3.遺伝子
「こんにちは。レオ君だね」
喪服に身を包んだ黒髪の男性は、レオの手を優しく握った。
整った顔立ちだが軽薄さはなく、落ち着きのある穏やかな物腰。形の良い唇から発されたおっとりと響く声は、レオの警戒を解いた。
「お父上のこと、お悔やみ申し上げます。本当に……突然のことで辛いだろうね。何か困ったことがあったら遠慮なく言って。
俺はヴァージル。ここの管理を任されてる」
そして葬儀に参列できなかったことを詫びた。
スコットと同じくらいの年齢、背格好だが、全然違う印象を受けた。
ヴァージルは不思議な瞳の色をしていた。黒味がかった緑色。艶のあるダークグリーンの眼差しに惹き込まれる。
「あ、…こんにちは」
レオはかろうじてヴァージルの温かい手を握り返した。
(この人が説明してくれるなら、素直に聞けそう)
ノイズが割って入る。
「トップのことヴァージルって呼ぶヤツ、ほとんどおらんやん。トップです、ちゅうた方が早いんちゃうん?
ヴァージルなんてコードネーム、あって無きが如しやで」
キティが代わりに自己紹介した。
「そうだよね!みんな、トップって呼んでるよ」
ヴァージルはただ穏やかに微笑んでいる。
職員室の角に応接スペースがあり、全員そのソファに腰かけた。
「急に こんなところへ連れてこられて驚いただろうね」
トップが膝の上で両手の指先をくっつけながら、ゆったりとした穏やかな口調で話し始めた。
「お父上から、遺伝子の話を聞いたことはある?」
「え? イデンシ、ってあの、身体を形作る遺伝子、ですか?」
トップは微笑んで頷いた。
「今日、レオ君にきてもらったのは、君の持つ遺伝子の力を僕たちに貸してもらいたいからなんだ」
「俺の? 遺伝子の力?」
「お父上は、特殊な遺伝子を持っていて、その力で俺たちと仕事をしていたんだ」
トップはレオの様子を見ながら、言葉を選んで噛み砕くように話してくれた。
「ここにいるみんなは、その遺伝子を持ってる。今、世界中で集めているものがあって、それを手分けして回収する仕事をしているんだ」
回収する仕事と聞いて、レオは宅配業者を思い浮かべた。
(住所をたよりに荷物を回収するってこと?)
宅配業者の制服を着て世界中を飛び回る画像が思い浮かぶ。
(それと遺伝子に何の関係があるんだろ?)
宙を彷徨っていたレオの視線が トップの視線とかち合った。
レオは彼の優しいけれど鋭い眼光を受けて、答えた。
「何も……聞いたことはありません」
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帰り道。
レオは、スコットが運転する車の後部座席に一人、座っていた。
トップは最後まで柔和な表情を崩さなかった。
「レオ君が良ければ、スタッフとしてここで暮らして、共に仕事をしてもらいたい。学業は出来るだけ優先する」
他の人が言ったのなら、初対面で持ち出された そのとんでもない話を即座に断っただろうが、トップの言葉はすっと耳に入った。
暗い車内で思い返す。
「その遺伝子は『イスゴ遺伝子』と呼ばれてる。
同じ人間がいないのと一緒で、その遺伝子にもタイプがたくさんあるんだ。だから、君の遺伝子がどんな力を持つかは、今はわからない。もしかしたら、持ってないかもしれない。
できたら、まずは調べさせてもらいたいんだ」
トップは丁寧に話してくれたが、あまりにも突飛な話だった。
ノイズが
「こんなん、ほんまはジェニーの仕事なんやけどなー」
とぶつぶつ言いながら、白い小さな長方形のプレートを持ってきた。
「一滴でええから、血ィくれん?」
スコットが忠告した。
「嫌なら断っていいよ。俺たちは強制できないから、自分で決めるんだ」
だが、レオは深く考えずに手を差し出した。
「いいですよ」
プレートには小さい針が仕込んであり、人差し指をプレートに押し付けるとチクリ、と針が刺さった。
血がプレートに染み込んでいく。
「わぁ、血が出た!」
キティは あわあわしていたが、痛みはほとんど感じなかった。
血が染み込んだプレートは赤から綺麗な青色に変わり、それからただの白に戻った。
レオは ふと疑問に思って、スコットに尋ねた。
「さっきの採血の結果って、いつわかるんですか? 」
「もうわかってるよ」
スコットは振り返って応じた。
「レオはイスゴ遺伝子を持ってる。
あれ、普通の血液では、青色に変わらないから」