1.レオ
(小さい頃、海外を転々としたな……。楽しかった)
今は葬儀の最中。
棺に寝かされた父。
レオは一冊のアルバムを閉じるような気持ちになった。
(急すぎて、実感がわかない)
その目に涙はなかった。
海外で単身赴任していた父が、事故死したのは三日前。
母が悲しみにくれながら葬儀社を手配した。
驚くほど多くの参列者が来て、レオは誰だか分からない人たちにひたすら頭を下げた。
立派な袈裟をつけた僧侶がやって来て読経を済ませ、戒名もついた。
棺が花でいっぱいになると、進行役がおごそかに言った。
「お棺に蓋をしたら、お顔はこの後 ご覧になれませんので、お別れのご挨拶をお願いいたします」
式は滞りなく済んだ。
しかし。
火葬場へ向かう車に母は同乗していなかった。
「あれ、母さんは?」
すでに車は発進していて、運転席も後部座席も知らない顔。
(別の車かな?)
車は走り続け、レオが助手席で見回すのをやめた頃、
「お父さん、残念だったね」
運転手が眉を寄せて話しかけて来た。
「えっ、あ、はい」
(どうして運転手が話しかけてくるんだろ……)
レオは違和感を覚えた。後部座席の二人もこちらの様子を伺っている。
誰、と訊きたくなって口を開いたが、
(いや……葬儀社の人だよね)
レオは自分でその問いを否定した。
ちらりと見ると、運転手は運転手ではないようだった。なぜそう思ったのかはわからない。
身なりはきちんとしているし、振舞いもおかしくはない。
(なぜだろう……普通の人じゃない気がする)
信号で車が停まったので、棺を振り返るふりをして後部座席に目をやった。
そのうちの一人と目が合う。
(なんだ!?)
バチっと火花が散ったような感覚に襲われて、レオは反射的にギュッと目をつむった。
目が合った一人がぐっと身を乗り出した。
「あんちゃん、気づくの早かったなぁ」
ハスキーな声音。黒いスーツをきっちり着こなしている。
「あー、もう無理や、息が詰まる。こういうカッコ、長時間はしんどいなー」
ハスキー声は、関西地方の方言でまくしたてた。
「あかん、限界。もうええやろ」
ふうーーっ、と大きく息を吐いて、カツラをとると派手に明るいオレンジ色のショートカットが現れた。
続けて黒いネクタイを緩めて首から引っこ抜き、ワイシャツの一番上のボタンをはずす。
「ノイズや、よろしゅう」
差し出された手を、レオは困惑しながら握った。
(ノイズ? 騒音? なに、……名前なの?)
「ごめんなさいね、お父様が亡くなられたばかりなのに。
私はジェニー」
「じ、じぇにー?」
「これから会ってもらいたい人がいるから、そこで説明するわね」
運転席の男がレオに向き直った。
「俺はスコット。今からちょっと学校に行くから時間くれるかな。ごめんね、こんな時に」
「学校?」
(今から? 俺の高校に? なんで?)
レオは、同乗者たちが学校のなんなのか頭を巡らせた。
「あんちゃん、高校生やろ? 学校どこなん?」
ノイズがさらに身を乗り出して話しかけてきた。レオに興味津々なのが表情から見てとれた。
レオが答えると、ふーん、と考えながらのけぞって腕組みをした。
「ちょい遠なるけど、通えへんことはないな」
(遠くなる?)
車は都内の大きな道を外れ、住宅街の路地を何度も曲がった。
(ここ、どこ?)
車にはナビがない。
「俺たち、君のお父さんと同じ仕事してるんだ」
スコットが言う。
(仕事って……商社? そんな風に見えない。だって、ノイズって子、俺と年が違わないし)
車は住宅街を抜け、人気のない田舎道に入った。
木々が乱立する舗装されていない道をガタガタと走ると、その先に学校が見えてきた。
(俺の高校じゃない)
コンクリート建築だが かなり古く、校庭を囲むフェンスには蔦が生えている。一目で廃校とわかる風情だった。
車は開いたままの校門から入り、あちこちから雑草が顔を出している割れたアスファルトを踏みしめながら、校舎の手前で止まった。
「着いたよ、おつかれ」
スコットが車を降りたので、レオも自分でドアを開けて外へ出た。
緑の匂いがする空気。
まだ残暑厳しい季節なのに、涼しげな風が吹いていた。