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十八話 臆病者の狡猾な罠

~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~


●イアン・ソマフ

この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。

戦斧を武器とする冒険者。

イライザ本人の依頼を受け、彼女を護衛している。

女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。

そして、紆余曲折あって現在は、セーラードレスというワンピースのような服を着ている。


○セアレウス

青色の長い髪を持つ少女。

血の繋がりはないがイアンの妹。

冒険者であり、アックスエッジと呼ぶ特殊な武器と水魔法を駆使して戦う。

誰に対しても敬語で話し、基本的には真面目であるのだが、

時々突拍子もないことを言い、主にイアンを困惑させることがある。


○ネリーミア

一人称が「僕」の落ち着いた雰囲気のダークエルフの少女。髪の色は淡い紫。

彼女も冒険者であり、普通の剣と何かしらの能力を持つ白い剣を使い分けて戦う。

イアンとは兄妹関係ではないが、彼のことを「にいさん」と呼び、彼女にとってイアンは親しい存在である。


○イライザ

外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。

フォーン王国の貴族で、今回の観光旅行にイアンを使命した人物。

明るい性格とは裏腹に言動に謎が多く、その存在にも謎が多い。



 イアンは、手にしていた布を放り投げた。

それから、振り向いて自分の後方へ視線を向ける。

彼の後方には、炎上する馬車とその持ち主の商人がいた。

それらを一瞥しただけで、イアンは顔の向きを正面に戻す。


(馬車を燃やした奴はあいつだな)


イアンは、ローブの男性をじっと見据えた。

この時、彼は今の状況を自分なりに分析した。

その結果、商人はローブの男性に襲われたのだと判断し、商人の味方となることを決めたのだ。

理由は特にない。

襲われた方が武力を持たない者であれば、そちらを助けるほうが自然なこと。

強いて言うのであれば、そのような倫理感を持っているからだ。


「……! 」


イアンの視線の先で、ローブの男性がビクリと体を震わせる。

驚いたかのような仕草であった。


「……む? 」


声を発したのはイアン。

ローブの男性の動きに反応したのだ。

彼は、イアンに背を向けて走り出していた。

振り向いもせず、一目散という様である。

ローブの男性は、この場から逃げしたのだった。

イアンは、彼の後ろ姿が見えなくなると、後方へと体を向ける。


「無事か? 」


そして、へたり込んでいた商人に駆け寄った。

逃走したローブの男性よりも、商人の安否確認を優先した結果である。


「あ……はい。私は大丈夫ですが、私の馬車はもう駄目ですね……」


そう言って商人は炎上する馬車を見て、気落ちした表情を浮かべた。

仕事道具を奪われたということは、明日の飯の種も失ったも同然のこと。

イアンは、商人に何と声を掛ければいいか分からず、口を閉ざしたままであった。


「……気休めにすぎないだろうが、まだ生きている。今はそれだけでも、良しと思うしかあるまい」


ようやく思いついた言葉を口にする。

イアンの言葉を聞き、商人の表情は僅かであるが明るくなった。


「あ、あっ! 」


突然、商人の表情が驚愕の色に染まる。

彼が見上げる空には、複数の火の玉があった。

それらは、離れた場所から放たれたようで、長く赤い尾を引きながら飛んでいた


「ひ、ひどい! なんとうことを! 」


商人が青ざめた表情で悲鳴を上げる。

空を飛んでいた火の玉が落下したのだが、その先が馬車であった。

火の玉が落下する度に一台、また一台と馬車が炎上してゆく。

主な炎上の原因は火の玉だが、炎上した馬車から別の馬車へと炎が燃え移る事態も発生している。

火の玉の存在に気づいてから一分も経っては無い。

その短い間に、辺りは火の海と化していた。


「あいつ、逃げたわけではないのか? どういうつもりだ? 」


イアンは、ローブの男性が走り去っていった方向へ顔を向けた。

火の玉が飛んできた方向は、彼が逃げた先である。

商人の馬車を燃やしたことも踏まえて、彼の仕業で間違いなかった。


「すまん、ここは任せた。人を集めて、どうにか火を消してくれ」


「任せたって……もしや、あの男を追うつもりですか? 」


「ああ。奴の考えが分からん。これ以上の被害が出る前に食い止める」


イアンは、地面に落ちていた馬車の破片を拾う。

その破片の先端には炎上した馬車から火が燃え移ったまま。松明の代わりである。

明かりを確保すると、イアンは暗闇に向かって走り出した。





 暗い夜道を進む時、多くの人間は不安な気持ちになるだろう。

例え、手元に道を照らす明かりを持っていたとしても、その不安はなかなか晴れないものだ。

見通しの悪い場所では、周囲の状況を把握しきれないからである。

故に、何が起こるか分からないと考え、何かが起きるかもしれないと想像するのだ。

イアンは、火の付いた破片という明かりを手にしながらも、不安な気持ちになっていた。

しかし、彼の場合は自分の身を案じて不安は感じてはいない。

周囲の状況を把握できないことで、ローブの男性を見つけることが出来ない可能性が高いからだ。

不安と言うよりかは心配であった。


「……む? 」


しかし、その心配はすぐに杞憂(きゆう)となる。

イアンは、怪訝な表情を浮かべて足を止め、手にした明かりを前方へ向けてみる。

すると、少し離れた場所に人がうつ伏せに倒れていた。

その人物は誰かは確認するまでもない。

何故なら、緑色のローブを身に着けているからだ。

思いがけない形で、イアンはローブの男性に辿り着くことができていた。


(なんだ? 何故、ここで倒れている? )


可能性の低いことの実現は、喜ばしいことである。

だが、この時のイアンは喜ばなかった。

端的に言えば、倒れるローブの男性を不気味に感じたからだ。

イアンは怪訝な表情のまま、ローブの男性に目を向ける。

倒れる原因となったもの、特に傷を負っていたり、怪我をしているかを確認するつもりだ。

その結果、分からなかった。

ローブを羽織っていることもあるが、離れた場所からでは、はっきりと見えないからだ。

こうしている間、ローブの男性は倒れたままであり、動く気配は一切感じられない。

イアンは、彼の状態を確認するため、意を決して近づくことにした。

まず、倒れたフリであった時のために、左手に戦斧を持つ。

右手に持った明かりで足元を照らしつつ、一歩前に進んだ。


「……!? 」


その瞬間、イアンは背筋が凍り付くような気分を味わった。

してはいけないことをしてしまった。

そのような嫌な予感だ。

根拠はなく、ただの勘違いかもしれない。

それでも、イアンは自分が感じた予感を信じ、後方へ跳躍した。

直後、彼の目の前から強烈な光が放たれる。

出どころは、地面だ。

イアンは目を閉じる寸前に、そこに浮かび上がった魔法陣を目撃した。


「罠か! 」


彼の叫びと共に、魔法陣から噴水のように炎が吹きあがる。


「ぐっ! 」


顔の前で、イアンは両腕を交差させて身も守る。

吹きあがった炎が直撃することはなかった。

しかし、その余波を受け、イアンは後方へと吹き飛ばされる。

なんとか着地できたものの、跳躍後の予定位置から三メートル以上は離れていた。


「……惜しい」


腕を交差し、目を閉じたままのイアンは、男のボソッとした呟きを聞いた。

腕を解いて目を開けると、ローブの男性は胡坐(あぐら)をかいてた。

右手には杖を手にしていた。


「やはり、追ってきた。準備をした甲斐があって良かった」


ローブの男性は、ブツブツと呟く。


「……なるほど」


ここで、イアンはあることに納得していた。

それが自己の考えのみのことではないことを確認するため、彼は口を開く。


「大量に馬車を攻撃したのは、オレを誘うつもりだったのか」


「その通り。でなければ、あのようなただ目立つだけの無駄なことはしない」


ローブの男性は半笑いをしつつ答えた。


「何故? と貴様は思うだろうか。それとも、心当たりはあるのだろうか。青い髪を持つ少女よ」


「……残念ながら、心当たりがある」


その瞬間、イアンは左手に持った戦斧をローブの男性目掛けて投擲(とうてき)した。


「ふん、話の途中で攻撃してくるとは! 見た目に反して、なかなか野蛮じゃないか! 」


投擲された戦斧は、ローブの男性が振るった杖に弾かれ、虚しく地面に落下する。


「既に戦いは始まっている。先に仕掛けたお前が言えることではあるまい」


イアンは腰のホルダーから、もう一本の戦斧を取り出す。

その戦斧をローブの男性へと突き付けた。


「それと、心当たりだったな。オレがある連中に狙われているのは知っている。冒険者達のことではない。お前のことだ」


「……ほう。どこぞの誰かが口を滑らせたな。これだから、信念を持たん冒険者というカス共は……」


ローブの男性は、発した言葉には苛立ちの感情が込められていた。

彼は大きく溜息をつくと――


「まあいい。貴様は始末する。それで終わりだ」


と、気だるげな声で呟いた。

それから、彼が何かを発することなく、イアンも同様であった。

互いに発現をやめ、本格的に戦闘が始まる。

否、既に戦闘は始まっているのだが、第三者の目には、戦っているようには見えないだろう。

イアンは動かず、ローブの男性も動かないからだ。


「……どうした? オレに攻撃しないのか? 」


嘲笑うかのように、ローブの男性が訊ねてきた。

彼は、イアンが動かない理由を知っている。

単純に訊ねたわけではなく、挑発であった。


「分かっているくせに。この周辺に罠が仕掛けられているのだろう? 」


罠とは、先ほどの吹きあがった炎のこと。

それを発生させる魔法陣が他にもあることをイアンは言っていた。

憶測や推測の域のことだ。

しかし、絶対と言い切れる根拠があった。

それは、ローブの男性が見せる余裕と彼が動かないことだ。

イアンが戦斧を投擲した際、ローブの男性は動かなかった。

回避しなかったということではない。回避しようとすらしなかったということ。

つまり、動かないことを前提として、彼は杖で防御する行動を選択していた。

イアンは、彼が動かないことに、何かしらの意図があると感じていた。


(お前が動かないのは、周りに罠があるからだろう)


それが罠の存在である。


「くっくっ。さあ、どうかな? 仕掛けたかもしれないし、仕掛けてないかもしれない」


それと、この余裕だ。

イアンは、ローブの男性が自分への攻撃を誘うことで、罠に嵌めるつもりだと考えていた。

故に、どこに罠が仕掛けられているか分からない以上、迂闊に動けないでいるのだ。


「怖くて動けないか。なら、手伝ってやるよ」


ローブの男性は、おもむろに杖をイアンに向ける。


「アサルトファイアー」


この発言と同時に杖の先から炎が発生し、イアン目掛けて飛んでゆく。

自分目掛けて飛んでくる攻撃を後方跳躍で躱すわけにはいかなかった。


「くっ! 」


故に、イアンはやむを得ず、横へと跳躍して躱す。

地面に着地した際、特に何も起こらなかった。

イアンが警戒していた罠は、そこには仕掛けられていなかったのである。


「運が良かったな。ほれ、もう一回」


ホッと息をつく暇はない。

イアンが着地する位置を見計らって、ローブの男性はアサルトファイアーを放っていた。


「やられっぱなしは、ごめんだ」


今後は、躊躇なく横へ跳躍したイアン。

攻撃を躱しつつ、顔をローブの男性へと向ける。

この時、イアンは戦斧を投擲できるような余裕のある体勢ではない。

故に、彼が見るローブの男性は油断しているように見えた。


「ランガ・ストーンショット! 」


「む? 魔法か? 」


イアンから発せられた声、彼の左目の前に浮かび上がる魔法陣。

これらにより、ローブの男性はイアンが魔法を行使したのだと判断した。

しかし、どんな魔法であるかが分からなかった。

魔法名も魔法陣も知らないものだからだ。


「え……? 」


ローブの男性は、間の抜けた声を漏らした。

顔の横を何かが通過した間隔を味わったからである。

突風のように吹き抜けた風が発生したことから、それがとてつもなく速い速度のものであることは分かっていた。

しかし、それ以外のことは、ローブの男性には分からないことであった。


「狙いが外れた……あと、ここにも罠はなかったようだな」


再び地面に着地したイアンだが、そこにも罠は仕掛けられていなかった。

ここで、ローブの男性は気づく。

イアンが自分の顔の横を通過した何かを放ったのだと。

正体は、魔法により生成された石弾であるのだが、早すぎて見えなかったのだ


「な……み、見えなかった。あんな魔法を使えるなんて……」


ローブの男性の全身がフルフルと小刻みに震えだす。

やがて、自分の胸を強く握りしめ――


「は……ははははは、はあ、はあ……はあーーーー! はあーーーー! 」


不規則に荒い呼吸をし始めた。

それだけではなく、体の震えはガクガクと大きくなり、ふらふらと上体が揺れ動き始める。

ローブに身を包んでいても苦し気なのは明確で、わざとやっているようには見えなかった。


「過呼吸……いや、過呼吸症候群に似た何かか? 」


突然苦しみだしたローブを見て、イアンが動じることはなかった。

ただ冷静に、今の彼の症状を分析しただけである。


「……すぅーはぁー……クソッ! なんて、恐ろしいやつだ! 」


やがて、ローブの男性は落ち着いた。


「くそくそくそッ! ひどいじゃないか! そんな強力な魔法を使えることを黙っているなんて! 」


しかし、平時に戻ることは無く、彼は怒号を上げて喚き散らした。

声を張り上げているあたり、ありのままの心の声を吐きだしたようであった。


「そんなことを言われても知らん。しかし、お前にはこれが良いようだ」


「またか! プロテクション! 」


「ランガ・ストーンショット! 」


イアンがストーンショットを放つ前に、ローブの男性は魔法を行使していた。

その魔法は、自分の身を守る壁を作り出すもの。

彼の前方に、キラキラと輝く透明の壁が現れた。

その数は一枚だけではなく五枚。

重なることで、一枚の分厚い壁となった。

放たれた石弾は、その壁に衝突し、ローブの男性に命中することはなかった。


「もう通用せん……と言いたかったが、本当にとんでもない奴だ」


ローブの男性は、壁に突き刺さった石弾を見つつ、煩わし気に呟いた。

石弾は重なった壁のうち、四枚を貫いていた。

つまり、五枚目がなければ、ローブの男性に命中していた可能性があったということ。


「お前ぇ……何度、俺を脅かせば気が済むんだあああ……ははははは、はあーーーー! はあーーーー! 」


ローブの男性は、再び荒い呼吸をし始めた。

彼は臆病な性格ではある。

その原因は、精神的苦痛を感じると呼吸が荒くなるからだ。

主な精神的苦痛は不安である。

故に、彼は不安を遠ざけるために臆病であり続けるのであった。

しかし、今回とさきほどの場合に感じた精神的苦痛は緊張だ。

二回ストーンショットが放たれたが、いずれもローブの男性はギリギリのところで助かっていた。

その瀬戸際の体験から緊張が生まれ、それが精神的苦痛となり、呼吸が荒くなったのである。

一度ならず二度も精神的苦痛を与えられ、ローブの男性は激昂しているのだ。


「はぁ……はぁ……だが、これで威力も知った。もう、それでは俺を傷つけることはできない。精神的にもな! 」


イアンに対して、激昂はしている。

それでも、彼の言い回しは平静を保っていた。


(感情を抜きにして、戦えるのか。変ではあるが、まともな部分もあるようだ)


イアンには、怒りを無理やり内に押し込んだように見えていた。


「さあ、どうする? お前に残された俺への攻撃手段は、もう無いんじゃないか? 」


ローブの男性は、両手を広げた。

かかってこいと言わんばかりの余裕のある態度である。


「さあな」


言葉を発したと同時に、イアンは右手の火の付いた破片を投げ捨てた。

そして、勢いよく飛び上がる。

宙を舞う彼の両の足裏からは、真っ赤な炎は尾を引いている。

サラファイアを使ったのだ。

使用した目的は、罠を作動させるずにローブの男性に接近するため。

周囲の地面に仕掛けられているのであれば、飛んでいけばいいという発想の行動だ。


「これで一撃」


ローブの男性の頭上に辿り着くと、イアンは左手の戦斧を全力で振った。

サラファイアを使用した瞬間から、ほんの僅かな時間であった。

反応する間もないと思うほどに。


「そう! やはり、そういうのがあるじゃないか! 」


「なにっ!? 」


故に、イアンは驚いた。

イアンの振った戦斧は今、ローブの男性の頭の上で制止している。

戦斧の柄の部分をローブの男性が掲げた杖で受け止められているからだ。


「確実に貴様を仕留める! それがこの方法だ! 」


ローブの中から、彼の左手が突き出される。

その手には、丸い鏡のペンダント。

かつて、村の住民を介してネリーミアに向けたものと同様のものだ。


「ガラートの叫び! 」


イアンの顔をに突き付けると、ローブの男性は勝ち誇ったかのように弾んだ声で叫んだ。


「うっ!? ぐ……ううぅ…」


着地したイアンは、地面に膝をついて苦しみ出す。

胸が苦しいのか、戦斧を持っていない右手で自分の胸部を押さえつけていた。


「ははははは! 苦しめ! そして、廃人と化し死体と成り果てるがいい! 」


ローブの男性の口ぶりから、彼が行使した魔法――ガラートの叫びは、相手の精神に異常を起こさせる類のもの。

どうやら、最終的には廃人となって死亡するとのことだ。

イアンは、その魔法をかけられて苦しんでいるというわけだ。

ローブの男性からしてみれば、この時点でイアンを仕留めたも同然であった。

そして、彼は最初からイアンに、この魔法をかけるつもりであった。


(貴様が空を飛べるなぞ、想定内のことだ)


彼は、イアンがサラファイアを使用したところを目にしていた。

イアンがまだ布に包まれた状態の時である。

故に、イアンが空を飛ぶような魔法が使用できることを察していた。


(まんまと引っかかりやがった。まんまと、ここまで近づいて来やがった。この馬鹿めが)


彼がイアンにかけた魔法の効果範囲は狭い。

よって、かける相手に近づく必要がある。

ローブの男性は魔法を得意としているが、武術の心得などは持ち合わせていない。

自分から近づくような真似はできなかった。


(ここ一帯に罠を仕掛けたのは、お前が飛んで近づいてくる誘導するためだ)


そこで、一計を講じたのだ。


(飛べば罠を踏まずに済む。罠を仕掛けた一帯を飛び越えて来るとは思うまい。罠なぞ、貴様にそう思わせるためだけのものでしかなかったんだよ! )


つまりは、彼が仕掛けた罠はサラファイアによる接近をイアンにとっての最適解だと思わせるためだ。

相手は、自分がこのような方法で近づいてくるとは思わない。

そのような自信満々の状態に生じる油断を突いた時こそ、ガラート叫びの使いどころであったのだ。


「ははははは……は? 」


しかし、ローブの男性には誤算があった。

上機嫌な彼の笑い声が唐突に途切れる。


「……なんで、胸を押さえている? 」


それは、イアンが胸部を押さえつけて苦しんでいること。

魔法をかけられた者であれば、頭に激痛が走るはず。

その過程を知っているからこその疑問であった。

さらに、この疑問はローブの男性にとって重要なもの。

何故なら、イアンに魔法が効いていないということに気付くきっかけとなるからだ。

残念ながら、彼がそのことに気付くのは、少し後のこととなった。


「う……うおおおお!! 」


胸部を押さえたまま、イアンは勢いよく立ち上がる。

その際、右手に持った戦斧を掬い上げるように振っていた。


「え……」


ローブの男性は何が起きたか分からなかった。

戦斧を頭上に掲げて立つイアンを見つめたまま、彼は自分の体に触れる。

腹の辺りから、右肩までを指でなぞった後、その指を見てみる。

すると、指にべっとりと赤い血が付いていた。


「え……ああああああ!! 」


ローブの男性は絶叫する。

その瞬間、彼がなぞった傷口から血が噴水の如く噴き出した。


「これで一撃……これで、負けを認めてくれると助かる」


息を整えつつ、イアンは掲げていた戦斧を下げた。

彼の戦斧がローブの男性の体を切り裂いたのだ。


「なっ……なんで!? なんでえええええええ!! 」


体に走る激痛に苦しみつつ、ローブの男性は悲痛な叫び声を上げた。

自分が攻撃されたことよりも、彼はイアンが平気でいられることが理解不能であった。

今は自分の身の安全よりも、その謎を解明することしか頭が無かった。

それが今の彼にとっての不安となるからであろう。




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