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二十話 突き進む噴射炎

~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~


●イアン・ソマフ

この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。

戦斧を武器とする冒険者。

イライザ本人の依頼を受け、彼女を護衛している。

女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。

そして、紆余曲折あって現在は、セーラードレスというワンピースのような服を着ている。


○セアレウス

青色の長い髪を持つ少女。

血の繋がりはないがイアンの妹。

冒険者であり、アックスエッジと呼ぶ特殊な武器と水魔法を駆使して戦う。

誰に対しても敬語で話し、基本的には真面目であるのだが、

時々突拍子もないことを言い、主にイアンを困惑させることがある。


○ネリーミア

一人称が「僕」の落ち着いた雰囲気のダークエルフの少女。髪の色は淡い紫。

彼女も冒険者であり、普通の剣と何かしらの能力を持つ白い剣を使い分けて戦う。

イアンとは兄妹関係ではないが、彼のことを「にいさん」と呼び、彼女にとってイアンは親しい存在である。


○イライザ

外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。

フォーン王国の貴族で、今回の観光旅行にイアンを使命した人物。

明るい性格とは裏腹に言動に謎が多く、その存在にも謎が多い。




 「ハハハハハ! 」


ローブの男性は、口を大きく開いて笑う。

さらに、姿勢は両手長足を左右に広げた大の字だ。

体全体で己の喜びを表現しているようであった。


「ハハハハ……」


上機嫌とも取れる彼の様子は一変する。

突如として笑い声を止め、ピタリと動きを止めた。

顔は笑ったまま固まっており、まるで時が止まったかのように見える。

これは、彼に起きる異変の一端である。

そこから、体に異変が起き始める。

まず、全身の皮膚から濁った白い色の粘液が溢れ出した。

粘液のドロドロとした様は、まるで溶けた蝋燭(ろうそく)の蝋のよう。

あっという間もなく、粘液はローブの男性の全身を余すことなく覆うと硬化する。

ローブの男性は、白い人型をしたオブジェとなってしまった。


「どうだ? 俺は生まれ変わったぞ」


ネリーミアは、聞きいたことのない声を聞いた。

それでも、彼女は誰が発したかは理解していた。

声の主はローブの男性である。

否、彼は以前とは違う存在となった。

真の声の主は、白い人型のオブジェ――プシファのものだ。

プシファは、広げられていた両手両足を閉じる。

硬化したものの、以前の人間の時のように自在に動くようであった。


「……なんだ? あまり驚かないなぁ」


プシファは、卵のように凹凸のない顔をしている。

その顔を前方に立つネリーミアの向けつつ、彼は疑問を抱いた声を発した。


「慣れ……って言うのかな? お前みたいな化け物は、他にも見たことがあるんだよ」


ネリーミアは答えると、左手を剣の柄から離し、プシファへと向ける。

それから、彼女はマルフラムと小さく呟く。

すると、突き出したその左手の先から黒い炎が発生し、プシファ目掛けて放たれた。

マルフラムは、炎を模した闇の魔力を放つ闇魔法。

放たれた黒い炎は黒色の炎というわけではなく、闇の魔力の塊である。

炎が持つ高熱も触れたものを焼く性質も持たない。


「闇魔法か。工夫して形は変えているがどれも一緒だ」


プシファは片腕を振り払い、向かってきたマルフラムを弾き飛ばす。

闇の属性には、触れた者の体力、魔力、精神力といったあらゆる力を奪う性質がある。

つまり、触れただけで何らかのダメージを負うことになる。

防衛の方法としては、今の彼の行いは相応しくは無いと言えるだろう。

しかし、闇魔法に触れた彼にダメージを受けた様子は見られな片。

さらに、弾いた片腕には小さな傷ひとつなかった。


「貴様の攻撃は効かない。さて、今度はこちらの番だ」


そう言って、プシファは胸の前で腕を交差させる。

すると、交差された前腕が形を変える。

彼の前腕は、トゲのように真っ直ぐ伸びた後、潰されたかのように平たくなった。

(ふち)は鋭く、まるで剣のよう。

プシファは、己の腕を剣に変えたのだった。

自分の腕が剣になったことを確認すると、プシファは腕を交差したまま走りだす。

目指すは、前方に立つネリーミア。

彼女が連続で放つマルフラムを体に受けるも、プシファは止まらなかった。

やがて、ネリーミアの目の前に到達した彼は、解き放つかのように交差した腕を左右に振り払った。

その瞬間、甲高い金属が響き渡る。

プシファの両腕の剣による同時攻撃、それをネリーミアは剣で防御していた。


「くっ……」


苦悶の表情を浮かべながら、ネリーミアは二歩三歩と後ろへ下がる。

対して、プシファは両腕を振るった位置から一歩も動いてはいない。

力は、ネリーミアよりもプシファの方が上のようであった。

そのことは、ネリーミア本人も理解していたことである。

彼女は、チラリと後方を見た後、自分の左の方へ向かって走り出した。


「おや? 」


逃げるのかと言わんばかりに、プシファはネリーミアを追う。

二人の距離は、ネリーミアが走る前より、大きく変化していない。

故に、プシファはすぐに追いつき、彼女の背中目掛けて右の腕の剣を突き出した。

再び甲高い金属音が発せられると、プシファの前方、少し離れた場所でネリーミアがごろごろと地面を転がっていた。

彼女は腕を地面について自分の回転を止めると、すぐに立ち上がり剣を構える。

その背中に剣を貫かれたような傷はなかった。

寸でのところで、器用に体を動かすことで、背中の鞘に攻撃を受けさせていたのである。

結果、防御には成功したものの、プシファの腕力には耐え切れずに突き飛ばされていた。


「運が良い奴め」


プシファは、それは偶然のことであると嘲笑っていた。

この時、彼には見落としていたことが二つある。

一つは、先ほどの攻撃を防御されたことが偶然ではないこと。

二つ目は、ネリーミアが走ったのは逃げるためではなかったことだ。

もし、彼女が位置を移動していなかったらどうなっていたか。

プシファの攻撃に押され、後ろ後ろへと追いやられていただろう。

そうなると、彼女とプシファは宿屋の中に入ってゆくこととなる。

多く人が倒れている場所で戦えば、少なくとも一人は確実に犠牲者が出ていたことだろう。

ネリーミアは、そのような事態が起こるのを防ぐために、位置を移動したのだ


「いつまで俺の攻撃に耐えきれるかな」


プシファは、ネリーミアの元へと接近する。

以前の彼であったのならば、すぐに気づいていたことだろう。

何故、見落としていいるのか。

それは、今の彼には自信があるからだ。

プシファに生まれ変わった自分には、どのような攻撃も通用しない。

そのため、考える必要が無くなったのだ


「そらそらそらそら! ハハハハ! 」


プシファが左右の腕を振る度に、金属音が鳴り響く。

金属音が鳴り響く度に、一歩また一歩と彼は前進してゆく。

ネリーミアは、なんとか彼の攻撃を防御し、力に押されて後退する状況であった。

まさに劣勢だ。

しかし、そのような劣勢の中にあっても、ネリーミアの表情に焦りはおろか、苦悶の色さえ見られなかった。

冷静の一言に尽きる。

絶え間なく金属音が響き渡る中、ひと際甲高い音が発せられた。


「ははぁ! 」


同時にプシファが歓喜に満ちた声を出す。

ネリーミアが両手で持つ剣、その刀身の中程から先がなくなっていた。

その部分がどこにいったかといえば、二人のいる場所から離れた地面の上である。

プシファの攻撃に耐え切れず、ネリーミアの剣は折れていた。

まだ彼女の剣は、背中の鞘に収められている一本がある。

プシファが腕を振りかぶった今、それを抜く暇はない。

ここにきてネリーミアは劣勢から、絶体絶命の状況になっていた。


「死ね」


鋭い切れ味を持つ真っ白な剣が振り払われる。

この攻撃に対して、ネリーミアは折れた剣を構えたまま動かなかった。

次の瞬間、二人の間に鈍い音が響き渡った。


「……ばっ、馬鹿な!? 」


驚愕の声を漏らしたのはプシファの方。

彼の振った腕の剣は、ネリーミアを切り裂くことはなかった。

彼女が手にする剣、その折れた刀身から伸びた黒い塊によって阻まれているからだ。


「何の真似だ! それも闇魔法だと言うのか! 」


構わずプシファは、腕に力を込めて押し込もうとする。

初めはビクともしなかったが徐々に、彼の腕は動いていき――


「ははぁ! 」


歓喜の声と共に振り切られた。

黒い塊を切断し、その先にあるネリーミアの首も切断することができた。

プシファが己の勝利を確信した瞬間であった。


「……は? 」


しかし、すぐにそのことが思い違いだったことに気付く。

切断しと思っていた黒い塊は健在で、ネリーミアの首も切られて落下することはなかった。

ネリーミアは無傷であった。


「何故だ? 俺はお前を切った。なのに、何で平気でいられるんだ? 」


理由が分からない。

そのような状態のプシファは、自然とネリーミアに、そう訊ねていた。


「簡単さ。振った君の腕をよく見てみなよ」


ネリーミアの言葉を受け、プシファは恐る恐る振り切った自分の腕に視線を向けてみる。

すると、剣となった自分の前腕の半分が無くなっていた。

焦って周囲を見渡せば、その先の部分が地面に落ちているのを発見する。

プシファは、ようやく気付くことができた。

自分が黒い塊を切断したのではなく、自分の腕が切断されていたことに。


「ひっ! ひぃうわあああ!! なんだ!? なんだというのだ、その黒いものはああああ!! 」


悲鳴を上げながら、五歩ほどプシファは後ろへ下がる。

硬くどのような攻撃も通用しないはずの自分の体。

それを容易く切り裂いた黒い塊に恐怖する様であった。


「闇っていうのは、何にでもなれるって言ったでしょ? 硬く鋭い剣にもなれるんだよ」


黒い塊の正体は闇の魔力。

しかし、ただの闇の魔力ではなく物質化したものだ。

闇というのは、形が無く曖昧な存在だ。

考え方次第で、物質の一つとして扱うことが可能である。

ネリーミアは、闇の魔力を鉄のような硬質の物質に変換して、折れた刀身の部分に剣を作り出したのである。

元々の刀身よりも、さらに硬く鋭い剣だ。

この闇の剣の硬さはプシファの体よりも優れていたため、容易く切り裂くことができていた。


「さて、さっきは首をへし折ったけど、今度はバラバラに切り裂いてみようか。それでも、お前は死なないのかな? 」


そう言って、ネリーミアは地面を蹴り、飛び出すように前進する。

そして、プシファが間合いに瞬間、彼女は闇の剣を連続に振るい始める。

闇の剣が振るわれる度に、プシファの体の傷が増えてゆく。

傷口から血が出ることはなかった。

ただ鋭利な刃で抉られた後が残るのみ。


「血は出ないみたいだね。少しだけ気が楽になるよ」


相手は血の通った人間ではなく、正真正銘の化け物。

そのことを実感し、ネリーミアは皮肉交じりに呟いたのだった。


「ぐわあああ!! そんなあああ!! 」


容赦なく振り回される闇の剣に、プシファは成す術がない。

最強だと思われた自分の体を切り裂く剣など、彼にはどうすることもできないのだ。

やがて、彼は地面に横たわることとなった。

この時、彼の両腕と両足は切断され、胴体と繋がっているのは頭のある首だけ。

最早、抵抗すら出来ない状態だ。

ここで、事情を知らぬ者がこの場へやって来たとしよう。

その者の目には、ネリーミアの方が悪党のように見える可能性があるだろう。

それほど一歩的であった。


「とりあえず、これでもう動けないだろう。あとは、その体のどこかにある核を破壊したらお前は死ぬ。違う? 」


胸元に剣の切っ先を突き立てつつ、ネリーミアが訊ねた。

見下ろす彼女は、氷の如く冷たい視線をプシファに問いかけた。


「う……ううっ」


プシファは、ネリーミアの問いかけに答えることはなかった。


「ひ、ひどい……この化け物め…」


その代わりに、弱々しい声で恨めしい言葉を吐いた。

プシファにとって、ネリーミアは何をしても勝てない相手になっていた。

彼にとっては、彼女の姿が化け物に見えることだろう。


「……それはお前の方だろ」


ネリーミアは、不機嫌な表情で、そう返したのだった。






  


 地面に転がった白い塊をネリーミアは見下ろす。

その白い塊はかつて、この国の騎士を洗脳して悪事を働かせ、傍にある宿屋の客達をも己のために利用した。

そのような事を仕出かした人物に向ける彼女の視線は、極めて冷たいもの。

ネリーミアの侮蔑の眼差しがプシファに向けられていた。


「一応聞くけど、あの大きな火災もお前の仕業だったりする? 」


チラリと視線を逸らし後、ネリーミアは遠くで燃え上がる巨大な炎を見る。

馬車置き場の火災は、未だに鎮火することなく激しく燃え続けていた。

ネリーミアは、その火災もプシファが原因によるものだと考えていた。

推測の域ではなく、確実だと思っていた。

それでも、あえて聞いてみたのである。


「ううっ……う…」


プシファは何も答えない。

ネリーミアは短く溜息をつくと、手にしていた剣を逆手に持つ。

もう問答は無意味だと判断したのだ。


「ま、待て……いいのか? 俺を殺して」


「いいよ。人を捨てたお前はもう人として生きることはできない」


ネリーミアは、プシファの胸に目掛けて剣を振り下ろす。


「情報! 俺が所属する組織の情報を吐く! だから、やめてくれ! 」


彼の言葉を聞き、ネリーミアは振り下ろしていた剣を止める。

黒い闇の刀身の切っ先がプシファの真っ白な肌に触れる直前であった。


「情報? 」


「ああ、そうだ。知りたいだろう? 殺さないと約束したら、全てを話す。約束する」


「……悪くないね。でも、一つだけ気に入らないことがある」


ネリーミアは、冷たい視線のまま答えた。


「え? 」


何がと訊ねる前に、プシファの疑問は解消される。

ネリーミアは、闇の剣を振りかぶった後、思いっきりプシファの胸に突き刺した。


「嘘。お前が話したことは、全てが嘘だということだ」


「ぎぃいああああ!! 」


プシファは悲鳴を上げる。

頭を左右に激しく動かし、苦しみもがく。

ネリーミアは、彼の胸から闇の剣を引き抜くと別の場所を突き刺した。

しかし、プシファの動きが止まることはない。

故に、ネリーミアの闇の剣を引き抜き突き刺す動作は繰り返されてゆく。


「僕はお前に騙された。二度目が通用するとでも……いや、もう自分に信用がないとは思わなかったのか」


ネリーミアは、淡々と自分が嘘を見抜いた要因を口にした。

彼女の声音は平静を装いつつ、僅かに怒気が込められていた。


「嘘を付く奴は嫌いだ。見え見えの嘘で助かると思い込んでいる奴はもっと嫌いだ!」


ネリーミアはこれまでにない勢いでプシファの胸に、闇の剣を突き刺した。


「ぎいいいいっ…………!! 」


その瞬間、プシファの悲鳴が止んだ。

激しく動いていた首もピタリと静止して動かなくなる。

ネリーミアも口は開くことはなく、この場に静寂が訪れた。


「……これも嘘だと見抜いていたのか? 」


静寂はすぐ様消え去ることとなった。

プシファが言葉を発したからである。

そして、悲鳴が止んだというのは、正確な表現ではなかったと言えよう。

何故なら、彼の今までの悲鳴は演技であったからだ。


「もちろん。いつまで続けるだろうって思ってたよ」


驚いた様子もなくネリーミアは答えた。


「では、何で演技をしていたか。それも分かっているか? 」


「さあ? 助かりたいだけじゃあ……」


ネリーミアの声は途中で消え去った。

何かしらの妨害が入ったわけではない。

彼女は自ら口の動きを止めていた。

ほどなくして、ハッとするとプシファの胸に突き刺さった闇の剣を引き抜く。

それから間髪入れずに、闇の剣をプシファの頭に目掛けて振り下ろした。


「はっ! 気付くのが遅いんだよ! 」


その瞬間、プシファの背中から一対の翼が生える。

羽毛の無いコウモリのような形状の翼だ。

プシファは、生えたその翼を力いっぱい羽ばたかせる。

一回の羽ばたきで、この場に突風が吹き荒れた。


「う、このっ! 」


突風を至近距離で受けるネリーミアは、自然と顔を逸らしていた。

しかし、ネリーミアは腕を止めない。

間もなく、振り下ろされた闇の剣は――


「……!? 外した! 」


虚しくも地面に突き刺さった。


「ひゃはははは! 惜しかったなぁ! 」


頭上から発生られる嘲笑をネリーミアは耳にした。

見上げると、プシファの姿が夜空の上にあった。

彼は、背中に生えた一対の翼を羽ばたかせて空を舞っている。


「もう少し早く気付いていれば! 」


悔し気な表情を浮かべつつ、ネリーミアはプシファ目掛けてマルフラムを放つ。

胴体に核はない。

本人の口から言明はされていないが、恐らく頭にあるのだろう。

そのことに気付くのが遅かったことがネリーミアには悔しいことであった。

否、そうではない。

プシファの演技に誘導され、胴体のどこかに核があると思い込んでしまったこと。

それが彼女の悔しさの根幹であった。


「おおっと! 」


何発かマルフラムは放たれたが、どれもヒラリと躱されてしまう。


「ははははは! そうだ、一つ良い事を教えてやろう! 核は破壊されていないが、直に俺は死ぬ。俺は死ぬぞ! 」


ヒラリヒラリと躱しつつ、プシファは見下ろす先に立つネリーミアへ告げる。


「だが、死ぬのは俺だけじゃない。お前も……いや、この村の全員に付き合ってもらうぞ」


プシファはさらに上昇する。

そこは、ネリーミアのマルフラムが届かないほどの高さだ。

そこで何事かを呟くと、プシファの頭上に丸い炎の球が発生する。


「炎魔法フレア。俺の全力を込めたこいつで、何もかもを焼き尽くしてやる」


炎の球は徐々に大きさを増してゆく。

どれほどまでに、大きくなるかは定かではない。

故に、決して楽観して考えられることではなかった。


(あんな状態でも、上級の炎魔法を!? ま、間に合うか! )


緊迫の表情で炎の球を見上げるネリーミア。

彼女は手にしていた剣を放り投げると、右手で背中に背負った剣の柄を掴む。

それは、魔法触媒の役割をも兼ねる白い剣だ。

これから彼女は、自分が扱う中でも最強とも言える魔法を行使するつもりだ。

その魔法を使うには、魔法触媒が必要不可欠であるのだ。

しかし、その魔法に欠点がある。

強力であり射程も長い反面、発動の準備の時間がかかるということ。


(……やっぱ、間に合うか分からない。防御に徹したほうがいいかな? )


故に、ネリーミアは躊躇(ためら)った。

しかし、防御するにしても、ネリーミアは村の全てを守り切る自身はなかった。

彼女が迷っている間にも、炎の球は大きさを増してゆく。

その度に威力と攻撃範囲をも強大になってゆく。


(くっ……もう時間がない! 闇魔法で削ってから、防衛魔法で防ぐしかない! )


ネリーミアは決断する。

その証拠に、手にした白い剣を引き抜こうとした時――


「あ! 」


ネリーミアは、思わず声を漏らした。

自分でも驚くほど、声は大きなものであった。

夜空に浮かぶ、巨大な炎の球。

それに向かって飛んでゆく炎を目にしたからだ。

ネリーミアは、誰だプシファに向かって炎魔法を放ったのだと思っていた。


「あ……? 」


しかし、すぐにその考えは消え去る。

不自然であったからだ。

飛んでゆく炎は進行方向とは反対に激しく噴射し続けていた。

炎魔法は、術者の近くで炎を発生させ、それを放つことが基本だと言える。

放った炎から新しい炎が発生するなど、普通ではないことだ。

そのような炎魔法をネリーミアは見たことがなかった。


「あ……」


否、ネリーミアには見覚えがあった。

二年ほど前、彼女はあのような変則的な炎魔法を間近で見たことがある。

そして、術者から離れた場所に向かって炎を放つ魔法ではない。

術者を炎の勢いによって加速または、飛行させる極めて変則的な魔法だ。

その魔法の炎と、今見上げている炎は、全く同一であった。

その魔法の名は――


「サラファイア! 」


と呼び、術者の名を――


「に、にいさん!? 」


というのは、彼を慕うネリーミアの呼び方である。

改めて、術者の名はイアン・ソマフと呼ぶ。

イアンはサラファイアで飛行し、プシファの元へと向かっていた。

遠目から見上げるネリーミアには分からないが、彼の着る服は黒く焦げてボロボロの状態であった。




2019年6月18日 ルビ修正

故に、ネリーミアは躊躇(ため)った。 → 故に、ネリーミアは躊躇(ためら)った。

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