サクラ
多分だれにでも読めるとは思いますが、少々ホラー風味な作品です。
父の転勤が決まったのは九月に入ってすぐのことだった。転勤先は今まで住んでいた都会とは違うかなりの辺鄙な田舎町。町は森に囲まれていてバスは二時間に一本の割合しかないし、携帯だってほとんど通じない。
引越しをしてきた日の晩、奇妙な視線を感じ目が覚めた。頭上の目覚まし時計を見ると2時をさしている。僕は舌打ちをし、布団を頭からかぶった。しかし奇妙な視線はまだ続いている。この部屋には僕一人しかいない。それなのに誰の視線だというのだろうか。僕はシーツを強く握り締めていた。耳がひろう音は最小限に少なく、カチ、カチという時を刻む音が響いていた。
「バンッ」
「…!」
突然窓が開く音がした。その後冷たい風がビューと入ってくる。
思いがけない出来事に心臓は階段から転げ落ちた時みたいに早く動いた。こんなに驚いたのは何年ぶりだろう。頭の片隅でそんな事を考えながらゆっくりと布団から顔を出した。閉まっていたはずの窓は大きく開かれていた。そして、窓の外には満開の桜がのぞいている。先ほどの風が強く吹いたせいだろうか。僕の周りには薄いピンク色の花びらで埋め尽くされていた。どれくらいの時間がたっただろうか?息をのみ僕は桜の木に目を奪われていた。僕が生きて十二年間桜が花をつけているのを近所で何回か見たことがあった。しかしこの目の前にある桜だけはもっと特別な何かの力が働いているような桜は初めてだった。もっと近くで庭の桜を見たい。急にそう思っていたら気がつけば僕は庭の前に立っていた。目の前で見た桜は月の光で美しく輝いている。僕はそれを見たのが最後に気を失った。突然窓が開く音がした。その後冷たい風がビューと入ってくる。
思いがけない出来事に心臓は階段から転げ落ちた時みたいに早く動いた。こんなに驚いたのは何年ぶりだろう。頭の片隅でそんな事を考えながらゆっくりと布団から顔を出した。閉まっていたはずの窓は大きく開かれていた。そして、窓の外には満開の桜がのぞいている。先ほどの風が強く吹いたせいだろうか。僕の周りには薄いピンク色の花びらで埋め尽くされていた。どれくらいの時間がたっただろうか?息をのみ僕は桜の木に目を奪われていた。僕が生きて十二年間桜が花をつけているのを近所で何回か見たことがあった。しかしこの目の前にある桜だけはもっと特別な何かの力が働いているような桜は初めてだった。もっと近くで庭の桜を見たい。急にそう思っていたら気がつけば僕は庭の前に立っていた。目の前で見た桜は月の光で美しく輝いている。僕はそれを見たのが最後に気を失った。今日も父さんは仕事に行き母さんは家で僕を待っていた。母さんはそのころになると眠れないのか目の下を青くクマを作っていた。髪も一気に白髪が増えやつれていた。それだけでなく、ビクビクと何かに怯え落ち着かないようだった。その日の夜父さんに「誰か私をみているわ。もしかして和哉かしら」と話していた。父さんはそんな母さんの言葉に「そうか」と戸惑いながらいった。
そして五日目の夜。僕はうつらうつらと眠たくなってきた時母さんが僕の前に近づいた。
「和哉。こんな所にいたのね。母さんを心配させたらダメじゃない・・・。」
痩せこけ焦点の合わない目で僕を見て微笑んだ。そしてさらに言葉を続ける。
「あら、和哉、見て桜が咲いているわ。綺麗ね・・・。母さん、桜の木がある家で住むのが夢だったの。だから、この家を見たとき絶対に買おうって思って父さんを説得したのよ。」
母さんは花が咲いてない桜の木に手をかざし「本当に綺麗・・・。」と呟いた。僕の体である枝はむずむずしだすとニョキニョキと伸びていった。そして枝いう枝が母さんを包んだ。それはずっと前にテレビで見た繭にとてもよく似ていた。その日の夜は僕が桜の木になった時のように気を失ってしまっていた。
そして母さんは桜の木になった。
僕が桜の木になって六日目の朝、父さんは母さんがいないことに気づき、僕のそばにやって来た。
「おまえが和哉と母さんを取り込んだのは知っている。…本当は最初からこの家はおかしいということも知っていたんだ。この家を買おうと決めた時、この家の家主の様子がおかしかった。母さんはそんな事気がつかなかった。それどころかとても喜んでいた。」
父さんはどこか懐かしそうに遠くをみつめていた。
「母さんの楽しそうな姿を見たのは本当に久しぶりだった。その時わかったんだ。どれだけ今まで家族が、ばらばらになっていたことを…。だから母さんにこの家がおかしいなんて言えなかった。」
父さんはふと上を向いた。
「昨日まで咲いてなかった花がこんなにも咲くなんて…。」
僕の体はまた母さんが桜の木になった時みたいにむずむずしだした。父さんはそれを見て笑った。父さんはまた話はじめた。
「最初、和哉がいなくなった時とんでもない事をしたと恐ろしくてしかたがなかった。でけど今は違うんだ。家族ばらばらになった僕たちはまた一緒になれるからうれしいんだ。」
父さんは楽しそうに微笑んだ。そして桜の木はお父さんも桜の木になった。やはり僕は気を失い、不思議な夢を見た。満開の桜の下で家族三人が楽しそうに笑っていた。
十年後僕の家に新しい住人がやってきた。若い夫婦と生まれてまもない子供の三人で暮らすようだ。
「今日から私たちここに住むのね」
「そうだね」
「きっとこの子もこの家を気に入るわ。」
父親と母親は顔を見合わせ微笑んだ。二人の子供は母親の胸の中で幸せそうに眠っていた。母親はキョロキョロと周りを見た。
「どうしたんだい?」
「・・・気のせいかしら。どこからか不思議な視線を感じたの」
母親の言葉に父親は「気のせいだろう」と笑っていた。
僕はじっと新しくやって来た住人を見つめていた。