十話 イアン 対 鋼斬山と呼ばれ者
~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~
●イアン・ソマフ
この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。
戦斧を武器とする冒険者。
イライザ本人の依頼を受け、彼女を護衛している。
女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。
そして、紆余曲折あって現在は、セーラードレスというワンピースのような服を着ている。
○イライザ
外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。
フォーン王国の貴族で、今回の観光旅行にイアンを使命した人物。
明るい性格とは裏腹に言動に謎が多く、その存在にも謎が多い。
草原に建ち並ぶ大勢の賊達は円を描くように立ち並び、イアンとイライザを取り囲んでいた。
二人に対して、多くの賊は背が高い。
故に、今の二人には壁となって立ちはだかる賊より先を見ることはできない。
ただ、賊達の頭の上は見ることができる。
「お……? お、お~なるほど……ね」
イライザは、ある方向に建ち並ぶ賊の頭の上の辺りに視線を向けていた。
そして、驚いたような納得したような反応をしていた。
イアンはといえば、視線は同じであるが口を閉ざしたままである。
イライザとは違って、無反応のようであった。
ほどなくして、彼らが顔を向けている方に立つ賊達がぞろぞろと移動を始め、そこに道ができる。
「うわっはっはー! 」
その道から現れたのは、巨大な剣を担ぐ大男であった。
背の高さは、賊達よりも高くニメートルと五十センチ以上はある。
故に、賊達が道を開ける前から、イアン達には見えていた。
顔から手の先や足の先まで太く、太っているというより筋肉があるというような見た目である。
他の賊達と同じ服を着ているのだが、この人物だけは明らかに異なる部分があった。
それは、彼が胴に身に着けている鎧だ。
鎧は日の光を反射してギラギラと鈍い輝きを放ち続けている。
皮や木ではなく、金属製であるのだ。
そのような鎧は当然ながら頑丈であり、高価である。
騎士や冒険者であればそれほど珍しい装備ではない。
しかし、賊であれば大変珍しく、不釣り合いな装備である。
そして、彼が担ぐ巨大な剣は大剣という刀身の幅が広く、重量の重い剣の一種である。
刀身の先から柄の先までが彼の身長とほぼ同じくらいで、刀身は片側にしかない形状のものであった。
「鋼斬山のコウユウ様のお通りだーっ!」
この男が賊達が親分を呼び慕う者であり、鋼斬山の異名を持つコウユウであった。
コウユウは、ズシリズシリと巨大な体を動かして、イアンの前までやってくる。
「んんっ!? こ、この女の子がそうなのか! 」
そして、見開かれた目でイアンを見るのだった。
彼が初めて、イアンを見た時の反応は驚愕であった。
「いや、聞くまでもない! こんな可愛い……いや、可愛すぎるのだからな! 」
イアンの可愛さは、予想を遥かに超えていた。
よって、コウユウは何よりも先に驚いていたのだった。
「ふふふ……。やはり、そう仰ると思いましたよ」
コウユウが喜ぶ様を見て、ヒゲの賊は微笑みを浮かべる。
「それで、どのようにするかは決められましたか? 」
「決めた! 嫁にする! 絶対に嫁! 」
ヒゲの賊の問いかけに、コウユウはそう答えた。
考える素振りも見せない即答であった。
「おおおおお!! ついに、俺達の集団に女の子が! 」
「最強の親分に可愛いすぎる嫁! お似合いですぜ! 」
コウユウのイアンを嫁にする宣言に賊達は大盛り上がりであった。
「あはは、やっぱそうなるよね~」
イライザは思わず笑ってしまった。
この一連の流れが予想通りであったからだ。
「待て。勝ってに決めてもらっては困る」
周りが盛り上がっている中、イアンは冷めた様子であった。
当然ながら彼は男であるからだ。
(女であっても、賊の嫁にはなりたくはないがな)
むしろ、女であっても嫁になるつもりは、彼にはなかった。
とにかく、イアンはコウユウの嫁になるつもりはなく、自分が男であることに気付いてほしかった。
「そもそも、オレは男だ。嫁……というのは、女がなるものだろう。というより、男を嫁にはしたくないだろう? 」
「ん……この娘、変なことを言うなぁ。自分が男……とか」
イアンの発言に、コウユウは不思議そうな顔をする。
「ええ、自分は男だと言い張るのですよ。全くそう見えないのに」
「ふむ、バレバレの嘘を……可愛い! 良い……すごく! こう……なんかね! 良いね! 」
「ふふふ、分かりますとも」
またもイアンの抗議によって、賊達の認識が改まることはなかった。
見え見えの嘘をついているのだと思われ、チャームポイントの一つとして扱われただけであった。
「くそっ、もういい! 服を脱いで照明してやる! 」
「ちょ……!? イアンさん、落ち着いて! なんか、さらにややこしくなりそう! 」
イライザは、服に手を掛けて脱ごうとするイアンを慌てて止めに入った。
(お、女の子……っぽい人? とにかく、こんなところで裸になるのはまずいって! )
実のところ、彼女もイアンが男であるかは半信半疑であった。
「では、どうすればいい? 」
「うーん……あ、そうだ」
「……それは、いい策か? 」
「うん、だから任せて! 」
イライザはそう言うと、コウユウへ顔を向ける。
「あの~ちょっといいですか~? 」
そして、イアンの前に出てコウユウに声をかけるのだった。
「ん? ほう、お前もなかなか可愛いな! だが、わしの嫁には及ばない! 」
コウユウは、今までイライザのことは眼中になかったようだ。
「はいはい、分かっていますとも。それで、この娘は自分よりも強い人のお嫁さんになりたいらしくて~」
「うん? それは問題ないだろう。なにせ、わしはあの鋼斬山なのだからな」
「いえ……それが自分と戦って、勝った人じゃないと嫌っ! って言うんです。つまり、自分を負かした人にしかなびかないのです~」
イライザの思惑は、嫁にするかしないかを勝負で決める流れにすることだ。
そして、その流れとなるのをコウユウに了承させることである。
勝負に勝って敗北する。
拒否が通用しない以上、彼を諦めさせるには、自分で決めたことで納得させればいい。
イライザはそう考え、イアンとの勝負に持ち込もうとしていた。
「むむむ……しかし、戦いとなると傷つけてしまう場合が……」
「あっ!? そ、そんなひ弱なことを言ってはダメです! 幻滅しちゃいますよ! 」
コウユウの発言に、イライザは狼狽え始めた。
身振り手振りは大きく、声は上ずったものである。
これは彼女の演技であった。
なんとしてでも、戦う流れに持っていきたいのだ。
「むむむっ……よ、よし、戦おう! 戦ってわしの強さを見せつけてくれようぞ! 」
コウユウは、はっきりとした口調で、そう言い放った。
イアンを傷つけてしまう可能性は、一旦忘れることにしたのだ。
かくして、イライザの思惑通りにいったのであった。
「よし! なんとかなったよ! 」
イライザは、コウユウに背を向けると、拳をグッと握り喜びを噛みしめた。
「むう……機会を作ってくれたのだ。やるしかない……しかし」
彼女とは違い、イアンが不安であった。
これから戦うのは、鋼斬山の異名を持ち、数々の偉業を成し遂げた者である。
コウユウの姿は、イアンからは実際よりも大きく見えていた。
「そんなに気負わなくてもいいよ、イアンさん」
そんなイアンに、イライザは小声で声を掛けた。
小さいながらも、彼女の声には軽い雰囲気があり、気楽な様子である。
「相手は自分より格上だ。気を引き締めるのは当然だ」
「いや、案外そうでもないと思うよ」
「なに? 」
「ま、とりあえず、頑張ってちょうだい」
イライザはそう言うと、イアンの後ろへと下がる。
その時、イアンは訝しむように彼女を見ていたが、正面のコウユウへと顔を向ける。
これから始まる戦に備えて気を引き締めるのだった。
イアンは左手に持つ戦斧を正面に向けて構える。
彼は戦闘態勢に入っていた。
対して、コウユウは大剣を担いだまま動くことはなかった。
(構えない? いや、それが奴の戦闘態勢か)
イアンは、彼には定まった戦闘態勢の構えは無いものだと判断していた。
「では、戦いを始める前にルールを決めるとするか」
しかし、その判断は誤りであった。
コウユウはまだ、戦いを始めるつもりではなかったのだ。
「ルールだと? 」
「戦いとはいえ、勝敗でどちらかの選択を決する勝負だ。ルールを決めるのは、当然ではないか? 」
コウユウの後ろへと下がったヒゲの賊が言った。
「それは……」
イアンは後ろのイライザへ顔を向けた。
すると、彼女は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。
彼女のその仕草が意味するのは、コウユウ達が言ったことを覆せないということだ。
コウユウ達の中では、もう戦うという流れとなっているのである。
ここで、こちらが反論を言った場合、その流れを否定したと思われかねないのだ。
さらに、あちらがルールを提示するのである。
確証は得られないが、勝敗の結果が保障される可能性は強まったことになる。
以上の考えから、イライザは口出しするべきではないと判断したのだ。
「とりあえず、勝ちとなるのは、ここから相手を出した者となる」
コウユウはそう言いながら、ぐるりと周囲を見回す。
「こことは……まさか」
「そのまさかよ。わしの子分達が輪になって立っているだろう? そこから外に出した方が勝ち。外に出た方が負けだ」
コウユウの言うこことは、周囲を取り込んでいる賊達のこと。
円状に並んで立つ賊達の内側で戦い、外に出た者が敗北し、中に残った者が勝利するというのだ。
つまり、円の外への押し合いの戦いとなる。
「さらに、わしとお前以外の者を攻撃したら負けだ」
「なに? 」
「ん、分からないか? もし、わしの子分が攻撃で倒れでもしたら、戦いの場が壊れてしまうだろう? そうなれば、ルールが成立しなくなってしまうからな」
「そうか。しかし、押し出す時に……その、体が当たって押し倒したりはしてしまうのではないか? 」
「……確かに。はて……? 」
コウユウは、首を僅かに傾けて難しい表情をする。
彼は、イアンの質問に答えることができないのだ。
「おい、その時はどうするんだ? 」
よって、彼は隣に立つヒゲの賊に問いかけた。
「可能な場合は横に避け、それで押し倒された場合は負けとはならない。それで、よろしいのでは? 」
「おう、それがいいな! 嫁よ、聞いたか? 」
「聞いたが、まだお前の嫁ではない」
イアンは頷いたが、自分が嫁であることはキッパリと否定する。
「さて、勝負を始めるとするか」
コウユウはそう言って、ニヤリを笑うと担いでいた大剣を頭上に掲げる。
そこで大きく円を描くように振り回し、自分の横へと振り下ろす。
大剣の刀身が地面に叩きつけられ、地鳴りと共に激しい衝撃音が発生した。
「「「おおおお!! 」」」
周囲の賊達からは歓声が上がる。
その中で、コウユウは笑みを浮かべたまま、イアンを見つめる。
(くくく、涼しい顔をしてるが、今のでちょーっとビビちゃったんじゃないか? )
大剣を地面に叩きけたのは、イアンを動揺させるための行いであった。
「さて、戦いが始まる。我々、部外者は円の外にでるとしようか」
「いても邪魔はしないけどね。ま、仕方ないかぁ」
イライザは、ヒゲの賊に連れられて、周囲を取り囲む賊達の外へと連れていかれる。
その際、彼女はイアンの横を通り抜けようとした時――
「イアンさん、気を付けて」
と、彼に小声で言ったのだった。
「さあ、始めるとするか! そして、わしの……いや、これから旦那となるお前の夫、鋼斬山の強さを目に焼き付けるがいい! 」
笑みを浮かべたまま、コウユウは声を張り上げた。
流石は異名を持つ強者と言うべきか、勝負を前にして自信満々の様子であった。
イアンとコウユウの勝負が始まる。
まず、攻勢に至ったのはコウユウであった。
彼は大剣を振り回しつつ、イアンを追い詰めてゆく。
振り回す大剣は刀身が逆に向いており、イアンを傷つけないようにしていた。
幾度となく攻撃を仕掛ける彼に対して、イアンはその攻撃を躱すのみ。
横なぎに振るわれた大剣をしゃがんで躱し、縦に振られた大剣は後方や側面へ跳躍して躱しているのだ。
イアンは防戦一方の状態であった。
しかし、それでも彼がすぐに賊達の円の外にでることはない。
自分の背後が賊達に近づいたところで、コウユウの攻撃を潜り抜けて、側面や反対側へと逃げるからだ。
勝負が始まってから、およそ三十秒ほど。
この時点でイアンには思うことがあった。
(……攻撃が見える。なにか、やけに大振りに振っているな)
それは、コウユウの攻撃が容易く躱せてしまうことだ。
攻撃の一つ一つは、異名を持つに相応しく強力なものであろう。
「オラ、オラアアア! うわっはっはー!」
まだ攻撃を受けておらず、実際は分からないが彼の大きな掛け声から、そうだとイアンは考えていた。
しかし、その攻撃がどう繰り出されるかが分かりやすいのだ。
横に振りかぶれば横へ薙ぎ払い、縦に振りかぶれば、そのまま縦に振りかぶるのである。
タイミングさえ掴んでしまえば、躱すのは容易いことであった。
イアンは、それが疑問であった。
そして、さらにその疑問は深まってゆく。
勝負が始まってから二分経った頃、コウユウの動きが止まりだした。
「ひぃ、ひぃ……」
大剣を持つ腕を下ろして、彼は荒い呼吸をしている。
彼はバテてしまったのだ。
重い大剣を振り回し続けていたのだから、そうなるのは分からないことでもなかった。
しかし、異名を持つほどの強者であれば別である。
二分という短い時間で疲れ切った彼の姿は、イアンにとって信じられない姿であったのだ。
(……好機なのか? 攻めてみるか)
イアンは疲れ切って動かないコウユウへ接近する。
「ふ! 」
そして、刃を反対にした戦斧をコウユウの胴へ叩きつけた。
腰をひねりつつ、横へ振りかぶった後、水平に戦斧を振り回したのである。
イアンは、冒険者となる前、木こりで生計を立てていた。
その時の主な業務が木を切り倒す作業である。
今、彼が行った振り方は、水平に物を振り回すスイングと呼ばれるもの。
木を切り落とす際の斧の振り方であり、彼が最も得意とする斧の使い方であった。
加えて、一番力の入りやすい振り方でもある。
それがコウユウへと叩きつけられたのだ。
戦斧の刃の反対側の鉄の部分とコウユウの鎧が激突し、激しい金属音が響き渡る。
イアンは自分の中では、強力な攻撃をしたつもりであった。
「ふ、ふふふ、効かんなぁ」
それでも、コウユウの体を少しも押し出すことができなかった。
さらに、体に受けたダメージもないようである。
鎧の硬さと彼の体重の重さによって、イアンの攻撃はビクともしなかったのだ。
イアンは驚くこともせず、すぐさま後方へ跳躍し、彼との距離を離す。
「鋼斬山……わしがそう呼ばれとるの意味を知らんなぁ」
笑みを浮かべるコウユウは、イアンの返答を待たずに続ける。
「ひとたび大刀を振れば、鋼鉄の鎧をも切り裂き。絶え間ない攻撃を受けたとしても、山のように動じない。それがわしよ! 」
「……強力な攻撃と防御を兼ね備えているわけか」
「その通りだ! お前もなかなかのパワーを持っているようだが、わしにはかなわん! 」
「そうだとしても、降参するつもりはない」
自信満々のコウユウに対して、イアンはそう断言した。
(なるほど。最初からオレにとって、不利な勝負であったか)
ここで、イアンは気づいた。
この相手を押し出した方の勝ちという勝負は、イアンが不利なのである。
どう見てもイアンよりコウユウの方が体重が重いからだ。
そして、不利な条件は他にも存在していた。
(妖精の力を頼ろうにも、ストーンショットは他の賊を傷つけるかもしれん。サラファイアは……使いどころによるな)
イアンが扱う妖精の力を存分に発揮できないことだ。
それは、他の賊達に攻撃をしてはならないというルールに縛られたものである。
このことから推測できることは――
(もしや、初めから勝負をするつもりだったか。やられたな)
ということであった。
恐らく、馬車の襲撃から帰ってきたものから話を聞き、対策をしたのだろう。
コウユウは、絶対に自分が有利な条件で勝負を仕掛けてきたのだ。
(リュリュスパークもダメか……ならば、サラファイア。奴の重い体重を押し出すには、これしかない……が、一工夫する必要があるな)
サラファイアは、足の先あるいは足裏から炎を噴射させて加速と推進力を得る技である。
より強い力を出そうとすれば、その炎の大きさも大きくなる。
コウユウをサラファイアで押し出す際、その炎は押し出す方向の反対側へ噴射されることになる。
その時、噴射された炎が賊達に当たる可能性があるのだ。
彼が考えた通り、使いどころを考えて工夫して使う必要がある。
(さて、どうするか。しかし……いいぞ。勝てる光明が見えてきた)
この勝負を勝利に導くには、まだ遠い。
しかし、この時のイアンは戦う前より、勝てる自信が高まっていたのだった。
2019年4月7日 前書き追加、サブタイトル一部修正(タイトル名の変更はありません)




