三十話 姿の見えない襲撃者
~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~
●イアン・ソマフ
この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。
戦斧を武器とする冒険者。
女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。
今は戦闘により着ていた服が破損したため、代替でキキョウの服を着ている。
○セアレウス
青色の長い髪を持つ少女。
血の繋がりはないがイアンの妹。
冒険者であり、アックスエッジと呼ぶ特殊な武器と水魔法を駆使して戦う。
誰に対しても敬語で話し、基本的には真面目であるのだが、
時々突拍子もないことを言い、主にイアンを困惑させることがあるが、
最近はネリーミアに被害が及びがち。
○ネリーミア
一人称が「僕」の落ち着いた雰囲気のダークエルフの少女。髪の色は淡い紫。
彼女も冒険者であり、普通の剣と何かしらの能力を持つ白い剣を使い分けて戦う。
イアンとは兄妹関係ではないが、彼のことを「にいさん」と呼び、彼女にとってイアンは親しい存在である。
基本的に心優しい性格で大人しい。この性格のためか自分よりも他人の意見を尊重しがち。
○キキョウ
胡散臭い雰囲気を持つ狐獣人の少女。髪の色は基本的に銀色。
高い知力を持ち、己の思惑を実現するために狡猾に立ち回る。
刀による剣術、魔法、妖術と扱える技能は多彩であり、幅広い戦術を持つ。
自分と親しく特別な存在であるイアンのことをあにさまと呼ぶ。
○イライザ
外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。
フォーン王国の貴族で、護衛依頼によりイアンと共にアニンバまでやってきた。
厳粛な貴族のイメージとは異なり、明るく人当たりが良い。
未だに謎多き人物。
~~~~~~~~~~ あらすじ ~~~~~~~~~~
イライザの依頼により、レウリニア王国の第一王子であるレナウスに
協力することになったイアン達。
その協力の内容は、王国内で住民の洗脳や殺害などを行う危険組織
グリーンローブの調査および壊滅。
洗脳を得意とする組織のため、精神異常攻撃を常時無効化できる
イアン単身による敵本拠地への侵入が考案された。
現在、その準備段階として、敵の戦力の分散と削減を目的に陽動作戦を実行中。
青い髪の少女が狙われていることを利用し、イアン班とセアレウス班に別れて敵の目を引き付けに行くのだった。
王国中央から北へ南へと縦長広がるホックスタップ大森林地帯。
この森林地帯の北西にクリンク村は存在している。
さらに隣接していると言っても過言ではないほど、クリンク村は森林に近い。
クリンク村を離れ、東に向かったセアレウスは、多くの時間をかけることなく森林の中に足を踏み入れた。
森林の中は、上部に生い茂った木の葉により、日の光が地面に届く場所は限られる。
木が密集する森林のような場所特有の薄暗さだ。
さらに、今は夕方であり、夜までとはいかないものの薄暗さに拍車がかかる。
視界が悪いということもあり、セラレウスは森林の中を歩いていた。
「暗い……」
セアレウスは、そう呟くと足を止めた。
この森林に来た目的は、助っ人とされる人物――エクシリユスと合流すること。
しかし、木や茂みなどの障害物の多い中で、一人の人物を探すことは非常に困難だと言えよう。
ここに来て、セアレウスは、そのことに気付いた
同時に、イライザの言ったあることを思いだしていた。
「エクシリユスさん! どこですかー! 」
息を吸った後、セアレウスはどこかにいるでろうエクシリユスに向かって呼びかけた。
彼女の発した声は、近くの木々の葉を揺らすほど大きなものであった。
最早、叫び声である。
『ははは、そりゃ探すのは難しいよ。だから、その時はあっちから見つけてもらんだよ』
イライザが言ったあることとは、探すのではなく向こうに見つけてもらうこと。
セアレウスは、大声で叫ぶことで自分の存在をエクシリユスに気づかせることを考えたのだ。
故に、彼女は足を止めたのだった。
さらに、今彼女が立つ場所は森林の中でも開けた場所。
岩や倒木などの障害物があり、地面は平坦ではないが見晴らしの良い場所である。
木々の中に比べて遥かに見つかるやすいと言えよう。
「イライザさんと一緒に来たセアレウスです! どこですかー! 」
セアレウスは、これで万事上手くいくのだろうと思っていた。
エクシリユスが自分の存在に気づき、イライザと友好のある人物だと判断することを。
そう思い込んでしまっていた。
「……!? 」
しばらくの間、大声を発していたセアレウスの口が突如として止まる。
この時、彼女はハッと驚いたような表情を浮かべていた。
そのまま、顔を前に向けたまま、視線を足元に向けている。
自身の片足の先、折れた木の枝が重なり合っている森林の地面である。
そこに、一本の矢が突き刺さっていた。
ほぼ地面に垂直に立っていることから、上方から降ってきたのだろう。
「あ……」
矢を見下ろすセアレウスの顔が青くなる。
その矢は、彼女が来た時にはなかったものである。
たった今、何者かが矢を放ったのだ。
つまり、近くに何者かが存在しており、自分に対して攻撃をしてきたということだ。
もし、ほんの少しでも前に出ていればどうなっていたか。
セアレウスは助かったことよりも、知らずのうちに狙われていたことと――
(こんな視界の悪い中で……)
森林の中で自分の存在を発見し、命中してもおかしくはなかった射撃を行った何者かに戦慄を覚えていた。
この時、セアレウスはその何者の弓矢の腕が確かなものであると判断していた。
この判断は同時に、ある可能性をセアレウスに示すことになる。
(いえ、これは本当にわたしを狙ったものなのでしょうか? もしかして、この矢は威嚇……あるいは警告でしょうか……)
それは、この矢がセアレウスを狙って放たれたものではないということ。
セアレウス自身は、この矢が威嚇や警告の意味で放たれた可能性があると考えていた。
さらに、この何者かこそが――
(ひょっとして、エクシリユスさん? )
エクシリユスではないかと思い始めていた。
根拠としては、真っ先に自分を狙わなかったことと弓矢の腕。
その二点のみだ。
(なら、ここはわたしの立場を伝えるべき)
セアレウスは、再び口を大きく開く。
「あの! わたしはイラ――! 」
しかし、すぐに彼女は自分の口を手で塞いだ。
それとほぼ同時に、彼女は後方へ向かと木の陰に身をひそめる。
矢を放った者がエクシリユスであるというのは、都合の良い考えであることに気づいたのだ。
つまり、矢を放った者が必ずしもエクシリユスではないことである。
そのうような疑念を持つことは当たり前のことだと言えよう。
確実にセアレウスの判断力は落ちていた。
今は、一刻も早くエクシリユスに合流しなければならない状況だ。
恐らく、それが彼女の判断力を鈍らせていたのだろう。
(しまった。迂闊でした……)
そして、彼女は後悔する。
それは無遠慮に自分やイライザ、エクシリユスの名を叫んでいたこと。
敵に自分達の情報を教える行為であり、避けるべきことであったのだと。
「わたしは……何をやって……」
そのことを考えれなかった自分に憤りすら感じるセアレウス。
「……今は後悔している場合ではありません」
しかし、今はそのようなことを考えている場合ではない。
セアレウスは気持ちを切り替えるためか、フルフルと首を横に振るった。
その後、木の陰からゆっくりと顔をのぞかせる。
先ほど自分がいた開けた場所、さらにその奥に目を向ける。
視界の中に人物らしき姿は見当たらなかった。
(とりあえず、これでお互いに姿が見えなくなったはず、さて……)
木の陰に顔を戻した後、セアレウスは考える。
(敵か味方か分からない。説得は期待できない……乱暴ですが大人しくなってもらいましょうか)
その結果、セアレウスは矢を放った者を捕らえることを目標とした。
エクシリユスであった場合は傷つけずに済み、敵であった場合は捕らえた後に対処が可能。
相手がどちらでも臨機応変に対応できよう。
(上手くいけばいくといいのですが……)
セアレウスは不安げな表情を浮かべる。
敵を捕らえるということは、倒すよりも難しいことである。
当然ながら、彼女はそのことを理解していた。
しかし、表情に出すほど気にしていることではない。
真に気にしているのは時間である。
短時間の中で、敵を捕らえることができるのか。
敵の位置すら分からない状況で、セアレウスはそのことが一番気になっていた。
(……多少の無茶をしなければ、いけませんね)
セアレウスは深呼吸をした後、腰の両側に下げていたアックスエッジを左右それぞれの手で取る。
(さて、やりましょう! )
そして、意を決したのかセアレウスは、木の陰から飛び出して開けた場所に向かった。
その場所のちょうど真ん中辺りで足を止め、周囲を見回す。
「……!? 」
ほどなく、セアレウスは素早く上を見た。
上部に何かが通る気配を感じたのである。
その何かとは状況からして、高い確率で敵の放った矢であろう。
故に、セアレウスは反応したのだが――
「……あれ? 」
見上げた先に矢は見当たらなかった。
そのことがセアレウスには不思議であった。
何故なら、自分目掛けて降ってくる矢の姿を想像していたからである。
「気のせい……でしたか? 」
セアレウスは怪訝そうな表情を浮かべながら、顔の向きを下げる。
そして、再び周囲を警戒することになるのだが――
「……いや、そんな! 」
彼女は何かに気づいたのか慌てて後方に振り返った。
すると、視界に映ったのは自分の顔に目掛けて飛んでくる矢であった。
その矢の進行方向はほぼ直進。
つまり、この矢はセアレウスの後方から放たれてきたものである。
「わたしの後ろにいた? そんなことって!? 」
驚愕の表情を浮かべるセアレウス。
敵は自分の後方に潜んでいたことに驚きを隠せなかったのだ。
慌てた様子でセアレウスは横に跳躍する。
躱すには充分なタイミングであった。
「え……? 」
跳躍後、地面に足を付けた時、セアレウスの表情は驚愕の色に染まっていた。
信じられないと言わんばかりである。
セアレウスは、自分の脇腹に目を向ける。
すると、その部分を覆うローブの生地が切れ目が入っていた。
当然ながら、デザインで元々そうなっていたわけではない。
「避けた……はずなのに……」
矢によって切り裂かれたのだ。
完全に矢の進行方向から、セアレウスの体が離れていた。
しかし、矢は彼女を掠めていた。
幸いなことにローブに切れ目が入っただけで、体に傷はないが――
(何故? 何が起こったというのですか……)
セアレウスは安心も納得もできなかった。
「……!? 」
セアレウスは、ビクリと体を震わせる。
またも矢が放たれた気配を感じ取ったのだ。
気配を感じたのは、またも上方向。
しかし、先ほどはそれがアテにならなかったためか、セアレウスは周囲を警戒する。
「今度は前っ!? 」
すると、先ほどは後方だったのに対して、今回は前方から矢が迫ってきていた。
「ウォーターブラスト! 」
迫る矢に対して、セアレウスが取った行動はウォータブラストの使用。
ただし、矢を迎撃するためではない。
矢を確実に躱すためである。
セアレウスがウォーターブラストを放った方向は下方、つまり地面であった。
セアレウスの左手から水が放射され、その勢いを利用し彼女は高く跳躍する。
この際、彼女は矢から目線を外すことはなかった。
故に、気づくことができた。
(そういうことですか! )
セアレウスが跳躍した今、矢はの下を直進するはずである。
しかし、以前として矢は彼女の真下にある。
そして、矢は変わらずセアレウスに向かって直進していた。
矢の進行方向が上方向へと変化しているのだ。
「なんということですか! 弓の腕が良いというレベルでは……! 」
敵に情報が伝わることを懸念し、大声は出すべきではない。
そう決めたはずであるにも関わらず、セアレウスは叫んでいた。
彼女は、矢の進行方向が変化する一部始終を目で捉えることが出来ていた。
矢は彼女が跳躍したとほぼ同時に、その先端部の向きの変更を開始。
セアレウスを追うようにして、弧を描くように上へと進行方向を変えたのだ。
つまり、矢を放つ何者かは――
「矢の向きを操れるなんて! 」
ということである。
何者かが放つ矢は、ほぼ必中だということだ。
そして、その事実は何者かの位置の特定が不可能に近いことを意味している。
セアレウスにとって、最悪の状況であった。
しかし、驚愕の声を上げていたのだが、彼女は僅かに笑みを浮かべていた。
もしも、イアンや特にネリーミアがこの時の彼女の表情を目にしていたとしたら呆れていたことだろう。
2020/3/3 前書きのあらすじを掲載し忘れていたので追加
2020/5/6 前書きに意味不明なところがあったので削除




