十四話 峡谷の怪物
~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~
●イアン・ソマフ
この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。
戦斧を武器とする冒険者。
イライザ本人の依頼を受け、彼女を護衛している。
女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。
そして、紆余曲折あって現在は、セーラードレスというワンピースのような服を着ている。
○セアレウス
青色の長い髪を持つ少女。
血の繋がりはないがイアンの妹。
冒険者であり、アックスエッジと呼ぶ特殊な武器と水魔法を駆使して戦う。
誰に対しても敬語で話し、基本的には真面目であるのだが、
時々突拍子もないことを言い、主にイアンを困惑させることがある。
○イライザ
外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。
フォーン王国の貴族で、今回の観光旅行にイアンを使命した人物。
明るい性格とは裏腹に言動に謎が多く、その存在にも謎が多い。
イアン達が峡谷に入って二日目。
この日も彼らは、北を目指して歩き続ける。
その道のりは、相変わらず山々を迂回する曲がりくねったものだ。
それでも、彼らは確実に北へと進んでいる。
さらに、この日は一日目よりも先へ進むことが出来ていた
それは峡谷の道のりに慣れたこともあるのだろうが、魔物の要因が大きいだろう。
峡谷に入ってから、イアン達は幾度か魔物に襲われることがあった。
それは二日目も同じことである。
しかし、先へ進むにつれて魔物とは遭遇しなくなっていった。
そのおかげで、あまり足を止めることなく進むことが出来ていたのだ。
魔物と遭遇しないということは、戦う手間が省け、怪我や死の危険がなくなるということ。
イアン達にとっては喜ばしいことと言えよう。
しかし、実際にイアン達が喜ぶことはなかった。
決して遭遇する魔物の数が減っていることに気付いていないわけではない。
魔物との遭遇が少なくなってきていることは、早い段階から気づいていたからだ。
そして、何故喜ぶことがなかったかと言えば、遭遇が少なくなる様があからさまだったからだ。
まるで、激しく振っていた雨がいきなり止んだかのように、魔物は現れなくなったのである。
魔物が当たり前のように現れる地域の中、そのことが全く逆の珍しいものとなる。
理由があり、それが判明していれば気にするようなことではない。
しかし、イアン達はそのことを不気味に思っていた。
峡谷を進む彼らの二日目は順調に進んだものの、素直にそのことを喜べないどんよりとした一日だったと言えよう。
そして、二日目も峡谷で野宿を行い、三日目となった。
「うーん……今、ここにいるはずだから、あっちかな」
イライザが手にした地図を険しい表情で眺める。
それと同時に彼女は、ある方向へ指を差した。
彼女が立つ場所には三つの道があった。
一つは彼女達が進んできた道で、もう二つはどちらかがこれから進む道である。
今、イライザは、二つの分かれ道のうちどちらを進むかを決めていた。
「うむ。この景色にもそろそろ飽きてきたな……」
「そんなイアンさんに朗報。分かれ道はこれで最後だよ。つまり、もうすぐ峡谷を抜けられるよ」
「……冗談じゃないよな? 」
「冗談じゃないよ。ここで、嘘なんてつかないって~……えーと、二度目の正直ってやつだよ」
「なんだそれ……しかも、分かれ道はこれで最後というのは、もう五回も聞いたぞ」
イアンはため息交じりに言ったのだった。
これまで地図を見るイライザによって、彼らは峡谷を進んでいた。
その中で、彼女は何度も「分かれ道はこれで最後」というセリフを言っていたのである。
五回も期待が外れたイアンにとって、彼女の言葉はあまり信じられないものであった。
「イライザさんが嘘を言っているかはともかく……」
「嘘じゃないよ~イアンさんよりも言い方が厳しいよ~」
「わたしは、魔物と会わなくなったことが気になります」
そう言って、セアレウスはイライザが指を差した方とは違う道を見る。
「確かに気になる……が、オレ達はそれを調査しに来たわけではない。警戒するにこしたことはないが、わざわざ探しには行かないぞ」
そんな彼女を見て、イアンは釘を刺すように言った。
「分かってます……ん? あれは……」
何かを発見したセアレウス。
彼女はそこに目掛けて走って行ってしまった。
「セアレウス……全く仕方のないやつだ。イライザ、申し訳ないが少し寄り道をする」
「は~い、全然オッケー」
イアンとイライザは、セアレウスの後を追うことにした。
そんな二人が見るセアレウスはしゃがんでいた。
どうやら、発見したものは地面に落ちているもののようだった。
「ほう……」
彼女の傍に近づいたところで、思わずイアンは声を漏らした。
そこには魔物の死体があった。
この峡谷でイアン達が多く戦ったリッパーウルフである。
「兄さん、これって……」
「死んで一日か二日くらいだな。あと、おまえの考えている通りだろう」
死体は少し朽ちつつあるものの、まだ形ははっきりとしていた。
しかし、体の一部分が激しく損傷していた。
その部分は平たく潰れていた。
まるで、岩のような重いもので潰されたかのようであった。
「考えてる通りって、どういうこと? 」
「この魔物は、別の何かに殺されたということだ」
魔物の死因は老衰でもなければ、落石などの自然現象ではない。
イアンは死体の損傷具合から、何者かに殴殺されたのだと判断していた。
「殺した奴は……言うまでもないか」
「この辺に村の人が言ってた魔物がいるってこと? 」
「うむ。あと、どうやらそいつが他の魔物を潰して回っているらしいな」
そう言って、イアンはある方向に首を向ける。
その方向には、複数のリッパーウルフの死体が転がっていた。
位置はバラバラだが、ある規則が見られた。
それは皆、死因が同じであること。
つまり、どの魔物の死体も押しつぶされているのだ。
「魔物が魔物を倒す? そんなことってあるの? 」
「人が他の人に対して好き嫌いがあるように、魔物にもそういうのがあるのだろう」
「えーそういうもんかなぁ」
「あはは……村の人は強い魔物が他所から来たようなことを言っていました。きっと、他の魔物と上手く馴染めていないのでしょう」
真面目な表情で、イアンの発現の補足を行うセアレウス。
「……ん? それ、イアンさんとほぼ同じこと言ってない? 」
しかし、イライザにとって補足には聞こえなかった。
「なにはともあれ、強い魔物とやらがこの辺にいるということだ。出会う前に、峡谷を立ち去りたいものだが……」
イアンは、反対方向へと顔を向けた。
彼が向いた方向は、かつてイライザが指を差した道の先である。
つまり、彼らが進もうとしている道だ。
そんな道の先には、黒い影が見えた。
イアンが立つ位置からは、その影は小さく見える。
しかし、距離を考えれば、その影の実際の大きさは彼の倍はあるだろう。
「そうも行かないか」
黒い影を見つめつつ、イアンはそう呟いた。
「あれが例の強い魔物……」
黒い影はまだ遠く、外見はハッキリと判別できない。
しかし、巨大な体は、村の青年が言ってた魔物の特徴と一致していた。
それだけで判別するには充分だと言えよう。
セアレウスは、黒い影に向かって歩き始めた。
「待て、セアレウス」
それをイアンが止めた。
何故、止めるのか。
そう訊ねようとし、セアレウスがイアンへ顔を向けるが彼は彼女を見てはいなかった。
イアンは、イライザに顔を向けていた。
「これから、奴と戦うことになる。すまんがこれは、依頼の外のこととして扱っていいか? 」
「っていうと? 」
「村の者の話を聞く限りでは強敵だ。これから、セアレウスと二人がかりで戦うつもりだ。つまり、その……」
「なるほど。私を守っている暇はないってことね」
イライザのその言葉に、イアンはゆっくりと頷いた。
「すまん。だが、少しの時間だけとなるよう努力する」
「謝らなくていいよ。私がやりたいって言ったようなものだしね。大丈夫、ある程度は自分の身くらい守れるよ」
「……分かった。これ以上は何も言うまい」
「互いにね」
二人は向き合ったまま、互いに頷いた。
イアンは護衛の依頼を一時放棄すると言い、イライザはそれを了承する。
普通では有り得ないことだ。
一時であっても冒険者が依頼を途中で放棄することはあってはならないことである。
それを了承することも同様だ。
それぞれ冒険者は依頼人を依頼人は冒険者を蔑ろにする行為であるからだ。
二人は互いに、やってはいけないことをしたのだ。
しかし、二人には出来ることであった。
それはイアンとイライザが冒険者と依頼人ではなく、別の関係が成り立っているからだと言える。
それが何なのかイアンには分からず、考えもしないことであったが――
「待たせたな。行くぞ、セアレウス」
「はい! 」
心置きなく戦える。
イアンは、そのような気分になっていた。
そして、セアレウスと共に黒い影に向かって走ってゆくのだった
走るイアンとセアレウスの二人は、黒い影へと近づいてゆく。
距離が近くなってゆくことで、二人の目に黒い影の正体となる姿が見えるようになっていた。
その姿を一言で言うのなら、村の青年が言っていた通りであった。
巨大な体を持ち、頭は山羊でその下が大猿であるのだ。
「コエエエエ!! 」
巨大な魔物は、向かってくる二人に気付いたのか口を大きく開けて咆哮をあげた。
地面を揺らすほど力強く、聞く者を威圧する魔物らしい声であった。
しかし、それを聞いたイアンとセアレウスは怯む素振りすら見せることはなかった。
「セアレウスよ、何か策はあるか? 」
走る中、イアンが隣のセアレウスに訊ねる。
「まず、ウォーターブラストを撃ってみます。もし、倒せなくても足止めにはなるはずです」
「よし。ならば、オレはその隙に接近するとしよう」
イアンの言葉に頷いた後、セアレウスは動かしていた両足を止めた。
その両足が地面を削りつつ走る速度を緩め、彼女は完全に動きを止めた。
「ウォーターブラスト! 」
体勢を整えたセアレウスは、巨大な魔物に目掛けてウォーターブラストを放った。
真っ直ぐ飛んだ水の塊は、狙い通り巨大な魔物の顔に命中し、水しぶきとなって周囲に飛び散る。
「コエエエエ!! 」
巨大な魔物は悲鳴のような声を上げつつ、大きくよろめいた。
体勢は崩せたようだが、顔には傷が見られない。
「わたしのウォーターブラストでは、傷つかない? 硬い皮膚を持っているとでも言うのですか」
「魔法が効かない……ならば、こいつはどうだ」
セアレウスが足を止めている間も走っていたイアンは、巨大な魔物の目の前にまで来ていた。
そこから、両足からサラファイアを放って飛び上がると――
「ふっ! 」
巨大な魔物の顔に目掛けて、飛んだ勢いを乗せつつ戦斧を振るった。
彼の横へスイングした戦斧は、巨大な魔物の顔に叩きつけられた。
その戦斧の刃が食い込んだ部分から大量の血が噴き出す。
「すごい! わたしの水魔法でも傷がつかなかったのに! 」
「いや、どうやら普通の攻撃が効くようだ。しかし、致命傷のはずだぞ」
今、イアンは突き刺さった戦斧を持ったまま、巨大な魔物の体に足を掛けていた。
巨大な魔物の顔の辺りに張り付いている状態である。
そんな彼が見ているのは、巨大な魔物の右腕だ。
その右腕は、自分の顔に目掛けて振るわれている最中であった。
つまり、顔に戦斧が突き刺さるという重症を思っているにも関わらず、巨大な魔物は健在であった。
加えて、顔の辺りに張り付いたイアンへと攻撃を行っている最中であった。
「くっ、頑丈なやつだな! 」
イアンは、突き刺さっていた戦斧を強引に引き抜く。
それにより、傷口から大量の血が噴き出す中、イアンは巨大な魔物の体を蹴り、身を翻しつつその場から離れた。
彼が地面に着地する頃には、巨大な魔物の振るわれていた右手は顔にあった。
危機一髪とまでも行かないものの、危ないところであった。
その危機から逃れたイアンだが、彼が一息つくにはまだ早い。
巨大な魔物がイアン目掛けて、拳を振り下ろしたからだ。
その拳もイアンは躱したが、また彼に目掛けて拳が振り下ろされる。
巨大な魔物は執拗にイアンを追い回し、連続で拳を振り下ろしていくのだった。
「兄さん! 」
「躱せないことはない。気がかりなのは、致命傷を受けたはずのこいつがこれほど元気だということだ」
心配の声を上げたセアレウスへイアンは、そう返した。
今、自分を助ける必要はない。
それよりも巨大な魔物にダメージを与えることを考えることを彼女に促していた。
「元気……あっ! 兄さんが与えた傷がない? 」
セアレウスが巨大な魔物の顔に目を向けると、先ほどまであったはずの傷が消えていた。
「傷を治す器官を持っている……いえ、手がかりが少なすぎます」
そう言って、セアレウスは巨大な魔物に向かって走る。
その途中、彼女は自分の武器を両手に持った。
彼女の武器の名は、アックスエッジ。
斧の刃となる鉄部分だけで、木の棒のような柄が無いことが特徴だ。
柄が無い代わりに、グリップが付けられており、手に持った様はメリケンサックのようである。
そのような武器をセアレウスは左右の手に握っていた。
彼女は、巨大な魔物の背後へ回り込むと――
「はあ! やあ! 」
左右のアックスエッジを交互に連続で振るい、何度か巨大な魔物の体を切り裂いた。
アックスエッジには、柄が無く普通の斧よりは威力が出しにくい。
その分速く振ることができるという利点があるため、素早い攻撃や連続攻撃に向いていた。
「コエッ!? コエエエエ!! 」
背中を攻撃されたことに気付き、巨大な魔物は振り向きざまに腕を振り回す。
その攻撃を後ろへ跳躍することで躱したセアレウスは、巨大な魔物を見る。
「ダメだ、セアレウス。やはり、傷は治ってしまう」
巨大な魔物の背中を見るイアンが言った。
「はい……あ! ひょっとしたら! 」
「セアレウス! 今、おまえが狙われているぞ! 」
「くっ! 兄さん、角です! 傷が治る時、頭の角が光っていました」
巨大な魔物の攻撃を躱しつつ、セアレウスは叫んだ。
その叫びはイアンの耳に届いており、彼はその角へ目を向ける。
イアンが見た時には角は光っていなかった。
しかし――
「分かった、角が怪しいのだな。ならば、オレがこいつを引き付ける。おまえが角に攻撃をしろ」
イアンはセアレウスの言葉を信じ、行動に移す。
彼は戦斧を持った左腕を振りかぶると、巨大な魔物の背中に目掛けて投げだした。
戦斧は縦に高速で回転しながら飛んでいき、狙い通りの場所へ突き刺さった。
「コエエエエ!! 」
戦斧が刺さったことに気付いたのか、巨大な魔物はイアンの方へ体を向ける。
「痛みは感じるようだな。いいぞ、こっちに来い」
「コエエエエ! 」
「また同じ攻撃か。傷が治る以外は芸の無いやつ」
巨大な魔物は再び拳を振り下ろし始め、イアンはそれを躱し続ける。
その間にセアレウスは、頭の角を破壊するつもりだ。
その方法は――
「これで行きます! 」
右手のアックスエッジを投擲することであった。
回転しながら飛んでゆくアックスエッジは、巨大な魔物の頭に向かっていく。
アックスエッジをぶつけることで、角を破壊しようというのだ。
しかし、拳を振る激しい動作をしているせいかアックスエッジが当たることはなかった。
「ウォーターブラスト! 」
そのことを確信していたかのように、セアレウスはウォーターブラストを放った。
本命はウォーターブラストによる攻撃なのだろうか。
その疑問に対する答えは、否である。
ウォータ―ブラストの水の塊が向かう先はアックエッジであるからだ。
そして、命中すると水の塊はアックエッジを包み込み、その場に留まるかのように空中に漂うのだった。
「わたしのアックスエッジの射程は長く、どこからでも攻撃ができるのですよ! 」
空中に漂う水の中のアックスエッジが高速に回転。
その回転を維持したまま、水の塊からアックスエッジが発射された。
「ゴッエエ!? 」
巨大な魔物はビクリと体を震わせつつ、短い悲鳴を上げた。
発射されたアックスエッジが巨大な魔物の片方の角を破壊したのだ。
それから、セアレウスは水の塊を操作し、再びアックスエッジを取り込むと、先ほどと同じように発射した。
アックスエッジは惜しくも角の僅かに横を通り過ぎたのだが、その先で水の塊が再び取り込み、また発射される。
「名付けて、ブラスト・アクアストーカー。狙ったものをどこまでも追い、何度だって攻撃を続けます」
セアレウスの水を操る力により、アックスエッジは空中を飛来し続ける。
それは、巨大な魔物の角を破壊しきるまで繰り返されることだろう。
アックスエッジを発射する水の塊――アクアストーカーは、セアレウスが操作している。
故に、目標を追い続けるというのは少し違うと言えた。
それでも、狙われた立場からしたら、追われ続けているも同然のこと。
巨大な魔物は言葉を発しないがこの時、少なからず恐怖を感じていることだろう。
「コエッ!! コエエエ!! 」
角を折られまいと、激しく頭を振り回す。
それでも足りないと思ったのかイアンを攻撃するのをやめ、左右の腕で頭上のアックスエッジを振り払い始めた。
巨大な魔物はアックスエッジを捉えきれてない。
その証拠に、ただ闇雲に腕を振り回しているだけである。
防御とも呼べない粗末な動きで、洗練されたセアレウスの技を防ぐなど不可能に近いことだ。
巨大な魔物の腕は、アックスエッジにかすりもしないのだった。
「ゴッ……!? 」
発射された回数が二十を超えた辺りだろうか。
回転しながら飛来するアックスエッジが巨大な魔物の残された角に激突した。
その瞬間、割れた花瓶のようにいくつかの破片を散らしながら、角が頭からはじけ飛んだ。
「コエエェ……」
巨大な魔物は、弱々しく悲鳴を上げながら片足を地面につけた。
それでも体を支えられないのか片腕も地面についてしまう。
強大な魔物は、その体勢のまま荒い息を吐いていた。
明らかに苦しんでいる様子であった。
そのような様を見れば、この魔物にとって角がどれほど重要であったかは充分すぎるほど理解できよう。
「……角は治らないな。セアレウスの言う通り、異常な回復力の要は角にあったというわけか」
そして、破壊された角が修復される兆しは見られなかった。
「それにしても、セアレウスのやつめ」
イアンは、巨大な魔物からセアレウスへ視線を移す。
その時、彼が口にした声には嫌味などではなく、関心の気持ちが込められていた。
(まさに変幻自在だ。アックスエッジは柄が無く不完全。言っては悪いが欠陥品も同然だ)
アックスエッジは柄の無い斧の刃という武器ではあるが、その成り立ちは柄が破損した斧である。
成り立ちの経緯を知り、斧を武器とする彼にとっては、一応は武器であると認めつつもアックスエッジは欠陥品という認識であった。
(セアレウスの水の技次第では、どのように扱え……いや、どんな武器にもなり得るというわけか)
しかし今、その欠陥品という認識を改めた。
アックスエッジは、そのまま使えば打撃武器に、投げれば投擲武器、水を操る力で柄を生成すれば従来の斧や槍斧として扱うことができる。
先ほどのセアレウスの攻撃を見て、イアンはそのように想像をしたのだ。
「さ、これで恐らく、傷はもう治らないはずです」
セアレウスは、水の塊から発射されたアックスエッジを右手で受け取る。
「手元に戻ってくるのか。オレが投げた斧は戻ってこないのに……」
そんな彼女を見て、イアンは思わず呟いていた。
彼には魔法が使えず、自分の手元に戻すような軌道で武器を投擲する技量もない。
彼はセアレウスを羨ましく思っていた。
「いや、今はそんなこと言っている場合ではない。とどめを刺してやろう」
イアンは、片足からサラファイアを出し、巨大な魔物の頭上へと飛び上がった。
足裏から炎を出しつつ身を翻し、空中で逆さまになる。
「念には念を。出し惜しみはしない」
空に向かって噴射される炎により、イアンは地面へと急降下。
その最中体を回転させ、巨大な魔物の頭に戦斧を叩きつけた。
サラファイアの急降下の勢いが乗せられた一撃は凄まじいものであった。
叩きつけられた戦斧の刃の全てが頭の中に沈みこむほどである。
「くっ! 」
そして、その勢いに耐え切れずイアンは途中で戦斧から手を離す。
離さなければ、腕が折れると彼は判断したのだ。
体の一部を損傷する危機を逃れたイアンだが、彼の危機はまだ去ってはいない。
それは、落下の衝撃だ。
サラファイアによって付いた勢いがまだ彼の体に残っているのだ。
「しまっ……ぐはっ!? 」
ろくに受け身を取れないまま、イアンは背中から地面に落下した。
衝撃音と共にイアンは一度を跳ねた後、ゴロゴロと地面を転がった。
少しの距離を転がり終えた後、彼は仰向けに倒れる。
未だに土煙の中に包まれている様は、落下の衝撃の凄まじさを物語っていた。
「に、兄さん! 」
セアレウスが慌てて、彼の元へと向かう。
「ゲホッ! ゴホッ! た、大したことはない」
しかし、彼女が辿り着く頃には、イアンはむくりと体を起こしていた。
強い衝撃を受けたにも関わらず、体が動かなくなるようなダメージは負っていないようであった。
「ええっ!? そんなバカな……服だって、ボロボロ……じゃない! どうして!? 」
「ん? 」
イアンはむくりと立ち上がる。
そして、セアレウスが何に驚いたのかを確かめるべく、自分の身の回りを確認してみた。
すると、その驚くべきことに気付く。
「服に敗れが……傷すらないだと? 」
それは、自分が来ている服、セーラードレスが無傷であるということだ。
イアンは地面に衝突し、地面を転がったのだ。
服に破れがあっても不思議なことではない。
しかし、その不思議ではないことが全く見られないのだ。
「……体も痛くは無い。打撲以上の怪我でもおかしくはないと思うのだが、かすり傷すらないようだ」
さらに、体を強く打ち付けた痛みや擦り傷のような痛みを感じなかった。
大したことはない怪我ですら、イアンは負ってはいなかった。
「服が頑丈なのか? そういえば、イライザは高かったと言ってたが……」
「その話が本当なら、その服の価値は相当なものですよ」
「……と、とりあえず、魔物は倒せたな」
イアンは、服のことについては、もう話したくないと思った。
今、自分が着ている服がとんでもないものである可能性を感じたからだ。
そのような底が計り知れないことに関わりたくないと本能的に判断したのだ。
「はい……」
戦いに勝利したというのに、セアレウスは浮かない表情をしていた。
「わたしは、まだ力不足ですね。兄さんに無茶をさせてしまいました」
最後にイアンが無茶したことを自分の責任だと感じているようであった。
「おまえが気に病むことではない。オレの力不足だ」
「いえ、兄さんは……」
「いや、オレだ。そして、おまえ自身が思うのなら、おまえも力不足なのだろう。なら、共に頑張ろう」
「……はい」
セアレウスは、イアンの言葉にしっかりと頷いた。
この時、彼女は僅かに笑みを浮かべていた。
イアンが言った共に頑張るという言葉を聞き、どこか嬉しい気持ちになったからだ。
「さて、やることはやった。さっさと、イライザの護衛に戻るとしよう」
「はい! 」
二人は動かなくなった巨大な魔物に背を向けて、イライザの元へと向かった。
ほどなくして、彼らはイライザと合流し、道を進むことを再開する。
そして、峡谷に入って三日目のこの日、ようやくイアン達は峡谷を抜け、アポットの村に辿り着く。
そこで一日ほど休んだ後、彼らはアニンバを目指して北を目指すのだった。
2019年5月2日 文章改正
・「……体も痛くは無い。擦り傷を覚悟していたのだが、それもないようだ」 → 「……体も痛くは無い。打撲以上の怪我でもおかしくはないと思うのだが、かすり傷すらないようだ」
・そして、もう片方の角も折るのだった。 → そして、もう片方の角も折るのだった。
・セアレウスが魔物の二本目の角を破壊する辺りから、イアンが落下するまでの辺りの描写を増量。
話の結末は変わっていませんが、内容は大幅に変更しました。
2019年5月22日 誤字・脱字修正
警戒するにこしたことっはないが、わざわざ探しには行かないぞ → 警戒するにこしたことはないが、わざわざ探しには行かないぞ
これから、セアレウス二人がかりで戦うつもりだ。 → これから、セアレウスと二人がかりで戦うつもりだ。




