七話 圧倒的な力
~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~
●イアン・ソマフ
この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。
戦斧を武器とする冒険者。
イライザ本人の依頼を受け、彼女を護衛している。
女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。
そして、紆余曲折あって現在は、セーラードレスというワンピースのような服を着ている。
○イライザ
外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。
フォーン王国の貴族で、今回の観光旅行にイアンを使命した人物。
明るい性格とは裏腹に言動に謎が多く、その存在にも謎が多い。
「どうしたものか……」
草原を走るイアンは悩んでいた。
彼の前方には、馬車とそれを取り囲む賊と思わしき人物達がいる。
これから彼が成そうとしていることは、賊を撃退し馬車を救うこと。
目標は定まっているのだが方法に問題があるのだ。
発見が早く全速力で走ったおかげか、まだ馬車に被害は出ていない。
しかし、彼の前にはイライザがいる。
イアンと同じく、馬車に向かって走っていた。
武器を持たない丸腰であっても、人助けのためにと武器を持つ相手に立ち向かっているのだ。
彼女の行動は、称賛に値するほどの美しい心意気であると言える。
イアンも彼女の取った行動を嬉しく思っていた。
しかし、今の状況においては、悪手である。
これから起きる出来事は、賊との戦闘だ。
このままでは、その戦闘の最前線にイライザが立つことになってしまう。
護衛をするイアンとしては、避けたい状況であった。
その状況を回避するために、彼女を呼び止めるという手もあるが、これも避けたいことであった。
何故なら、声を出した時に賊達に気付かれる可能性があるからだ。
こちらの先制攻撃で賊との戦闘を迎えたい。
イアンには、そういった思惑があったのだ。
「……ん? くそっ、敵だ! 敵が来やがった! 」
あれこれと考えているうちに、賊の一人がイライザに気付く。
彼が一番イライザに近い位置にいる賊でもあり、その距離は百メートルほど。
イアンとイライザの距離は五十メートルである。
もし、止まるか反対に走りさえすれば、イライザの身の危険はなくなるだろう。
可能性の話である。
この時、イアンは可能性を信じられるほど余裕はなかった。
故に、彼は迷うことなく使うのだった。
「サラファイア! 」
叫んだ瞬間、彼の右足付近が爆発する。
その勢いで彼は地面と水平に飛び出した。
イアンが行ったのは跳躍である。
しかし、彼の足は未だに地面につかず、真っ直ぐ飛び続ける。
飛び出した瞬間よりも速度は上がっていた。
その原因は、彼の右足の下付近にある。
今、そこから間欠泉のように炎は激しく吹き出ていた。
その炎が飛び上がった瞬間の加速力と、飛び続けている推進力の正体であった。
この力は、イアンが出会った妖精の魔法によるものである。
リュリュスパークと同じく日に使える回数があり、このサラファイアは八回使用できる。
ちなみに、右足だけではなく、左足からも出すことができる。
「えっ!? は、速い! 」
後ろから聞こえるイライザの声を聞き流しつつ、イアンは賊へと接近する。
そして、体を横に回転しつつ、蹴りを放った。
「と、飛んだっ!? ぐあっ!! 」
サラファイアの推進力が乗せられた蹴りを受け、賊は大きく吹き飛んでいった。
イアンがサラファイアを使用して、賊を蹴り飛ばすまで約三秒であった。
「な、なんだ!? 」
「なにが起こったんだ!? 敵か! 」
イアン達の存在に他の賊達も気づき始める。
(八、九……十人以上か。厄介だな)
地面に着地したイアンは、馬車を取り囲む賊の人数を数えていた。
結果、その人数を相手にするには分が悪かった。
よって、イアンは力を使うことを躊躇うことはない。
「ランガ・ストーンショット! 」
叫ぶと同時に、イアンは左目を閉じた。
すると、左目の前方に魔法陣が浮かび上がり、そこから幾つもの石が飛び出してきた。
飛び出した石は真っ直ぐと、目では負えないほどの速度で飛行する。
イアンは石の弾丸を発射したのだ。
「おわわわっ!? 」
「うおおおっ!? 」
「ひいいいっ!! 」
狙われた賊は三人。
その足元に幾つもの石の弾丸が命中してゆく。
「ひっ!? な、なんてこった! 」
賊の一人が悲鳴を上げ、その場にへたり込んだ。
先ほどまで彼の目の前、足元の地面は短い草で生い茂っていた。
しかし、今は茶色の土がむき出しになっており、大きな穴が開いていた。
他の二人も同様である。
石の弾丸により、草ごと地面を抉られていたのだ。
この力の妖精の魔法によるものである。
一日に六十発撃つことができ、今日は残りあと三発であった。
昨日のリュリュスパークを含めて、これで全ての契約した妖精の魔法を使ったことになる。
雷、炎、土の属性を持つ三体の妖精だ。
そして、全員に言えることだが、魔法を呼び出す場所は固定で決められている。
雷は右手から、炎は両足の先から、土は左目から。
何故そのように決められているかは、説明されていないのでイアンには分からないことである。
「聞け、賊共! 命が惜しければ、ここから立ち去れ! 」
そう言いつつ、イアンは、ダメ押しにもう一発石の弾丸を適当な地面に当てて威嚇する。
「くっ!? と、とんでもないやつが来た! 退くぞ! 俺達だけじゃ勝てねぇ! 」
賊の一人がそう声を上げると、次々と賊達がこの場を去ってゆく。
イアンのランガ・ストーンショットによる威嚇が効いたようである。
「青い……水色の髪の美少女。その可愛い……本当に可愛いな、チクショウ! とにかく、顔は覚えたからな! 」
最後の賊はそう言って、走り去っていった。
馬車の周囲に賊の姿は見られない。
イアンの先制攻撃のみで、見事賊を撃退することができたのだ。
「待て! オレは男……行ってしまったか……」
「男だって訂正するのも大事だけど、不穏な事を言っていたことを気にしよう。イアンさん」
何故か残念そうなイアンの隣へ、イライザがやってきた。
「あ、そうだ。前に出すぎだ。ヒヤヒヤしたぞ」
「あー……ごめんね。なんか、助けなくちゃって……ね。そればっかり考えちゃってた。ごめん」
イライザは、しゅんと肩を落した。
先走ったしすぎたせいで、イアンに心配をかけたこと。
彼女はそのことを理解しているようであった。
「いや……助けたい、その気持ちは尊重する。しかし、気持ちだけが行き過ぎてたな」
気を落とす素振りを見せるイライザを見て、イアンは僅かに戸惑った。
心配はいたものの、彼女の行動の全てが悪いとは思っていない。
ひとこと言っておきたかっただけで、落ち込ませるつもりはなかったのだ。
「次からは……そうだな。オレに命令しろ。後方で、オレを動かすのだ。分かったな? 」
「分かった。ちゃんと、イアンさんに任せるよ」
「よし、話は終わりだ。馬車に被害がないか確認しよう」
内輪の話を終え、イアン達は馬車へと向かう。
この間、イライザの調子がいつも通りとなったため、イアンは内心ホッとするのだった。
そして、二人は馬車の所有者であり御者の者と話をする。
その者は商人で、ナウブールからチイシ村へ向かい商品を運ぶ途中であった。
ナウブールを出て少しした後に賊に襲われ、逃げようと馬を走らせたが前方から待ち伏せされ、身動きが取れなくなったところに、イアン達が駆けつけたという。
そして、賊がによる被害は一切出ることなかったとのこと。
話を聞いて得た情報は以上であった。
話を終えた後、商人はイアンとイライザにお礼を言い、馬車を引いてチイシ村へと向かっていった。
「……何故、冒険者を雇わなかったのだろうか」
去ってゆく馬車を眺めながら、イアンが言った。
「さあ? というか、私達みたいに夜中に移動するつもりがないのなら、雇わなくてもいいはずなんだけどね」
この時、イライザの視線は下へ向けられていた。
その視線の先には、草の生えていない地面がある。
彼女達は今、道路の上にたっていた。
去ってゆく馬車も道路の上をなぞるように進んでいくのだった。
――ナウブール。
領土内の南東区域の中で一番大きな町である。
周辺は丘が広がっており、この町もその丘に面している。
そのため、町の中にはゆるやかな傾斜があり、町の奥に行くにつれて土地の高さが上がっている。
イアン達がこの町に着いたのは昼頃だ。
馬車を救出してから、道路を利用したため予定よりも早く辿り着くことができた。
町に着くとイライザはそう言って喜んでいた。
イアンはと言うと、早く宿で休みたいと思っていた。
夜通しの移動による疲労がまだ抜けてないのだ。
この日、食事を済ませた後、イアンに合わせて二人は就寝したのであった。
――翌日の朝。
木の板を張り合わせた壁と床と天井。
木造の建物の一室にイアン達の姿があった。
彼らがいる建物は宿屋であり、泊っていた部屋からまだ出ていなかった。
二人は、この部屋の中央にあるテーブルの上を見つめていた。
そこにあるのは、この国の地図である。
「次はイプット村。その次はアポット村。で、さらにケンウォールの町を通って、最後のアニンバ……って感じかな」
これからの旅の道のりを確認している最中であった。
「ん? イプットとアポットの間の一帯はなんなのだ? 」
イアンが地図へ指を差す。
そこは、彼が言った通りイプットとアポットの間である。
地図上では、そこは他の場所とは違う色をしていた。
「峡谷だね」
「峡谷……谷か」
「うん……うーん? いや、たぶんイアンさんの思っているのとは違うかな」
イプットとアポットの間には、峡谷が広がっている。
草木が僅かな荒野で、切り立った山に囲まれている場所だ。
しかし、一般的な谷とは違って山と山の間隔は広い。
広い荒野の上にいくつかの大きな岩がある。
峡谷とは言うものの、実際にはそういった表現が当てはまるだろう。
「ちなみに、レウリニア王国の観光名所だよ。山の形が……なんか特殊でねぇ。あと縞々なんだって」
「縞々? 」
「さあ? チソウとかなんとか。ま、そのうち見られるよ」
「ほう。しかし、ずいぶんと遠回りをするものだ」
イアンはため息をつく。
当初の目的では、アニンバまでの道のりは一直線であった。
しかし、今の道のり楕円を描くように大回りである。
改めて、道のりの長さを認識したのである。
「違法冒険者達のこともあるけど、ここがなぁ」
そう言って、イライザは地図へ指を差した。
そこは、レイリニア王国の中央に位置する場所であり、縦長の楕円状に色が付いていた。
ホックスタップ大森林地帯である。
王国の北側区域から、南のチイシ村付近にまで広がる大規模な森林地帯だ。
ここを通れば、アニンバまでの道のりはだいぶ短くなったことだろう。
しかし、通らなかった理由がある。
それは、魔物の巣窟であることだ。
見晴らしの良い草原地帯とは違って、森林の中は見通しが悪い。
さらに、薄暗く人間が住むには居心地の悪い場所である。
反対に魔物にとっては住みやすい場所ということだ。
「流石にイアンさん一人じゃあきついよねぇ」
魔物の数も強さも、夜の草原の比ではないだろう。
故に、イライザはあえて大森林地帯を通らない道のりを選んだのだ。
「夜の草原も辛かったがな」
イアンがため息をつきながら言った。
何故、夜の草原を移動する危険性を考慮しなかったのか。
そのことをひとことにまとめたのであった。
「森林が危険なのは分かったが、これから行く峡谷はどうなのだ? 」
「峡谷はねぇ……特に情報はないかな」
「ほう? 」
眉をひそめつつ、イアンはイライザを見た。
イライザに対して、思うことがあったわけではない。
情報が無いということを不思議に思ったからだ。
「もう分かっていると思うけど、王国内にある場所の情報は自前に調べているの。観光旅行だしね」
「それもそうか。なら、調べた上で情報が得られなかった。そういうわけか」
「そういうこと。でも、何もないってことでしょ。問題はないんじゃなかな」
「うむ……そうかもしれないな」
楽観的なイライザに対し、イアンは若干不安であった。
彼女の言う通り、本当に何もないかもしれない。
つまり、安全かもしれないということだ。
しかし、イアンは未知な場所と捉えていた。
状況が分からず、何が起こるか想像できない。
そう思え、不安に思うのだ。
「それで、今日はどうする? 早速、次の……イプット村へ行くのか? 」
「行かない」
イアンの問いかけに、イライザはきっぱりと答えた。
その彼女の答えは、意外といえば意外なものである。
しかし、イアンは驚くことはなかった。
(また、何か考えがあるのか……)
イライザは、自分にとって意外なことばかりをする。
そう思うようになっていたからであろう。
「何故、行かないのか。この町に滞在するということか? 」
「そうだねぇ。予定よりも早く着き過ぎたみたいだからね。一応、もう一日泊っていこうか」
「早すぎると問題なのか? 」
「ちょっとね……ま、そのうち分かるよ」
イライザはそう言うと、あははと笑った。
彼女は相変わらず、思わせぶりなことを言うのだった。
しかし、慣れてきたこともあり、イアンは特に思うことはなかった。
「とりあえず、外に出ようか。せっかくだから、色々見て回ろうよ」
「分かった」
この日、イアン達はナウブールの町を観光することとなった。
観光旅行にして、一番それらしい日になるだろう。
この時、イアンはそう思っていた。