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二十八話 攪乱する青

~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~


●イアン・ソマフ

この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。

戦斧を武器とする冒険者。

女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。

今は戦闘により着ていた服が破損したため、代替でキキョウの服を着ている。


○セアレウス

青色の長い髪を持つ少女。

血の繋がりはないがイアンの妹。

冒険者であり、アックスエッジと呼ぶ特殊な武器と水魔法を駆使して戦う。

誰に対しても敬語で話し、基本的には真面目であるのだが、

時々突拍子もないことを言い、主にイアンを困惑させることがあるが、

最近はネリーミアに被害が及びがち。


○ネリーミア

一人称が「僕」の落ち着いた雰囲気のダークエルフの少女。髪の色は淡い紫。

彼女も冒険者であり、普通の剣と何かしらの能力を持つ白い剣を使い分けて戦う。

イアンとは兄妹関係ではないが、彼のことを「にいさん」と呼び、彼女にとってイアンは親しい存在である。

基本的に心優しい性格で大人しい。この性格のためか自分よりも他人の意見を尊重しがち。


○キキョウ

胡散臭い雰囲気を持つ狐獣人の少女。髪の色は基本的に銀色。

高い知力を持ち、己の思惑を実現するために狡猾に立ち回る。

刀による剣術、魔法、妖術と扱える技能は多彩であり、幅広い戦術を持つ。

自分と親しく特別な存在であるイアンのことをあにさまと呼ぶ。


○イライザ

外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。

フォーン王国の貴族で、護衛依頼によりイアンと共にアニンバまでやってきた。

厳粛な貴族のイメージとは異なり、明るく人当たりが良い。

未だに謎多き人物。


~~~~~~~~~~ あらすじ ~~~~~~~~~~

イライザの依頼により、レウリニア王国の第一王子であるレナウスに

協力することになったイアン達。

その協力の内容は、王国内で住民の洗脳や殺害などを行う危険組織

グリーンローブの調査および壊滅。

洗脳を得意とする組織のため、精神異常攻撃を常時無効化できる

イアン単身による敵本拠地への侵入が考案された。

現在、その準備段階として、敵の戦力の分散と削減を目的に陽動作戦を実行中。

青い髪の少女が狙われていることを利用し、イアン班とセアレウス班に別れて敵の目を引き付けに行くのだった。

 ――ライウォール。


レウリニア王国を南北に隔てる大河に接する町だ。

ケンウォールと同じく巨大な石橋を有している。

言ってしまえば、ケンウォールと同じような町だ。

しかし、異なる点は大きく二つ存在する。

まずは、町の位置。

ケンウォールが王国の南部東側にあるのに対し、ライウォールは南部西側に位置している。

従って、北部と南部西側を往来する際の中継の町としての役割を担っていた。

北方には港町サトーハイ、南方は王都周辺となっており、国内のみならずサトーハイからやってきた外国の者達も頻繁にこの町を訪れる。

その往来する人の数はケンウォールを凌駕する。

さらに、町の規模や景観、住民の数、商店の質など、どの点においてもライウォールは、その上をいく。

ライウォールは、ケンウォールよりも栄えている。

これが異なる点の二つ目である。

どちらもケンウォールより優れた点だとも言えよう。

それは国も承知のことで、ライウォールを重要視している。

故に、この町に駐在する騎士団の規模は大きい。

騎士達の厳しい検問や巡回等の治安維持活動により、ライウォールの平穏は守られている。

犯罪や小さな揉め事にすら巻き込まるれることは一切ない。

そのはずである。







 ――昼頃。


ライウォールの一日の中で、もっとも賑わいを見せる時間帯である。

町の広場や通りは、観光客、商談、町の住民といった様々な人で溢れかえっていた。

視界に入る人の動きに注意しなければぶつかってしまうほどで、歩くだけでも一苦労だ。

そのような人混みの中をある人物は、堂々とした足取りで進んでゆく。

その人物とは、このライウォールに駐在する騎士であった。

巡回の任を受け、こうして町の中を歩き回っているうちの一人である。

この町の騎士特有のデザインのジャケットにズボン、その上に金属製の鎧や小手を身に着けている。

有事の際に備えてか、腰には鞘に収められた剣を下げていた。

初めてこの町に訪れた旅人さえも、騎士であると分かる装備だ。

故に、人混みの中であっても、この騎士の存在は目につきやすい。

そして、人々は騎士の姿が視界に入れば、町の平穏を守る者への感謝と尊敬の眼差しを向けることだろう。

しかし、例外となる者は存在した。


「ちっ、騎士の野郎が邪魔だな……」


一人の若者が忌々し気に呟いた。

頭の上から獣の耳を生やしている様から獣人の者だ。

彼の装備は、薄汚れた服の上に色あせた皮製の鎧であった。

お粗末なとも言える装備の彼は、騎士ではなく賊の類でもない。

彼は、この町と拠点とする冒険者である。

どういうわけか人混みの中で、騎士の背中を恨めしく見つめていた。


「くそぅ、そこにいるってのによぅ」


否、彼が本当に見つめているのは騎士の背中ではなかった。

主に視線を向けているのは本命とも言うべき者、彼の標的である。

騎士の背中は、ついで程度で時折チラリと視線を送る程度であった。


「ん? しめた! 」


獣人の冒険者は、小さく歓喜の声を漏らす。

標的が人混みを抜け、路地に向かったからだ。

この町には、住民ですら寄り付くことの無い路地が少数存在する。

そこは立ち入り非推奨区域とされ、騎士達も巡回に訪れることのない場所だ。

彼の標的は、そこへ足を踏み入れたのである。


「ラッキー! これで、人目を気にすることなく仕事をこなせる! 」


獣人の冒険者は嬉々として、標的を追う。

そして、路地に入るやいなや、ニヤリと頬を吊り上げて舌なめずりをする。

建物の壁に囲まれた細い道の先には、少女の後ろ姿があった。

彼女は、丈の長いローブで身を包んでおり、首から下はどのような恰好であるかは分からない。

しかし、獣人の冒険者にとっては、頭部以外はどうでもよかった。

獣人の冒険者が引き受けた依頼は、青い髪の少女を生け捕りか殺害すること。


「へへっ、観念しな。青い髪の嬢ちゃんよ」


少女の髪の色は、青色であるのだ。

目標は生け捕りにしたほうが報酬は高い。

そのことで頭がいっぱいの彼は、麻縄を取り出し、ゆっくりと早足で少女に近づく。

済んでのところ、飛びかかろうとした瞬間――


「あ!? 」


獣人の冒険者は、驚愕の声を上げた。

青い髪の少女が走り出したからである。


「へっ! 獣人の……犬獣人のオレがなぁ! 」


驚いたものの彼は、すぐに少女の背中を追い始める。

彼が獣人に対して、少女は見た目からして人間だ。

身体能力が高い獣人に追いつかれるのいは時間の問題である。

走り出してからほどなく、獣人の冒険者は、少女の背中目掛けて手を伸ばしつつ言った。


「お、追いつけねぇだと!? 」


距離にして、三百メートル。

いくつかの曲がり角を通り抜けたのち、獣人の冒険者は少女に追いついてはいなかった。

それどころか少女の背中は、小さくなっていく一方。


「は、速ぇ……いや、それだけじゃねぇ……」



少女の走る速度に変化は見られなかった。

足の速さだけでなく、同じ速度を維持し続けられるほど体力量も桁違いであったのだ。


「くそっ! 獣人として……負けるわけには! 」


必死に走るも一向に差は縮まることはない。

それでも、獣人の冒険者は少女を追い続けた。

やがて、彼の足は止まることとなる。


「うおお!? 」


驚きの声と共に、その時はやってきた。

かつて、少女が通った曲がり角に入った時である。


「て、てめぇ! 危ないだろうが! 」


獣人の冒険者は、目の前に向かって怒号を飛ばす。

そこに一人の人物が尻もちをついていた。

少女ではなく、彼と同じような装備の冒険者である。

獣人の冒険者は、その者と出合い頭にぶつかりそうになっていたのだ。


「な、なんで……青い髪の女のガキはどこにいった!? 」


人間の冒険者も同じ依頼を受けているようであった。


「あ? 何言ってんだ? 」


「青い髪の女のガキがやってきて、そっちの方に行ったんだよ。しらばっくれてんなら、承知しねぇぞ! 」


「ああ、引き返したってのか! 」


獣人の冒険者は、不可解な表情をした。

少女がこの曲がり角に入ってから、その姿を見ていないからだ。

目の前の人間の冒険者の発言が正しければ、引き返す様を目撃しているはずである。


「嘘だろ! オレは見てねぇぞ! 」


「なに!? じゃあ、どこに行ったってんだ! 」


「知らねぇよ! てめぇ、手柄を独り占めするつもりで隠したな? 」


「はあああ!? そりゃ、てめぇのほうだろうが! 」


獣人の冒険者と人間の冒険者は、互いに言いがかりを言い合う口論を始める。

やがて、取っ組み合いの喧嘩が始まり――


「さっきここに女の子来なかった? 青くて長い髪の」


「こっちの方に……って、なんだ? それより、青い髪の奴見なかった? 」


「うるせえ! 青い髪は……手柄はオレのもんだ! 」


「なに!? てめぇ、さてはもう捕まえてんだな? 」


同じ依頼を受けたであろう冒険者が徐々に集まり出す。

そして、二人の喧嘩は怒号が飛び交う大乱闘にまで発展するのだった。


「うーん……見られている気はしましたが、ここまで多かったとは……」


彼らを建物の屋根の上から見下ろす者がいた。

その者はローブを身に着けており、風に揺られて穏やかにはためいていた。

彼女の長い髪は反物のように揺らめき、色は深い海のような青。

さきほどまで獣人の冒険者が追っていた少女と同一人物であり――


「確かにわたしの髪は青色ですが、兄さんの髪の色とは少し色が違います。今更な気がしますが青色なら誰でもいいのですね」


セアレウスであった。

彼女は曲がり角を通った後、さらに曲がり角を通っていた。

そこで、もう一人の冒険者と遭遇していたのだ。

くるりと反転して一度来た道を引き返し、そびえたつ左右の建物の壁、その片方目掛けて跳躍。

頭から激突することはなく、壁を蹴ってさらに高く跳躍し、反対側の壁へ。

それから壁と壁の間を跳ねるように跳躍を繰り返し、こうして屋根の上にいるのだ。


「さて、ここまで探して見つからないとなると……ん? なんでしょうか? 」


ポンと肩を軽く叩かれ、セアレウスは振り返る。

すると、彼女の背後にイライザの姿があった。


「やあ、ベリーグッドだよ。さっきのぴょんぴょん跳び最高」


イライザは、緩く締まりのない表情で微笑んでいた。

その顔を見て、セアレウスは深いため息をつく。


「あ! 探しましたよ、イライザさん。やけに朝が早いと思えば、このローブを渡してすぐに宿から姿を消すんですから」


「えへへ、ごめんごめん」


「はぁ……」


口では謝っているものの、微笑んだままのイライザは反省などはしていないだろう。

そう思ってしまい、セアレウスは追及する気力は削がれ、またため息をついたのだった。

二人がこの町に着いたのは、昨日の夕方の頃。

難なく検問を終え、町に入った二人は宿で一夜を明かした。

その後は、セアレウスの発した通りである。

イライザはどこかに消え、セアレウスは彼女の捜索。

捜索の最中に町の冒険者に追われ、今こうして逃げ切ったところであったのだ。

つまり、青い髪を露出したまま町を歩き回り、意図せずして陽動を行っていたのだ。


「最初から、あなたの意図を教えてくれても良かったのでは? 」


脚色の一切無いセアレウスの心の声である。


「こういうのは、意識しないでやったほうがいいんだよ。あからさまって思われないからね」


対して、イライザは表情を変えることなく、そう返した。


「むむ……困ったことに、これがまた一理あるんですよね……」


「あっはっは! 意味のあることしか私はやらないから安心してよ。大抵はね」


ガックリと項垂れるセアレウスの背中をイライザはバシバシと叩く。

なににしろ、イライザの思惑通りに事が運んだ結果であった。


「さて、もうお昼だし、ブレークタイムと行こうか」


イライザは軽快な飛び跳ねつつ移動し、屋根から別の屋根へと飛び移った。


「休憩……ですか。しかし、この町には、もうゆっくりできる場所は無いかと思います」


「うん。昨日泊まった宿屋も、もうダメだね」


「でしたら、一度外に出ましょうか? 」


「そう思っちゃうよねぇ。でも、あるんだなぁ。ま、とりあえずついてきてよ」


そう言って、イライザは屋根伝いに遠くの方へと向かっていく。

その際、彼女は跳躍後に空中でくるりと体を丸めて回転したり、両腕で着地からの跳躍など――


「さらっとあの身のこなし……」


冒険者であるセアレウスが目を奪われるほどの身体能力を見せつけていた。


「……いけない。また見失ってしまいます」


セアレウスは首を左右に振るった後、イライザの後を追いだしたのであった。








 イライザの後を追い、セアレウスがやってきたのは一件の建物であった。

住宅街の隅にある狭く一部屋しかない小さな建物である。

中に入れば、テーブルと小さな二つに椅子という最低限の家具しか置いていない。

テーブルの上には、麦わらのカゴが置かれており、中には様々な具を挟んだサンドイッチが詰められていた。

イライザが用意した昼食であろう。

準備がいいことに、水差しと二つのグラスまでテーブルの上に用意されていた。


「……まさか」


部屋に入ってすぐ、セアレウスはある予測をしていた。

それは、自分やイアンでは考えもすらしないこと。

だが、イライザならやってもおかしくないないことである。


「この家を買ったのですか? 」


誰の目もつくことなく、この町の地理に明るい冒険者達に探られることのない場所はどこか。

寂れた喫茶店だろうか、入り組んだ路地にある低価格の宿屋だろうか。

答えは、どこにもないだろう。

そのような場所を探すのは不可能と言えよう。

何故なら、旅人が訪れるような施設は誰でも来れる場所だからだ。

ならば、誰も来れない場所を探せばいいということになるが、そう簡単にはいかない。

そのはずであるのだが、イライザは違ったのだ。

イライザは大金を持っている。

それも小腹がすいたからとおやつを買う感覚で家を買えるほどに。

彼女が貴族という身分から、セアレウスは家を買うという可能性を導き出したのだ。


「うん。借りるだけしようと思ったけど買ったわ。アニンバでお金補充できたし」


そして、実際にその通りであった。


「でも、流石におやつ感覚ではないよ。そんなわけないじゃん」


否、若干異なるところはあった。


「勿体ない感じはするけど、出し惜しみはしていられないからね」


「だからと言って、家を買うとは……」


「まあまあ、出来るだけ安い家を選んだわけだしね。気にしなくていいよ」


そう言って、イライザは椅子に座る。

そして、テーブルの上に置かれたバケットの中から、サンドイッチを一つ取り出し――


「お昼食べながら、これからについて話そうか」


と、セアレウスに言うのだった。


「は、はい。いただきます」


彼女の言う通りに、セアレウスも椅子に座り、サンドイッチに手を付ける。


「この町に来たばかりだけど、セラちゃんのおかげで、もうやることはないかな」


「と言いますと、もう陽動は充分ということですね? 」


「うん。だから、これ食べた後は冒険者に見つからずにこの町を出ていくだけだね。次が本命だよ」


イライザは手にしたサンドイッチを食べきると、懐から一枚の紙を取り出す。


「残りのサンドイッチは、セラちゃんにあげる。欲しかったでしょ」


「は、はい。ありがとうございます」


僅かに顔を赤くし、セアレウスは残りのサンドイッチをまとめて手に取る。

それから、イライザはカゴを床に移動させ、取り出した髪をテーブルの上に広げた。

その紙はレウリニア王国の地図であった。


「今、私達がいるのはライウォール。つまり、ここ。それで、次の目的地は東の方の……」


「……! ハムッ、ハムッ……ウッ! くうっ……クリンク村ですか!? 」


勢いよくサンドイッチを頬張った後、セアレウスは答えた。

途中、喉を詰まらせていたようで、苦しげである。


「うん。無理して答えなくていいからね。それで、この村には行ったことがあるんだっけ? 」


「いえ、わたしが行ったことがあるのは、この辺りですとメニウやレールポリスといった王都周辺です」


セアレウスは、イアンがやってくる前からレウリニア王国に滞在している。

彼と合流するまで彼女はいくつかの巡り歩いていた。

範囲は王国南部の西側、南はトップニウスから北はメニウ。

クリンクは、メニウの北西に位置しており、発言の通り足を踏み入れたことがなかった。


「なら、初めてかぁ。実は、クリンクは敵の拠点がある候補地の一つなんだよね」


「ウッ!? ゴホッ! ゲホッ! 」


敵の本拠地。

この言葉が今の時点で出てくるとは思わず、セアレウスは驚いていた。

結果、むせこんでしまったのだった。


「水、水。ごめんね。なんか、驚かせちゃったね」


むせるセアレウスに水の入ったグラスを手渡すイライザ。

セアレウスは水を飲んだ後、ふぅと息をついており、事なきを得たようであった。


「いいのですか? わたし達だけでも」


「あくまで候補だからね。本当かどうか確かめに行くだけで潜入はしないよ」


「そうですか。しかし、何故そこが本拠地であると疑うのですか? 」


「情報が少なくてなんとも言えないけど、グリーンローブの被害で無いからかな」


「被害が無い……」


被害が無いことがグリーンローブの何に繋がるのか。

セアレウスは、そのことについて考え始めた。

単純なことを言えば、被害が無いということは無縁だと言い換えることができる。

しかし、イライザの言わんとすることは、その裏に潜む可能性だ。


(被害が無い……いえ、あえて出さなかったとしたら……)


これまでグリーンローブの目撃情報は限りなく少ない。

はっきりと特定の人物として存在を確認できたのは、ケイプルでイアンに倒された者のみだ。

少なからず秘匿を優先しているはずである。


「目立たないように、あえて周辺では事を起こさない。そういうことですか」


それがセアレウスが導き出した答えであった。


「そうだね。目立ちたくないのなら、静かにしているはずだもんね」


彼女の考えは、イライザと同様のものであった。


「報告では、雇っているであろう冒険者の姿も見えないそうでね。何も無さ過ぎて、逆に怪しいみたい」


「……ん、報告? もしかして、助っ人というのは……」


「そう。クリンクの村に一人。そして、このライウォールにもう一人いるはず……はず……」


「お、おや? 」


イライザの表情は、緩く締まりのない表情だ。

しかし、張り付けられたもののように、微妙な変化は見られない。

彼女の顔は凍り付いたかのように動かず、額にはうっすらと汗がにじみ出ていた。


「おっかしんだよねぇ。ここで落ち合うはずだったのに、どこにもいないんだもんなぁ」


イライザにとって、不測の事態が起きていたのだ。

彼女の動揺は、腕を組んで頭を捻る仕草から容易に読み取ることができた。


「それは大丈夫なのですか? 」


「あの娘に関しては心配ないと思うけど、ここで合流しておきたかったなぁ」


「では……いえ、合流は諦めて出発しますか? 」


「うん、そうする。きっと、匂いか何か嗅ぎつけて、そのうち合流するだろうしね」


イライザの助っ人に対する扱いは雑であった。

まるで、放し飼いの猫がご飯時に帰ってくるだろうと言っているようなものである。


「どういう人なのですか……」


この雑さに自然とセアレウスは呆れた声音で、心の声を口に出していた。


「うん? 元気いっぱいで太陽みたいに明るい子だよ」


丁寧にも、イライザはセアレウスの言葉に返答する。


「は、はぁ……」


イライザの返答は、いまいち容量の得ないものであった。

セアレウスは、どのように受け取れば良いのか分からず、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「でも、頼りになる子だよ。特にいざって時にはね」


「……! 」


しかし、この瞬間、セアレウスの表情は強張りだした。

イライザが助っ人と呼ぶ者。

彼女は、その者に近い人物と出会ったことがある。

そんなセアレウスだからこそ分かることがあった。

それは、助っ人と呼ばれる人物が実力者であること。

イライザが頼りにする者が並大抵な人物ではないことを彼女は知っているのだ。




2019年10月16日 誤字修正

「うん。昨日泊まった宿屋も、もうダメだめ」 → 「うん。昨日泊まった宿屋も、もうダメだね」

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