三十一話 死中に活を求めるか
~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~
●イアン・ソマフ
この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。
戦斧を武器とする冒険者。
女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。
今は戦闘により着ていた服が破損したため、代替でキキョウの服を着ている。
○セアレウス
青色の長い髪を持つ少女。
血の繋がりはないがイアンの妹。
冒険者であり、アックスエッジと呼ぶ特殊な武器と水魔法を駆使して戦う。
誰に対しても敬語で話し、基本的には真面目であるのだが、
時々突拍子もないことを言い、主にイアンを困惑させることがあるが、
最近はネリーミアに被害が及びがち。
○ネリーミア
一人称が「僕」の落ち着いた雰囲気のダークエルフの少女。髪の色は淡い紫。
彼女も冒険者であり、普通の剣と何かしらの能力を持つ白い剣を使い分けて戦う。
イアンとは兄妹関係ではないが、彼のことを「にいさん」と呼び、彼女にとってイアンは親しい存在である。
基本的に心優しい性格で大人しい。この性格のためか自分よりも他人の意見を尊重しがち。
○キキョウ
胡散臭い雰囲気を持つ狐獣人の少女。髪の色は基本的に銀色。
高い知力を持ち、己の思惑を実現するために狡猾に立ち回る。
刀による剣術、魔法、妖術と扱える技能は多彩であり、幅広い戦術を持つ。
自分と親しく特別な存在であるイアンのことをあにさまと呼ぶ。
○イライザ
外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。
フォーン王国の貴族で、護衛依頼によりイアンと共にアニンバまでやってきた。
厳粛な貴族のイメージとは異なり、明るく人当たりが良い。
未だに謎多き人物。
~~~~~~~~~~ あらすじ ~~~~~~~~~~
イライザの依頼により、レウリニア王国の第一王子であるレナウスに
協力することになったイアン達。
その協力の内容は、王国内で住民の洗脳や殺害などを行う危険組織
グリーンローブの調査および壊滅。
洗脳を得意とする組織のため、精神異常攻撃を常時無効化できる
イアン単身による敵本拠地への侵入が考案された。
現在、その準備段階として、敵の戦力の分散と削減を目的に陽動作戦を実行中。
青い髪の少女が狙われていることを利用し、イアン班とセアレウス班に別れて敵の目を引き付けに行くのだった。
真っ赤な空に背を向けたまま、セアレウスは浮かび上がる。
ウォーターブラストによって得た勢いは未だに弱まることはない。
体の背面に風を受ける中、彼女は正面に顔を向けていた。
今の彼女の正面とは、現状では地面の方である。
しかし、真に見ているのは地面ではない。
それは自分に向かって飛来する一本の矢だ。
先ほどまで、その矢は地面と水平に飛んでいた。
これを回避するためにセアレウスは上に逃げたのである。
だが、彼女の真下で進行方向が代わり、今は真上に向かっている。
まるで意思がある生き物の如く、セアレウスを追いまわしているのだ。
曲線を描くように曲がったものの、結果的には垂直に近い角度の進行方向の変更を可能としていた。
普通の矢の動きでは考えられない動きである。
そして、速度も曲がる前より変わることなく速いまま。
何かしらの力が働いていることは一目瞭然である。
しかし、セアレウスにとって、今はその力の解明は優先すべきことではないだろう。
何故なら、このままだと瞬きをする間もなく、その矢にセアレウスは射抜かれることになるからだ。
(不謹慎ですが、これは面白いですね)
ところが、この状況において、セアレウスは自分に矢が命中する可能性を考えていなかった。
一つの理由として、セアレウスには矢が見えているから。
そして、命中する前に矢を弾くつもりだからだ。
「はい」
小さく声を出しつつ、セアレウスは正面に向かって左手のアックスエッジを薙ぎ払う。
すると、軽い金属音が響き渡り、彼女の目の前で矢が回転しながら落下してゆく。
(流石に弾かれても、また襲ってくるなんてことにはなりませんか)
落下してゆく矢を見つめながら、そのようなセアレウスは感想を抱いてた。
矢を弾いたことに関しては、特に思うことは無い。
今の一連の行動は彼女にとって造作もないことのようであった。
やがて、高く押し上げていた勢いが消え、彼女の体が落下し始める。
「よっと」
セアレウスは頭に被ったフードを片手で押さると、後方へ宙返りを行いつつ着地するが――
「うわわっ!? 」
足を滑らせてよろめき、転びそうになってしまう。
彼女が降り立ったところは、朽ちた木の幹の上。
そこがウォーターブラストによって濡れ、滑りやすくなっていたのだ。
(……さて、あの矢はまだわたしを狙いに来るのでしょうか)
見上げれば、弾いた矢は未だに落下の最中であった。
先ほどから変わらず、矢に特におかしな挙動は見られない。
(少なくても弾いた後は普通の矢に戻ると見ていいですね)
弾いたとしても、再び標的目掛けて飛んでくるかもしれない。
その可能性は無いとセアレウスは判断した。
それと同時に彼女は矢から目線を外す。
それから、周囲を見回しだした。
体の向きをぐるりと回し、首を左右に振り、目線は上下左右あらゆる方向へ飛ばされる。
すべての方向を一度に自分の視界に納めてしまいたい。
そのような気概を感じるほどに忙しない様子であった。
(次は……次はどこから狙ってくるのでしょうか? )
セアレウスは次の攻撃を警戒していた。
目線をあちこちに飛ばしているのはいち早く矢を発見できるようにするためである。
矢の発射位置が読めない以上、矢が放たれてから対処するしかないのだ。
「……? 」
やがて、忙しなく動いていたセアレウスが徐々に動きを停止させる。
矢が見えなければ、対処のしようがない。
しかし、一向に矢を目視することはなかった。
この時、セアレウスが地面に着地してから三分ほどの時間が経過していた。
ここで、彼女は疑問を抱いたのだ。
何故、即座に攻撃をしかけてこいないかと。
発射した矢を自在に操り、位置を敵の方が圧倒的に有利な状況である。
どこから発射しようが位置を特定される心配はない。
つまり、攻撃にデメリットはなく、有利な立場を維持し続けられるからだ。
そうであるにも関わらず、攻撃を中断した理由がセアレウスには分からなかった。
(なにか警戒しているのでしょうか? それとも逃げてしまったとか……)
セアレウスは微動だにしないまま、あれこれと考えを巡らせる。
しかし、憶測の域を超える考えを導き出すのは、今の彼女では不可能だ。
敵の攻撃を警戒する以外に、今の彼女にやることはない。
アックスエッジを構えたまま、じっと動かないまま時間だけが過ぎて行った。
「……………いなくなった……? 」
さらに三分は経ったであろう時、セアレウスはぽつりと呟いた。
そして、構えていた両腕をゆっくりと下げていく。
セアレウスは、周囲の警戒を解いた。
敵が攻撃をやめたのは、どこか別の場所へ行ったのだと判断したのだ。
戦闘は終了した。
そうなれば、彼女の武器である二つのアックスエッジの出番はない。
セアレウスは、その二つの武器をそれぞれの鞘に収め始めた。
その時――
「……! 」
セアレウスは、何かを感じてある方向へと素早く顔を向けた。
彼女が顔を向けた方向は右。
何を感じたか、その方向に何があるかは最早言うまでもないだろう。
(まだ近くにいたというわけですか! わたしから目を離すことなく! )
武器を収めようとしていた左右を腕を止めると、上体を後方へ反らす。
その刹那、彼女の目の前を一本の矢が通り過ぎた。
瞬きをした後には、その矢はこの広場を抜けて森林の奥へと消えていた。
セアレウスの判断は間違いであった。
敵は別の場所へは行かず、ずっと彼女を狙い続けていたのである。
さらに今、一本の矢が飛来してきたように攻撃を中断したわけでもない。
(ギリギリでした……少しでも遅れていれば……)
そのことに気づいていないのか、セアレウスはホッと息をつく。
ほどなく、安心するにはまだ早いと彼女は気づくことになった。
「あっ!? 」
上体を反らしたまま、セアレウスが一瞬だけ視線を真上に向けた時だ。
その時、無数の光の粒を目撃していた。
それが空に浮かぶ星の輝きではない。
金属が光を反射する輝きだ。
セアレウスの頭上の遥か先に、大量の矢が降り注ごうとしているのだ
「そうか! あの矢の雨を作るために攻撃をやめていたということですか! 」
そう口ずさむと同時に、セアレウスは走り出す。
「くっ……」
走ることは、セアレウスにとって得意なことだ。
しかし、この時の彼女はいつもの走る時には滅多に見せない苦悶の表情を浮かべる。
この場所の地面は、朽ちた倒木や木の枝が散らばっており地面は平坦ではない。
さらに、さきほど放ったウォータブラストにより周囲は濡れており滑りやすくなっている。
速く動かねばならなにも関わらず、いちいち足元を確認しつつ滑らないようしっかりと足を地面につけねばならない。
このような手間がセアレウスを焦らせているのだ。
だが、気づいたことが早かったおかげで彼女は矢の雨を躱すことができていた。
(……まずは躱すことが出来ましたか)
そのことにセアレウス自身も気づく。
攻撃は躱すことができた。
しかし、彼女の足は止まることはない。
何故なら降り注いだ大量の矢は、まだ彼女を狙いに向かってくるだろうからだ。
実際に大量の矢は一本も地面に突き刺さることなく直前で軌道を変える。
矢を放った主である何者かの能力によるものである。
そのことに気づいたセアレウスには、驚くような光景ではない。
「え……えぇ!? 」
しかし、セアレウスは口を大きく開いて唖然としていた。
矢は全て同じ方向ではなく、まるで弾ける火花のようにバラバラに散ったのだ。
それらは曲線を描いて、セアレウスの元へと向かっていく。
(なんとうことですか……一本一本の矢を個別に操ることが出来ましたか)
彼女のイメージでは、魚の大群のようにすべての矢が同じ方向に移動するものだと考えていた。
故に予想外のことであるのだ。
走り続けているのもそのイメージあってのものである。
攻撃は始まった以上、自分を確実に仕留めるために連続的な攻撃を仕掛けてくるだろう。
そのように予想し、走り続けることで常に攻撃を回避する状況を作り出したかったのだ。
(……いえ、これはわたしの失態です。今の状況では敵のペースに乗せられてしまうのは仕方ありません)
セアレウスは足を止め、左右のアックスエッジを構える。
体の向きは、自分に向かって飛来する矢の大群。
左右、上、後方と自分の足元以外を見れば、必ず矢が目に入る。
(どうせ体力勝負なのは変わりません。受けて立ちますよ! )
セアレウスは矢の大群に立ち向かった。
すべての矢を迎撃しようというのだ。
逃げ道を潰された今、彼女が生き延びるためにはそうするしかない。
大量の矢の数は五十を超えるほどの大きなもの。
それをすべて迎撃をすることは、セアレウスにとって未知の世界。
人によっては不安な気持ち駆られて足がすくんでもおかしくはないだろう。
しかし、セアレウスの体はどこも震えてはいなかった。
そして、頭に被ったフードから除く彼女の口元は笑っているのだった。
ホックスタップ大森林の中のどこか。
そこから夕日の空を眺めることはできない。
木々が生えている間隔は狭く、人が好き好んで通るような場所ではない。
このような場所で、かろうじて人が両手を広げても手に障害物が当たらない広さの場所があった。
それでも、その周囲が木々や茂みに覆われて人の通るような場所には変わりはない。
人一人が休憩に少しの間いられるような小さな空間だ。
だが、今この場所はある者によって貸し切りの状態であった。
その者は薄い布でできたローブに身を包んでいた。
そのため、どのような容姿であるか外見では窺い知ることはできない。
そして、このローブの者は弓を手にしていた。
弓は長さが短い短弓と呼ばれるもの。
腰の辺りから矢を抜き取り矢を番えるが弦を引き絞りはしない。
ローブの者は弓を構えたまま、ある一点を見つめていた。
「……それで、どうかな? 」
そして、ぼそりと呟いた。
ローブの者はこの場所に来てからというもの、何度か矢を放っている。
放った矢は、すべて狙った場所に当たることはない。
しかし、さっきほど放った矢には自信があった。
故に――
「もしダメなら、もう少し工夫してみようか」
と、口にしたのは不自然だろうか。
ローブの者は自信があるというのに、当たらなかった時のことを考えていた。
だからこそ、弦を引き絞ろうとはしない。
「それにしても……たしか……なんて言ってったっけ? 」
またもローブの者は呟いた。
頭部を覆うフードの部分が揺れ動いたことから、僅かに首を傾げたようである。
ローブの者は気になることがあった。
それは、この場所に来る前に耳にした言葉だ。
ところが急に物忘れでもしたのか、その言葉を思い出すことができなかった。
「……そうだ、思い出した」
ほどなく、その言葉を思い出す。
「イラ……イライザだ、たしか。これが誰なのか詳しく聞きたいところ……」
そう呟いた後、ローブの者は弦を引き絞る。
ローブの者の目線が向けられているのは、木々の幹の隙間の先。
常人の目には暗闇が広がっているようにしか見えないだろう。
だが、このローブの者には、その先が見ているようであった。
「それを凌げたら瀕死も難しい。あなたは強者だよ。えと……セアレウス……だっけ? 」
ローブの者が見据える先には、自身と同じくローブを身につける者が立っていた。
ローブの者が狙うのは、その名を口にした通り、セアレウスであった。
その者は自分に目掛けて向かってくる大量の矢を目の前にして、動く気配を見せることはない。
「……うーん……だけどなぁ」
そんなセアレウスの姿を見てか、ローブの者は呻くような声を出す。
この戦いは絶対に勝てる戦いである。
敵であるセアレウスは、未だに自分の場所を探り当ててはいない。
故に、確実に相手からの攻撃を受けることはないからだ。
しかし、そう思いつつも腑に落ちないことがあった。
「しぶとすぎる……どうしてまだ頑張るんだろう……? 」
それは、セアレウスが一向に諦めないことだ。
彼女自身、勝ち目のない戦いであることに気づいているだろう。
分け目も降らずに逃げ去るか、大粒の涙を零しながらへたり込むか。
はたまた、茫然と立ち尽くすのみか。
いずれにせよ、負けを認める雰囲気は伝わるものだ。
しかし、ローブの者はセアレウスが立つ姿を見て、そのような雰囲気は微塵も感じられなかった。
故に理解できず、腑に落ちないことであり――
「なんで……? 気になる……」
ローブの者にとって、大いに興味を惹かれることであった。




