十九話 油断
~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~
●イアン・ソマフ
この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。
戦斧を武器とする冒険者。
イライザ本人の依頼を受け、彼女を護衛している。
女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。
そして、紆余曲折あって現在は、セーラードレスというワンピースのような服を着ている。
○セアレウス
青色の長い髪を持つ少女。
血の繋がりはないがイアンの妹。
冒険者であり、アックスエッジと呼ぶ特殊な武器と水魔法を駆使して戦う。
誰に対しても敬語で話し、基本的には真面目であるのだが、
時々突拍子もないことを言い、主にイアンを困惑させることがある。
○ネリーミア
一人称が「僕」の落ち着いた雰囲気のダークエルフの少女。髪の色は淡い紫。
彼女も冒険者であり、普通の剣と何かしらの能力を持つ白い剣を使い分けて戦う。
イアンとは兄妹関係ではないが、彼のことを「にいさん」と呼び、彼女にとってイアンは親しい存在である。
○イライザ
外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。
フォーン王国の貴族で、今回の観光旅行にイアンを使命した人物。
明るい性格とは裏腹に言動に謎が多く、その存在にも謎が多い。
「いいだろう。何故、お前の魔法が効かなかったか教えてやる」
口には出してはいないが、この時イアンは仕方がないという気持ちであった。
彼にそう思わせたのは、目の前のローブの男性が原因だ。
ローブの男性はイアンの攻撃により、胴体の腹から右肩の辺りにかけての大きな傷を負っている。
放っておけば死に至る重症だ。
イアンは、これをやり過ぎたと思っていた。
殺さずに戦闘不能にした状態で、話を聞くつもりだからだ。
(大人数を冒険者を雇うことができるのだ。何らかの組織に属しているに違いない)
どんな話を聞くのかと言えば、彼の協力者或いは、所属する組織についての情報である。
自分を狙う者がどんな存在であるのか。
イアンは、ただ気になっていた。
そして、ローブの男性は今、イアンに魔法の効果がなかった疑問にしか頭がない。
話をする余裕がない状態だ。
これを解決しなければ、イアンが望む結果となることはない。
「原因はこいつだ」
イアンが襟から右手を入れ、取り出したものをローブの男性に見せる。
彼が取り出したのは、白い宝石のような物体であった。
手に収まるほどの大きさで、楕円の形で厚みは薄く平たい。
色は白く、光沢があるところから宝石のよう見える。
ネックレスのように紐が付けられ、イアンはこれを首にかけていた。
「いや……アクセサリーか! 」
ローブの男性は、その宝石のような物体をそう呼んだ。
この世には、持っているだけで、魔法のような効果を所持者に与える物体が存在する。
その一つがアクセサリーというものだ。
バンクルやネックレスなどの装飾品を模していることから、そう呼ばれている。
自然に発生するものもあれば、人工的に作られたものも存在している。
故に、アクセサリー自体は珍しいものではなく、武器や防具などと同様に店で購入することができる。
「効果は精神に何らかの作用を与える魔法の類を防ぐこと。納得したか? 」
「な……馬鹿な。そのような効果のあるアクセサリーがあるなど! 」
ローブの男性は震える声を発しつつ、その場にへたり込んだ。
ダメージにより、立つ力が無くなったのだろう。
アクセサリーは、効果によって価値が変動するもの。
当然ながら効果が強力になればなるほど、価値は高騰してゆく。
良いものほど、滅多に出回らないものとも言える。
「そ、そんなもの聞いたことがない! 」
ローブの男性は、痛む傷を手で押さえながらも声を張り上げた。
彼は、決してアクセサリーを知らない人間ではない。
価値の優劣は、ある程度分かるほどには知識を備えている。
そんな彼にも、イアンの持つ白いアクセサリーの効果は初耳であった。
「し…信じ……られな…い……」
ローブの男性はかすれた声を発しつつ、バタりとうつ伏せに倒れてしまう。
この時まで、彼は白いアクセサリーの存在を認めないかの口ぶりであった。
何を思って、認めないかは定かではない。
しかし、一つだけ言えることがある。
それは、白いアクセサリーが滅多に出回らない価値の高い代物である可能性があるということだ。
「え? しまった。もしや、死んでしまったのか? 」
イアンは、白いアクセサリーを服の中にしまうと、慌ててローブの男性に駆け寄る。
「どれ……良かった。まだ息はあるぞ」
安否確認の結果、ローブの男性は気を失っているものの、まだ生きていた。
イアンは、ふぅと息を吐いて安堵する。
ひとまずは安心といったところである。
ローブの男性は、まだ出血が止まらない状態だ。
「このまま死なれては困る。とりあえず、人のいる場所に行こう」
イアンは、ローブの男性を背負った。
キョロキョロと人家を探している中、彼の目はあるものに留まった。
それは、ここから離れた場所から上がる巨大な炎。
ローブの男性によって、引き起こされた火災である。
「あれでは、朝になっても消えなさそうだな」
離れた場所にいるイアンの目には、炎の勢いに留まる様子は見られなかった。
人を集めれば、どうにかなるかもしれない。
かつてのそのような考えが浅はかだと思えるほどに。
そして、あらゆる手段を用いたとしても、消火は極めて困難となるだろう。
炎が広がることなく、これ以上の被害が増えないことを祈る。
それぐらいしかやれることはないと言われても、否定出来ない状況となっていた。
「何か……何かオレに出来ることはあるだろうか」
そのような状況でも、イアンは自分に出来ることを考えていた。
しかし、今は別にやるべきことがあり、直接何かが出来ることはなかった。
「……一応あるか。間に合わないかもしれん」
そのため、イアンは自分に出来る最善の手段を取ることにする。
「まだ、起きていればいいのだが、さて……」
そう言って、彼はローブの男性を背負ったまま歩きだした。
向かう先は、火災の方とは別の方向だ。
出だしは重い足取りであったのだが、途中から軽いものとなる。
「……よし、何とかなりそうだ。しかし、遅くても朝には着くとはな。頼もしいというか恐ろしいやつだ」
イアンは、一見何もしていないように見えた。
それでも、彼はあることをしていた。
それは、通信である。
通信により、遠く離れたセアレウスに連絡を取っていた。
結果、セアレウスは、この村にやってくることとなる。
イアンが用いた最善の手段、その準備段階が上手くいったのだった。
数十分後、イアンの姿は村の宿屋の前にあった。
人家を探している最中、この建物が真っ先に目に入ったのである。
大量にある部屋の窓から明かりが漏れている。
人気の多い場所なら、治療が行える道具や設備があるかもしれない。
そうイアンは思い、やってきたのだった。
イアンはローブの男性を背負ったまま、片手を伸ばしてドアに手を掛ける。
「……む? 開かん」
ドアは押しても引いても、ビクともしなかった。
「ん……? あ、開いた。気のせいだったか」
何度か試してみたところ、ドアは引くことによって開いた。
「見た目よりも古かったか……うっ!? 」
宿屋の中に入ったイアンは驚愕した。
広いエントラスの床には、多数の人が倒れていた。
倒れている者の多くは客であろう者達だが、従業員らしき恰好の人物もいる。
何かが起きたとしか思えない異常な光景であった。
「……ん? 寝ているだけか」
倒れた一人の傍で腰を下ろしたイアン。
彼は、その人を見つめながら首を傾げていた。
観察して異常がないかを調べた結果、目立った外傷はなく、寝ているだけのようであった。
他の者達も同様である。
「むぅ、一体何が起こったというのだ? 」
まずは一安心といったところであるが、イアンの疑問は残ったまま。
倒れた者達の体に異常が見られない。
そのことが、ますますこの状況が不可解なものとしていた。
しかし、優先すべきは背中のローブの男性の治療である。
「緊急事態だ。回復薬などを拝借させてもらうぞ」
カウンターの中に、それらしき物があるかもしれない。
そう思い、イアンはそこへ向かうことにした。
「む? 」
その途中で、イアンは足を止めた。
耳に微かな声が聞こえてきたからだ。
出どころは、背中のローブの男性。
気を失っていた彼は、意識を取り戻したようであった。
イアンは、腰を下ろしてローブの男性を床に座らせる。
「意識を取り戻したようだな。今、手当してやる。だから……ん? なんだ? 」
イアンが話しているにも関わらず、ローブの男性はぶつぶつと呟いていた。
かなり小さなもので、イアンには何を言っているかは分からなかった。
「……とりあえず、何もするな。助かりたいのならばな」
イアンは、ローブの男性にそう言い聞かせると、再びカウンターを目指して歩き始めた。
ローブの男性が何を呟いているか、気にしないようにしたのだ。
今、彼の命運は自分が握っている。
その限り、自分には何もしてくるはずはない。
そう思い込んでいたからだ。
「……馬鹿め! 」
イアンは、ローブの男性の声を聞いた。
吐き捨てるような乱暴な声であった。
「うぐっ!? 」
イアンの口から苦し気な声が発せられる。
突然のことであった。
彼は振り向く間もない。
即座に分かったことといえば、爆発のような激しい音が聞こえたこと。
それと、背中に強い衝撃が走ったことである。
(熱い? これは熱気……いや、炎か! )
衝撃を共に感じる熱さから、炎の攻撃を受けたことは理解できた。
(何もするはずはないと侮っていた……か)
自分がどんな攻撃を受けたかは確かめることは叶わなかった。
しかし、誰が自分を攻撃したかは確かめるまでもなかった。
ほどなく、イアンは意識を失ってしまう。
イアンがカウンターへ向かったいた時。
ローブの男性は、ゆらり立ち上がっていた。
その際、衣擦れの音さえ発せられることはなかった。
故に、イアンは気づかなかったのだろう。
ローブの男性は、イアンの後ろ姿に視線を向ける。
そこからもう目を離すことはない。
そう言わんばかりの食らいつくような視線であった。
ローブの男性の目深に被ったフードから、ニヤリと笑う口元が顕わになる。
そして――
「……馬鹿め! 」
ローブの男性は、炎魔法 アサルトファイアーをイアン目掛けて放った。
真っ赤に燃え上がる炎は、イアンの背中に直撃。
そのままイアンと共に、カウンターの奥にある本棚に激突した。
本棚は燃え上がると同時に、バラバラに砕けて崩れ去る。
そして、木材と本の瓦礫の山は炎に包まれた。
「ふんっ! 」
ローブの男性が右腕を払うと、瓦礫の山の炎は消え去る。
炎は発生から、間もない短い時間で消された。
それでも、瓦礫の山は真っ黒に焦げ、ほとんどが炭と化していた。
「情報欲しさに目が眩んだな。敵に背中を向けることなど愚の骨頂。馬鹿めと言ったが、貴様は大馬鹿者だ」
カウンターから床に出来た瓦礫の山を除きつつ、ローブの男性はそう吐き捨てた。
途切れることなく、はっきりとした発言であった。
致命傷を受けているはずの彼は、不思議な事に元気な様子であった。
「手当て……はっ! そもそも、それをしようというのが愚かだ。何せ、その必要はないからな! 」
ローブの男性の前面、その部分のローブが左右に広がる。
そこから見えた彼の服は切り裂かれたままだ。
しかし、そこから露出する彼の肌には傷は残っていなかった。
何かしらの治療を施したのだろう。
方法は魔法であるか、はたまた別の手段を用いたか。
ローブの男性が行った治療の方法は定かではなかった。
一つだけ確かなことがある。
それは治療した後、じっと反撃の機会を伺っていたことだ。
「全く……警戒心の無い奴は、何故生きているのか理解できん。こうなることが分からないのか」
そう吐き捨てると、ローブの男性は踵を返して、ドアへと歩きだす。
己の敵を始末したにも関わらず、足取りは僅かに重いもの。
徐々に歩幅が小さくなり、やがて彼は足を止めた。
「……不安だ。俺の炎を受けて生きているはずがない。唯一、それには自信があるというのに」
ローブの男性は、ゆったりとした動きで体を後方へ向ける。
その後、先ほどと同じように、カウンターに目掛けて右腕を突き出した。
突き出された右腕の手の先から炎が発生する。
「この建物ごと潰して、燃やしてしまいたい」
ローブの男性は呟くように言った。
自然と自分の心の声を口にしてしまったのだろう。
「……本当にっ! 忌々しいことだ! 」
故に、余計腹立たしく思ったことだろう。
ローブの男性は、カウンターの横にある通路に向けてアサルトファイアーを放った。
矢の如く、素早く飛行する炎は通路に入ると、何かに衝突して爆発した。
燃え広がった炎が通路を埋め尽くす。
そこにあったものは例外なく、燃やし尽くされることとなるだろう。
「ふん」
炎に埋め尽くされた通路を目にして、ローブの男性は鼻を鳴らした。
その瞬間、炎の中から何かが飛び出す。
それは、エントランスの床に着地すると、ローブの男性に目掛けて黒い炎を放った。
黒い炎は比喩ではない。
実際に、放たれた炎は黒色をしているのだ。
「闇魔法か」
迫る黒い炎を見て、ローブの男性は面白げもなく呟いた。
その黒い炎は、長い尾を引きながら、彼の顔目掛けて飛んでゆく。
結果、ローブの男性に命中することはなかった。
寸前で彼が首を傾けて躱したからである。
「これはこれは。ダークエルフらしい、見事な闇魔法でしたよ」
ローブの男性は、主人に挨拶する執事のように、仰々しくお辞儀をした。
そのわざとらしい態度は、通路から飛び出てきた者に対して行われたこと。
「やめなよ。お前に褒められても、全然嬉しくない」
その者――ネリーミアは立ち上がると、非常に嫌そうな顔をしていたのだった。
ネリーミアは振り向かずに、後方へ右腕を突き出した。
彼女の手の先から、黒い炎が生まれ、通路に向かって放たれる。
程なくすると通路を埋め尽くしていた炎は、跡形もなく消えていた。
彼女が放った黒い炎が真っ赤に燃え上がる炎を吸い込んだ結果である。
「恐ろしい……」
ローブの男性は、その一部始終をまとめた一言を呟いた。
闇魔法及び闇属性の力は、他と比べて特殊である。
一般的には、触れた相手の体力や魔力を奪うとされている。
魔力と魔法は似て非なるもの。
ローブの男性は、闇魔法で他の魔法を吸収させることは、聞いたことがない。
また、初めて目にすることであった。
(こいつ……らしくはないがダークエルフの中でも優秀みたいだな)
ローブの男性は、ネリーミアをただ者ではないと判断したのであった。
「恐ろしいのはお前の方だよ。今まで、自分は隠れて他人に悪事を働かせていたんだからね」
「はっ! はははは! かの悪名高きダークエルフに、悪事をどうこう言われることになるとは。ははっ、面白い! 」
ローブの男性は、腹を抱えて笑いだした。
目の前の敵はただ者ではない。
そう思いつつも、彼は余裕の態度を見せていた。
臆病な彼の素顔を知る者にとっては、不可解なことだ。
「……余裕の態度だね。思っていたよりも、ずっと不気味だよ…」
ネリーミアは、目を細めた鋭い視線をローブの男性に向ける。
睨むというよりかは、怪しむような視線でもあった。
(何故、こんなところに? 逃げたんじゃなかったの? )
ネリーミアはこの者がここにいる理由が分からなかった。
彼の態度よりも、そちらの方が不気味であった。
「ご苦労なことだ。殺さず、気絶させて回っていたのか」
「すごく骨が折れたよ。今、お礼をしてあげるよ」
「ほう、いいのか? 戦えば、ここにいる者達が犠牲になるぞ。俺は構わないがな」
ローブの男性は、両手を左右に広げた。
挑発を目的とした仕草である。
今、彼らがいるエントランスには、大人数の人が倒れている。
これから始まる戦いには、魔法の応酬が予想される。
彼の言う通り、犠牲になる者が出ることになるだろう。
「じゃあ、外に出ようか」
そう発したと同時に、ネリーミアは剣と抜いて駆け出した。
(速い! )
彼女が目の前に迫るまで、ローブの男性は身動ぎすらできなかった。
(まあ、接近戦は専門外だからな)
何も出来なかったというのに、ローブの男性はまだ余裕であった。
ネリーミアが攻撃を始める中、冷静に彼女の動きを観察する。
剣の柄を両手で握り、頭上へ振り上げていた。
そのまま、縦か斜めに振り下ろすのだと予想される。
動きに変わったところは見られなかった。
(ほう、刀身に何かしたようだな)
ローブの男性が注目したのは、剣の刀身だ。
剣自体は粗末な代物で大したことはない。
しかし、その刀身は今、黒い炎に包まれていた。
(闇の魔力で包んだか……付加魔法、ウェアー系統の闇魔法だな)
魔法には、補助魔法という括りが存在する。
その中にさらに付加魔法という括りがあり、ローブの男性はネリーミアがその魔法を使ったのだと判断した。
(闇属性付加の斬撃を浴びせに来るか。そこの奴らは殺さなかったくせに、俺は殺す気満々じゃないか! )
ローブの男性は心の中で笑い声を上げた。
「惜しかったな! 」
嘲笑するような発言と共に、ローブの男性は後方へと跳躍する。
彼に剣は当たらなかった。
ネリーミアが振り下ろした剣は、彼の目の前を通り過ぎてゆく。
その際、振られた剣の軌跡を空間に残すかのように、刀身から黒い魔力が散ってゆく。
まるで、剣筋のようであった。
「なに? 」
跳躍により、宙に浮いた状態のローブの男性は目を見開いた。
振られた剣から散った魔力が生き物のように蠢き始めたからだ。
やがて、闇の魔力は一所に集結し、形を成してゆく。
「と、鳥? いや、カラスだと!? 」
終結した闇の魔力は、カラスの形となった。
従来のカラスとは違い、その大きさは人間ほどで巨大である。
「……! 」
闇の魔力で形成されたカラスは、鳴き声を上げることなく、その素振りをする。
そして、バサバサと羽ばたき、ローブの男性に突進した。
「馬鹿な! 剣筋が……いや、闇の魔力で動物を! 」
ローブの男性は、カラスに押し出されながら悲鳴のような叫び声を上げる。
後方のドアを突き破り、彼は宿屋の外へ放り出される。
そこから、カラスは彼を銜えて急上昇した後、地面に向かって急降下――
「ぐはっ! 」
ローブの男性を地面に叩きつけた後、黒い霧となって消え去った。
「闇っていうのは、元々形はないもの。だから、何にでもなれるんだよ」
剣を片手に、ネリーミアが宿屋から出てくる。
「……ひどい有様だけど、聞いてるよね? 」
彼女が見るローブの男性は、地面にうつ伏せに倒れていた。
地面に落下した際、頭に強い衝撃を受けたのだろう。
彼の首は普段の動きでは考えられない方向へ曲がっていた。
死んでいるとしか思えない有様である。
しかし、ネリーミアはそうは思っていないようであった。
「…あ……ああ…」
掠れた声を漏らしつつ、ローブの男性の体がピクリと動き出す。
そして、むくりと立ち上がり、両手で頭を掴みだす。
「いひっ! 」
強引に曲がった首を治すと、ローブの男性は顔をネリーミアに向けた。
フードを目深に被っていたが、今はしていなかった。
故に、彼の素顔が顕わになっている。
その顔を見るネリーミアに驚いた様子は見られない。
彼の顔は、どこにいてもおかしくはない青年の顔をしていたからだ。
「もう遅いかもだけど、一応聞いておくよ。何者だい? 」
ネリーミアは剣を両手で構えつつ、青年に訊ねた。
「俺は……いや、もうは違うな」
青年は僅かに首を横に振る。
「プシファ。ガラートに仕える者……」
青年は真顔で、そう答えた。
「だがぁ、覚えてくれる必要はない。ここで死ぬんだからなぁ!」
プシファと名乗った彼は大口を開けて、目をカッと見開いていた。
ネリーミアを脅すためではない。
「ああ、変わる……変わってゆく! ハハハハハハ! 」
これから起こる自分の体の変化を予期しての喜びの表現であった。




