがクスクス笑った。
「うん、まぁ間違ってないよ。
トップの呼び名は英語の『独楽』から来てるからね」
意外に思ったレオが尋ねた。
「独楽って、あのくるくる回すおもちゃのコマですか?」
「うん、そう」
「ほらぁ、当たってるじゃーん! あたしすごいでしょ!」
「『止まらない人』が、独楽? ちゃうんちゃう?」
「あってるもーん! あってる!」
スコットはレオに
「こいつら、いっつもこんなんだから流してやって」
と囁いて、アイスを口に運んだ。
トップ本人は、みんなのやりとりをにこにこしながら見ている。
「止まらない人……?」
レオの呟きに、スコットがアイスクリームスプーンをひらひら振った。
「英語の『トップ』って、古代イスゴ言語の派生なのよ。
イスゴ言語の方はもう使われていないけど『眠らず、休まないで働く忠誠心の篤い人』という意味。
トップは基本的には睡眠が必要ない身体でずっと起きて仕事してる。
だから『止まらない人』ってのはあながち間違いじゃないね」
トップはレオにおっとりと微笑んだ。
「いや、年に二回くらいはちゃんと休息をとるよ」
「で、なんか希望あんのかいな? コードネーム。なければウチがつけたるで?」
ノイズが大口を開けてアイスを一気に口に入れ、その隣でレオはアイスを食べる手を止めて宙を見た。
「うーん…、今は特に思いつかない…、
俺、小さい頃からあだ名もなくて、ずっとみんなから『レオ』って呼ばれていたし…」
キティが頷く。
「レオ、って言いやすいもんね!」
「本名だとまずいですか?」
トップはジェニーやスコットに目を配った。
「どうかな?」
「そんなことないわよ、ね?」
「うん、いいんじゃないかな」
そうしてレオのコードネームは『レオ』に決まった。