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一話 ある冒険者の帰還

 二年前と数カ月前、ある人物が冒険者となった。

その日から彼は、世界に点在するいくつかの大陸や島を渡る旅をした。

旅の中で、彼は様々な苦難に直面した。

彼が経験した苦難はどれも軽いものではなかった。

備わっていた不思議な力と出会った者達の協力のおかげで、苦難を乗り越えることができた。

彼自身そう考えており、実際にもその二つの要因が大きいと言えた。

今、彼は冒険者となった地へと帰ってきた。

そこは、世界で四番目に広いとされるバイリア大陸のフォーン王国。

理由があって、彼はその場所に帰ってきた。

家に帰りたかったなどの自己的なものではない。

かといって、国や世界を救うといった大それたものでもない。

旅の中で出会った少女達との約束を守るためであった。

彼――イアン・ソマフはそのために帰ってきた。







 フォーン王国にはカジアルという街がある。

質の良い商店や宿屋が街の中に多数あり、それらを目当てにする者が多い。

さらに、カジアル騎士団、カジアル魔法学院といった施設があり、剣や魔法を学ぶ者も集まってくる。

人が集まる要素を多く持っているこの街は、王国の中で一番栄えていると言えた。

いくつかの人が集まる要素に、まだ挙げていないものが一つある。

それは、王国の冒険者ギルド本部だ。

冒険者ギルドは世界各地に点在するが、地域一体を取り仕切る本部となる施設は国の中でただ一つである。

フォーン王国は、冒険者ギルド本部を人が集まるという理由でカジアルに置いていた。

王国の狙い通り、そこの冒険者ギルドに託される依頼の数も、依頼を受ける冒険者の数も多い。

加えて、人間だけではなくエルフや獣人といった様々な種族の姿も見ることができる。

いつもカジアルの冒険者ギルド本部は、様々な人で賑わいを見せていた。


「うーん、まだですかねぇ…」


冒険者ギルドの中には、依頼主と冒険者が話し合う応接室を備えている。

施設内の応接室が立ち並ぶ廊下に、一人の男がいた。

その男は一言で言えば巨漢である。

全身の筋肉は膨れ上がった男らしい体型、禿頭で人相の悪い厳つい顔。

服装は白シャツに長ズボン、両肩にはトゲを生やした肩アーマーを付けている。

そんな外見が山賊のような彼だがれっきとした冒険者である。

今は、依頼は受けずに廊下で人を待っていた。

待っている時間は一時間を超え、男はくたびれたのかぶつぶつと独り言を呟いていた。


「お! 」


彼が立っていたすぐ隣にある扉が開かれる。

応接室の扉であり、その中にいた人物を男は待っていた。


「待たせたな、ミーク」


開かれた扉から、一人の人物が現れる。

その人物を待っていた男の名はミーク。


「いやぁ、長い話でしたなぁ。イアンさま」


ミークは現れた人物に向かって、ニコニコと笑顔で答えた。

彼が待っていた人物の名はイアン・ソマフ。

ミークにとって、仕えるべき尊い存在であった。


「それにしても、イアンさま」


「なんだ? 」


「今日もお美しいですなぁ! 」


何故、ミークはイアンに仕えているのかといえば、一番に彼が美しいからだ。

イアンは、まず今年で十六になる少年である。

髪は水色で、長い後ろ髪を白い布で結い、一本に纏めている。

顔は、誰もが美しい或いは可愛らしいと表現するであろう整った顔立ちであった。

体型は細身であり、少年ではなく少女に見える容姿であった。

そんな彼の服装は、黒いシャツに茶色の長袖のジャケット、暗い茶色の長ズボン、足には黒色のブーツである。

男性が身に着ける服装であった。

それでも、少女に見えるほどの容姿と雰囲気であった。

ミークはイアンに一目惚れし、仕えるために彼と同じ冒険者となったのだ。

ちなみに、イアンはミークを自分の騎士だとは認めておらず、仲間であると思っている。

さまを付けて呼ばれることに関しては、やめろと言っても変わらないので諦めていた。


「はぁ……」


イアンは短いため息をついて、冷たい水色の瞳をミークへ向ける。

彼は常日頃、女性に間違われたり、美しいや可愛いと称賛されている。

自分は男であり女ではないと思っており、女性扱いされることに関しては、嫌なことであった。

彼は表情の変化が乏しく、いつも無表情だ。

この時、他人からは無表情に見えるのだが、イアンにとっては苦い表情を浮かべているつもりであった。


「あ、間違えました。かっこいい……男らしいです」


「そうか! 」


女性扱いは嫌いな反面、男として褒められると嬉しかった。


(まあ、嘘なんですけどね)


それが嘘であると見分けがつかないほど、イアンは喜ぶのだった。


「それで、依頼は受けるんですかい? あと、依頼主ってどんな奴でした? 」


「ああ、依頼主は……」


イアンが振り返ろうとした時、彼の後ろで開いていた扉が閉じられる。

二人の会話を聞き、見計らったようなタイミングであった。


「……少し特殊でな。まだ顔は見せたくはないらしい」


「うん? 特殊っていうより変ですねぇ。あと、その布っきれはなんです? 」


「これは、布っきれではなく外套だ」


応接室から出た時から、イアンは外套を持っていた。

イアンは外套を翻しつつ身に纏った。

外套は、マントに頭巾が付いた仕組みをしている。

風切り音が鳴った後、イアンの肩から膝の辺りは外套のマント部分に、頭は頭巾の部分に包まれていた。


「これは見事に隠れてますねぇ。正直、着る瞬間を見てなきゃ、イアンさまだって分かる自信はありませんぜ」


自信がないとミークが言うほど、イアンであると判断できる外見的特徴は、外套によって隠されていた。


「何よりだ。オレはこれから身を隠さなければならなくなった」


「なんで隠れなきゃいけないんです? 」


「依頼のためだ」


「えー? なんかその依頼怪しくないですか? 身を隠せなんて、変ですよ」


ミークは、素性を隠すということに理由があることには理解していた。

しかし、その理由がやましいことをするからではと疑っていた。


「どうしてこんな依頼を受けるんですか? 」


そんな怪しい依頼を何故イアンが受けようとしているのか。

ミークは分からなかった。


「変……確かにな。だが、この身を隠すというのは、オレのためでもある……らしい」


「え……どういうことです? 」


ミークは、ますます分からなくなった。


「とりあえず、依頼は受ける。五日後、ノールドで集合だ」


ノールドとは、ここカジアルから西にある港町である。


「ノールド……って、まさか! い、いいんですかい!? 」


依頼でノールド、すなわち港街へ向かうこと。

そのことに、ミークは驚いた。

これからイアンは大陸を出ようとしているのではないか。

ミークは、そのように考えており、信じられないことであった。


「色々と事情があるのだ。あとで説明する。では五日後また会おう」


「え……は、はい。あ、いや、俺も身を隠す必要ってありますよね? 」


「ない……と思う。じゃあな」


外套を身に纏うイアンは、スタスタとミークの前から歩き去っていった。

また会うことにはなっているのだが、名残惜しさなどは一切見られない。


「ああっ! ちょっと……って、行っちゃったかぁ。せっかく、二年経って会ったばかりなのになぁ」


一方のミークは、名残惜しそうにしていた。

よほどであったのか、肩落として項垂れていた。

しかし、落ち込んでいたのはほんの僅かな間で、すぐに彼は背筋を伸ばす。


「……でも、イアンさまが決めたことだ。俺がやることは、全力でイアンさまを支えること! 」


そして、自分に課した使命を口に出しつつ、両の拳を頭上へ掲げた。

ミークがイアンに仕えようと思った一番の理由は容姿であるが、それだけではない。

共に旅をしてきた中で、イアンの性格や行動に移す際の考え方を見てきた。

そして、容姿という外面だけではなく、内面も魅力的であると思うようになっていた。

故に、イアンの選択には心配はするものの、決定したことに関しては最終的に不満はなかった。







 冒険者ギルドを出た後、イアンはカジアルの街の中を歩く。

まだ日の明るい午後ということもあり、街の中は人の往来が盛んだ。

イアンが歩く道も例外ではなく、多くの人とすれ違っていた。

彼の姿は、多くの人にとって美しい少女に見える。

そのため、人目につく場所にいれば視線を感じることがあった。

二年前は気にならなかったことだが、最近になって気になり始めていた。

感じる視線の数が多くなり、それが不快に思うからだ。

理由としては、以前よりも綺麗になったことで目立つようになったから。

そのようなことが考えられるが女性扱いが嫌いなイアンがそれを考えるはずもなく、分からないままであった。

結果として、最近のイアンは人の多い場所に出ることが少しだけ嫌になっていた。


「少し……いいものだな」


街を歩くイアンは、思わずそう呟いていた。

今、自分に向けられる視線は全く感じられなかった。

外套で身を隠しているため、誰もイアンの姿を見ることがないからだ。

不快に思うことがなく、気分がよくなるイアンだが――


(いや、この状況はよくないな)


自分の姿を隠すことには思うことがあった。

嘘をついているような後ろめたさを感じるからであった。

故に、視線を感じない気分の良さを感じつつも、居心地の悪さも同時に感じていた。


(だが、必要なことだ。ミークが言った通り、変ではあるがな)


今の状況を選んだのは、イアンである。

しかし、考えたのは彼ではない。

今回の依頼は甘んじて受け入れたものであり、選んだもののいくつかの不安や疑問があった。

そのため、歩いている最中に何度も、依頼主との会話を思い返すのだった。




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