十三話 峡谷の道のり
~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~
●イアン・ソマフ
この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。
戦斧を武器とする冒険者。
イライザ本人の依頼を受け、彼女を護衛している。
女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。
そして、紆余曲折あって現在は、セーラードレスというワンピースのような服を着ている。
○セアレウス
青色の長い髪を持つ少女。
血の繋がりはないがイアンの妹。
冒険者であり、アックスエッジと呼ぶ特殊な武器と水魔法を駆使して戦う。
誰に対しても敬語で話し、基本的には真面目であるのだが、
時々突拍子もないことを言い、主にイアンを困惑させることがある。
○イライザ
外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。
フォーン王国の貴族で、今回の観光旅行にイアンを使命した人物。
明るい性格とは裏腹に言動に謎が多く、その存在にも謎が多い。
イプットの村に着いた日の翌日。
イアン達は、北にある最寄りの村であるアポットを目指して、早々にイプットの村を出た。
彼らが進んだ先は、草木の生えない荒野。
そこの地面には、茶色の土と砂、灰色の石ころくらいしかない場所であった。
この地域一体だけ、滅多に雨が降らない地域であるからだ。
そして、この荒野にはいくつもの山々が点在している。
巨大な岩のようにそびえ立つその山々は、互いに繋がることはない。
故に、ここは荒野であり谷であるのだ。
さらに、谷の断面である山の表面が傾斜のない崖となっているため、人々は峡谷と呼んでいた。
――その日の朝。
峡谷を進んでいたイアン達は、足を止めていた。
自分達が進むのは、道の両側を山の崖に囲まれた細長い道。
細長いとは言っても、その幅は百メートル以上はある。
そんな道の先から、数体の魔物が現れたのだ。
「早いな……」
そう言って、イアンは戦斧を取り出すため、後ろ腰へと左手を伸ばす。
彼らが峡谷に入って、十分も時間が経っていなかった。
そして、彼らに向かう魔物達は、狼の外見をしていた。
リッパーウルフという魔物である。
その魔物は、顔や胴体の両側、前足と後ろ足にナイフ状のトゲがある。
切れ味は鋭く、並みの皮製の鎧であれば切り裂いてしまうほどだ。
それらのトゲを利用して攻撃することが名前の由来である。
また、顔や胴体のトゲを利用したすれ違い様の切り裂き攻撃から、他の地方ではアサシンウルフとも呼ばれている。
そんなリッパーウルフが五体、横に並んでイアン達へと向かっているのだ。
「兄さん、ここはわたしに任せてください」
セアレウスが一歩前に出る。
イアンは戦いに備えて武器を取ろうとしているのに、彼女は何も手にしていなかった。
「……援護はいるか? 」
「結構。わたし一人で充分です」
「そうか」
イアンは、戦斧へ手を伸ばしていた左手を戻した。
セアレウスの言ったことに納得したのである。
一方のセアレウスは、左腕を前へと突き出し、その開いた手のひらを一体のリッパーウルフに向ける。
そのリッパーウルフの位置は、彼女から見て一番左であった。
「ウォーターブラスト! 」
セアレウスはそう叫ぶと、手のひらの前の空間に球状の水が発生した。
それは、彼女の頭の大きさほどになると、横に伸びた楕円の形状となって、リッパーウルフに向かって飛んでいく。
これは、セアレウスが行使した魔法である。
魔法とは、魔力という力を使い、炎や水といったあらゆる自然現象を意図して発現させる技である。
故に、魔力を持ち、それを魔法として発現できる素質を持つ者にしか扱えない。
魔法には属性というものがあり、炎、水、風、土、光、闇、雷といった種類が存在する。
魔法を扱える者にはさらに属性適正というものがあり、これらの中で最低でも一つは使用でき、それが自分の得意な属性となる。
セアレウスは、行使したウォーターブラストは水属性の魔法である。
効果は、水の塊を生み出し、それを射出して攻撃を行うというものだ。
セアレウスは魔法を扱うことができ、水属性の魔法が得意であるのだ。
「ギャ――!? 」
高速で飛んでいった水の塊がリッパーウルフの頭に命中する。
飛沫となった水と共に、命中したその頭も一部が弾けていた。
顔を破壊され、リッパーウルフは短い悲鳴を上げて絶命したのである。
個人によることであるが魔法は強力な技と言える。
ウォーターブラストは、セアレウスが扱う魔法の中でも威力が低い。
それでも、今のように魔物を容易く仕留めることができるのだ。
「あと四体ですね」
セアレウスの言った通り、リッパーウルフの数は、あと四体。
残りの四体も彼女は、ウォーターブラストで仕留めるつもりであった。
しかし、彼女は四発もウォーターブラストを行使するつもりはない。
一般的には、そうせざるを得ないのだが、彼女の場合は違う。
「そうれっ! 」
セアレウスは、薙ぎ払うかのように左腕を右方向へ振るった。
すると、弾けた飛沫が集まって再び一つの球体となり、今度は右方向へと飛んでゆく。
「グッ――!? 」
「ギッ――!? 」
「ガアッ――!? 」
「ギギィ――!? 」
そして、四体のリッパーウルフの頭を次々と貫いたのであった。
結果、セアレウスは一発のウォータブラストで五体を倒すことができた。
これは並みの魔法使いでは出来ないことである。
セアレウスが、水を操ることが出来る特殊な力を持っているからこそ出来ることなのだ。
操って出来ることは、単に水を浮かせることから、水を定まった形状にするなど多岐に渡る。
具体的な例では、川の水を氾濫させて、それを敵だけにぶつけることが可能である。
水属性の魔法とあらゆる水を操る能力。
それらを有するセアレウスは、水のエキスパートと呼べるだろう。
「すご……あっという間に倒しちゃったよ……」
五体の魔物が数秒の間で倒される光景を目の当たりにし、イライザは唖然としていた。
戦闘においては素人である彼女もセアレウスの凄さを理解できたのだ。
「最小限の力で仕留めるとはな。あの力によるものが大きいが、やはり魔法は便利だな」
ちなみに、イアンは魔法を扱うことはできない。
妖精の魔法を召喚することは、魔法とは別の力によるものだ。
「さ、敵は倒しました。先に進みましょう」
魔物を倒したことで、イアン達は再び歩き始めるのだった。
――夕方。
夕日の光に照らされて、峡谷は赤く染まっていた。
しかし、今の赤くなった峡谷が見えるのは、峡谷の外からである。
谷となっている中はどうなっているかといえば、夜のように暗くなっていた。
日中は太陽が昇っており、見上げれば青い空を見ることができ、ある程度の明るさがあった。
夕方からは日が沈むため、光が谷底まで届かなくなり、草原などといった広い場所よりも早く暗くなるのだった。
この時間帯になっても、イアン達はまだ峡谷の中にいた。
暗くなってきたこともあって、彼らは既に野宿をする準備を終え、焚火を囲って休んでいたのだった。
「ふわぁ~明日に備えて、早く寝ようね~」
イライザはそう言うと、その場に寝ころび丸くなる。
そして、一秒の間もなく寝息を立てるのだった。
「火の近くが必ずしも安全というわけではないのだがな。というか、よくこんな所ですぐに寝れるものだ」
そんな彼女を見て、イアンは呆れつつ、神経の図太さに感心するのだった。
「きっと、護衛をするわたし達を信頼しているんですよ」
「そうだといいのだが……」
自分が思う通り、神経が図太いだけ。
セアレウスに言われたものの、普段の彼女の振る舞いからイアンはそう思わすにはいられなかった。
「そういえば……いや、何でもない」
イアンは、セアレウスに聞きたいことがあった。
しかし、寸でのところで彼女に聞くのをやめた。
(今回の依頼……セアレウスも一枚噛んでいるのだろうが、キキョウは、二枚も三枚も噛んでいるだろう。話を聞くのならやつに会ってからのほうがいいかもな……)
聞きたいこととは、今回の依頼についてである。
どういった理由があって、イライザに協力することになったのか。
イアンは、それが知りたかったのだ。
「……? そうですか」
セアレウスは気になりつつも、それ以上は聞くことはなかった。
「では、わたしから聞いてもいいですか? 」
「なんだ? 」
反対にセアレウスがイアンに訊ねるのだった。
「ありがとうございます。えーっと、何を聞こうかな? 」
「沢山あるのか……骨が折れそうだな」
「うーん……じゃあ、コウユウという名前を知っていますか? 」
「コウユウ? 鋼斬山とかいう? 」
「そ、そうです! よく知っているじゃあないですか! 」
セアレウスは笑みを浮かべて、弾んだ声を出す。
まるで、自分が褒められたかのように、彼女は嬉しそうであった。
「よく知っているも何もこの前襲われたばっかりだぞ」
「え、ええっ!? どういうことですか! 」
セアレウスは、目を見開くほど驚いていた。
「どういうことも何も、おまえが追い払った賊達の親分がコウユウだ」
「賊の親分!? そんなはずはないですよ! あの娘は、賊になんてならないです! 」
「む、むぅ、そんなことを言われてもな……」
必死にコウユウが賊であることを否定するセアレウスに、イアンは困惑していた。
何故そこまで必死になるのかが理解できなかったのだ。
「ん? あの娘……と言ったな。知り合いなのか? 」
しかし、彼女の発言から、知り合いという可能性を導き出し――
「いや……娘……女だと!? 男じゃないのか! 」
「はい! どこからどう見ても、コウユウは女の子ですよ! 」
「な……なんと」
コウユウが少女であることに驚いた。
「まさか、あれが女だとは……でかくて太っていて、おっさんみたいな顔で、うわっはっはーとか豪快に笑う奴が女だとは……」
「いや、誰ですかそれ! 全然そんなんじゃないですよ! というか、あの時一体何があったのですか! 」
「あ、ああ、実はな……」
イアンはセアレウスに賊に襲われた経緯を話した。
「はあ、そういうことですか。その人は偽物ですよ。大方、コウユウの名を騙れば、威張れるのだと思ったのでしょう」
「なるほど。道理で、実力と鋼斬山と口にした偉業がかみ合わないのだと思った」
結果、賊の親分のコウユウは、鋼斬山のコウユウを装っていた人物であった。
つまり、本物がちゃんといるということだ。
「しかし、コウユウの名を騙るとは……あのまま追い返すべきではありませんでしたね……」
「む……う、うむ、確かに人の名を騙るのはよくないことだな」
不敵な笑みを浮かべて、殺気を放つセアレウスに、イアンは若干怖気ついていた。
それは、単に今の彼女の機嫌が悪く、その様が怖いというだけではない。
(あの場で、今のことを言えなくて良かった。あれから成長したこいつは、オレ一人では止められないだろうからな……)
唐突に単刀直入なことだが、セアレウスは人間ではない。
さらに、獣人やエルフなどの一般的に知られる種族でもなかった。
彼女は、水魔精をいう妖精と魔物の性質を半々に持つ特殊な存在であった。
元は人間であったが、ある事情によりそのような存在となったのである。
ところで、彼女は半分が魔物であり、本来は悪しき力である。
今は制御しているのか表面には出ていないものの、暴走しないとは限らない。
イアンは、彼女の放つ殺気から、彼女が半分は魔物であることを思い出し戦慄したのであった。
「しかし、驚きだな。その鋼斬山という強者とおまえが知り合いだとはな」
「え……知り合いと言えば、そうですが、恐らく、兄さんの方が……」
「ん? オレの方が……その先はなんだ? 」
「い、いえ、何でもありません」
「……? オレの方が……か。よく分からないな」
イアンは、セアレウスの言わんとすることが理解できなかった。
「ともかく、コウユウとはいずれ会うことになるでしょう。それで、全てが分かるはずです」
「そ、そうか。それは楽しみだな」
訳の分からないイアンは、とりあえずの適当の返事をした。
「コウユウについてのことはだいたい分かりました。あの娘は苦労します。では、他に聞いてもいいですか? 」
「うむ。いいのだが、ちゃんと寝ろよ? おまえは今日、魔法を沢山使ったのだから」
「いえ、わたしも起きています。今夜は、わたしと別れてからのことを根掘り葉掘り聞かせてもらいますよ」
セアレウスはそう言って、イアンの隣に座り込み、彼の顔をぱっちりと開いた目で見つめる。
何も言っても話を聞かないという意志が彼女の姿勢からにじみ出ていた。。
そんな彼女を見て、イアンは若干面倒に思うのだった。
しかし、彼に手が何も無いわけではない。
「……もしかしたら、明日、村の者が言っていた魔物に会うかもしれない。その時、おまえの力が頼りだ」
「……では、あと五つだけ質問させてもらいます」
「五つ……それが終わったら? 」
「寝ます」
(ようし! )
イアンは、セアレウスの寝ますという発現を聞き、心の中でガッツポーズをした。
この日、村の青年が言っていた魔物には遭遇していなかったのだ。
それを釣りにして、イアンは彼女に寝る決心をさせることに成功したのである。
それから、イアンはセアレウスから質問を受ける度に――
(あと四回だな……)
と、カウントしつつ答えるのだった。
「ふわぁ~~~もう朝なんじゃない」
そして、夜が明け、空が僅かに青くなった頃、イライザが目を覚ました。
「……おや? 二人とも、ずっと起きていたんだね」
「……というわけだ。おはよう、イライザ」
「あ、イライザさん、おはようございます。なるほど、ラノちゃんと別れたのは、そう言ったわけが……」
彼女が目を覚ます前から、イアンとセアレウスは起きていたようであった。
否、夕方から今まで寝ていないようであった。
「……セアレウスよ。質問はあと何個だったか……」
「次で最後です」
「そうか……」
イアンは肩を落として項垂れた。
結局、質問は五つと言いつつも、セアレウスの質問攻撃は、夜通し続いけられていた。
最初から寝ないつもりであったイアンは、余計に疲れた気分であったのだった。




