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二十七話 心のしこり

~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~


●イアン・ソマフ

この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。

戦斧を武器とする冒険者。

女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。

今は戦闘により着ていた服が破損したため、代替でキキョウの服を着ている。


○セアレウス

青色の長い髪を持つ少女。

血の繋がりはないがイアンの妹。

冒険者であり、アックスエッジと呼ぶ特殊な武器と水魔法を駆使して戦う。

誰に対しても敬語で話し、基本的には真面目であるのだが、

時々突拍子もないことを言い、主にイアンを困惑させることがあるが、

最近はネリーミアに被害が及びがち。


○ネリーミア

一人称が「僕」の落ち着いた雰囲気のダークエルフの少女。髪の色は淡い紫。

彼女も冒険者であり、普通の剣と何かしらの能力を持つ白い剣を使い分けて戦う。

イアンとは兄妹関係ではないが、彼のことを「にいさん」と呼び、彼女にとってイアンは親しい存在である。

基本的に心優しい性格で大人しい。この性格のためか自分よりも他人の意見を尊重しがち。


○キキョウ

胡散臭い雰囲気を持つ狐獣人の少女。髪の色は基本的に銀色。

高い知力を持ち、己の思惑を実現するために狡猾に立ち回る。

刀による剣術、魔法、妖術と扱える技能は多彩であり、幅広い戦術を持つ。

自分と親しく特別な存在であるイアンのことをあにさまと呼ぶ。


○イライザ

外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。

フォーン王国の貴族で、護衛依頼によりイアンと共にアニンバまでやってきた。

厳粛な貴族のイメージとは異なり、明るく人当たりが良い。

未だに謎多き人物。



 アニンバを出たセアレウスは、イライザと共に南に向かって進んでいた。

今、彼女達がいる地域は広大な草原地帯。

見える景色は空の青色と一面に広がる草場の緑。

そして、地平線の彼方へと続く茶色の地面となる街道くらいなもの。

セアレウス達は、この街道に沿って彼女達の目下(もっか)の目的地であるライウォールを目指いしていた。


「ライウォールは、この前言ったケンウォールと似たような町なんだよ」


軽やかな足取りのイライザは、隣のセアレウスに話しかける。

これから行くラウォールについて説明しているようであった。


「だから、おっきい石橋を渡ることになるよ。大河を渡る必要があるからね」


イライザの口から次々と説明という言葉の群れが吐き出される。

アニンバを出た時から今までこの調子である、

対して、セアレウスは「はい」や「そうですか」と返事をするのみ。

イライザが絶え間なく話を振っているわけではない。

話をしなければ、沈黙が訪れるからだ。

アニンバを出てからというものセアレウスは口を閉ざし気味であった。


「なんか元気ないね」


イライザは、今ままでセアレウスの様子に気づかないフリしていた。

しかし、いつになってもいつもの調子が戻らないと思ったのか問いただすことにした。


「……いえ、そんなことはないですよ」


セアレウスは隣を歩くイライザに微笑みを向けた。


(やっぱり、落ち込んでいたままだったかー)


彼女の顔を見て、イライザは心の中で嘆息する。

今のセアレウスの顔には、どこか陰りがあるように見えたのだ。

そして、イライザはそのような顔をする原因をなんとなく察していた。


「どうしたの……って、聞くまでもないか。グリーンローブ……敵の本拠地にイアンさんと一緒に行けないことだね」


セアレウスは、返事をすることも頷くこともしなかった。

それでも、イライザは的を得たことを言ったのだと確信していた。

イアン一人でグリーンローブの本拠地に潜入する。

これを聞いた瞬間、セアレウスは目の色を変えて異を唱えていた。

ネリーミアも同様である。

その後、イアンの説得の言葉を受けたものの、二人は煮え切らない様子であったのだ。


「力不足って、遠回しに言われたことがショックなのかな? いや、違うかな……というよりは分からないね。私はあなた達じゃないから」


悔しいという気持ちは、イライザにも理解できることであった。

しかし、何故悔しいかまでは彼女には分からなかった。

故に、イライザはセアレウス達の思いに踏み込むことなく距離を置いた。

セアレウスが自分から話し始めるのを待つことにしたのだ。


「……わたし……わたし達は二年もの間、兄さんと離れていました」


やがて、セアレウスの口がおもむろに開かれる。

その口から発せられたのは、イアンと離れることとなったきっかけの話のようであった。


「強くなるため……自分のためにとわたしは修行することにしたのです」


セアレウスは、ゆっくりと空を見上げた。


「しかし、半分は嘘です。兄さんを守れるほど、強くなりたかった……きっと、他の三人も同じ気持ちでしょう」


イライザは、空に向かって呟き続けるセアレウスの横顔を見つめる。

その時、セアレウスは上げていた顔をゆっくりと下げて、やがて俯いてしまった。

顔の半分は暗い影に隠れてしまっている。

今、彼女がどのような表情をしているのか。

イライザからは、その全体像を見ることはできなかった。


「なのに……一番傍にいるべき時に傍にいられない。それが非常に悔しい……仕方のないことだって頭では理解できても、自分に言い聞かせても心はどうも誤魔化しきれない……です」


そう呟いた後、セアレウスは口を閉ざした。

それから、再び開くような素振りや雰囲気を出すことはなかった。

顔を俯かせて、ただ歩くだけである。

そんなセアレウスの姿を見て、イライザは腕を組み、彼女と同じように俯いた。


「強くなろうとしていたのは君達だけなのかな? 」


イライザが俯いたまま、ぽつりと呟いた。


「きっと、イアンさんも強くなろうと頑張ってたんじゃない? 」


そして、セアレウスの返答を待たずに、そう続けた。

イラこれは、イライザの独り言であった。

あくまで、部外者の個人的な意見を述べているつもりであるからだ。

故に、イライザは俯いたままなのだ。


「前よりは強くなっているんじゃないのかな? 私は分からないけど、セラちゃん達には分かるでしょ? 」


イライザは、独り言を呟き続ける。


「イアンさんを大事に思うのは良いと思う……けどさ。あの人の強さ……っていうのかな? それを信じてもいいんじゃないかな」


「信じる……」


セアレウスの俯いていた顔が僅かに持ち上がる。


「私自身、辛い役目を押し付けたっているのは充分理解しているよ。その上で、イアンさんにしか出来ないことだと思ってる。私なりに、イアンさんを信じているよ」


「信じる……そうか、わたしは……! 」


セアレウスは、ハッとして顔を上げた。

彼女は気付いたのだ。

心のどこかで、イアンを信じ切れなかったことを。


(忘れていました……いえ、自分が兄さんより強くなったと慢心していました)


力不足だと悔しがっていたことが自分よがりのことであったことを。

その気持ちを振り払うように、セアレウスは首を左右に振る。

その後、隣を歩きつつ、独り言を呟き続けてくれたイライザに顔を向けた。


「ありがとうございます。イライザさんのおかげで大切なことに気付きました」


この時、セアレウスは自信に満ち溢れた表情をしていた。

先ほどの憂鬱なほほ笑みとは異なり、清々しいものである。

その表情を見て、イライザはニヤリと笑みを浮かべていた。


「わたしは、今自分に出来ることを精一杯やります! そう誓います! 」


そして、キラリと輝きを放つほど光を灯した目で、元気よく言い放ったのだった。


「そう! その調子だよ! 戻ってきたねいつもセラちゃんが! 」


満面の笑みを浮かべるイライザ。

セアレウスが立ち直ったことがよほど嬉しかったのか、彼女は諸手を挙げて自信の喜びを表現していた。

しかし、それは一瞬よりちょっと長いだけの短い間でのこと。

イライザは、すぐに上げた手を下ろし、いつもの緩いほほ笑みを浮かべた表情をする。

かと思いきや――


「それと、何もしないでイアンさんを送ろうとは思ってないからね。へっへっへ……」


何かを企んでいるような怪しい笑みを浮かべた。


「……? 」


唐突に奇妙なテンションになるイライザに、セアレウスは首を傾げた。


「イアンさんが着ていたセーラードレス。実は、あれは試験用に作られたもので、実戦用の正規型を着てもらう予定なんだよ」


「試験用? 実戦用の正規型……一体、何を……」


イライザが発した言葉をセアレウスは理解できなかった。

それもそのはずだ。

セアレウスには知る由もないことをイライザは喋っているからだ。


「セーラードレス……そういえば、あの服は異様に頑丈だったような。まさか……」


それでも、セアレウスにはイライザが発した言葉に思い当たることがあった。

それは、イアンの着ていたセーラードレスが頑丈であったこと。

少し頑丈に出来ているなど、運が良かったでは説明が出来ないほど頑丈であったのを彼女は目撃していた。

その頑丈な作りに関係する話をしているのだとセアレウスは思っているのだ。


「ふふふ、秘密裏にわたしが出資しているプロジェクトがあってね」


イライザが得意げに話を切り出す。


「新時代の防具の製造だよ。ほぼ身内にリサジニア共和国に留学した人がいてねぇ」


「リサジニア共和国……と言えば、あの時計などの機巧を発明した……技術大国ですね」


セアレウスはゴクリと喉を鳴らした。

リサジニア共和国と聞いて、技術、機巧、発明などの言葉を連想する者は少なくない。

まさに、技術大国として世に名を轟かせる国の名であった。

セーラードレスがどれほどの性能を秘めているのか。

その国の技術が使われていると匂わされたら期待せざるをえなかった。


「そう。さらに、その国の中でも最先端で異質な技術が使われているんだって。とにかく凄いらしい……あ、正規型は燃えないんだって! 」


「そのあたりの説明は詳しく聞きたいですね! 」


「あ、やっぱり。この手の話は食いつくと思ったよ。でも、私は沢山お金をつぎ込んだくらいしか詳しく知らないんだよねぇ。聞きたい? 」


「…………遠慮しておきます」


世の中には知らないほうがいいこともある。

好奇心を押し殺し、そのことを実感するセアレウスであった。


「そしてそして! さらに、イアンさんに合った武器も制作したんだよ。こっちも最先端だけど、フォーン王国(うち)の技術だよ。そういえば、もうそろそろ、アニンバに届くんじゃないかなぁ。どっちとも」


「お、おおお‼ 武器もですか! 」


「水面下で色々とやっていたんだよ。どう? 私って、出来る女って感じが……」


「え、あの! どんな感じの武器なんですか? 変形とかするんですか? 光線とか撃っちゃたり出来るんですか⁉ 」


目を輝かせて、イライザに詰め寄るセアレウス。

やれることは、ちゃんとやっていたイライザに関心する。

そんなことはなく、セアレウスは、ただただ新技術が使用された防具や武器について興奮していた。


「はい! 私の頑張りが伝わりませんでした! 変形はどうか分からないけど、光線は出しません! 」


イライザは、もうどうでもよくなり、投げやりに返答したのだった。


「えー……あれ? 」


セアレウスは首を傾げて、ふと何かを思い出したかのような素振りを見せる。


「なんでアニンバなんですか? 」


イアンは、港町サトーハイに向かっている。

それにも関わらず、アニンバに届くとはどういうことなのか。

セアレウスには、どうにも理解できないことで気になっていた。


「ん? あー……とりあえずってことかな。特に意味はないよ。うん」


この問いかけに対して、イライザの返答は曖昧なものであった。


「……? 兄さん達は一度アニンバに戻る予定なんですか? 」


「……その可能性が高い……ね。ま、とにかくやれることをやっていこう! 」


「は、はぁ……」


強引に話を締めくくるイライザ。

セアレウスは、彼女の言ったことを疑っているわけではない。

しかし、腑に落ちないところがあり、曖昧な返事をしたのだった。




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