十七話 黒幕はどこに
~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~
●イアン・ソマフ
この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。
戦斧を武器とする冒険者。
イライザ本人の依頼を受け、彼女を護衛している。
女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。
そして、紆余曲折あって現在は、セーラードレスというワンピースのような服を着ている。
○セアレウス
青色の長い髪を持つ少女。
血の繋がりはないがイアンの妹。
冒険者であり、アックスエッジと呼ぶ特殊な武器と水魔法を駆使して戦う。
誰に対しても敬語で話し、基本的には真面目であるのだが、
時々突拍子もないことを言い、主にイアンを困惑させることがある。
○ネリーミア
一人称が「僕」の落ち着いた雰囲気のダークエルフの少女。髪の色は淡い紫。
彼女も冒険者であり、普通の剣と何かしらの能力を持つ白い剣を使い分けて戦う。
イアンとは兄妹関係ではないが、彼のことを「にいさん」と呼んでおり、彼女にとってイアンは親しい存在である。
○イライザ
外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。
フォーン王国の貴族で、今回の観光旅行にイアンを使命した人物。
明るい性格とは裏腹に言動に謎が多く、その存在にも謎が多い。
――ケイプル。
レウリニア王国北部にある村だ。
位置は、ケンウォールとライウォールの二つの町を繋ぐ道路の途中にある。
ちょうど、その区間の道路の中央であった。
そのため、二つの町を行き来する旅人の休憩所となっている。
村の人口は村にしては多めであるが、町に及ぶ数ではない。
しかし、やってくる旅人の数を含めれば、並みの町の人口を容易に超えてしまうだろう。
それほど、この村を休憩所として利用する旅人が多いのだ。
――夕暮れ。
辺りは薄暗くなりつつあった。
その最中で、ケイプルの村は夕日の眩い光によって赤く染め上げられている。
村の中には、そこで民家がぽつりぽつりと不規則に建っている。
町のように綺麗に整理されていない。
それでも、広い視野で見れば一か所に群衆している。
そこから離れた村の入り口付近には、ひと際大きな建物があった。
その建物はこの村唯一の宿屋だ。
利用する旅人の多くが商人である。
さらに、馬車に乗る者が多い。
故に、馬車を止めるスペースが設けられており、この日も多くの馬車が止められていた。
この村にネリーミアが村に足を踏み入れる。
騎士の話を聞き、この村を目指してから二日経っていた。
「どうぞ、おかけになってください」
村人に案内され、ネリーミアはある建物の一室に案内された。
部屋の中央にはテーブルがあり、その両側に向かい合うかたちで椅子が置かれている。
片側には誰も座っていないが、もう片側には男性が座っていた。
外見は歳を重ねた中年の見た目の村人である。
部屋に変わったところがなければ、そこにいるこの男性にも変わったところは見られなかった。
ちなみの、この建物は宿屋ではない。
民家が群衆する区画の中にあった。
「失礼します」
「ようこそ、ケイプルへ」
ネリーミアが椅子に座ると、向かい側にいる男性は微笑みながら挨拶をした。
何故、ネリーミアはこのような場所に案内され、この男性をと会うことになったのか。
「面白い話をされる……と伺ったのですが…」
ネリーミアは、そう言ったがこれは理由としては僅かなものだ。
大きな理由は、この村に入ってすぐ村人から、この男性に会うべきだと言われたからである。
何故、会うべきなのか。
本当に面白い話をするからなのか。
はたまた、別の目的があるのか。
それらを確認することが大きな理由である。
そのためネリーミアはあえて村人の案内についてきたのだ。
「いやぁ、そのように広められて光栄です。しかし、それほど面白くはないかと思いますよ」
「どんな話をされるのかお聞きしても? 」
「その前に、こちらからお聞きしたいことがありますが、よろしいでしょうか? 」
「はぁ、いいですよ」
「あなたは、どちらからこの村にやってきたのですか? 」
「西からです」
「そうですか……結構。あなたに話すことは、何一つありません」
そう言った途端に、男性は机の下から何かを取り出し、それをネリーミアに向ける。
彼の突き出された右手に握られているのは、丸い鏡にチェーンが付けられたものである。
ペンダントのようであった。
「くっ……」
何かしらの攻撃が来る。
そう思い、ネリーミアは椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がった。。
そして、背負っている片方の剣へと手を伸ばした。
以前、騎士と戦った時は普通の剣を使っていた彼女だが、今はそれとは違う方の白い剣の柄に手が伸びていた。
その手が絵を掴んだ瞬間――
「遅い! ガーラトの囁き! 」
そう男性が叫んだ。
この叫びには目的があり、発した単語には意味がある。
それはスペルと呼ばれるものだ。
魔法を行使する際に口にすると成功しやすいと広く知られている。
言わなくても魔法は行使されるものだが、中にはスペルを口にしないと成功しない魔法も存在する。
それが今の男性が行使した魔法である。
「……! 」
ネリーミアがピタリと動きを止める。
「ふん」
男性は下らないといわんばかりに鼻で笑い、突き出した右腕を下げる。
抵抗もできずあっさりと魔法にかかったネリーミア。
そんな彼女を彼は無様に思っていた。
「洗脳したとはいえ、騎士を倒した奴がどんな奴かと思えば……何のことはないただの小娘だったな」
彼の言う騎士とは、二日前にネリーミアが戦った騎士達のこと。
つまり、この男性こそが騎士達を洗脳する者であった。
そして、洗脳された騎士にかけた魔法をネリーミアはかけられたのだ。
「レナウスの騎士でなければ、価値は無い。しかし、ダークエルフでそこそこの使い手……となれば、別の組織にくれてやってもいいか」
そう呟いた後、男性は口を閉ざす。
それからほどなくして、彼は渋い表情をした。
不愉快と言わんばかりの嫌悪に満ちた表情である。
「何故……動かない? 」
男性は口を閉ざしてから、ネリーミアに移動するようにと命令していた。
それにも関わらず、彼女は微動だにしないのである。
「それは、僕が君の魔法にかかっていないからさ」
理由は、当の本人であるネリーミアが答えた。
彼女は今まで男性の魔法にかかったフリをしていた。
「……なるほど。そういうことか」
男性は、何かに納得したようで、ゆっくりと頷いた。
「お前が今握っている剣……いや、剣の形をした魔法触媒だな? 」
魔法触媒とは、魔法を行使する際に所持者の魔力を増幅させたり、魔法の効果を高めるものである。
一般的には、魔法を行使するための道具として扱われ、杖の形が最も有名である。
ちなみに、この魔法触媒を使わずとも、魔法を行使できる者は存在している。
「それで防御魔法を使った。いや、使っている最中か」
「……どうかな? 」
笑みを浮かべて、余裕を見せるネリーミア。
(鋭いなぁ。大当たりだよ……)
しかし、内面的には憂鬱な気分であった。
男性の言った通り、防御魔法を行使している最中であるのだ。
(この剣の唯一の欠点は、握ってないと魔法触媒としての効果が出ないこと……だね)
彼女は未だに、白い剣の柄を握ったままである。
そうしなければ、彼女は一部の魔法を行使することができないからだ。
その一部に、今行使している防御魔法が含まれている。
相手の手の内が分かり切っていない今、防御魔法を解くのは危険なことだと言えよう。
故に、彼女は柄から手を離せずにいた。
そのことを男性に看破され、僅かに焦っていた。
「剣としても使えるのだろう? 剣も使えて、魔法も使えるとは……お前を少々見くびってたようだな」
男性は口を閉ざすと、少しの間を置いてから――
「何をしにきた? 」
と、口を開いて訊ねてきた。
この時の彼は探るような目で、ネリーミアを見ていた。
「あなたを捕まえにきた」
そのような彼の雰囲気をネリーミアは感じていた。
しかし、彼女はあえて素直に答えたのだった。
とはいっても、これ以上は何も言うつもりはなかった。
ちゃんと答えてやったのだから、それで充分だろう。
そのつもりの返答であった。
「ほう。ひょっとして、お前がここ最近の騎士達を目覚めさせている原因か。なるほど、実は私追っていたと。それで、ここまで来るとは大したものだ」
男性はそう言った後、動かなかった。
ネリーミアへ攻撃する意志も見られず、逃げる素振りも見せない。
まさに不動であった。
それは、ネリーミアも同じことで彼女も身動ぎ一つ取ることはない。
ただ、敵意の眼差しを男性に向けているだけであった。
「ふっ、どうした? 捕まえないのか? 」
面白いことでもあったのか、男性は半笑いでネリーミアに訊ねた。
今の状況において、彼は余裕を見せていた。
「分かっているくせに……君は意地の悪い奴だね。大っ嫌いだよ」
一方のネリーミアは、不機嫌そうな表情で答える。
「察しのいい奴だ。お前の思っている通り、私はここにはいない」
「そうだろうと思ったよ」
不思議な会話である。
しかし、人を操る魔法の存在を知っていれば理解できよう。
ネリーミアの目の前にいる男性もまた操られているのだ。
つまり、本当に騎士達を操っている者――洗脳する者はどこか別の場所にいるということ。
男性を攻撃したとしても、何かが変わることはない。
故に、ネリーミアは動くことができず、洗脳する者は男性を動かす必要がないのだ。
「本当に察しがいい。お前は恐ろしいやつだ……」
そう言った途端、男性はその場に崩れ落ちた。
ネリーミアが男性に駆け寄り、口元に耳を近づける。
すると、小さな寝息が聞こえた。
男性は眠っているようであった。
「逃げた……いや、最初からいなかった……か…」
その男性は洗脳を解かれたようであった。
ネリーミアの言う通り、最初から洗脳をする者はこの場にいなかった。
それでも、取り逃がしたように感じ、虚しい気分となる。
しかし、そのような気分に浸る時間は、ほんの僅かであった。
「……なにか引っかかる」
ネリーミアには気になることがあった。
それは、洗脳をする者の居場所に繋がるのではないか。
彼女は、そう思っていた。
つまりは、希望の兆しを掴み取ったのである。
「……そうだ。なんで、この人の洗脳を解いた? 」
彼女は幾度か洗脳された騎士達に出会い、戦うことで洗脳を解いてきた。
そんな彼女が思うのは、洗脳は解く必要があるのかという疑問である。
洗脳された者は洗脳されっぱなしというのが彼女の常識だったという話だ。
だからこそ、この男性が洗脳を解かれたことに意味を感じているのだ。
「……いや、違う! そうじゃない! 」
ほどなく、ネリーミアはこの疑問が見当違いのものだと気づく。
洗脳された騎士達とこの男性とでは、ネリーミアが持った印象は異なる。
騎士達は与えられた命令をこなしているという印象を持ち、男性の方は、この男性こそが洗脳する者のような印象を持った。
この違いに気付いたことで、ネリーミアは――
「そもそも洗脳していたんじゃない。直接操る……といより、体を乗っ取っていた。そうだよ、そんな感じだ! 」
男性が洗脳ではなく、体を乗っ取られていたことに気付く。
そこから彼女は、体を乗っ取ることが容易ではないことと仮定する。
その最中は身動きが取れないということだ。
もしそうであるなら、男性を解放した理由が分かるものとなる。
「……ひょっとして、逃げるため? 」
理由は、洗脳する者本人が移動する必要があるから。
それが逃走を目的としたものであるのなら――
「まさか……この村の中にいる……ってこと? 」
といように考えられた。
洗脳をする者は、この村のどこかにいる可能性があるということである。
「なら、あそこにいるかもしれないね」
では、どこにいるかという疑問が生まれてくるが、ネリーミアにはだいたいの目星がついていた。
その場所とは宿屋である。
木を隠すなら森の中という言葉があるように、人は人が多く集まる場所に身を隠す者。
無意識ではあるが、ネリーミアはその考えで宿屋のどこかにいる可能性があると思ったのだった。
(……どのみち、今日の宿をとらなきゃだから、宿屋には行くんだけども)
なんにせよ、ネリーミアはこれから宿屋へと向かうのだった。
宿屋は人を宿泊させる施設であり、民家や商店などに比べて圧倒的に部屋の数が多い。
故に、建物全体が大きく、二階建ての構造のものが多く見られる。
それを踏まえて、ケイプルの宿屋を見てみると規格外である。
村という場所にあることも異質だが、その大きさが最もだ。
二十メートル以上の高さがあり、階数は八。
百組み以上の旅人を宿泊させることができ、入口から見上げて見れば、誰もが圧倒されることだろう。
「……あ、改めて近くで見ると、凄く大きいね…」
例外に当てはまることなく、ネリーミアも宿屋の大きさに圧倒されていた。
見上げていた顔を下げ、彼女は宿屋の中に入る。
すると、当然ながら宿屋のエントランスに来た。
受付のカウンターは勿論のこと、待合や談笑の場となるソファー、様々な飲食店がこの空間にあった。
何が印象に残るのかといえば、広いという言葉に尽きる。
「広い……」
エントランスに入った途端、ネリーミアが思わずそう呟いてしまったほどである。
それから、彼女はカウンターへ向かった。
「すみません。一泊したいのですが、部屋はありますか? 」
「かしこまりました。ただいま、空きの部屋を確認いたしますので、少々お待ちください」
そう言って、受付の女性は手元にある帳簿を開き見る。
「あと、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか? 」
「はい。なんなりと」
女性は、帳簿を目にしたまま返事をした。
「えーと……なんと言えばいいのか。ここに、この村の人じゃない人っています? 」
「はい。お客様、全員でございます」
「ですよねー」
馬鹿な質問をしたと思い、ネリーミアは自分が恥ずかしかった。
彼女が何を聞きたいのかといえば、このどこかに洗脳をする者はいるかといことだ。
それをそのまま言うわけにはいかず、彼女はどうするべきか困っていた。
「人をお探しでしょうか? 」
「え……まあ、はい。そんなところです」
女性から、思わぬ助け舟が出され、ネリーミアは表情を明るくする。
「ところで、あなたのお名前をお聞きしても? 」
「あ……すみません。ネリーミアと申します」
「ありがとうございます」
女性はそう言った時、帳簿のページをめくる手が止まっていた。
その様子に、ネリーミアは先に自分が泊る部屋が見つかったのだと思っていた。
「お待ちしておりました、ネリーミア様。それでは、ご案内いたします」
「はい……えっ、今なんと…」
おかしなことを言ったのではないか。
ネリーミアがそう思った時、事は起こった。
「な、なに!? 」
後ろの方から金属が擦れるような音が発せられた。
それも一度や二度などではなく、多数である。
そのような音が大量に発せられる原因に心当たりはない。
ネリーミアは異変が起きたのだと認識した。
「……! これは!? 」
振り向いたネリーミアは驚愕する。
このエントランスにいる客達は皆、剣や槍などの武器を手にしているのだ。
それだけでも驚きだが、客達は全員ネリーミアに顔を向けているのである。
考えられるのは、彼女に危害を加えようとしていることだ。
「まさか、お前! 」
「これから、地獄へご案内してあげますよ。ネリーミア様」
そう言った途端、女性は崩れ落ちて床に寝ころんだ。
ここに来る前に出会った男性と同じである。
彼女も洗脳する者によって、体を乗っ取られていたのだ。
「しまった、罠だった! 」
ネリーミアは慌てて、宿屋を出ようとドアの方へ向かう。
彼女は今、洗脳された客をけしかけられている状況にある。
この状況を作った意味はといえば、時間稼ぎだろう。
奇しくもネリーミアの予想は的中していた。
この村に洗脳する者がいる。
しかし、この宿の中にはいない。
その者は今頃、宿屋の外で逃走を図っていると予想できる。
そのための時間稼ぎであろう。
「……!? 開かない? 」
ドアに手を掛け、開こうとするがビクともしなかった。
何かしらの方法で、ドアを固定されていた。
焦り、顔を青くさせるネリーミアは息を飲む。
洗脳する者を取り逃がすわけにはいかない。
それが出来なくなった今、気持ちを切り替えなければならない。
「はあ……よし」
ネリーミアは、大きく息を吐くことで気持ちを切り替えた。
そして、体を後方へと向ける。
その方向には、武器を構えてゆっくりと歩いてくる宿屋の客達がいた。
「ほっとくわけにはいかないよね。手荒でごめんだけど、あいつから解放してあげる」
客達と戦い、その洗脳を解く。
ネリーミアは、それが今の自分がやるべきことだと決めたのだ。
夜中のケイプルの村の中を一人の男性が走りゆく。
男性は緑のローブを羽織っており、頭に被ったフードにより、その顔色は伺えない。
「ひぃ……ひぃ……な、なんというやつだ」
それでも、彼が焦っていることは目に見えていた。
息を荒くしながら、愚痴のような言葉を発しているからである。
「この村に来て……宿屋にまで探しにくるなんて、とんでもないやつだ! あのダークエルフ小娘め! 」
彼が走ってきた方向には宿屋があった。
この男性こそが正真正銘の洗脳する者であった。
ネリーミアを宿屋に閉じ込めた時、彼はまだ宿屋の中にいたのだ。
彼女が客に気を取られているうちに、別の出入り口から宿屋を抜けてきたのである。
「くそくそくそくそぉ! 見つからないはずなのに! こんなに追い詰められるなんて! 」
体を乗っ取っていた者と同一人物だとは疑わしい有様だ。
今の彼には、余裕が一切見られなかった。
彼は、かなりの用心深い性格の持ち主である。
故に、宿屋に自分を探しにきたネリーミアを待ちかまえ、罠に嵌めたのだ。
さらに、それでは満足することなく、一刻も早く村から逃げ出そうとしていた。
ネリーミアが宿屋から脱出してくる可能性があるからだ。
とはいっても、宿屋に施した彼の魔法による結界は強固なものである。
破られることなど、そう滅多なことではない。
彼自身もそう思っている。
「早く……あいつが出る前に、ここから離れないと! 」
しかし、それでも彼は早くここから立ち去りたかった。
用事深いとは言い得て妙なことだったのかもしれない。
彼は実に臆病な性格であった。
「……おい! そこのやつ! 」
それも自分に確実に危害を加える者に対してのこと。
ローブの男性は、道行く者に怒声で話しかけた。
自分に危害を加える可能性がない者に対しては強気であった。
「はい? 」
その道行く者は手に松明を持ち、その反対の手で手綱を握り馬を引いて歩いていた。
これから、この村を出発しようとしていた商人である。
そして、今、彼らがいる場所は商人達が馬車を止めるスペースであった。
彼らの近くには、ズラリと数多くの馬車が並んでいた。
「これから村を出るんだろ? お前の馬車に俺を乗せろ」
「ほう、また急な話ですね」
「早く答えろ! 」
「生憎、私の馬車にはあなたが乗るスペースはございません。何せ、荷物が多いもので」
ローブの男性に、商人はそう答えた。
「……本当か? 嘘をついたんじゃあないだろうな? 」
「……嘘ではございません。何なら、確認しますか? あの幌が付いた馬車ですよ。ちょっと覗けば、乗るところがないなんてすぐに分かりますよ」
商人はそう言って自分の馬車に指を差す。
「あの馬車か……」
すると、何を思ったのかローブの男性は杖を手に取った。
ローブの中から取り出したのである。
それを馬車に向け――
「アサルトファイア! 」
と言い放った。
杖の先から赤く燃え盛る炎が生まれ、一直線に放たれる。
放たれた炎は、大人の男性の身長ほどの極めて大きな火の塊だ。
それは長い尾を引きながら飛んでゆく。
そして、馬車に命中し、激しい衝撃と音と共に爆発した。
結果、馬車は炎上した。
「ああああっ!? なんてことを! 」
商人が悲痛な叫び声を上げる。
「荷物が多いと言ったのだから、減らしているのだ。なに、馬車は残るから安心しろ」
「馬車も、積んでいる荷物も大事なものなんですよおおお!! 」
商人は松明と手綱を放り投げると、慌てて燃え盛る馬車へと向かっていった。
「……くそっ! これだから、商人ってやつは」
そう吐き捨てると、ローブの男は馬の手綱を取る。
「馬車はもういい。この馬を貰っていく……って、鞍がないじゃないか! どういうことだ! 」
鞍が無い事に憤慨するローブの男性。
馬車の馬は馬車を引くことが目的であり、人を乗せることは想定していない場合がある。
そのため、鞍を取り付けられている馬はそう珍しいことではない。
「くそっ! くそくそくそっ! 急いでいるのに! このオレをコケにしやがって! 」
持っていた手綱を乱暴に投げ放つと、彼は馬車の方に目を向ける。
すると、商人が何かしらの荷物を抱えて馬車から出てくる光景を目にした。
「何やってんだ! 荷物は減らすって言っただろ! 」
ローブの男性は再び炎魔法アサルトファイアを放った。
「ひっ! ひいいいい! 」
彼が放った炎は、商人が持っていた荷物に命中し燃え上がる。
商人は燃える荷物抱えることができず、それを地面へ放り投げてしまった。
「壺が! 高い金を払って買った幸運の壺があああ!! 」
商人の目の前で燃える荷物は、壺のようであった。
それが彼が所有する荷物の中で一番高価なもの。
分厚い布に包まれ、大事にされていたものだ。
燃え盛る馬車の中から必死に取り出したもので、なんとしてでも守り抜くべきものであった。
それが今、ローブの男性によって破壊されるのだから、商人は絶望していた。
「ふん! 俺の言うことを聞かないからだ」
そう言って、ローブの男性は商人の元を目指して歩き出す。
「さあ、直に全ての荷物が燃え尽きる。馬車の準備を……な、なにっ!? 」
しかし、彼は驚愕の声を上げて、商人の元へ行く前に足を止めた。
「な、なんと!? 」
商人も驚愕の声を上げる。
急に、燃えていた荷物が夜空へと飛び上がったのだ。
「爆発した? そんなバカな……壺が爆発するなんて…」
商人の目には荷物が爆発したかのように見えていた。
二人が見上げる荷物だが、今は炎に包まれてはいない。
勢いよく空に飛び上がった中で消え去ったのだ。
ローブの男性と商人が唖然とする中、荷物は地面へと落下する。
地面に突き刺さったかのように立ち、僅かに黒く焦げた布は未だに健在である。
この時、壺が割れるような音は発せられなかった。
「……くっ! アサルトファイア! 」
自分にとって、不可解であること。
それだけで、ローブの男性は再び荷物へ炎を放った。
炎が荷物に命中する直前、包んでいた布がくるくると回転しながら解かれる。
布は紐によって固定され、解かれないようにされていた。
その紐は炎によって焼け消え、布が解かれたのである。
「な、なにっ!? 」
ローブの男性がこの日一番の驚愕の声を上げる。
布は勢いよく振り回され、迫っていた炎を弾いたことに驚いたわけではない。
「女の子だとっ!? 」
布に包まれていたものが少女であったことに驚いていたのだ。
その少女の髪は水色で、長い髪は後ろで一つに束ねられている。
顔は作りものかと疑うほどに綺麗で、服装は水兵の服のような可愛らしいワンピース。
どこをどう見ても女の子であった。
「壺が……壺が女の子になっちゃった……」
商人も驚愕していた。
あまりにも衝撃的であったのか、彼は腰を抜かしていた。
「ふむ……」
少女はローブの男性と商人を交互に見る。
そして――
「オレは女の子ではない。男だ」
と、少女ではなく、彼――イアン・ソマフは無表情で言ったのだった。
2019年6月24日 間違い修正
その最中で、ケイプルの町は → その最中で、ケイプルの村は




