十二話 セアレウスとの再会
~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~
●イアン・ソマフ
この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。
戦斧を武器とする冒険者。
イライザ本人の依頼を受け、彼女を護衛している。
女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。
そして、紆余曲折あって現在は、セーラードレスというワンピースのような服を着ている。
○イライザ
外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。
フォーン王国の貴族で、今回の観光旅行にイアンを使命した人物。
明るい性格とは裏腹に言動に謎が多く、その存在にも謎が多い。
――セアレウス。
かつて、イアンと共に旅をし、とある事情で別れたものの、再会を約束した少女の一人だ。
また、血が繋がっていないが彼とは兄妹の関係にある。
その経緯は、それぞれの心情や様々な事情、彼ら以外の思惑など多くが含まれているため複雑だ。
それでも、イアンは兄として振る舞おうと努力し、そんなイアンをセアレウスは兄として慕っていた。
つまり、互いに兄妹の関係を認め合っているのである。
互いにも言えることだが、イアンにとってまさに特別な存在であろう。
セアレウスと別れてから、およそ二年ほど。
この日、ようやく二人が再会する時が来たのだ。
太陽の高さがちょうど朝と昼の中間辺りにまで昇った頃。
イアンとイライザは平原の道路の上にいた。
そこに横に並んで立ち、自分達の進行方向とは反対のナウブールの町がある方へ体を向けている。
その方向から、一人の少女がこちらに走ってきており、二人は彼女を待っているのだ。
「おーい! 兄さあああああん!! 」
そう叫びつつ、少女は走る。
「……間違いなく、セアレウスだな」
イアンは彼女がセアレウスという少女であることを再認識する。
彼は、自分のことを「兄さん」と呼ぶ者は二人しか知らない。
そのうち、青い髪の少女はセアレウスであるのだ。
そのセアレウスは今、イアンが髪の色ぐらいしか判別できないほど離れた距離にいる。
二百メートル以上は離れていた。
「おーい! 兄さあああああん!! うおおおおい! 」
それほど離れた距離から、セアレウスは大声でイアンを呼んでいた。
彼女は、イアンに再会することを嬉しく思っているのだろう。
イアンも同じ気持ちである。
「うむ……元気そうでなによりだ……」
しかし、彼女ほど全力で気持ちを表現することはなかった。
否、もう近い距離にまで来ているにも関わらず――
「兄さあああああん!! 」
「元気……すぎるな…」
遠い場所から、全く声量の変わらないセアレウスに若干呆れていた。
「お久しぶりです! 兄さん! 」
そう思われてるのを知ってか知らずか、セアレウスは満面の笑みを浮かべながら、イアンの目の前までやってきた。
二百メートル以上から全力で走りつつ、大声を出していたにも関わらず、彼女は息切れ一つしていなかった。
「ああ、久しぶりだな。セアレウスよ」
「えへへ、やっと会えましたね」
イアンと対面してもなお、彼女は変わらず満面の笑みを浮かべていた。
そんな彼女は、イアンと同じく青いとされる色の髪の少女だ。
はっきり言えば、イアンの髪は水色であるが、彼女の髪はまさしく青色である。
身長は大差は無いがイアンよりも小さい。
服は、上衣に白地の袖の無いワンピースのような服を着ており、その上の首回りに丈の短い黒色のケープを羽織っていた。
両腕には袖の代わりに付けているのか、二の腕の辺りから手首までを覆うのアームカバーを身に着けている。
細長い両足は、長い黒色の靴下により膝より上までが覆われ、丈が足首より少し上ほどの短いブーツを履いていた。
そして、腰には服の上からベルトを着けており、両側に皮製の小さなバッグのようなものが取り付けられている。
その両側の小さなバッグには、柄の付いていない斧の刃の部分が収められていた。
武器になるのだろうが、斧の刃の部分だけとするのは、誰から見ても奇抜であろう。
彼女は、鎧のような硬くて重量のある装備は身に着けていない。
全体的に動きやすさを重点に置いた身なりであった。
「さっきは、おまえのおかげで助かった。見ない間に相当成長したようだな」
イアンは、セアレウスを見ながら言った。
彼は彼女を見て、以前より背が高くなっていると思っていた。
それに加えて――
(実際に前より強くなったのだろう……しかし、なんだろうか。頼もしく見えるな)
と思っていた。
イアンの目には、セアレウスは頼もしく見えていた。
それは雰囲気から来るもので、凛々(りり)しいや逞しいなどの言葉で表現することができる。
はっきりと言葉に表すことはしなかったが、とにかくイアンはセアレウスから力を感じているのだ。
(きっと、並みの経験は積んでいないのだろうな。オレは……どうだろうか)
感じる力の強さは、自分が不安になるほどのものであった。
「いえいえ、わたしなんて大したものではありません。ネリィ達の方がもっとすごくなっていますよ」
「ほう……まだ色々と話したいことはあるが、先へ進むとしよう。これから、おまえもついてくるのだろう? 」
「はい、そのためにここに来ました」
セアレウスはそう言うと、イアンの隣に立っていたイライザへ顔を向ける。
イライザもセアレウスに顔を向けており、互いに顔を合わせるかたちとなった。
「イライザさんも、お久しぶりです」
「うん、久しぶりだねぇ。ここで、セラちゃんと合流できて良かったよ」
すると、二人は笑顔で挨拶を交わした。
それらの口ぶりから、二人は既に知り合いのようであった。
(やはり、既に知り合っているか……)
そのことに、一人納得するイアンであった。
ちなみに、セラというのはセアレウスの愛称であり、彼女の呼び方の一つである。
「それにしても、ペジ村の時の伝言には驚いちゃったよ~まさか、大回りすることになるなんてね~」
イライザは笑顔を浮かべたまま言った。
「すみません。それには、ある理由がありまして……」
「知っている。青い髪の女が冒険者に狙われているのだろう? 」
申し訳なさそうにするセアレウスに、イアンが言った。
彼の発言に、セアレウスは頷く。
「そうです。恐らく、わたしがこの国に来て数日……兄さんが来る前から狙われるようになりました」
「……む! おまえも奴らに襲われたりしたのか? 」
「ええ、何度か襲われました」
セアレウスも髪の色が青色である。
依頼を受けた冒険者達の目的は、青色の髪の少女の拉致或いは殺害だ。
そのような目的で動く彼らに、セアレウスが標的にならないわけがなかった。
「その度に走って逃げていましたよ。ほとんどの人がすぐに諦めてくれて助かりました」
「諦めたというより、追いつけなかったのだろう。おまえは体力がある上に、足も速いからな」
イアンの言う通り、セアレウスは体力の多さに加えて、足が速かった。
冒険者達は、あっという間に彼女の背中が小さくなっていく様を見て、唖然としたことだろう。
イアンはその光景を容易に想像することができた。
「そういったこともあって、二人を迂回させたのです。王都周辺には、冒険者達が集まっていましたので」
「なるほどね~そういうことね。レールポリスはその王都周辺に入るかも。実際に行ってたら、大変なことになってたかもね! あははは! 」
「その手前のペジ村で襲われただろう。笑いごとではないぞ」
呑気に笑うイライザに、イアンは呆れていた。
青い髪の少女を始末する依頼を受けた冒険者が、絶対に王都周辺だけにいるとは限らない、
王都周辺以外が安全であると保証することはできないのだ。
「そうだね。さっきの賊とか魔物もいるし……でも、そのためのイアンさんだよ」
「……大半のことが護衛であるオレがらみ……なんだがな」
イアンは、どんよりとした口調で言った。
護衛をしているにも関わらず、護衛をする自分が危険を呼び寄せてしまっている。
そんな今の状況に、イアンはイライザに対して申し訳のない気持ちであった。
「ありゃ、確かに。ふふふっ、イアンさん護衛なのに、イアンさんが狙われてやんの! 」
「……事実だからこそ、何も言えん。しかし、悔しい。非常に悔しいぞ……」
イアンは、少しでも申し訳ないと思ってしまったことを後悔した。
「兄さん、大丈夫ですよ! 」
そんなイアンに、セアレウスが励ますように声を掛けた。
「これからわたしも共に護衛をします! イライザさんも守りますし、兄さんも守りますよ! 」
「おお~頼もしい! 流石はイアンさんの妹さんだぁ! 」
「いや、そんな……えへへ! 」
「はぁ~照れちゃって~セラちゃんってば、可愛いんだ! 」
イライザと大いに笑い、セアレウスは微笑んでいた。
今のこの二人からは、緊張感が一切感じられなかった。
(青い髪の少女が加わって、狙われる要素が増えた……とも言えるがオレが後ろ向きに考えすぎなのか? )
イアンは、真面目に考えている自分が馬鹿らしくなったのだった。
――昼頃。
セアレウスと合流し、三人旅となったイアン達はイプットの村に着いた。
この村はまだ草原の中にあった。
そう言うのも、この町を北に出れば、そこは峡谷と呼ばれる荒野になるからだ。
つまり、草原と荒野の境目近くに、この村は存在しているのだ。
「あれが峡谷か……聞いていた通り、山が変わった形をしている」
イアンが遠くを眺めながら言った。
近いということもあり、この村から峡谷の風景を眺めることができた。
彼が目にしたのは、峡谷の由来となる山々である。
傾斜がなく、ほとんどが切り立った崖であり、山というより巨大な岩のようであった。
形を何かに例えるとしたら、逆さまにしたコップやバケツとなるだろう。
「なんといいますか壮観な眺めですね」
「ああ、観光名所になるのも頷けるな」
イアンとセアレウスは二人して、峡谷の風景に感動していた。
二人がいるのは、村の入り口付近である。
そこは、建物のない開けた場所で、遠くの景色を眺めることができた。
「だね。このまま景色を眺めるのもいいけど、まずは宿屋を探そうか」
「宿屋だと? もうなのか? 」
イアンは、イライザの発言に驚いた。
今は昼間という一日の中で一番明るい時間帯である。
眠るには、まだ早すぎるとイアンは思ったのだ。
「もうだけど、寝るわけじゃないよ。休憩するんだよ。今日は、もうゆっくりしようかと思っていてね」
「そうか。飯を食ってから、そのまま峡谷へ進むのかと思っていた」
「峡谷を超えるのはねぇ~なかなか骨が折れると思うよ~あの峡谷はね~」
イライザはイアン達に峡谷について説明を始めた。
彼女が休憩を提案した理由は、峡谷にあった。
峡谷にある山々は、ほぼ傾斜がなく昇るのは困難である。
進むには山と山の間の道を進まなければならない。
つまりは、いくつもの山を迂回して進むということになる。
進む先は北へ真っ直ぐだが、実際に進む道は大きく曲がりくねったもの。
さらに、その細長い道の途中に、宿屋や休憩所などは設けられていない。
峡谷はどこも草木の生えない荒野であり、人が住める環境ではないのだ。
そういった環境であるため、もちろん魔物の存在も確認されている。
峡谷を超えるということは、過酷な道のりを進むということになるのだ。
「聞いたかぎりでは、なかなかというレベルでは済まされない気がするのだが……」
彼女の説明を聞き、イアンはげんなりとした口調で、そう言ったのだった。
「過酷な道のりというわけですか……望むところですね」
反対に、セアレウスはやる気に満ちた表情を浮かべていた。
「おまえの気持ちも分からんでもないが、今は護衛の依頼をしていることを忘れるなよ」
イアンは、この数日間、護衛対象のイライザを守りつつ、自分の身も守ることを意識していた。
故に、危機的な状況を避けたいと思っており、そのような予感を感じてげんなりとしたのだ。
対して、セアレウスは過酷な経験を積めば、自分がより成長できるのだと考えていた。
「……も、もちろん、忘れてないんかいないですよ! 」
「気合の入った良い声だ。しかし、どこを見て言っているのだ、おまえは……」
あらぬ方向に向かって声を張り上げたセアレウスに、イアンは呆れてため息をついた。
つまり、一時的にではあるが彼女は、自分が護衛をしていることを忘れていた。
「まあ、気合いを入れるのも明日からということで、今日はゆっくり過ごすよ。いいね? 二人共」
イライザの問いかけに、イアンとセアレウスは同時に頷いた。
こうして、イアン達はこの日、宿屋で休憩することにした。
「そこの三人のお嬢さん達、ちょっといいかい? 」
その前に、村の者に呼び止められたのだった。
呼び止めたのは、背の高い青年であり、腰には鞘に収められた剣を下げていた。
「えーっと、そうだなぁ……まず、僕は、この村の自警団の者なんだ」
青年は、村の警護を仕事とする自警団に所属する者であった。
「その自警団がオレ達に何の用なのだ? 」
「申し訳ないが、話を聞いてしまってね。峡谷に行くんだろ? 伝えておきたいことがあるんだ。少し時間いいかな? 」
「伝えたいことか……うむ、話を聞こう」
イアンがイライザへ顔を向けると、彼女は頷いたので話を聞くことにしたのである。
「良かった。実は今、あの峡谷には強力な魔物が住み着いているんだ」
青年は魔物のついて話し始めた。
その魔物は、三メートルは超えるほどの大きさの巨体である。
頭には二本の角があり山羊の顔にそっくりで、その下の体は大猿のように胴回りががっしりとしていて、太い前足を持っている。
見た目通り力が強く、峡谷を見回りしていた村の自警団では歯が立たたない、とのことことであった。
「近くに冒険者はいないし、今は野放しにしている状態でね。申し訳ない。峡谷に行くのは止めないけど、どうか気を付けて」
そう言って、青年は立ち去ろうとする。
「分かったよ。それで、村の者達はその魔物がいて困ることはある? 」
そんな彼に、イライザがそう聞くのだった。
青年は困った表情を浮かべつつ、イライザへ顔を向ける。
「そりゃね。北にあるアポットに行くのも危険だし、いつ村の方に来るか分からないからね。なんとかならないかな……」
青年はそう言った後、今度こそ立ち去ってゆくのだった。
「だってさ。どうする? イアンさん」
ニコニコとほほ笑みながら、イライザがイアンに訊ねた。
「……無茶なことはしたくない」
その表情を見て、イアンは彼女の言わんとすることを察していた。
「だが、決めるのはイライザだ。どうしたい? 」
それでも、イアンはあえてイライザに訊ね返すのだった。
「うーん……無視はしたくないよね。でも、私達の旅もあるし……もしも、会ったら頑張ってみようか。二人なら、いけるんじゃない? 」
「……善処はしよう」
イアンは、イライザにしっかりと頷いて答えた。
もしも、青年の言う強力な魔物と出会ったら、戦うことに決めたのである。
ほんのさきほどまで、イアンは戦うつもりは、あまりなかった。
どうにかしたい気持ちは彼にもあるが護衛をしている以上、無茶なことは避けたいと考えているからだ。
しかし、彼は戦うことに決めた。
それは、イライザが口にした言葉に原因であった。
二人なら、倒せるのではないのか。
そのようなことを言われて、倒せないとは言いたくはなかったのだ。
自分はともかく、セアレウスの力を否定してしまう気がしたからである。
それは、セアレウスも同じ気持ちであった。
(兄さんと一緒に戦える……しかも、相手は強力な魔物……面白くなってきましたね! )
否、彼女は全く違うことを考えた。
(こいつはまた……だが、本当に頼もしいやつだ……)
いつにも増して、セアレウスのやる気に満ちた表情を見て、彼女の考えていることをだいたい察するイアンであった。
そんな彼は、彼女の横顔を見たまま、誰にも気づかれないくらいに笑みを浮かべるのだった。




