十六話 ダークエルフの少女
~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~
●イアン・ソマフ
この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。
戦斧を武器とする冒険者。
イライザ本人の依頼を受け、彼女を護衛している。
女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。
そして、紆余曲折あって現在は、セーラードレスというワンピースのような服を着ている。
○セアレウス
青色の長い髪を持つ少女。
血の繋がりはないがイアンの妹。
冒険者であり、アックスエッジと呼ぶ特殊な武器と水魔法を駆使して戦う。
誰に対しても敬語で話し、基本的には真面目であるのだが、
時々突拍子もないことを言い、主にイアンを困惑させることがある。
○イライザ
外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。
フォーン王国の貴族で、今回の観光旅行にイアンを使命した人物。
明るい性格とは裏腹に言動に謎が多く、その存在にも謎が多い。
日が沈みつつあり、辺りが徐々に暗くなる。
時間帯が夕方から夜になりつつある。
そんな中、レリリニア王国北部の草原にある道路に二人の人影があった。
セアレウスとイライザである。
二人は北へと続く道路を辿り、アニンバへ向かう途中だ。
旅の最終目的地の直前にして順調な道のりであった。
しかし、それは少し前までのこと。
イアンと逸れるという想定外の事態が起きたのである。
二人は足を止めて、これからどうするかを話し合っていた。
「とりあえず、アニンバに行くしかないね」
「……そうですね」
イライザの意見にセアレウスは頷いた。
幸いなことに、次の目的地はアニンバということを逸れたイアンは知っている。
そうなれば、彼がそこへ目指す可能性が高く、二人はそれに賭けることにしたのだ。
「それにしても、アニンバが合流地点ですか……実質兄さんの仕事はここまでになっちゃいますね……」
最後まで依頼に従事することが叶わなかったイアン。
そんな彼を不憫に思い、セアレウスは苦笑いを浮かべるのだった。
「仕方ないよ。でも、これまでイアンさんは、しっかりと護衛してくれた。報酬を減らすとかはしないよ」
「心遣い感謝します」
「まあ、こんな事になったのは、ちゃんと確認しなかった私にも責任があるからね……」
どんよりと気落ちした表情になり、イライザはガックリと肩を落とした。
商人の馬車の積み荷となったイアンと別の積み荷を間違えたことに関して、イライザは責任を感じていた。
自分が提案したことであるからだ。
イライザは、それをイアンやセアレウスのせいにするような性格の人物ではなかった。
「イライザさん……」
落ち込む彼女の姿を見て、セアレウスも悲し気な表情を浮かべる。
口には出さなかったものの、彼女はイライザの責任ではないと思っていた。
「……あ」
ほどなく、彼女はこの状況に似つかわしくない間の抜けた声を出した。
悲し気な表情を浮かべていたのは、ほんの一瞬に近い短い時間であった。
「いけませんね……全然使ってなかったから、忘れてました」
「え……忘れてた? それって、なんのこと? 」
「実は、わたしと兄さんは離れていても、連絡を取り合うことができるのです」
「……ん? なんだって? 」
難しい表情を浮かべるイライザ。
言うまでもなく、彼女はセアレウスの言ったことを理解していなかった。
通信とは、自分の考えていることを相手の頭の中に直接送り、逆に相手の考えていることを自分の頭の中で受け取ることで成立する意思疎通の方法である。
故に、それが出来る者同士でしか、この方法を使えない。
また、使用するにあたって様々な制約があるのだが、現状ではセアレウスはイアンとだけ通信を行うことができる。
ちなみに、この通信はイアンの扱う妖精の魔法の召喚と同じく不可解なもの。
セアレウス自身も原理については、よく分かっていなかった。
「心と心で話をすると言いますか……とにかく、離れたところにいても連絡は取れます」
通信は、口から声を発する必要がない他に、距離に制限がないかと思われるほど遠くへ届くことが特徴だ。
この特徴があるが故に、イアンと離れていても問題はないとセアレウスは言っているのだ。
「……え、それ凄くね? 凄すぎて、いまいち信じがたい。遠く離れた人と会話できるってことでしょ? そんなの方法があるって、魔法でも聞いたことがないもの」
遠く離れた者同士が会話できるなど、一般的には広まっていない。
故に、イライザには疑わしい話であった。
しかし――
「でも、信じるよ。出来なきゃそんなこと言えないし、なによりセラちゃんは嘘を付くような人じゃないからね」
イライザは、セアレウスを信じることにした。
「じゃあ早速、連絡を取ってもらおうかな。今、そっちがどんな感じか聞いてみて」
「分かりました」
返事をした後、セアレウスは両目を閉じて動かなくなる。
通信は、伝えたい言葉を念じるだけで行われるのだが、彼女の場合は目を閉じなければならない。
セアレウスは、通信に関しては未熟であるためか、そうしなければ上手くいかない。
少しの時間を経て、セアレウスの口が開かれる。
「イライザさん、兄さんは馬車の中にいるみたいです。あと、布に包まれたままで、外の状況は分からないそうです」
セアレウスが話した内容は、イアンが通信で送ってきたものだ。
ちなみに、この時の彼女の目は閉じられたままだ。
イアンとの通信は途切れてはいない。
「無事なんだね? 良かった……」
「ええ、本当に良かったです……」
通信により知れたことは、イアンが無事であること。
そのことに安堵し、二人の表情は柔らかいものとなった。
「じゃあ、こう伝えて。これから私達は予定通りアニンバに行く。イアンさんは、状況が分かったら連絡して……って」
「はい…………伝えました」
「ありがとう、もう通信はいいよ。いやー、なんとかなりそうで良かった良かった」
ここで、イライザの表情がいつもの力の抜けたものとなった。
とりあえず無事ならなんとかなる。
そのような楽観的な考えが目に見えて分かる様である。
「そうですね。でも、今日の夕ご飯の方はどうしましょうか? 」
「あ……」
イライザの笑顔が凍り付く。
今まで、彼女はもう一方の問題である夕ご飯のことを忘れていたのだ。
さらに、今は完全に夜である。
自分からすぐ近くのものしか見えないほど、辺りは暗くなっていた。
この状況で、何ができるというのか
「今日はダイエットしよう……」
どうすることもできなかった。
何故か見栄を張った言葉を吐いたイライザだが、その声音はずいぶんと弱々しい。
「はい……」
そんな彼女に返事をするセアレウスも元気がなかった。
「「……はぁ」」
そして、二人は同時に肩を落して落ち込むのだった。
「……そういえば、大丈夫でしょうか?」
そんな中、おもむろにセアレウスが口を開いた。
「ん、何が? 」
イライザが反応すると、セアレウスは傍に置かれた壺に目を向ける。
「商人の方です。壺だと思って布を広げたら、兄さんだった……なんてことになれば大変ですよ」
彼女の言う大変がどのようなことを指すかは定かではない。
しかし、大騒ぎになることは確かなことだと言えよう。
「壺が美少女になった……的な? あはは、なんとかなるでしょ」
「本当にそう思ってます? 」
ジトりとした目で、セアレウスはイライザを見る。
すると――
「そんなわけないじゃん。もーーーね、どうしようもないでしょ。イアンさんには悪いけど、考えたくない」
イライザは真顔で、そう答えた。
「ですよねぇ……ここ最近、大変なことが続きます。大丈夫だと信じたいのですが……不安です」
そう呟くと、セアレウスは遠くを見つめて、離れた場所にいる兄のことを心配するのだった。
ケンウォールから石橋を渡った先の道路は、二股に分かれている。
一方は先端がアニンバ村となる北へと続く道路。
もう一方は、途中にケイプルを通り、先端にライウォールの町がある道路だ。
ライウォールは、ケンウォールと同じと言っても良いほど似ている町である。
町の規模も作りも大河に接している点も、そのほとんどが同じであり、町から続く石橋も存在している。
ただ違う点は位置だ。
ケンウォールが南部にあるのに対し、ライウォールは北部に位置している。
この二つの町は、ほぼ同じであり対となっており、王国の西部にいる者は、北部と南部を行き来するのにライウォールの町を通ることになる。
イアン達がケンウォールの町に辿り着く一日前、その午後。
道路を通り、ケイプルからライウォールの方へ進む商人がいた。
商人は馬車に乗り、それを引く馬はゆったりとした足取りである。
まだ日が明るく、次の目的地のライウォールには日が沈む前に辿りつく。
その上、急ぐ用事がないため、彼はのんびりと道路を進んでいたのだ。
「おや? 」
馬車に乗る商人は、思わず疑問の声を口にした。
それから商人は目を細めて、進路の遥か先へを見る。
彼の視界に映るのは、複数の人影だ。
移動する素振りは見られず、その場で立っているだけのようであった。
「賊か? いや、それはないか」
賊だと疑ったが、この区間は人通りが多い傾向にある。
夜ですら、滅多に現れることはない。
それでも、商人は不安に思いつつも進むことした。
「……ああ、なんだ。騎士様達か」
進み続けること数分、商人はホッと息をついた。
道路に立つ者達は、この国の騎士であった。
国の多くは、自国の防衛や治安維持などを目的とした組織を持つ。
騎士団、あるいは軍という名で呼ばれ、所属する者を騎士や兵士と呼ぶ。
レウリニア王国の場合は騎士団を持っていた。
騎士達は、自分が騎士であることを一目見て分かるよう皆同じ服装だ。
礼服のような改まった服に、兜や鎧を身に着けている。
道路に立つ者達は、そのような服装であったのだ。
「おおっ! しかも、レナウス様お抱えの騎士じゃないか」
青色のマントのような布が騎士達の左肩で揺れ動いている。
それはペリースと呼ばれる装飾である。
この国では所属する部隊を示すために使われており、色によって判別することができる。
「熱心な方だ。この辺は比較的に安全だと言うのに、騎士達に見回りをさせているとは。流石、次期国王様だ! 」
青色のペリースは、この国の第一王子が指揮する部隊の騎士を示す。
その第一王子――レナウスは自ら騎士団の一部隊を指揮し、魔物や賊の討伐などに力を入れている。
他にも国民のことを第一に考えた政策を提案することが多く、多くの国民に慕われている人物であった。
次期国王と呼ぶ者が国民の半分以上はいるとされるほどだ。
この商人も好意的に思っており、その直属の部下に対しても同じである。
故に、彼の表情は自然と笑顔になっていた。
「見回りお疲れさまです」
騎士達の目の前に来ると、商人は挨拶をした。
この時も彼は笑顔を絶やさない。
「見回り……そうだ。我らは見回りをしている」
騎士の一人が言った。
彼らは、特にレナウスの騎士ならば国民と接する時は温厚である。
しかし、この時は違う。
犯罪者に向けるような強い言い方であった。
「そうですか。あの……道を開けてもらえると助かります」
商人は恐る恐るといった様子で言う。
笑顔を浮かべ続けているものの、内心はその表情に一致しない。
騎士の普段とは違う態度に、商人は怯えていた。
「それは無理だ」
「え? それは……」
「お前が怪しい奴だからだ」
そう言った後、他の騎士達が一斉に動き出す。
彼らは、商人が乗る馬車を取り囲んだ。
四方八方を騎士達に囲まれ、商人に逃げ場はない。
さらに、騎士達は腰の鞘から剣を抜き、その切っ先を商人に向ける。
「ひぃぃ!? 」
騎士達に対して、商人は対抗できる術はない。
故に、両手を上げて自分に抵抗する意志がないことを伝える。
「怪しい奴は始末する」
騎士達の剣を持つ手に力が入る。
これから、その剣を商人に叩きつけるつもりだ。
「ひっ……」
商人は短い悲鳴を上げた。
彼は人生の中で武器を取って戦ったことはなく、戦いの素人である。
それでも、これから自分が何をされるかは雰囲気で読み取ることができた。
騎士が理由もなく、国民や非武装の者に手を掛けるはずがない。
そのような常識を持っていても、自分が殺害されると予感するのだ
「うわあああっ! 」
その予感は恐怖となった。
商人は怯え、頭を抱えて縮こまってしまった。
この状況はおかしいと思えないほど、彼は怯えきっていた。
今の彼は本当の意味で無抵抗であり、殺害される運命はほぼ確定した。
次の瞬間――
「がっ……!! 」
「ぐあっ……!? 」
「なにっ……!? 」
複数の者が短く悲痛な叫び声を上げた。
その中に商人は含まれていない。
「え……ええっ!? 」
顔を上げて、周りを見回すと驚愕の光景が商人の目の前に広がっていた。
正面に立つ一人の騎士の除いて、他の騎士達が地面に横たわっていたのだ。
商人は一目見て、何が原因で倒れたのかが分からなかった。
何故なら、倒れている騎士達には目立った傷が見当たらないからだ。
その状態で、騎士達は苦し気な表情で、低く呻き声を上げている。
何かしらのダメージを受けたことは確かなことであった。
「君達は騎士の恰好をした賊か何かかな? 」
唖然としている中、商人は少女の声を聞いた。
それとほぼ同時に、激しい金属音も耳にする。
それらの音が聞こえた方へ顔を向ける。
「えっ!? 」
すると、またもや商人は驚愕した。
まず、目に入ったのは騎士と少女の二人だ。
その二人は剣を持ち、鍔迫り合いを繰り広げている。
先ほど金属音は、二人の剣がぶつかり合った音であった。
商人が驚いたのは、どこからともなく現れた少女の姿である。
少女の耳は長く尖った形で、肌の色は褐色であった。
「ダ、ダークエルフ! 」
その特徴を持つ者は、ダークエルフと呼ばれる種族である。
従来のエルフは耳が長く、肌は色白で比較的に美しい容姿を持つ外見的特徴を持つ。
ダークエルフは、褐色の肌を持つこと以外はエルフの外見をしている。
その他には、闇属性の魔法の扱いに長けている特徴を持っていた。
そのようなダークエルフは、世界で忌み嫌われる種族である。
理由は、かつての時代にある。
魔王と呼ばれる存在が世界を支配しようと、人間やその他の種族に戦争を仕掛けた時代である。
その時代にダークエルフは魔王の配下であった。
つまり、世界と敵対する悪の存在である。
そして、魔王は勇者によって打倒され、数百年経った世界が今の時代だ。
この時代では、ダークエルフは、かつての悪の存在ではなくなっている。
それでも忌み嫌われているのは、記録に残っているからだ。
記録は伝承や演劇や書籍と様々な形に変化し、今でもかつての悪の存在かのように扱われているのである。
この商人もダークエルフが悪の存在という認識を持っている。
故に、彼は未だに怯えたままであった。
「そこの人……」
「ひっ! 」
ダークエルフの少女に見つめられ、さらに話をかけられ、商人は思わず悲鳴を上げてしまう。
それが不本意だったのか、ダークエルフの少女は苦笑いを浮かべた。
しかし、ほんの一瞬で、神妙な顔つきとなる。
彼女本人は、いたって真面目な表情のつもりだ。
しかし――
「あ、あわわわ……」
商人には、殺人鬼のような凶悪な顔に見えていた。
「そこにいられると、すごく邪魔。さっさと、どこかへ消えてくれないかな? 」
ダークエルフの少女の口から、冷たい言葉が発せられた。
「は……はいぃぃぃ! 」
自分も殺される。
そう思い、商人は慌てた様子で手綱を激しく動かして、馬車を引く馬を走らせる。
馬車で移動する最中、鍔迫り合いをする二人の横を通り過ぎる。
その時、商人は二人を見ないようにしていたが視線を向けてみた。
特にダークエルフの少女へ、より多く視線を向けてみる。
商人は彼女に対して気になることがあったからだ。
(あの娘……冒険者か? )
ダークエルフの少女を改めて見て、商人はそう思った。
まず、目に入ったのは彼女の髪だ。
淡い紫色をしており、髪型はおさげのツインテール。
二本の結われた細長い髪は長く、彼女の後ろ腰に届きそうなほどであった。
服装は、上衣に丈の短いジャケットを羽織り、その下には横にスリットが入ったワンピースのような服を着ていた。
ワンピースの丈は、前後で形が異なる。
前は二股に分かれて膝までの長さで、後ろは形に変わったところはなく、こちらは前よりも少しだけ長かった。
ショートパンツを履いており、丈の先から伸びる足は黒色のタイツに包まれている。
靴は、膝下まであるロングブーツであった。
変わった服を着ているものの冒険者のようなカジュアルな服装であった。
次に、商人は彼女の武器に注目する。
彼女は二本の剣を使うようで、背中で×の形に鞘が背負われていた。
一本は鞘に収められているが片方は今、騎士との鍔迫り合いに使われている。
(……粗末な剣だ)
その使われている剣に対して、商人はそう思った。
刀身の幅が広く、刃が両側につくブロードソードと呼ばれる類の剣である。
見た目からして、市販のものであり、それほど高いようにも見られなかった。
粗末と言われるような代物というわけではない。
もう片方の剣と比べて粗末に見えるのだ。
鞘に収められているそれは、鍔と柄しか見えないが商人は上等な代物だと判断した。
まず、鞘からして普通ものではなく、白く金属質な輝きを放ち、宝のように凝った装飾が施されていた。
鍔と柄も同様だ。
一見して、飾り物の剣のように見える。
それでも、戦いの素人である商人には、そちらの剣の方が強そうに見えたのだ。
そして、最後に商人はダークエルフの少女の顔に視線を向けてみる。
「うっ……」
すると、彼女と目が合った。
思わず商人は怯えた表情になってしまう。
対して、彼女はニコリと微笑んでいた。
安堵したかのような柔らかい表情でもある。
「あっ……」
その表情を見て、商人はズキリと心が痛みだしたのを感じた。
ここまでが、ほんの僅かな時間の中でのことである。
馬車は二人の横をあっという間に通り過ぎ、道路の先へと走り去ってゆく。
ほどなく、商人が振り向いてみると、二人の姿は手のひらよりも小さく見えていた。
「……そうか。ダークエルフにも……いや、優しい子だったな…」
商人は申し訳なさそうな表情で、そう呟いた。
彼が思っていた通り、ダークエルフの少女は助けてくれたのだ。
そのことに気付くのが遅く、礼の言葉を言えなかったことを彼は後悔していた。
加えて、彼は申し訳ない気持ちになっていた。
彼女が口にした冷たい言葉は、商人が自分を怯えている状況に合わせてのものだ。
イメージ通りの悪の存在であるダークエルフを演じることで、速やかに商人が逃げられると彼女は思ったのだ。
商人は、彼女にそのようなことをさせてしまった自分が申し訳なかった。
商人が去った後、二人の間に再び激しい金属音が鳴り響く。
「うっ……あぁ…」
それと同時に、騎士が仰向けに倒れた。
彼の持っていた剣は、遠くの地面にボトりと音を立てて落下した。
倒れる彼の前には、剣を振り切った姿勢のダークエルフの少女が立っていた。
彼女によって、騎士の剣は弾き飛ばされたのである。
そして、騎士は起き上がる素振りは見せない。
「僕は剣には自信がある……って、これは先に言うべきことだね。恰好がつかないや」
ダークエルフは苦笑いを浮かべた。
その後、剣を鞘にしまい、倒した騎士の傍に腰を下ろす。
「大丈夫ですか? 」
「……ううっ……ここは……どこだ……? 」
騎士は呻き声のよう苦し気な声を出した。
震えつつも上体を起こし、顔に手を当てる。
体調が優れない様子であった。
「……長い間眠っていたようだ」
「そう思っても不思議ではありません。あなたは、今まで操られていたのですから」
「操られていた? それは……というか、君は……」
「申し遅れました。僕はネリーミアと言う者です」
「ネリーミア……そうか。君のことは、他の騎士から話を聞いている。ありがとう」
「い、いえいえ! 頭を上げてください。僕は、それほど大した者ではありませんので……」
ダークエルフの少女――ネリーミアは謙遜しつつも、はにかんだ。
種族ゆえに、彼女はあまり他人から褒められることは少ない。
慣れていないため、嬉しいと思いつつも、恥ずかしいという感情が出てしまうのだ。
「それで、どの辺りから記憶がありませんか? 」
神妙な顔つきとなり、ネリーミアは騎士に訊ねる。
「……ケイプルの村です。その村に入ってから……ううっ! 」
「わわっ、分かりました! 答えてくださり、ありがとうございます」
「いや、それよりも……酷い有様だな……」
周りを見回した後、騎士はそう呟いた。
彼が酷い有様と言ったのだ、倒れ伏す騎士達である。
「……聞いた話では、手あたり次第に襲うらしい……な。私達はやってしまったのか? 」
「……僕が見た限りでは、大丈夫です。あと、他の騎士様の命に別状はありません」
「そう……か。操られていたとはいえ、国の人々……レナウス王子になんと謝罪したら……」
それから、騎士は俯いて黙り込んでしまった。
ネリーミアも彼になんと声を掛ければ良いか分からず、口を閉ざし続ける。
「……ケイプルに行くのですか? 」
ほどなくして、騎士がネリーミアに訊ねた。
「はい。それが今の僕に任された仕事なので」
「なら、早く行ってください。ここは、私達でなんとかします」
「……分かりました。では、失礼します」
「どうか、お気をつけて……」
ネリーミアは、騎士へ頭を下げた後、ケイプルの村がある東を目指して歩き出した。
彼女の目的は、この国に隠れ潜む何者かについての調査であった。
ここ最近、レウリニア王国では一部の騎士が暴れだす事件が起こっていた。
情報統制により、一部の者しか伝わっていないことである。
ネリーミアは、そのうちの一人である。
「だいぶ近づいてきた感じはあるね。ケイプル村に行けば、かなりの進展があるかも」
彼女は洗脳された騎士の正気を戻しつつ、洗脳している張本人を探していた。
「それにしても、セラはいいなぁ…」
先ほどまで、神妙な顔つきであったネリーミア。
しかし、今はほわっとした気の抜けた表情をしていた。
「今頃、にいさんと一緒に旅をしてるんでしょ。いいなぁ、僕も早く会いたいぁ……」
それは、離れた場所にいるセアレウスを羨ましがっている表情であった。
「……ちょっと気が抜けたね。僕には任された仕事がある。まずは、それをしっかりやらないと」
深呼吸をして気分を変えた彼女は、先ほどと同じような神妙な顔つきとなった。
村に辿り着いた後、何が起こってもいいようにと気を引き締めたのである。
ネリーミアがにいさんと呼ぶ人物はイアンのことである。
彼女もセアレウスと同じく、彼と共に旅をして一度別れた少女の一人であった。




