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二十五話 レウリニア王国の闇

~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~


●イアン・ソマフ

この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。

戦斧を武器とする冒険者。

女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。


○キキョウ

胡散臭い雰囲気を持つ狐獣人の少女。髪の色は基本的に銀色。

高い知力を持ち、己の思惑を実現するために狡猾に立ち回る。

刀による剣術、魔法、妖術と扱える技能は多彩であり、幅広い戦術を持つ。

自分と親しく特別な存在であるイアンのことをあにさまと呼ぶ。


 ――夜。


この日の夜空は一面が雲に覆われていた。

輝く星々ですら伺うことの出来ない真っ暗闇である。

その暗闇の下には、レウリニア王国の大地が広がっており、光を放つ場所がいくつか見受けられた。

そこは王都や町に分類される人口の多い場所だ。

夜であっても仕事に従事する者、娯楽に興じる者が放つ都会の光である。

近くで見れば煌びやかで、幻想的だと感じる者もいるだろう。

しかし、空から見下ろせば、散りばめた火花ほどの小さな灯で頼りない。


「人間は夜目の効かない種族だ。この日ほど、居心地の悪い夜はあるまい」


眼下に広がるレウリニア王国を見下ろしながら、一人の男性が呟く。

不思議なことに男性は、空の上に立っていた。

浮かんでいると言うよりかは、固定されているという表現の方が正しいだろう。

何故なら、空にいるにも関わらず、彼が身に纏う外套は全く揺れ動くことはないからだ。


「居心地が悪いだけだ。それだけで人間は不安になり、自分にとっての不運が起きるのだと決めつける。不吉な夜だとか言ってな」


男性は呟き続ける。

誰に言っているわけでもなく、ただ呟いているだけだ。


「こんなことをいちいち気にする奴は、今すぐ死んだほうがいい。生きるのに向いていない。この世には、数えきれないほど不運の兆しがあるというのに……」


ほどなく、男性は呟くことをやめた。

すると、辺りが本当の真っ暗闇になり、景色は何も見えなくなる。

それから、パッと明るくなったかと思えば、すぐに薄暗い景色が現れた。

上下左右どこを見ても石レンガ。

壁に取り付けられた松明の炎に照らされた薄暗い地下室だ。

ここは、レウリニア王国のどこかである。

先ほどの景色は、何かしらの魔法によって外の景色を壁に転写させたものであった。


「さて……」


男性はその場に腰を下ろして座り込んだ。

松明の光が彼を照らし出す。

男性が身に着ける外套の色は緑色であった。

それ以外に言えることは何もない。

何故なら、顔は目深に被ったフードに覆われ、丈の長い外套は彼の体の全てを覆い隠しているからだ。

そんな男性の前には、跪いて佇む者達がいた。

人数は三人。男性から見て横に並んでいる。

誰一人として、どのような姿をしているかは不明。

何故なら、男性と同じく緑色の外套で身を包み隠しているからだ。

皆、同じく恰好である。

三人の中で違うものといえば、体格くらいしか見当たらなかった。


「三人か。他の者は……仕方がない。後日、個別に対応するとしよう」


三人の姿を順に一瞥した後、男性は呟いた。

彼の口ぶりから、予定よりも集まった人数が少なかったののだろう。

しかし、男性は落胆もしなければ、腹を立てることもなかった。


今宵(こよい)集まったのは、他でもない。プシファに成った者が現れた。そして、すぐに消えた。これをどう見る? 」


「ほほう! 何の話かと思えば、穏やかな話ではないようですなァ! 」


三人のうち大柄な者が答えた。

その体型に見合う野太い声であり、喜んでいるかのように弾んだ声であった。


「プシファに成れる奴って五人くらいだったっけ? 由々しき事態だよ。笑っている場合じゃない」


三人のうち小柄な者が大柄を(たしな)める。

声は可愛らしい少女のもので、声音には押し殺したかのような怒気が含まれており、いかにも不機嫌な様子であった。


「すぐに手を打つべきかと。これ以上、好きにやらせるべきではありません」


他の二人に対して、中間と言える体型の者が答えた。

声は低い男性のもの。

落ち着いた声音であり、感情の一切が込められいないようであった。


「ハートの言う通りだ。すぐに手を打たねばならん。これは、偶然ではない」


男性の声に反応し、大柄な者と小柄な者はピクリと体を震わせる。

中間と言える体型の者――ハートだけは、微動だにしなかった。


「偶然ではない……まさか、レナウスの仕業とでも言うのですかい? 」


「いや、違う。それは考えにくい。レナウスやその部下には到底成しえないことだ。」


大柄な者の問いかけに、男性は答えた。


「まずプシファに成ること自体が異常事態だ。恐らく、我らが教団の術を退けられたのだろう」


「洗脳するあの術……ガーラトの囁きのことですかァ。ありゃ、どうにも好きになれやせんねェ」


「黙れ。あんたの感想なんて、誰も聞いてないよ」


「かァー! 厳しい! 優しさなんて微塵もない! なんと悲しいことかァー! 」


大柄な者は額に手を当てると、顔を上に向けた。

自分嘆きを仕草で表現しているのだろう。

さらに発した声は、この地下室全域に響き渡るほど大きく、彼の振る舞いすべてが大げさであった。


「……ウザ」


そんな大柄な者の態度が気に障ったのか、小柄な者は小さな声で悪態をついた。


「二人共、もういいか? 話を戻すぞ。これまでレナウス共は、ガーラトの力に対して無力も同然だった。つまり、外部の者の仕業であると。そのように、お考えでしょうか? 」


「そうだ。これは外部の者の仕業に違いない」


「失礼します。その者に心当たりがあります。ひょっとしたら、ダークエルフの女の仕業でしょう」


男性の発言の後、小柄な者が手を挙げながら声を発した。

彼女の声は基本的に小さく、この中ではも声の大きさは一番小さい。

それでも、彼女はハキハキとした口調で話していた。

口にした情報は、彼女にとって自信のあることだと伺えよう。


「洗脳した騎士達の術を解いている者がそいつのようです。プシファに成った者がいたのは、ケイプルではありませんか? 」


「いかにも。魔力の波動の強さからして、その辺りだ」


「やはり、そうですか。ダークエルフの女は、こちらで追跡していたのですが、その村の付近で痕跡が途絶えました」


「……なるほど。それ故に、ダークエルフの少女の仕業だと……」


「ええ。ガーラトの力に対抗できる魔法か何かを持っているのでしょう。でなければ、今頃ダークエルフの女を洗脳したと報告が上がっているはず。プシファに成った者も倒されずに済んだ……」


この小柄な者の発言の後、沈黙が訪れた。

男性が言葉を返さなかったのだ。


「……どうされましたか? 何か納得できない部分があり……ました……か? 」


小柄な者は、自分の発言に不備があったのではないと不安になる。

そのせいか彼女の声は徐々に小さくなっていき、最後のほうは誰も聞き取ることはできなかった。


「いや……あの青い髪の少女の目撃情報がケンウォールで上がっていてだな」


「ケンウォール……ですか? し、しかし、その情報は一体……」


「青い髪の少女の仕業だと私は考えている。ケンウォールからケイプルに向かったのだとな」


「なんですって!? 」


小柄な者が驚きの声を漏らす。

彼女が驚いているのは、男性がプシファを倒した人物が青い髪の少女だと言ったことであった。


「我らが青い髪の少女を警戒する真の理由。それは、第二教団で司教として動いていたフィマーケルが持ち帰った情報だというのは知っていよう」


「はい……我らが同胞の教団を滅ぼしたのは、青い髪の少女である……」


「そう。だが、それは実は推測の域のことだ。第二教団は滅びた。この結果を成し得る者は誰か……その有力候補こそ青い髪の少女よ」


「「……!? 」」


小柄な者と大柄な者が同時にビクリと体を震わせる。

男性の言わんとすることを予測し、そのことに驚愕したのだ。

三人の中で、ハートだけは微動だにせず平静な様子であった。

彼も男性の言わんとすることを予測しており、なおかつ彼と同じ考えを持っているからだ。


「青い髪の少女には、あの術は効かない。これがフィマーケルが持ち帰った確かな情報だ。故に、我らは警戒しなければならないのだ」


これは、フィマーケルという男性の部下が確実に得た情報だ。

しかし、この情報を信じる者は極わずかなであった。

その極わずかに含まれるのが男性とハート。

まず、信じられない理由は、フィマーケルが青い髪の少女に術が効かないと報告したからである。

防ぐ魔法か技を使用したというような報告はしていないのだ。

つまり、青い髪の少女には、そういった体質などがあるということであり、その者を洗脳する手段は無いと言い切ったものなのだ。

彼らの組織では、そのような前例は今までになく、実現させる方法なども考えられなかった。

いうなれば、フィマーケルの情報は夢幻のこと。


「やはり、二人は信じられなかったか。無理もあるまい。だからこそ、お前たちより下の者達には言わなかったのだ」


男性は、信じられない者の気持ちを理解していた。

故に、あえてそのことを伏せて、青い髪の少女を見つけ次第始末すると命令していた。


「ケイプルに潜伏していた者は、気の弱いところもあったが狡猾であった。強力な防御魔法が使えたとしても、奴がやられるような失態をするとは考えにくい」


男性は、すうっと息を吸い込んだ。

その後――


「青い髪の少女だ。そして今、この国に入り込んだ二人のうち、どちらかが本物に違いない」


と続けた。

男性の発言は、はっきりとした物言いであった。

青い髪の少女の仕業であると断言していることを強調するようなもの。

彼の中では、今後の方針はほぼ決まっていたのだ。


「目的は不明、奴は我が教団に仇を成すつもりはないかもしれないが関係ないこと。奴は厄災となって現れたのだ。我が教団も滅びの道に向かっている。これを何としてでも阻止するのだ」


「「「「はっ! 」」」


男性の言葉を受け、三人は同時に頭を下げる。


「シープは、引き続きサトーハイの町。そこで、王国北部の西側で網を張れ。ダークエルフも脅威だ。青い髪の少女と共に捜索するがいい」


「はっ! 発見した暁には、絶対に始末してみせます」


小柄な者――シープは、そう言って顔を上げる。


「ブルは、東のケンウォールやケイプルに近い村を捜索し、潜伏場所をあぶりだせ。手間をかけさせて悪いが、念のため北の国境付近も頼むぞ」


「北の国境も……ですかい。なかなか骨が折れますなァ。しかし……はっ! やってみせましょうや! 」


大柄な者―ーブルは、そう声を張り上げて顔を上げる。


「ハートは、青い髪の少女は他の者に任せて、王都周辺だ。別件で悪いが奴を頼む」


「奴……仮面の武者ですか。我らが雇った冒険者を相手に暴れているという」


「そうだ。報告では、かの新鋭五人武者に匹敵する実力を持っているらしい。この国の冒険者では相手にならん。頼めるか? 」


「新鋭五人武者……その実力が如何ほどものかは存じませんが、命令とあらば実行するまで」


ハートは、そう言って顔を上げる。


「……行け。我らマヌーワ第一信仰教団の力を以って、厄災を振り払うのだ」


三人の顔を一瞥した後、男性はそう言って、片腕を振り払う。

イアンがプシファを倒した日から、たった一日の時間が過ぎた夜。

この国の影で動くマヌーワ第一信仰教団は、本物と呼ばれる青い髪の少女――イアンを始末するために本格的に行動を開始したのだった。




2020年12月29日 脱字修正

「はい……我らが同胞の教団を滅ぼしたのは、青い髪の少女である……」 → 「はい……我らが同胞の教団を滅ぼしたのは、青い髪の少女であると……」

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