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四話 不運の兆し

 ジオーダン大陸。

世界で五番目に大きいとされる大陸だ。

位置はバイリア大陸の北東にある。

北から南にかけて細長い形をしており、中央にある山脈とそこから流れる川を元にして、四つの地方に区分けされている。

それぞれ四つの地方は、大陸及び山脈の中央から北東、南東、南西、北西にほぼ同一の大きさであった。

南西に位置するのは、グラスリバ地方。

山脈の南西部、その下方に大半が草原となる平野を有する地方であり、北と南で分けられた二つの王国が存在する。

南に位置するのがレウリニア王国だ。

王都は国の南西部に位置するリックアップ。

領土の狭く財力もそこそこで、フォーン王国と比べれば小国だ。

それでも属している町や村の数は、十を超えている。

グラスリバ地方にあるもう一方の王国や、他の地方の国々も同等の国力であり、頭一つ抜けた国は今はない。

そして、それぞれの国は互いに国交があり、ジオーダン大陸は長らく平和であった。

今回イアンが受けた護衛依頼の対象であり依頼主のイライザ。

彼女の目的地は、レウリニア王国内にあるアニンバという村である。

彼女達は、フォーン王国のノールドの町から船で三日かけて、レウリニア王国に到着した。

船が停泊し彼女達が下船した町の名は、トップニウス。

レウリニア王国最南端に位置する町で、ノールドと同じく漁業が盛んな町である。

国内及び他の国々からは、ここがレウリニア王国の玄関口という認識はあまりない。

他にサトーハイと呼ばれる港町があり、そちらの方が王都に近く、利用する者も多いからだ。








 午後、あと三時間で日が沈み始める頃。

トップニウスの港に、一隻の船が停泊する。

帆船という大きな帆が特徴の船だ。

大きさは、最大二百人乗船できるほどで、この港に泊まる船の中でもトップクラスの大きさである。

その船に分厚い木材で作られた渡り板が掛けられ、続々と人が桟橋へと降りてゆく。

下船するその多くの者は人間ではあるが恰好は様々であり、様々な目的があってこの国に来たのだろう。

観光旅行が目的でやってきたイライザの姿もこの桟橋にあった。

彼女は列に並んで歩き、入国の手続きをした後、ある場所へ向かう。

そこは船に積んだ貨物を客へ渡す場所、貨物受取所である。

乗船する際、金銭を節約する目的で、自分の護衛となるイアンを貨物に偽装させていた。

そのため、ここでイアンを回収する必要があるのだ。


(まだかな~)


続々と他の客の名が呼ばれる中、イライザはニコニコと微笑んでいた。

犯罪行為の最中だとは信じられないほど、彼女は呑気であった。


「次は……イライザさん。イライザさんいますか~? 」


「は~い」


名が呼ばれ、イライザは係員の元へ向かう。


「この可愛らしいお人形が一体でよろしいですね? 」


「は……え? な、なにこれ? 」


イライザのほほ笑みが苦笑いへと変化する。

係員が彼女の前に置いたのは、イアンが入った樽ではない。

長方形の巨大な黒い箱であった。

その中に、セーラードレスを着たイアンが仰向けになっており、彼の周りには赤や黄といった鮮やかな花も入れられている。

箱の黒色は艶があり、金字の花を象った模様が至るところに見られる。

まるで、棺桶のようである。

そして、豪華であった。


「こ、これが人形なのか!? 」


「な、なんて美しい人形なんだ! まるで、本物じゃないか! 」


「いや、美しくもあり可愛らしさもある! 本物以上だ! 」


「かわいい……」


周囲にいた人々がイアンを目にするや否や一斉に集まり、あっとう間に人だかりができてしまう。


「うわぁ……た、大変なことになった」


その中心で、イライザは小さい悲鳴を上げる。

彼女の表情は、いつもとあまり変わらない。

強いて言うのであれば、ほほ笑むというより、引きつった笑いを浮かべているような表情である。

額には汗が滲み出しており、彼女は今の状況に対して、しっかり焦っていた。


「あ、あれぇ? 樽に入っていたはずですが……」


「あ……申し訳ありません。船に積み込む時に中を確認しまして……」


係員から説明を受ける。

出港する前、貨物を船の貨物室へ運ぶ際、持ち出し不可の物が入っていないか確認する作業がある。

その作業の中で、船員は樽の蓋が開けられ中のイアンを見た。

そして、本物の人のような出来のいい人形と思ったとのこと。

ここまでの説明を聞き、イライザは納得し、安心もした。

予想外であったのは、ここからだ。

確認した船員は、人形の梱包の仕方が気に入らなく、このままでは痛んでしまうのではないかと思った。

そこで、完璧に人形を保護するため、適切な梱包に変えようということで、本来は棺桶に使用される桐箱を用意したのである。

さらに、美しい人形に見合うように一番高価なものを選び、ついでにより見栄えがよくなるよう花も入れることにした。

これがイアンの入れ物が豪華になって出てきた経緯である。


「よかれと思い、我々の方でこのような形の梱包をさせていただきました。勿論、追加の料金は結構でございます」


「え、ええぇ……」


真相を知らされたイライザは、それでもなお困惑していた。

自分達にとって、悪いことが起きたわけではない。

しかし、あまりにも予想外すぎて言葉が出ないほどであった。


「分かりました。雑な梱包でお手数をかけてしまい、申し訳ありませんでした」


やがて、平静を取り戻すと、イライザはそう言って――


「よいしょ~! 」


箱の中のイアンを抱えて持ち上げた。

彼女の両腕に支えられるイアンの腕がだらりと垂れ下がる。

人形に徹しているのか体の力を抜いているようで、目も閉じられていた。


「えっ……」


周囲には彼女達だけではなく、多くの人がおり、人形(イアン)を抱くイライザの姿を目にしている。

係員だけが彼女を見て驚いていた。


「どうもありがとうございます。では、私はこれで」


イライザは係員にそう言うと、イアンを抱えたまま走り去っていった。


「ああっ! 行って……しまったか」


「かわいかったね~」


周囲の者は走り去っていくイライザを見ていたが、すぐに彼女から視線を外す。


「重さも本物みたい……だったんだけど……」


係員だけが彼女を見続けていた。

客に話しかけられるまでのしばらくの間、彼は唖然とした表情のままであった。




 数分後、トップニウスの商店街の裏路地。

人目につかない場所にイライザとイアンの姿があった。


「ひどい目に遭った」


イアンは肩を落とし、落胆した様子である。


「そうだね~まさか、あんなことになるなんて」


「そして、イライザがオレを抱えてここまで走ったことに驚いた」


「あはは、まあまあ。それで、これから早速、町を出ようかなって考えてるんだけども? 」


「だけども……? うん? 」


イアンは、不思議に思っていた。

イライザが自分に意見を求めてきているような言い方をしているのではないかと思ったからだ。


「イアンさんは、どう思うかなって」


実際に、その通りであった。


「オレというか冒険者の意見を聞きたいのか? 」


「そうそう」


「……異論はない。基本的には、イライザの指示に従うつもりだ。その上で、異論があれば言おう」


「分かった。じゃあ、行こっか」


この日、着いたばかりのトップニウスから出ることが決まった。

二人は、町の外を目指して裏路地を歩く。


「……あ」


その最中、唐突にイアンが足を止めた。


「ん~? 」


それと同時にイライザは、彼の声に反応して気づいて振り返る。

彼女は、凍り付いたかのように動かないイアンの姿が目に入った。

何があったのか理解できないまま、しばらく見つめた後、彼女は気づいた。


「……ふ、服がない? 」


「……ああ」


イライザの問いかけに、イアンは頷いた。

着替えにと用意していたジャケットとズボンが無かった。

貨物受取所でイアンと一緒に受け取るのを忘れていた。


「ごめんなさい」


そう思い、イライザは頭を下げた。

故意ではないにせよ、自分に責任がある。

表情はいつもと変わらないが、彼女は本気でイアンに謝っていた。


「いや、イライザに落ち度はない。どうやら、オレが樽から出される時に忘れられていたようだ」


イアンは、そう言って自分の体のあちこちへ手を伸ばす。


「今、オレが持っているのは何もない。いや、この帽子だけだ」


何もない。

彼がそう言ったのは、自分が持ち込んだものについてである。

つまり、ジャケットや服の他に、彼が愛用していた武器も手元にないのだ。

そして、それらの代わりと言うべきか、彼は手に帽子を持っていた。

それは、彼が頭に被っていたものであり、今そのことに気付いたのであった。

帽子は、ひさしの部分のない白いもので、紺色の長い帯が巻かれており、帯の結んで出来た二本の余りが長く垂れ下がっている。

水兵が着用する帽子であった。

恐らく、水兵の服に似たものを着るイアンに似合うと思い、船員のだかれが被せたものだろう。


「これでは、まともに戦うことができない」


とにかく、何もなかった。

護衛をする立場のイアンにとって、由々しき事態であった。

そして、手に持っていた水兵の帽子を被りなおす。

この行動には、何の意味もなかった。


「困ったなぁ。武器はいるよねぇ……じゃあ、ここで調達して行こう」


「しかし、他の貴重品はともかく、金はジャケットの方にあったから……」


「私が払うからいいよ! 色々と迷惑かけてるし、私に払わせて」


イライザが明るい振る舞いを見せつつ、イアンへ言った。

一番の問題である武器に関しては、解決の目途は立っていた。

故に、彼女はいつも明るい調子へと戻ったのである。


「ありがとう、感謝する。物のついでで悪いのだが、服も用意してくれると助かる……」


しかし、イアンにとっては、武器の他に服の問題があった。

一刻も早く、セーラードレスから着替えたい。

その気持ちを今も持ち続けているからだ。


「……」


イアンの言葉を聞き、イライザは黙り込んで彼の顔をじっと見つめる。

この間に、彼女は考えていた。


「……その軍服、よく似合ってるよ」


その結果、イライザは、そう言った。

イアンの提案に承諾もしなければ拒否もしない。

ただ、褒めただけであった。


「むう、似合っている……だと? 」


この時、イアンはイライザの言葉に納得していなかったが――


「格好良く見えるよ。まさに……水兵。海の男」


「格好いい。海の男……男」


「うん。それにすごく高かったし、すぐに着替えちゃうのはどうかと思うな~高かったし~」


「そ、そうか! 格好いいのなら、高いのなら着替えるのは勿体ないな。よし、分かった」


言葉巧みに誘導され、とうとう納得してしまう。


(本当に恰好がいい。嘘は付いてないよ~)


嘘は付いていないとは言うものの、大半は詭弁であった。

海の男という言葉は、まさにそれである。

そうまでして話を誤魔化し、着替えを阻止したのには、彼女なりの理由があった。


(悪いね~イアンさん。今の君は、すっごく可愛いんだ。だから、すぐに着替えるとか言わないでおくれ~)


今のイアンは、女性の服装である。

イライザは、初めて会った時の男性の服装より、今の方が好みであった。

ただ、それだけの理由であった。

こうして、何もなければ、しばらくはイアンの服装が変わらないことだろう。

この後、二人は商店街へと向かう。

そして、武器屋にてイアンが扱う武器を購入し、トップニウスの町を後にするのだった。







 ――夕方。


空が赤みがかり、辺りが僅かに暗くなり始める。 

イアンとイライザの二人がトップニウスを出て、しばらくの時間が経った頃。

トップニウスの商店街は多くの人が行き交い、未だに賑わいを見せている。

その表の喧騒が小さく聞こえるほど、商店街から遠い裏路地の一角。

そこは、人気のない建物の壁面に囲まれた暗がりであった。

平和に暮らす者、平和に観光したい物が決して訪れることはないだろう。


「ぐっ……! 」


その場所で、一人の男が壁面に叩きつけられる。

彼は壁を背にした状態で、苦痛に満ちた表情を浮かべており、首には彼の者ではない者の手が伸びていた。

この場には、二人の男がいた。

一人は彼、この町の住民の男である。

もう一人は、住民の男を壁面に叩きつけ、今も首を掴んで押さえつけている謎の男だ。

謎の男は、外套を身に纏っており、顔は見えず、どういった姿をしているかも分からない。

住民の男にとって、不審で危険な人物であった。


「この町に青い髪の少女がいたか? そう聞いたはずなのだがね」


謎の男が言った。

脅すのではなく、子供を諭す親のような落ち着いた声音であった。


「し、知らない! ずっと、そう言っている! それに、青い髪の女の子なんて……探せば、沢山いるはずだ……! 」


「沢山いる? そのはずはない。何故なら――」


「フェンサーハート様! 」


二人の元へ、別の男がやってくる。

その男も謎の男と同じく外套を身に纏っていた。


「……少し待て」


謎の男は、やってきた男へ視線を一瞥(いちべつ)する。

その後、再び目の前の住民の男を見た。


「知らない。そう言うのであれば、そうなのだろう。悪かったな」


そう言って、謎の男は住民の首を掴んでいた手を離した。


「ゲホッ、ゴホッ! 何なんだお前は! 」


自由になった途端に、住民の男は悲鳴を上げる。

彼は、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。

そのため、謎の男に背を向ける。


「ぐ……え? 」


彼が走ろうとした時、何故か足に力が入らなかった。

そもそも、この時点でそのようなことは、どうでもいいことであった。

彼は今、背中と胸に激痛を感じており、それどころではないからだ。


「何故……そう言いたげだな」


住民の男は、背後から声を聞いた。

落ち着いた男性の声だ。


「な……なんで……」


激痛の中、住民の男は力を振り絞って、そう訊ねた。

聞こえた声は、紛れもなく謎の男のものであった。

そして、住民の男は自分の胸から白く長い突起物が突き出ていることから、背後の謎の男に刺されたことを理解した。

ほどなく、胸だけではなく、口から血が出ていることにも気付く。

そして、彼は自分がもう駄目であることを察し、体の力を抜くのだった。


「フェンサーハート。この名を聞いた者は生かしておけない。そう言ったつもりなのだがね」


そう言って、謎の男は住民の男の背中をそっと前に押す。

すると、住民の男は膝から崩れ落ち、血の水溜まりの上へうつ伏せに倒れた。

そのまま彼は、動くことのない死体となった。


「やれやれ。名を隠すというのは難儀なものだな。いつまで、この状況を続けていくのだろうね」


謎の男は、そう言って右手を振った。

住民の男を殺害したことに、特別な感情を抱く様子は見られなかった。

彼がその手にしていたのは、剣である。

刀身に赤い血がべっとりと付いていたのだが、振ったことで元の白さが顕わになっていた。


「さて、いかような用事だろうか? 」


謎の男は、やってきた男――外套の男に向き直った。


「はっ! 報告です。やはり、この町に青い髪の少女の目撃情報があったのですが……」


「ですが……? 」


謎の男は、外套の男の言葉の一部だけを呟いた。

一語一語をはっきりと丁寧に言うねっとりとした言い回しであった。

この呟きは、外套の男の耳にも届いており、彼の肩をビクリと震わせた。


「客船の貨物で運ばれた人形のことでした。どうやら、かなりの出来のものらしく、人間と勘違いしていた者の情報……のようです」


高まる緊張の中、外套の男は言い切った。

これで、気が楽になると思っていた。


「ほう……それで? 」


しかし、それは思い込みであった。


「その人形はどうなったか。それを聞いているのだがね」


謎の男の追及が始まったのだ。


「いえ、それがどうも持ち主と共に、町のどこかへ消えたそうで……しかし、人形ならば後のことは、どうでも――うっ!? 」


外套の男は、話す途中で口を止めた。

謎の男が外套の男へ剣を向けられたのだ

この状況で、話を続けるほどの度胸を持ち合わせてはいないのだ。


「靴の紐が切れれば、その靴を捨て。黒猫に横切られたら、その黒猫を殺す」


この時の謎の男の声も、住民の男に問いただす時と同じように落ち着いたものであった。


「誰だって不運な目には遭いたくないものだ。だから、不運の兆しが訪れたら、その元を絶たなくてはならない。そうだろう? 」


謎の男の言葉に、外套の男は必死に頷く。


「我々にとって、青い髪の少女は不運の兆しなのだ。かつて、同胞達を滅ぼした存在なのだからな。だから、青い髪の少女に関しては特別だ。たとえ、人形であっても排除しなくてはならない」


そう言うと、謎の男は剣を下ろした。

命の危機が去ったことに、外套の男はホッと息をついて安堵する。


「その気概で事に当たれ。そう言ったつもりなのだが伝わったかね? 」


「は、はい! 肝に銘じます! 」


「報告は以上か? ならば、ここの掃除を頼む」


謎の男の視線は、地面に転がる住民の死体に向けられている。

掃除とは、この死体の後処理のことであった。

早速、外套の男は作業に取り掛かった。

それを一瞥すると、謎の男はこの場を後にする。


(別に報告があった情報があったな。二人組で一人は青い髪だったとか。もし、人形が本物の人であったのなら、ふざけたことを考える奴がいるものだ)


裏路地を歩く中、謎の男は考える。

外套の男が来る以前に、別の者から情報を得ていた。


(いずれにしろ、二人組の方は今までにない確かな情報だ。由々しき事態だぞこれは)


そして、この日得た情報を元に、彼は一つの結論を導き出す。


(この王国に、青い髪の少女が二人も侵入しているのだからな)




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