7.イスゴ言語
「Hello 」
野太い、低い声。
100インチを超えるスクリーンモニターの中で、金髪の男性が椅子にどっかりと座っている。
胸板はプロレスラーのように厚く、肩の筋肉は山のよう。座っているのに大男だと分かる。
(この大男がラン……)
レオはその後ろに視線を奪われた。
大男の巨体に半分身体を隠した、長い黒髪の女性。
顔は大男の半分よりも小さく、少し小首をかしげてはいるものの微動だにせず、まったくの無表情でモニターを見ている。
(こんなきれいな人、見たことない)
レオはその女性の美しさに見惚れた。
落ち着いた大人の女にも見えるが、儚い少女にも見える。
(人形かな?)
思案しながら見つめていると、女が瞬きをした。
(…あ、動いた……人だ。…… いや、もしかしたら誰かが作った映像かもしれない)
つい先ほど見たゲームセンターの立体映像が脳裏に浮かぶ。
金髪のプロレスラーは気持ちの良い滑舌で話し始めた。
レオは自分の意識が 女性から会話に移った途端、
(あれ? なんだっけ、この言葉)
激しいデジャヴに襲われた。
最初の Hello こそ英語だったが、その後に続く会話は日本語でも英語でもなかった。
(どこかで聞いたことがある)
トップやみんなが口々に画面に向かって話している挨拶がなんとなく分かるし、少しなら使える気がする。
(小さい頃、住んでた国? ……思い出せない、どこだろう?)
するとプロレスラーから
「相変わらず賑やかだな、そっちは。新人くん、元気かい?」
話が振られた。
レオはとっさに、その言語で答えた。
「はじめまして、レオです。まださっき着いたばかりです」
みんながレオを見て驚いた。この言語が通じるとは思っていなかった、という顔だった。
しかし、理解できたのは挨拶まで。
その後はさっぱり理解不可能のまま会話は終わった。
通話は主に プロレスラーとトップが話し、時々ノイズたちが合いの手を入れたが、何やら深刻そうな話しぶりで、レオが発言を求められることはなかった。
レオはまた女性に見惚れていたが、女は顔色を変えず、一言も話さなかった。
「いやぁ、レオにはビックリやな! 」
画面がオフになった途端、ノイズが大声で言った。
「まさか言葉が通じるとは思わへんやん。
感心や!」
レオの背中を両手でバシン!と叩いた。
「いや、あの、俺…実は、最初の挨拶しか分からなかった…んだけど…。
どこの言葉ですか?」
感心された手前 言いづらかったが、このまま誤解されては困る。
するとトップが微笑んだ。
「きっとラムダが手ほどきしていたんだね。
あれはイスゴの組織内だけで使われる特殊な言語なんだ」
「ラムダって?」
スコットが眉を上げてレオを見た。
「君の お父さんのコードネームだよ」
レオは、ハッとした。
「そうだ……」
(どこかの国の言語じゃない。
昔、父さんと作った『内緒の言葉』だ)
面白くて、次々とルールを作って一通りの会話ができるようにした。
(文字も少しなら読み書きできるはず。……二人で作った言葉だと思ってたのに、違ったのか!)
「も、もしかして、定期的に文法が変わったりしますか?」
スコットが答えた。
「よくそこまで知ってるね。うん、機密保持のために一定期間で文法を変えたり、単語を新しく作って入れ替えたりしてる」
ジェニーがレオに向き直った。
「私たちはイスゴ内では基本的にイスゴ言語で活動してるわ。スコットは語学の監修者なの。少しずつ習うといいわね」
すでにイスゴ言語で話し始めた。
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「食事当番、ジェニーやな」
ノイズがニンマリした。
「レオ、ラッキーやったなぁ。ええもん食えるで」
(ノイズがイスゴ言語で話していても ちゃんと関西弁に聞こえるのは、どういうわけだ)
校舎案内が済むと解散し、レオは自室に戻った。
「夕飯になったら呼ぶから、休んでいて」
言われて初めて、自分が疲れていることに気づいた。
自室に入る前に靴を廊下に並べ、クリーム色の絨毯をふかふか踏んで歩くと、一歩ごとに開放感と心地よさで、より一層疲労を感じた。
レオは、荷物を開ける気にもなれず、そのままベッドに倒れ込んだ。