表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/39

二十六話 戦いの始まり

~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~


●イアン・ソマフ

この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。

戦斧を武器とする冒険者。

女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。


○セアレウス

青色の長い髪を持つ少女。

血の繋がりはないがイアンの妹。

冒険者であり、アックスエッジと呼ぶ特殊な武器と水魔法を駆使して戦う。

誰に対しても敬語で話し、基本的には真面目であるのだが、

時々突拍子もないことを言い、主にイアンを困惑させることがあるが、

最近はネリーミアに被害が及びがち。


○ネリーミア

一人称が「僕」の落ち着いた雰囲気のダークエルフの少女。髪の色は淡い紫。

彼女も冒険者であり、普通の剣と何かしらの能力を持つ白い剣を使い分けて戦う。

イアンとは兄妹関係ではないが、彼のことを「にいさん」と呼び、彼女にとってイアンは親しい存在である。

基本的に心優しい性格で大人しい。この性格のためか自分よりも他人の意見を尊重しがち。



○キキョウ

胡散臭い雰囲気を持つ狐獣人の少女。髪の色は基本的に銀色。

高い知力を持ち、己の思惑を実現するために狡猾に立ち回る。

刀による剣術、魔法、妖術と扱える技能は多彩であり、幅広い戦術を持つ。

自分と親しく特別な存在であるイアンのことをあにさまと呼ぶ。


 ――アニンバ。


レウリニア王国における最北部に位置する村だ。

この村は、緩やかな丘の上にある。

村の中には畑のほか、柵に囲われた広い牧場も存在している。

この村の大半は、農業と畜産業で生計を立てているのだ。

村に入って家々や畑、牧場に挟まれた道に沿って進めば、大きな屋敷に辿り着く。

村の中で一番大きな建築物で、この村を収める貴族の家として建てられたものだ。

しかし、今はこの村にその貴族にあたる者は存在しない。

村長が村を取り仕切るようになってからは、来客の宿泊や災害などの有事における村人の避難場所として管理されている。

この屋敷の前方に二人の少女が立ち並んでいた。

屋敷の全貌を眺めるように立つ二人のうち片方は髪が青色、もう片方の少女の髪は淡い紫色だ。


「ふふ、やっとですよ。いやー腕が鳴りますね」


青い髪の少女――セアレウスが片方の腕を回しながら言った。

嬉しいのかこれから始まることに心躍っているのか彼女は笑顔であった。

そんなセアレウスの顔を見て、淡い紫色の髪の少女はほほ笑みを浮かべる。


「やる気があるのはいいことだよ。でも、ほどほどにね」


淡い紫色の髪の少女――ネリ―ミアは、優しい声音で声をかけた。


「でも、君の気持は分からなくもないよ。久しぶりに兄さんと旅ができるんだからね」


ネリーミアは、セアレウスから視線を外し、顔を屋敷の玄関口に向ける。

今、その玄関口の扉は閉ざされていた。

ネリーミアは、その扉が開かれる瞬間を今か今かと心待ちにしていた。


「そうですね。わたしは、ここに来るまで兄さんと一緒に旅をしてきましたがネリィ達がいると、また違うもの……きっと楽しくなりますね」


セアレウスも彼女と同じ気持ちであった。

今、二人がここに立っているのは、イアンを待っているからだ。

これから彼女達はイアンと共に旅をすることになる。

旅の目的は、このレウリニア王国の闇であるグリーンローブの排除。

王子からの直々の依頼であり、王国の未来を託されたと言っても過言ではない大役である。

それを自分が兄と慕う者と親友以上の関係の者達と共に為すのだ。

一般的な依頼、他の誰かと為す依頼とは比較にならないほど、二人は特別な気分になっていた。


「……お! ようやく来たようですね。行きましょう、ネリィ」


「うん」


扉が開かれる気配を感じ、二人は玄関口まで走って向かう。

屋敷の玄関前には、五段ほどの階段がある。


「うわっ! 」


その階段を上る最中、セアレウスは段差に躓いた。

転ぶとまではいかないものの、彼女の両手は床についてしまう。

ただ階段を走って駆け上がろうとしただけで、障害があったわけではない。

今のセアレウスの姿は滑稽(こっけい)に見えることだろう。


「ちょ……!? あはは! セラ、はしゃぎすぎ」


ネリーミアの目にはそのように見えていたようで、彼女は失笑(しっしょう)していた。


「えへへ」


セアレウスは振り向くと、照れた笑みをネリーミアに向ける。

次の瞬間――


「へがっ!? 」


屋敷の玄関の扉が開かれ、セアレウスの後頭部に激突する。

セアレウスは短い悲鳴を上げ、後頭部を手で押さえながら、ゴロゴロと階段から転落。


「うぉぉぉぉ……」


地面に転がった後は、よっぽど痛かったのか低いうなり声を上げながら蹲るのだった。


「セラ!? え、えええええ!? 」


ネリーミアは、慌ててセアレウスの元へ向かい、扉が激突した後頭部の具合を見る。

若干赤くなっているだけで、大事には至らないようであった。


「良かった。大したことないや……あ、イライザさん」


ネリーミアが顔を上げると、扉を開いた状態で固まるイライザの姿が目に映る。

彼女はひきつった表情をしたまま、蹲るセアレウスを見下ろしているようであった。


「とりあえず……大丈夫? 」


恐る恐るといった様子で、イライザがネリーミアに訊ねる。


「なんとか。恐らく……」


ネリーミアは、未だに蹲ったままのセアレウスを見て気の毒に思いつつ答えた。


「そ、そう。扉の前にいたのね。ごめんね。音的にすごい痛かったでしょ」


「謝ることはないと思います。むしろ、これでセラも落ち着いたかと……」


「それなら……あ、あはは、変な空気になっちゃたなぁ」


イライザとネリーミアは互いに苦笑いを浮かべ合う。

セアレウスが悪いという表現は正しくはないかもしれない。

しかし、彼女のおかげで微妙な空気が漂うのだった。


「そんなところで突っ立って何をしている? 」


抑揚にない声がこの微妙な空気を取り払うかのように発せられる。

声の主はイアンであり、屋敷の中から出てきたのだ。

彼はイライザの横を通り抜けると、階段の手前で立ち止まり――


「ネリィと……セアレウス。セアレウスは何をしているのだ? 」


と怪訝そうに首を傾げた。


「イライザさんが開いた扉が頭に当たって、そうなってるんだ」


「……よく分からんが、何をやっているのだおまえは……」


蹲るセアレウスを見下ろしながら、イアンはため息交じりにそう口にした。


「ところで、兄さん。その恰好はどうしたんだい? 」


ネリーミアは、イアンの恰好が気になっていた。

わざわざこうして訊ねるほどなのだから、その度合いは相当なものだ。

つまり、聞かずにはいられないほど気になっていた。


「ああ、これか。代わりの服が無くてな。キキョウのものを借りている」


イアンの恰好が気になる理由。

それは、キキョウの着ている服装であったからだ。

キキョウの着ている服は、着物と呼ばれる民族衣装の中でも特異なものだ。

それを今のイアンが着ているのだから一目瞭然であり、真っ先の目がつくというものだ。


「確か……アンドンハカマって言うんだっけ? なんで、それを着ちゃったの……」


「ん? なんで……とは? 」


「女の子が着るやつなんじゃあないの? キキョウが着てるやつだし……その……大丈夫? 」


イアンは余計に女性に見られると言い、女性ものの服を着たがらない。

ネリーミアのこの発言は、それを配慮してのものであった。


「む……いや、キキョウが言うには男も着るものがあるらしい。これもそうなのだと」


「え~本当かなぁ。あと、一応聞くけど髪型を変えたのには理由が何かあるの? 」


イアンの髪は腰に届くほど長い。

彼の髪型は、その長い髪を首筋のあたりで結び、一本にまとめていたものだ。

それが今は結び目が高い位置に上げられ、馬の尻尾のように結われた長い髪が垂れ下がっている。

一般的にポニーテールと呼ばれる髪型であった。


「理由? 特にない。ないとダメなのか? 」


「いや、ダメってわけじゃないけども……」


理由がなかったら、そもそも変えないのではないか。

そう思うネリーミアは、イアンの発言にいまいち納得できなかった。


「あたたた……あ! 兄さん、お久しぶりです! なんで、キキョウと同じ格好しているのですか? 」


セアレウスは痛みが引いたのかむくりと起き上がった。

そして、ネリーミアと同じ質問をイアンに投げかけるのであった。


「ああ、これか。代わりの服が無くてな、キキョウのものを――」


「それさっき言ったやつ。揃ったんだから、これからの話を二人にしないと」


「む、それもそうか。お前たちには、出発する前に話しておかねばならないことがある」


イライザに促されると、イアンはこれからの話を切り出した。

これからの話とは、いかにグリーンローブと戦っていくかについての作戦の話である。








 「話……いえ、その前に揃ったとは? キキョウさんの姿が見えませんが? 」


周りを見回しながら、セアレウスが言った。

このアニンバ村にはキキョウも滞在しており、そのことをセアレウスも知っている。

今日の出発の日は彼女が決めたことであり、今この場にいないことが不思議であった。


「キキョウはキキョウでやることがあるそうだ」


「そうですか。キキョウさんとも一緒に行きたかったです」


セアレウスは残念そうに肩を落とした。


「なに、この依頼が終わればいくらでも共に旅はできよう。さて、これから予定通り出発となるがひとまずの目標を伝えておく」


「ひとまずの目標? というか、にいさんが説明するんだね」


「む、オレくらい説明はできる。」


ネリーミアの何気ない一言に、イアンが反応する。


「それにキキョウからしっかり話を聞いたからな……意外に思ったか? 」


「意外っていうか。普段兄さんってこういう話し合いの時、ぼうっとしてる感じだから……」


「……」


「……なんか、ごめん」


言われたことに何か思うことがあるのかイアンは何も答えたなかった。

その短い間の奇妙な沈黙に耐え切れず、ネリーミアは何故か謝るのだった。


「話を戻すぞ。一番の目標はグリーンローブの壊滅だ。このために、オレは敵の本拠地に単身で潜り込むことになっている」


「え!? 一人でですか? 危険すぎます! その時にはわたしも同行させてください! 」


イアンの単身での敵本拠地への侵入。

これに納得できないのかセアレウスは、イアンに詰め寄りつつ自分の同行を訴えかけていた。

彼女の発した言葉の通り、イアンの身を案じてのことである。


「僕もセラと同じだ。にいさん一人で行くと聞かされて、黙っているわけにはいかない。いくら、にんさんの口から出たことでもね」


ネリーミアもセアレウスと同じ気持ちのようだ。

しかし、セアレウスのように興奮した素振りは見せない。

静かに腕を組み、鋭い目つきをイアンに向け、剣呑な雰囲気を漂わせているだけであった。


「とはいえ、流石に理由がないってことはないんでしょ? 」


「その通りだ。オレには洗脳のような精神異常攻撃が効かないのは知っているだろう。まずこれが前提条件だ」


「その前提条件なら僕もクリアしているよ。それに、にいさんのやつは、にいさんの体に触れれば、同じように効かなくなるんだろ? 」


「……ネリィの言うとおりだ。おまえ達と共に戦えなくもない。しかし、敵は洗脳を得意とする集団の長だ。それが通用するとは思えない」


「……そうか。強力な洗脳魔法を使ってくることを想定しているのですね」


セアレウスのこの発言に、イアンは頷いた。


「ネリィの防御魔法で一度洗脳魔法を防いだ話は聞いています。しかし、限度はあるんですよね? 」


「そりゃ……僕の実力はまだまださ。悔しいことにあるよ」


徐々に俯きながら、ネリーミアは悔し気に答えた。


「うむ。その点オレのアクセサリーは、あらゆる精神異常攻撃を防ぐ。限度は計り知れないがオレ達の中では最強だと言えるだろう」


「まずそれが一点、兄さんでなければならない理由ですね。もう一点のわたし達が同行できない理由というのは? 」


「……決して、おまえ達が悪いというわけではないことを前もって言っておく」


そう言ってイアンは、一度口を閉ざした後――


「敵の大将との戦いは苛烈になるだろう。そんな中で、おまえ達を守りながら戦う自信は残念ながらオレにはない」


と静かに言葉を発したのだった。

暗にセアレウス達が足手まといになると言っているようなものである。

彼の言葉を聞き、セアレウスとネリーミアは僅かに顔を俯かせる。

よっぽど悔しいのか、二人の強く握られた拳は震えていた。

多少なり言葉は選んでいたのだろうが、彼女達にとってショックなことであった。

仕方がない。この一言で済ませられるほど、納得のいくことであるからだ。


「これは……他の誰でもないイアン・ソマフとしての言葉だ。これから何があっても、忘れないでいてほしい」


少しの間を置いて、イアンがゆっくりと口を開いた。

イアンが普段言わないような言葉である。

しかし、そのような違和感が感じられないほど、セアレウスとネリーミアは悔しさに打ち震えていた。

そんな二人にどう声をかければよいのか、次の話に切り替える糸口がつかめないのか定かではない。

イアンも押し黙ってしまい、この場に沈黙が訪れた。

誰もが何も発せられないまま、時間が過ぎてゆく。


「あー……まあ、これは最終決戦の話で、その準備段階でやることはあるから。そこで思う存分に力を発揮すればいいんじゃないかな? 」


悔しさに打ち震える二人に、それを見てどこか悲し気に口を閉ざす一人。

そのような者達に囲まれた憂鬱な空気に耐え切れなかったのかイライザが口を開いたのだった。


「準備段階? 」


イライザの言葉に反応し、セアレウスとネリーミアの二人の顔が僅かに持ち上がる。


「うん。そこで頑張ってイアンさんを楽にさせてあげればいいんだよ。っていうか、はっきり言うけど重い重い。もっと肩の力抜いてー」


イライザは、二人の顔を無理やり持ち上げた後、二人の肩を揺らして力を抜くように促した。


「じゃあ、話の続きをお願いしますよ。お兄さん」


そう言って、イライザはイアンの肩を優しく叩いた。


「あ、ああ、ありがとう。イライザ」


「なんのなんの。それより、早く説明しないと出発が遅れるよ」


「うむ……よし、二人共いいな。気を取り直していくぞ」


イアンの発言にセアレウスとネリーミアは頷いた答える。


「このグリーンローブとの戦いの要は、オレ単身による本拠地への侵入にある。その前に、これを上手くいかせるために準備段階というものしておきたい」


「それは? 」


「敵の陽動。本拠地の戦力の分散がひとまずの目標だ」


セアレウスに訊ねられた後、イアンはそう答えた。








 「この国で青い髪の少女がやたらと狙われていただろう? それを利用させてもらう」


セアレウスは、ハッと目を見開いた。

イアンの発した言葉を聞き、察したことがあるからだ。


「それはグリーンローブが冒険者達に依頼していたということですか? 」


不可解なことに、この王国内では青い髪の少女は何者かに狙われていた。

その何者かがグリーンローブであるとイアンは言ったも同然であったのだ。


「そうだ。ケイプルで戦った者がそのような発言をしていたからまず間違いない」


「そうでしたか。そうなると陽動というのは……兄さんとわたしで別々に動くということですか? 」


「察しがいいな。その通りだ」


イアンとセアレウスの髪の色は、グリーンローブが探している少女の特徴と合致したものだ。

これを利用して、グリーンローブの戦力を誘い出すというのがひとまずの目標、陽動作戦の内容である。

そして、イアンとセアレウスが別々に動くことがこの作戦の肝と言えるだろう。

目標となる人物が一人から二人に増えればどうなるか。

単純に考えれば、()く人員の数は増えると予想できるだろう。

しかし、この作戦は良いことずくめの完璧な作戦と呼べるものではない。


「でも、こっちの戦力も分散するってことだよね。かなり危険なんじゃないの? 」


「ネリィの言う通りです。グリーンローブと戦った兄さんは負傷しました。やってくる刺客は精鋭……手練ればかりになると予想できます」


「そこはちゃんと対策しているよ」


イアンの代わりにイライザが答えた。


「助っ人を呼んでいるからね。数は少ないけど、みんな強いからね」


「助っ人……ひょっとして、ラミナさん達のことですか? 」


「あ……うーん、その辺りは来ない。別件で用事があるからね。ファンもクリスタも来ないよ」


「そうですか……」


セアレウスは、しょんぼりと項垂れた。

そんな彼女を見つつ、イライザはネリーミアに近づく。


「ねぇねぇ」


そして、何かに配慮してか小声でネリーミアに話しかけた。


「え、何ですか? 」


イライザに合わせて、ネリーミアも小声で話す。


「うん。そういえば、ラミナ達と面識があるんだっけ? 」


「ああ、はい。フォーン王国で、イライザさんに会う前にちょっと……ありまして。はは……」


「ああー聞いた聞いた。戦ったんだってね、君たち。それはそうと、なんかあの落ち込みようが理解できないんだけど……あの短い間に仲良くなったとか? 」


イライザがネリーミアに近づいたのは、セアレウスが落ち込んでいる理由を聞くためであった。


「いえ、きっと、決着がつかなかったあの時の戦いの続きができると一瞬思っただけでしょう。というか絶対そうでしょう。なので気にしないでください」


「あ、そういうことね」


イライザは納得すると、元いた位置へ戻ってゆく。


「……ん? 今、二人でなにか話してませんでしたか? 」


「いや特に。まあ、あの三人は来ないけど、みんな強いからね。期待していいと思うよ」


「……助っ人呼べるのなら、もっと早めにしてほしかったなぁ」


遠い目をしつつイアンがぼそりと呟いた。


「うっ……」


この呟きが耳に入ったのか、イライザは緩く微笑んだ表情のままビクリと体を震わせる。

そんな彼女をセアレウスとネリーミアは疑念に満ちた目で見つめる。


「イライザさん……ひょっとして……」


「……いや、違うよ。呼べたけど呼ばなかったわけじゃないよ。呼ぼうと思ってはいたから……」


「え……まさかとは思いますが、呼ぶつもりだったけど、助っ人の人達に言い忘れてた……とか? 」


「う、ううううん! 違うね! それより、話を進めよう! ね、イアンさん! 」


慌てた様子でイライザはイアンに助けを求めるが――


(言い忘れていたんですね……)


(言い忘れてたんだね……)


すでに手遅れであった。


「……この依頼の報酬に期待している。おまえ達、話を続けるぞ」


「へへーありがたやーイアンさまー」


イライザはイアンにひれ伏した。

そして、パタリパタリとイアンを扇ぐように上体の起こしては倒す動作を繰り返す。

神か何かを称えるような、そのような動作であった。


(この人、本当に貴族なのかな? )


そのような彼女の姿を見て、ネリーミアはそう思わざるを得なかった。


「目先に目標は理解したな。では、班分けを言うぞ。セアレウスとイライザ、オレとネリーミアで二手に分かれる」


「にいさんとセラが分かれるのは分かるけど、イライザさんを頭数に入れるの? 」


ネリーミアが訊ねる。


「助っ人を呼んだとはいえ人数は少ないからな。直接戦うのは避けてもらうがサポートはやってもらうつもりだ」


「へい! 微力ながら出来ることをさせていただきやす! 」


変な顔をしながら、イライザは変な声を出した。


(ああ、まだそのノリを続けるんだ……)


思うだけで、ネリーミアは反応しないようにした。


「それで行先だが、オレ達はここから西方面にある港町サトーハイに向かう」


「港町かぁ。そんなところにも、グリーンローブはいるのかな? 」


「それは分からんが王国の端だ。引き付けるにはうってつけの場所だと言えよう」


「……なるほど。了解したよ、兄さん」


ネリーミアに頷いて答えると、イアンはセアレウスに顔を向ける。


「セアレウス達には、ここから南にあるライウォールの町にまず行ってもらいたい」


「たしか……今わたし達がいる王国北部から、南部の西側に通じる……ケンウォールと似た感じの町ですね」


「そうだ。王都近辺の町に行ってもらいたかったが、流石に無理だろうとうことでライウォールだ。それでも王都に近いのだから、気を付けろよ」


「分かりました。大変そうですがやってみせます」


「うむ。これで説明することは全て話し終えた。今は明朝、夕方になる前に各々の目的地に着けるよう出発するぞ」


セアレウス、ネリーミア、イライザの三人は頷いて答えた。

この後、四人は村の出口まで一緒に向かい、村に出てからは二手に分かれて、それぞれの目的地を目指した。

グリーンローブがイアン達の捜索に動き出してから遅れること一週間ほど。

イアン達もグリーンローブを壊滅させるために動き出したのであった。

この日の空は快晴。

表立ったことで、レウリニア王国内に目立った事件は起きていない。

多くの国民にとって、何の変哲もない日になるだろう。

しかし、この日こそがこの国の命運を分ける戦いの始まりの日だと言えよう。

そして、その火蓋は、こうして人知れず切られたのであった。




2019年9月22日 誤字修正

「たしか……横行(・・)南部の東側、王都のある地域に通じる町でしたか」 → 「たしか……王国(・・)南部の東側、王都のある地域に通じる町でしたか」


2019年9月27日 文章修正

「たしか……王国南部の東側、王都のある地域に通じる町でしたか」 → 「たしか……今わたし達がいる王国北部から、南部の西側に通じる……ケンウォールと似た感じの町ですね」


2019年10月27日

「ネリーミアと……セアレウス。セアレウスは何をしているのだ? 」 → 「ネリィと……セアレウス。セアレウスは何をしているのだ? 」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ