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九話 来る賊の英雄

~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~


●イアン・ソマフ

この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。

戦斧を武器とする冒険者。

イライザ本人の依頼を受け、彼女を護衛している。

女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。

そして、紆余曲折あって現在は、セーラードレスというワンピースのような服を着ている。



○イライザ

外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。

フォーン王国の貴族で、今回の観光旅行にイアンを使命した人物。

明るい性格とは裏腹に言動に謎が多く、その存在にも謎が多い。



 ――次の日の朝。


イアンとイライザは、ナウブールの町を出ていた。

イプットの村を目指して、町を出発したのだ。

彼女達がこれから立ち寄る予定の町村は、その村とアポット、ケンウォール、そして最後にアニンバだ。

これらの町村は、およそ南北に連なって位置している。

そのため、これからイアン達はアニンバの村まで北を目指して進むことになる。


「そういえば、町に一日滞在したが、一体どんな目的だったのだろうか? 」


歩く中で、イアンが隣にいるイライザに訊ねる。


「え、目的? 出来てないよ」


すると、彼女は淡々とした口調で答えた。

目的を達成していない。

そう言ったにも関わらず、彼女は平然としていた。

まるで、そのことを気にしていないようであった。


「うん? それほど大きなことではなかったか? 」


イアンにも、そのように見えていた。


「いや、全然。割と重要なことだよ」


「……よく分からん」


イライザの考えることは、イアンとって謎であった。

今更なことだと言えるが、今回は輪にかけて強烈だった。


「結局、何がしたかったのか。聞かせてはくれるか? 」


そう言って、イアンはぐいぐいとイライザに詰め寄る。

距離を詰めることで、圧力をかけて話をさせる。

そういった思惑の行為である。

イアンは、イライザの発言や行動に対して、今まで基本的に流していた。

しかし、今ばかりは理由を聞かずにはいられなかった。


「重要なことをほうっておいて、何故平気でいられるのか」


彼女が重要なことであると、自分の口から言ったからである。


「うっ!? ち、近い。そんなに圧をかけなくても……っていうか、ちゃんと対処したし! 」


「ほう、少しは安心した。だが、まず理由から聞かせてもらおうか」


「別に隠してたわけじゃ……イ、イアンさん、怖い。いつもの顔なのに、なんか怖い! 」


いつもの無表情に加えて、無言で詰め寄ってくるイアン。

そんな彼に、イライザは恐怖を感じたのだった。


「ま、待って、話すから! 一旦、離れよ? ね? 」


「分かった」


イアンは一旦、ひょいと後ろへ下がった。

彼女の言葉を信じたのである。


「えっとねぇ……イアンさんと同じく護衛の人とあの町で合流する予定でした。でも、予定の一日後も待ったけど、あの子は来ませんでした。だから、待ち合わせ場所の宿屋に伝言を残して、先に行くことにしました。以上です」


イライザは、ハキハキとした口調で丁寧に話した。


「おお、なんか分かりやすかった。出来るじゃないか」


「えへへ、それは良かった」


そのおかげか、イアンに好評であった。

褒められたイライザは微笑んでいた。


「ほう。護衛とは、オレと同じ冒険者か? どういう人なのだろうか? 」


「それは……まあ、会うまでのお楽しみかな」


「お楽しみ……だと? なんだそれは」


「言うなって言われてるから、仕方がないじゃない」


「む……事情があって、素性を隠す必要があるのか? 何はともあれ、変わったやつだな」


新たに加わる護衛の者は一体どのような人物なのか。

それをイアンは知ることはできなかった。

しかし、何かしらの理由で会うまで素性隠さなければならないのだと、一応は納得した。


(変わったやつって……イアンさんが知ってる人なんだよなぁ)


一方のイライザは、把握している。

故に――


「これから共に旅をすることになるのか。上手くやっていけるだろうか……」


「そんなに心配しなくてもいいよ。たぶん……うん、絶対上手くやっていけるよ」


不安な様子のイアンを見て、苦笑いを浮かべるのだった。

それから、二人は雑談をしながら、イプットを目指して北へと進んでゆく。

未だに草原の中におり、見える景色は青い空と、その下に広がる一面の緑。

その景色を見ながら、北へと続く道路を歩いてゆく。

二人は順調に進んでいると言えた。

しかし、ほどなくして不穏な気配が漂い始める。


「む……」


イアンが何かに気付き、その方向へ顔を向ける。

彼らが進む道路の先に、人が立っていたのだ。

それも一人や二人ではなく、確実に二十人以上はおり、壁のように横に並んでいた。


「……またか」


遠目からでも、その人物達の服装を確認することができた。

ナウブールに来る前、商人の馬車を襲っていた賊達であった。


「うわ、まただね。前より増えてるし」


イライザも気づいたようであった。


「この辺で活動してるってこと? 迷惑だなぁ」


「……いや、そうでもないらしい」


そう言ったイアンは、足を止めた。

彼に続いてイライザも足を止める。


「どういうこと? 」


「後ろを見てみろ」


イアンの言葉に従い、イライザは振り返ってみた。

すると、後方にも賊の集団の姿を見ることができた。

つまり、前方から後方からも賊が迫ってきているのだ。


「うーん……これは、そういうことかな? 」


「ああ、待ち伏せさだ」


そう言ってイアンは、腰のホルダーから戦斧を取って左手に持つ。

賊達との戦闘に備えたのだ。







 戦斧を持つイアンは、前方と後方を交互に見ていた。

その二方向から迫る賊の集団の動きを見て、すぐに対処できるようにするためである。

立ち位置は、イライザのすぐ目の前であり、攻撃から彼女の身を守れるようにもしていた。

その表情は相変わらずの無表情だが、全身から剣呑な雰囲気を漂わせている。

護衛を担う冒険者の姿がここにあった。


「逃げる……っていうのも、まだあるんじゃない? 」


そんなイアンに、イライザは声をかけた。

彼女もいつもの表情だが、声は真剣そのものである。


「町も村もまだ距離があるだろう? 逃げきれる可能性は低い」


「じゃあ、ここで戦うの? 」


「少しな。数人動けないようにして、サラファイアで脱出する。その後はひたすら走って……」


イアンは言葉を詰まらせた。


「いいよ。ナウブールに帰ろう」


「ああ、そうしよう」


彼が言葉を詰まらせた理由は、イプットとナウブールのどちらに逃げるかを迷ったからである。

先へ進むか引き返すか、その判断を迷っていたのだ。

そのことを察して、イライザが答えたというわけである。

そして、しばらくの間身動きをしていなかった二人は、完全に賊の集団に囲まれたのだった。

総勢五十人ほどの数の賊達が円になって、二人の周りに並び立っている。

当然ながら、通り抜けられそうな隙間は見つけることはできなかった。


「お前か……この前は、よくもやってくれたな」


並び立つ集団の中から一人の男がイアン達の前に出る。

彼は、他の賊達よりも背が高く、顔立ちもどこか凛々しく、顎にはヒゲを蓄えていた。

足取りも落ち着いたものであり、全体的に精錬された雰囲気を出している。


「お前がこの賊の長か」


イアンは、彼が賊の集団の長であると判断した。


「ふっ、違うな」


ヒゲの賊は、僅かに笑みを零した。


「よく間違われるが俺は長……親分などではない。親分は、もうじきここへやってくる人だ」


「ほう……それで? 馬車の襲撃を邪魔された仕返しにきたのか? 」


「そのつもりだったんだけどな。少し事情が変わった」


「事情が変わった? 」


「あ、もしかして青い髪の女の子を探してる件じゃない? 違法冒険者達と同じ目的……依頼を受けたとか? 」


首を傾げるイアンに、イライザが耳打ちをした。


「なに……いや、仕返しするつもりとか言ってたから違うのでは? 」


「あ、そっか。じゃあ、違うかも。なんだろうね? 」


「ふふふ、我らの事情というものを知りたいようだな」


ひそひそと話す二人の様子を見て、怪しく笑いながらヒゲの賊は言った。


「いいだろう、教えてやる。お前の姿を見たいそうだ」


「「は? 」」


ヒゲの賊の発言に、イアンとイライザは同時に首を傾げた。


「ふふふ、馬車を襲撃から帰ってきた者達から、お前のその可愛い外見の話を聞いてな。自分の目で見てみたいとのことだ」


「……全く違う理由だったな」


「そうだね~なんか、平和に解決でそうだね~」


一目会いたいだけ。

仕返しや依頼の報酬といった物騒なものではなかった。

故に、イライザは安心したのである。


「そして、あわよくば彼女……いや、嫁にしたいらしい」


「あ、ダメだ。これ平和に解決しないやつだ」


しかし、彼女の安心はすぐにどこかへ吹き飛んだ。


「くそっ! やはり、この服は女の着る服なのだろう? だから、間違われるのだ! 」


「……いやぁ、服のせいでもないと思うよ~」


「おい、勘違いしてくれるな。オレは男だ。嫁とやらにはなれん! 」


自分が女性だと思われていることに対して、イアンが抗議した。


「嘘が下手くそだな。そんな可愛らしい服を着て、女特有の可愛い顔で言われても信じるやつはいない」


彼の抗議で賊達の認識が変わることはなかった。


「お前に拒否権はない。何がどうなろうと、親分の命令に従うのだ」


「うーん……やっぱり、そうなるかぁ。これはこれで、厄介だねぇ~……」


イライザは渋い表情をする。

賊達は、何がなんでも自分達の目的を達成しようとするだろう。

それは、話し合いでの解決が通らないことを意味している。

彼女はそれが厄介だと思い、どうするか思い悩んでいるのだ。


「イライザ、もうこいつらとは何を言おうが無駄だ。話し合いは諦めたほうがいい」


イアンも同じようなことを考えていた。


「とりあえず、親分とやらに会い、なんとかして諦めてもらう」


「うーん、そうするしかないかぁ」


「ふむ、まだ諦めていないようだな。なに、お前達のその態度は、すぐ改まることになるはずだ」


自分の言った言葉に相当自信があるのだろう。

ヒゲの賊は、余裕の笑みを浮かべていた。


「どういうことだ? 」


「親分はなぁ、聞いて驚くなよ? なんと、あの鋼斬山(こうざんさん)なんだぞ! 」


ヒゲの賊は、声高々にそう言い放った。

その後、彼はニヤニヤと笑みを浮かべる。

イアンが驚くのを楽しみに待っているのだ。


「なんだそれ」


「なんと!? 聞いて驚くなとは言ったが本当に驚かないとは……」


しかし、驚いたのはヒゲの賊の方であった。

イアンは、彼の言った鋼斬山という言葉を知らなかったのだ。


「んー……私も知らないかな」


イライザも知らない言葉であった。


「あの巨人殺しダリダンダラ、銀刀角(ぎんとうかく)エアルザと並び称される新鋭五人武者(しんえいごにんむしゃ)の一人だぞ? 」


「新鋭五大武者……? 」


「まだピンとこないようだな。では、成し遂げた偉業を離そう。まず、ザータイレン大陸のゾロヘイドで開かれる闘技大会の初級クラスで優勝」


「……ん? 」


イアンではなく、イライザが反応した。


「同じくザータイレン大陸のシソウ国にある三つの山、それぞれで暴れていた三大妖(さんだいよう)という魔物を倒した……などだ。他にもあるぞ」


「……むぅ、聞く限りでは、相当の実力者のようだな」


ヒゲの賊の話を聞き、イアンの表情が曇りだす。

どの話もイアンにとっては、どれほどすごいことなのか、いまいち分からなかった。

しかし、成し遂げたことが広まり、異名が付けられるほどの人物が並大抵の者ではないことは理解していた。

そのような者を相手にして、自分が勝つことができるのか不安になっているのだ


「うーん、なんかどっかで聞いたような気がするなぁ」


一方のイライザは、首を傾げていた。

どうたら、ヒゲの賊の話した内容をどこかで聞いたようである。

しかし、はっきりとは覚えていない様子であった。


「ふふ、話を聞いただけで、親分の強さが分かったようだな」


ヒゲの賊は、満足そうに言った。

この直後、周囲を取り囲む賊達がざわつき始める。

ざわつく賊達は例外なく、同じ方向へ顔が向けられた。


「……ふふ、ようやく来たぞ」


ヒゲの賊も、他の賊達と同じ方向を見つめていた。

その表情は、期待満ちたようで嬉しそうな顔であった。

他の賊達も同様である。

彼らは、この場にやってきた者を尊敬しているのだ。

彼ら賊達にとって、その者は英雄も同然の存在であるのだ。

やがて、ヒゲの賊はイアンへと顔の向きを戻すと――


「さあ、我らが親分……鋼斬山のコウユウ親分のお出ましだ! 」


自慢するかのように、興奮気味に言い放ったのだった。




~~~~~~~~~~ イアンが使う妖精の力まとめ ~~~~~~~~~~


魔法の才能が皆無のイアン・ソマフ。

その代わりに、契約した妖精の魔法を呼び出す等の不思議な力を持つ。

現時点でイアンが使用できる妖精の魔法のざっくりとした説明が以下の通りである。




○雷

リュリュという名の雷の妖精の魔法を呼び出す。出す場所は右手。

リュリュスパークの掛け声と共に、雷が発生する。

射程が短く、雷が発生する時間は短いが、自分よりも数倍体の大きい魔物を一撃で倒せるほど威力は高い。

威力を調整することができ、最近になってからは一瞬だけでなく、数秒の時間発生させられるようになった。

一日に使用できる回数は四回。

二年ほど前の契約当初よりも一回増えている。

リュリュスパークの他にも掛け声があり、若干異なった効果を発揮する。



○炎

サラという名の炎の妖精の魔法を呼び出す。出す場所は両足の足の下。

サラファイアの掛け声と共に、炎が噴き出される。

足の下から噴き出される炎の勢いが強く、イアンの体が浮き上がってしまうほど。

それを利用し、イアンはジャンプや高速移動の手段として使っている。

魔法を移動手段にする者がほぼいないせいか、初めて見るものにはだいたい驚かれる。

一日に使用できる回数は八回。

片足で一回であり、両足同時に使えばそれで二回使ったことになる。

二年ほど前の契約当初よりも二回増えている。

基本的に移動手段として使われるが、炎の形を斧状にして攻撃に使用することも可能である。



○土

ランガという名の土の妖精の魔法を呼び出す。出す場所は閉じた左目の前。

ランガ・ストーンショットの掛け声と共に、左目の前に魔法陣が発生し、そこから石の弾丸が発射される。

射程が長く連射が可能で威力が高い。

ただ、当てる必要があり、だいたい牽制の目的で使用される。

一日に撃てる回数は六十発。

一年ほど前の契約当初よりも十発増えている。

ランガ・ストーンショットの他にも掛け声があり、異なった特徴の石の弾丸が発射される。

どの石の弾丸にも言えることで、発射する反動により、イアンの首に痛みが発生する。

そのため、イアンはこの系統の技をあまり使用しない。



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