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十一話 虚栄の強者

~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~


●イアン・ソマフ

この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。

戦斧を武器とする冒険者。

イライザ本人の依頼を受け、彼女を護衛している。

女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。

そして、紆余曲折あって現在は、セーラードレスというワンピースのような服を着ている。



○イライザ

外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。

フォーン王国の貴族で、今回の観光旅行にイアンを使命した人物。

明るい性格とは裏腹に言動に謎が多く、その存在にも謎が多い。



 「ふぅ……ようし、休憩……じゃなかった。あえて、攻撃を受け、わしの強さを示したことだし! そろそろ本気を出すとしよう」


コウユウは、そう言って下ろしていた腕を上げ、大剣を担ぎだした。

彼は未だに笑みを浮かべ、周囲に余裕を見せつけている。

堂々とした強者の余裕、その雰囲気を漂わせているのだ。

その彼の一挙一動に、賊達は興奮して歓声を上げる。


「ふふふ、うわっはっはー! 」


自分に向けられる嬉々とした声が嬉しいのか、コウユウは高笑いをした。


「……」


対して、彼との勝負の相手であるイアンは、無表情で特に何の反応も示さなかった。


「ふん! わしが怖くて声も出ないか! まあ、無理もない」


そんなイアンを見て、コウユウは怖気づいているのだと思っていた。


「しかし、徐々に慣れてきて……ああっ、コウユウ様! 今日も凛々しいお姿でございますわ!とか言うようになる。楽しみだ! 」


相変わらず、まだ勝負がついていないにも関わらず、その後のことを口にするのだった。

ちなみに、女言葉の部分は甲高い裏声で言っていた。


(うわっ!? 気持ちわるっ! )


その裏声が下手くそで汚らしもので、耳にしたイライザは、身震いをするほど気持ち悪いと思ったのだった。

そして、イアンについてであるが、彼はコウユウの堂々とした様子に内面的にも動じてはいなかった。

勝負が始まってからここまでで、コウユウの本当の実力を知ったからである。

イアンのコウユウに対する評価は――


(こいつは、ただ強い武器を振り回して、硬い防具で身に纏っているだけ……だろうな)


であった。

つまり、戦いの技量に関しては無いものだと判断しているのだ。

イアンは、これまでの旅の中で多くの戦いを経験している。

その中には、強者と呼べる者達との戦いもあった。

彼が強者を前にして感じるのは、凄みである。

その凄みとは、佇まいから発せられる威圧感であったり、圧倒的な力の差や卓越(たくえつ)した技量を見せつけられた時の驚きなどだ。

目の前のコウユウからは、その凄みが感じられないのである。

むしろ、口の言う自分の強さと実際の強さの違いに違和感を感じていた。


「おい」


「んん? 夫をおいと呼ぶとは、しつけがなっていないなぁ」


イアンに呼びかけられ、コウユウは不満そうな顔をして答えた。


「鋼斬山とやら、顔は無防備だな。気を付けろよ」


そう言うと、イアンは左手の戦斧を投げだした。

彼は投げる前に、振りかぶっており、縦に回転しながら飛ぶ戦斧の速度は速い。

それは、彼が投げる前に指摘した場所――コウユウの顔面に向かって飛んでゆく。


「う、うおおっ!? 」


コウユウは慌てた様子で、大剣を盾のように構えて身を守る。

胴に頑丈な鎧を身に着けているが、イアンの言った通り、顔には何も付けてい。

そして、唐突に投げられたものだから、彼は真っ先に防御することを考えたのだった。

やがて、コウユウの顔面を守る大剣に投げられた戦斧が激突する。


(あ、当たった……間に合って良かった…)


手に伝わる振動から、コウユウは大剣に戦斧が当たったことを認識する。

ホッと息をついたコウユウだが――


「む、むう!? 」


その次の瞬間、彼は安堵とはかけ離れた険しい表情を浮かべた。

大剣が何故かズシリと重くなったからである。

先ほどまで、その大剣は彼の目の前で、刀身の切っ先を天に向けて縦に持たれていた。

しかし、今は大剣はコウユウの方へ倒れつつあった。


「やはり、お前は大した奴ではなかった」


「……!? な、なんだと!? 」


コウユウは驚愕の表情を浮かべた。

今、イアンは彼が持つ大剣の上に乗っているのだ。

その左手のは戦斧を手にしており、大剣に当たった後に回収していたのだ。

コウユウは、もはや頭上にある大剣の刀身ごしに、彼の声を聞いたのだった。


「い、いつの間に……いつから、ここまでわしに近づいた!? 」


「それに答える義理はない。ただ、でかい武器で顔を隠せば、視界が無くなるのは当然のことだろう」


「ぐ、ぐぬっ」


コウユウは、悔し気に表情を歪ませる。

彼がイアンの接近に気付かなかったのは、自分の目の前の大剣で視界が遮られていたからである。

それを他ならぬイアンによって気づかされたことが、コウユウには腹立たしいことであった。


「くそぅ! 降りろ! でないとこのまま振り飛ばしてやるぞ! 」


「やれるものなら、やってみるがいい」


「言ったな! わしを舐めるなあああ!! 」


コウユウは大声を出すと共に、大剣を目の前に振り下ろした。

その後、空を見上げれば、そこにイアンの姿があった。


「うわっはっはー! そのまま場外に、子分達の外へ出ていくがいいわ! 」


仰向けの状態で宙に浮くイアンに、成す術はない。

コウユウは、彼がこのまま場外へと飛んでいくのだと思っていた。

しかし、そうはならなかった。

宙に浮くイアンが身を翻し――


「空には誰もいない。思う存分のサラファイアを放つことができる」


左右の足裏から同時に、炎を噴射して向かってきたからだ。

天に向かって勢いよく噴射する炎が、凄まじい速度でイアンの体を押してゆく。

その進行方向は真下ではなく、斜め下であり、コウユウを向かってゆく方向であった。

故に、コウユウには躱すか防御するかのいずれかで対処すべきであった。

しかし、彼には、凄まじい速度で向かってくるイアンの姿を捉えることができず――


「うおわっ!? 」


その身に攻撃を受けてしまう。

彼が気づいた時には、自分の胴に強い衝撃を受けた時であった。

衝撃の正体は、当然ながらイアンである。

コウユウの胴の前に接近したと同時に、

衝撃により体が押され、コウユウはズルズルと地面を滑り、後方に並ぶ賊達に近づいてゆく。


「ぬううう……と、止まった! 」


結果、コウユウは賊達の目の前で止まった。

イアンの攻撃を受けた地点から、およそ三十メートルほど彼は動かさていた。

そして、彼の身じろぎ次第では、触れてしまうほどの距離間である。

あと一歩のところで、コウユウを賊達の外へ出すことができなかったのだ。


「止まったぞ! お前の攻撃を見事耐えて見せたぞ! うわっはっはー! 」


よほど、嬉しかったのかコウユウは体を反りつつ、高笑いをした。


「まだオレの攻撃は終わってないぞ」


「……! 」


イアンの声を聞き、コウユウはすぐに高笑いをやめる。

しかし、遅すぎた。

イアンが自分の目の前にいるからだ。

そんなイアンは、体を反っているコウユウに対して、その胴の鎧に自分の左右の足裏を押し当てている状態であった。

この時のイアンの体は、地面に水平である。

まるで、コウユウの鎧を地面にして立っているようであった。


「お、お前、まさか……! 」


コウユウの顔が青くなる。

今の彼に成す術はなかった。

ただ、これから起こることだけは想像することができたのである。


「そのまさかだ。サラファイア! 」


イアンは両足を折り曲げ、しゃがむような体勢になる。

そこから足を伸ばすと同時に、足裏から炎を噴射させた。

サラファイアは、イアンの体を押し上げるのが通常の使い方であった。

しかし、今はそのような使い方ではなく、炎を噴射した方向にいるものを吹き飛ばすために使われていた。


「ぐわああああ!! お前達、なんとしてでも持ちこたえろ! 」


「うぐぐっ!! お、親分! 無理です! 力が強すぎるっ! 」


「なんてことだああああ!! 」


コウユウは背後にいた賊達を巻き込み、噴射された炎によって吹き飛ばされてゆく。

先ほどよりも遠くに飛ばされたが、その距離を測る必要はないだろう。

コウユウは、賊達の外、つまり場外へと吹き飛ばされたのだ。

この戦いはイアンの勝利である。

そのイアンは、コウユウを吹き飛ばした反動により、若干空へと押し上げられる。

そこから、弱い炎となったサラファイアで体のバランスを整えつつ、身を翻して地面に着地した。


「より、オレの勝ちだ。オレを嫁にするなんてことは、これで諦めるんだな」


地面に立ち、姿勢を整えたイアンは、遠くのコウユウに向かってそう言った。

コウユウは巻き込んだ部下と共に、遠い場所で倒れたままである。

言うまでもなくことであるが、イアンの声は届くことはなかった。







 自分達が親分と慕うコウユウが勝負に敗れた。

その光景を見ていた賊達は皆、倒れた彼を見て呆然としていた。

あらゆる偉業を成し遂げた絶対的強者が可愛らしい女の子に敗北した。

それが彼らにとって、今起きた出来事である。

信じられない光景を目の当たりにしたのだった。


「勝負に勝った。道を開けてもらおう」


イアンが自分の周囲を見回しながら、そう言った。

ここにいる全ての賊に対して向けられたものであり、勝利者の発言であった。

彼の言うことを聞かないわけにはいかず、ぞろぞろと賊達は移動する。


「奴の言うことを聞く必要はない。皆、動くな」


しかし、賊達の動きは止まった。

彼らとイアンは、声の聞こえた方へ顔を向ける。

声を発したのは、ヒゲの賊であった。


「やられた」


そのヒゲの賊を見たイアンは無表情でありつつも、悔し気に呟いた。

ヒゲの賊は、イライザの背後に立ち、彼女の首元に剣を突き立てているのである。

イライザは、人質にされているのだ。


「ごめん、イアンさん。油断してた」


イライザは申し訳なさそうな顔をしていた。


「どういうつもりだ? オレが勝負に勝ったことを認められないのか? 」


「そうだとも。なんのまぐれか知らないが、親分に勝つことはあり得ないことだ」


「……そうは言うが…」


「我らが親分の嫁になるか。それとも、ここで死ぬか。そうすることでしか落とし前はつけられない」


「落とし前……どういうことだ? 」


「我々の仕事の邪魔をし、今、我らの親分を貶めただろう。もう見逃すなんてことはできん」


自分達に対して、不利益をもたらしたイアンをただで放っておくことはできない。

それがヒゲの賊が言わんとすることだ。

そして、何がどうなろうが自分達が望む結果にならなければ気が済まないようであった。

故に、勝負で決すると言いながらも、その結果を尊重することはない。


(所詮は……ということか。賊が約束を守るわけがなかったか)


賊と名の付く連中は、卑劣で悪しき者達というのが世間一般的な認識である。

今、イアンが目にしているヒゲの賊は、まさにその認識通りの人物であった。


「動けば、この女の命はない。とりあえず……死ぬのはまだ早いか。お前達、その……イアンとか言ったな? そいつを取り押さえろ! 」


ヒゲの賊の命令に従い、賊達はじりじりとイアンへと近づいてゆく。

初めは戸惑っていたものの、徐々にそのような素振りは見せなくなっていた。

賊が一丸となって、勝負に勝ったはずのイアンを取り押さえようとしているのだ。


「……どうにもならないのか」


周囲を見回すイアンだが、首以外に体を動かすことはない。

下手に動けば、イライザを殺される危険があるのだ。

つまり、この状況において、イアンが出来ることはなかった。


(仕方がない。今は、奴らの言う通りにしよう。今はそれしかない)


やむを得ず、イアンは一時的に賊達の言う通りにすることにした。


「分かった、お前達に従う。好きにしろ」


イアンはそう言って、左手に持っていた戦斧を地面に放り投げる。

腰のホルダーに収めていた戦斧も同様に投げ捨てた。


「ほう。ふふふ、言い心がけだ」


彼の行動に、ヒゲの賊は怪しく笑みを浮かべ――


「さあ、もうそいつは無防備だ! 親分が起きるまで、軽く可愛がってやれ! 」


と言い放った。

この瞬間、イアンへと距離を縮めてゆく賊達の動く速度が増す。

その多くが不敵な笑みを浮かべており、目をギラつかせていた。

まるで、獲物に飛びかかる猛獣のようであった。


「イアンさん! 」


イライザがイアンの名を叫ぶ。

この時、彼女はいつもの力の抜けたような表情ではない。

目は大きく開かれ、笑みの一切がない必死な形相である。


「おっと、動くんじゃない」


彼女は思わず体が動いていたようで、ヒゲの賊に後ろから止められて前のめりになっていた。

そんな彼女の必死な様子は、取り押さえられる寸前のイアンの目にも入っていた。

賊達の隙間から、ほんの一瞬だけ見えたのである。


(そのような顔ができるのだな。イライザのことだ。滅多に見られないのだろうな)


彼女の顔を見たイアンは、そう思っていた。

自分が危機に瀕しているにも関わらず、この状況において呑気なことを考えていた。

イアンは、決して諦めたわけではない。

しかし、ここでは一旦諦めることにしたのだ。

何故なら、イライザが人質に取られている以上、手も足も出ないからだ。


「あぐっ!? 」


イアンがイライザの顔を見ることが出来た次の瞬間、誰かの短い悲鳴が発せられる。

その声は、周囲の賊達によりイアンには届かなかった。


「イアンさん! 私、自由になったよーっ! 」


イライザには、届いていたようであった。

そして、彼女の背後にいたヒゲの賊は、近くで倒れている。

何が起こってそうなったかは、今は不明であるがイライザは人質から解放されたようであった。


「なんだと!? 」


イライザの声を聞き、イアンは驚きの声を漏らす。

驚いたのは、彼だけではない。

賊達も自由になったイライザを見て驚き、さらにその動きを止めていた。


「わけが分からんが、チャンスだな。今、そっちへ行く。サラファイア! 」


イアンは、左右の足裏から炎を噴射しつつ上昇する。

賊達を飛び越えた後、イライザの隣へと着地した。


「イアンさん、ほら! 助かったみたいだよ」


「それは見たら分かるが、一体何が起きたのだ? 」


「あれだよ、イアンさん」


イライザはそう言って、空中へと指を差す。

角度からして、賊達より少し上のところであった。

その方向へと、イアンは視線を移す。

すると、そこには透明であり、太陽の光を反射する球体が浮かんでいた。

ブヨブヨと形状が伸び縮みしていることから、スライムのようにも見える。


「あれは……水の塊。そうか、おまえが来たか! 」


イアンは、その物体が水の塊であると判断した。

そして、そのことを発した時の彼の声は僅かに弾んだものであった。


「あれがヒゲの人を倒したんだよ! すごいよね、あれも魔法なんだよね? 」


「むう、詳しくは分からんが、恐らくはそうだろう……しかし、よし。聞こえているか? すまんがあの賊達を追い払ってくれ」


イアンがそう言うと、水の塊は空中に円を描くように動いた。

彼の言うことを理解し、了承したようであった。

それから、水の塊は賊達へと接近し、彼らを攻撃し始める。

その攻撃方法は体当たりである。

受けた賊が地面に倒れるほどの威力であるが、殺すまでには至らない。

しかし、賊達からしてみれば恐怖の対象であった。

何の力動いているのか分からず、正体は不明。

さらに、剣で攻撃してみるも、すり抜けてしまう。

水の塊に対して、成す術がないのだ。


「けっこう粘るな。では……お前達、よく聞け」


イアンの言葉に反応し、水の塊は空中で動きを止める。

水の塊の攻撃が止んだことで、賊達はイアンの方を見た。

この時、彼らはイアンが水の塊を操っているのだと思った。


「今すぐ、オレ達の前から消えろ。そして、二度と顔を見せに来るな。さもなくば、お前達をここで窒息させて殺す」


イアンはそう言った後――


「すまん。それをこいつらを包めるくらいに大きくできるか? 」


と、水の塊に対して言った。

すると、彼の願い通り水の塊は、みるみる大きくなってゆく。

結果、水の塊は巨大な水の塊になった。

形状は球体ではなく、厚みのある円盤状である。

そのまま落下すれば賊達だけではなく、イアンとイライザも覆いかぶさるほど広がっていた。

直径にして二百メートルくらいはあるだろう。


「むぅ、これはやりすぎだ……」


「うわぁ、すごい! すごい! 」


見上げるイアンは呆れ、イライザはぴょんぴょんとジャンプしながら喜んでいた。

対して、賊達は青ざめて水の塊を見上げていた。

中には、恐怖のあまりへたり込んでしまう者もいた。


「さあ、グズグズするな。この水の塊をぶつけられて、跡形もなくバラバラになりたいのか? 」


予想以上に水の塊が大きくなったせいか、先ほどとは言うことの違うイアンであった。

彼の言葉を聞いて、ハッと我に返ったのか、賊達は一斉に散り散りに走りさってゆく。

その際、ヒゲの賊や遠くで未だに倒れているコウユウ達も回収された。

ほどなくして、この場にはイアンとイライザの二人と巨大な水の塊が残った。


「はあ、何とかなったな。ありがとう。もうその魔法は解除していいぞ」


そう言われ、水の塊は小さくなってゆき、元の大きさの球体に戻った。


「ん? 解除していいのだが……」


消えなかった水の塊を疑問に思うイアン。

ほどなくして、彼はその理由を把握する。

水の塊はブヨブヨと激しく形状を変化させ、やがて人さし指だけを伸ばした状態の手の形となった。

その人さし指の先をイアンとイライザの後方へ向けるのである。

何があるのかは定かではないが、方向を示したかったのだ。


「あっちに何が……なるほど」


後ろへと体を向けたイアンは納得した。

その方向は、ナウブールの町がある方向であった。


「すごっ! あんなに遠くから、この水を操っていたんだね」


「ああ、しかもまだ続いている。まさか、走りながらやってとはな。器用なやつだな」


二人が見ている方向のはるか向こう側に、小さい影があった。

その小さい影は徐々に大きくなっていくため、イアン達の方へと近づいているようである。

それは人であった。

遠く離れた場所から水の塊を操り、イアンとイライザの二人を助けた人物である。

その人物が走ってこちらに向かってきているのだ。


「そうか……久しぶりに会うな。セアレウスよ」


イアンは、穏やかな口調で言うのだった。

この時の彼の顔も無表情である。


「あ……」


しかし、それは彼とは短い付き合いであり、親しくはないものが見る印象だ。

イアンと長く過ごした者であれば、彼の表情が僅かに動いていることが分かるもの。

この時、イライザはイアンの顔を見て、頭が真っ白になった。

考えていたことが全て吹き飛んだのである。

彼女からは、イアンが微笑んでいるように見えていた。

この時まで、イライザが見るイアンの顔は無表情であった。

故に今、表情に気付き、初めて見たイアンの微笑んだ顔は、彼女にとって非常に印象的だった。

しかし――


(……そうか。セラちゃんも、イアンさんにとって本当に特別な人なんだね。また会うことができて良かった……本当に良かった……)


その表情をするイアンを綺麗だと思ったが、心の中でもそれを表現するつもりはなかった。

何かを綺麗または美しいなどと思うことは、人の勝手でろう。

それでも、この時だけは、ただイアンと少女の再会を祝福したいと思ったのだ。




2019年4月15 前書きの追加

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