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精霊斧士 ~泉の精霊童子~  作者: シャイニング武田
零章 名の無き英雄
1/39

零話前編 この世界の片隅で

 草木が生い茂る森林の中。

木々の背は一様に高く、葉が重なりあって出来た茂みが空を覆っている。

葉と葉の僅かな隙間から差す木漏れ日が特別なものに見えるほど、この森林は薄暗かった。


「うおおおお!! 」


男の怒号のような雄たけびが木の枝の葉を揺らす。

ほどなくして、揺れていた葉はさらに揺れを大きくした。

男の雄たけびが発せられた直後、獣のような悲鳴が森林の中に響き渡ったからだ。


「へへっ、一丁上がり! 」


男が振り下ろした剣の先を見ながら言った。

赤い血に染まる刃の先には、ネズミのようなものが転がっていた。

それは大人の人間の腰辺りに達するほど大きく、ネズミにしては規格外にもほどがある。

ただのネズミではなく、ジャイアントラットと呼ばれる魔物であった。

男は、死体となったジャイアントラットから視線を外すと、周囲を見回す。

すると、彼の周りには複数のジャイアントラットがいた。

仲間を殺され、気が立っているのだろう。

赤い目をギラつらせ、ネズミの顔からは想像できない狼のような唸り声を上げていた。

しかし、群れの中には男を見ていないジャイアントラットがいた。


「もう一息ってところだな」


男の隣に別の人間の男が立つ。

彼は、剣ではなく槍を手にしていた。


「まだ終わってないのに呑気な。今日は新人もいるんだから、しっかりしてよね」


男達の後方には、人間の女がいた。

彼女は手のひらから、火の玉を撃ちだしている。

その攻撃により、次々とジャイアントラットの焼死体が出来当たっていく。


「へいへい。じゃあ、すぐに終わらせますよ」


剣を持った男が適当な言葉を女に返す。


「何体倒した? 」


「ざっと数えて四十五だ。全員合わせてな」


「じゃあ、こいつらで終わりだな。行くぞ」


二人の男は、正面のジャイアントラット達に向かっていた。

男達は仕事の一環として、魔物の群れと戦っている。

彼らは冒険者。

仕事の内容は多岐にわたるがその多くは、魔物退治である。

魔物は人を襲い、この世界に多く生息しているため、その被害も多い。

危害を及ぼす魔物の排除を願う者達も多く、冒険者達は必要とされていた。

冒険者の多くは武器や魔法を修練し、魔物と戦う術を身に着けているからだ。


魔王、勇者、騎士、傭兵……


かつて、人々が積み重ねてきた歴史には、その時代の象徴となる存在がいた。

今、新しく積み上げられつつあるこの時代には、未だ名も付けられないほど未完成だ。

それでも、現時点で言えるのは、この時代の象徴は冒険者になるであろうこと。

象徴となった存在はいずれも多くの人々に存在を知られ、その活躍に強い印象を持たれている。

今の時代の中で、そのような存在に一番近いからだ。







 

 とある町の一角に冒険者達が集まる場所がある。

その場所とは、冒険者ギルドと呼ばれる施設のことだ。

そこでは、人々から魔物退治などの依頼を募り、冒険者達に斡旋(あっせん)している。

冒険者達は勿論、町の住民達にとっても欠かせない場所であった。

この日も施設内の広間が埋め尽くされるほど多くの人々が集い、活気に満ち溢れていた。


「なんだって!? 」


一人の少年が驚愕の声を上げる。

同時に、信じられないと言わんばかりの鬼気迫る表情をしていた。

そんな彼が見上げているのは、一人の男である。

男はがっしりとした体つきで、腰には鞘に収められた剣を下げている。


「聞こえなかったか? もうお前とは組まねぇ。そう言ったんだぜ?」


男は少年を見下ろしながら言った。

この時の男は微笑みを浮かべている。

彼の言葉を理不尽であると思ったのか少年の表情には、僅かに怒りの感情が滲み出ていた。

表情、空気共に少年と男は対照的であり、二人の間で揉め事が起こっているのは、端から見ても明確であった。

しかし、誰も二人を止める者はいない。

この場所で揉め事が起こるのは日常茶飯事(にちじょうさはんじ)であり、そういった問題は基本的に当事者達が解決するのが世の常であるからだ。


「待ってくれ! あ、あなた達の依頼に俺も同行する……そういう約束だったはずだ! 」


「ああ、そうだったな。で? 昨日、お前が倒したでけぇネズミの数は? 」


「に、二体倒した」


「二体しか! 倒してねぇなよなぁ。全員で五十体倒したんだぜ? お前が全然だってこと分かるよなぁ? 」


「ぐっ……」


少年は苦い表情を浮かべる。

彼は男の言う通り、数日前に冒険者になったばかりの新人である。

対して、相手の男は少年よりも経験を積んだ冒険者だ。

実力の話をされては、反論のしようがなかった。


「いや、よく二体も倒せたって褒めるべきかぁ。弱っちいのに! ははは! 」


男は笑いだした。

笑い声を上げつつも彼の目は開かれ、その視線は少年の顔に向けられていた。

少年の顔色を眺めながら笑っているのである。

人を馬鹿にする嫌な笑い方だ。

相手に不快感を与える行為でるが、少年は何もしなかった。

男の顔を見つめ、閉ざした口の中で歯を食いしばるだけであった。


「おまえ、魔法も使えねぇみてぇだしな。見込みすらも無いんだよ。じゃあな」


男はそう言うと、少年の前から歩き去っていった。

少年は男を引き留めることもしなければ、離れてゆく彼の背中すら見ていなかった。

ただ俯いており、自分の足元を見つめるだけであった。

やがて、男の姿は行き交う冒険者達の影に隠れて見えなくなってしまった。


「くそっ……俺は強くなりたいんだ。そのために、勉強して試験に受かって冒険者になったんだ……」


かつて、冒険者とは誰でもなれる職であった。

しかし、近年になって冒険者ギルドは試験制度を導入した。

新人冒険者の怪我と死亡の頻度の高さ、依頼主と直接応対する際のマナーの悪さを鑑みてのことであった。

そのため、試験の内容は戦闘の知識や一般常識などであり、まともに勉強をしない者は受からない難易度である。

この試験制度を導入した後、冒険者ギルドの狙い通り、新人冒険者の質は向上した。


「強い人と一緒に依頼をやれば、自分も強くなれる……」


少年はそう呟くと顔を上げ、ある場所へ視線を移す。

彼の視線の先には、様々大きさの紙が貼り付けらた大きな板があった。

それは掲示板と呼ばれ、依頼の内容が書き記された用紙が貼り付けられている場所となっている。

冒険者達は、ここで自分が受けるべき依頼を探すのだ。

少年は掲示板の前に立つと、一枚の用紙を手に取った。


「そうだろうけど、他人なんて当てにならない。一人でだって……俺は見込みのない人間じゃない! 」


彼が取った用紙には、ジャイアントラット討伐の依頼の内容が記載されている。

少年は、一人で依頼を受けることを決意したのだ。







 少年は冒険者ギルドを出ると、町の外を目指す。

スタスタと速足で歩く彼の近くに、誰一人として同じ方向へ進む者はいない。

結局、少年は一人で依頼を受けることにしたのだ。

建ち並ぶ家々に挟まれた道を少年は、一人で歩いていた。


「やってやる。俺一人でも出来るんだ……」


少年は、そう呟いた。

それは、冒険者ギルドを出てから度々口にする言葉であった。

今更依頼を取りやめること考えず、絶対にやり遂げるつもりだ。

少年の決意は未だに揺らぐことはない。

しかし、一人で依頼を受けることは、彼にとって人生で初めての経験になる。

これから起こる未知の体験を前にしてみれば、誰にだって不安は感じるものである。

少年も例外ではない。

本人は否定するだろうが心のどこかで不安を感じているのだ。

それが独り言や姿勢に現れているのである。


「うっ!? 」


突如、少年は頭に強い痛みを感じた。

痛みの感覚から何かにぶつかったのだと判断する頃には、彼は地面にへたり込んでいた。

少年は、今まで俯きながら歩いていたのだ。

故に、前方の注意が散漫になり、ぶつかってしまったのだ。


「……す、すみません」


少年は呆然としながらも謝罪の言葉を口にした。

彼がぶつかったのは人であった。

呆然としているのは、その人の風貌(ふうぼう)が異様であったからだ。

その人は、フード付きの外套を身に纏っていた。

頭は目深に被ったフードで、肩から膝の辺りまで外套で覆われている。

その人がどのような人物であるか外見では判断できなかった。

そして、このような自分の姿を隠す行為こそ怪しいものであった。


「……こちらこそ、周りを見ていなかった。すまん」


その外套の者は、少年にゆっくりと顔を向ける。


(女の人……いや、男の人……か? どっちだ? )


少年は外套の者の声を聞き、そう思っていた。

声が中性的で、男性か女性かの判断ができなかった。

外套の者に関しての謎が深まるばかりである。


(綺麗な声だった……)


少年にとって今まで聞いたことのない声であった。

今まで聞いたどの声よりも、外套の者の声は綺麗であった。


「まるで……」


「まるで? 」


「え……!? あ、いや……な、何でもないです。すみません」


少年は咄嗟に自分の口を手で塞いだ後、慌てた様子で立ち上がった。

この時、彼の顔は僅かに赤くなっていた。

口に出そうになったのは、外套の者の声を褒め称える言葉であった。

実際に口に出すことはなかったが、それでも少年は照れ臭かった。


「えーと、すみません。俺はこれで……」


少年はそう言って頭を下げると、外套の者の横を通り、再び町の外へと向かう。


「……待て」


「え……!? 」


少年は驚愕の声と共に、後ろへ振り返った。

彼の視界に、こちらへ体を向けた外套の者の姿が入る。

外套の者が少年を呼び止めたのだ。


「見たところ冒険者のようだな? 」


「……はい。そうです」


少年は腰に下げた剣を収める鞘に、そっと手で触れた。


(剣を見て、俺が冒険者だと思ったのか)


彼はそう思っただけで、外套の者に対して敵意はなかった。


「そうか。では、なったばかりか? 」


「それは、俺が新人の冒険者かってこと? 」


「そうだ」


「……はい、そうですが」


少年は若干言い淀みつつも答えた。

あれこれと訊ねてくる外套の者を不審に思っているからだ。

彼は彼なりに警戒しているつもりであった。


「冒険者ならば、これから町の外に出るのだろうか。おまえ以外に、同じ依頼を受けた者はいないのか? 」


「……何だ? あんたは、何が言いたいんだ? 」


「冒険者になったばかりの奴が、一人で依頼に行くのは勧められない……と言ったつもりだ」


外套の者の話を聞き、少年の強張っていた表情がほんの少しだけ和らいだ。

目の前の人物は、自分に危害を与える者ではないと判断したからだ。

それでも、今の少年の心境は穏やかなものではなかった。


お前一人では成し遂げられるわけがない――


少年にとっては、そう言われたも同然であったからだ。


「あんたには関係ない。俺は急いでいるんだ。話はこれっきりだ」


少年は外套の者に背を向けると、すたすたと歩きだした。


「待て。一人で行くのは危険だ」


再び外套の者は、少年を呼び止めようとする。


「うるさい! 関係ないって言ってるだろ! 」


少年は足を止めると、振り向きもせずに外套の者を怒鳴りつけた。

外套の者が発した言葉と近づいてくる足音が彼を刺激したのだ。

結果、少年は激高したのである。

豹変した彼の態度に、外套の者が驚いたのか定かではない。

この時、少年の耳に自分へと近づいてくる足音は聞こえなくなっていた。


「逆に聞くけど、あんたは冒険者なのか!? 」


問いかけているにも関わらず、少年は今も振り向かない。


「オレは……しかし……」


「なんだよ! 違うなら偉そうに言ってくるなよ! 」


外套の者の返答は歯切れの悪いものであった。

そのことが少年をさらに苛つかせる。

少年は止めていた足を再び動かした。


(何も知らないくせに……)


もう外套の者の声には反応すらしない。

腕を大きく振り、大股で歩く彼の姿に、その意志の強さが表れていた。


「……聞かなくていい。ただ、言わせてくれ」


外套の者の声が耳に入ったが少年は足を止めない。


「危険だと感じたら、迷わず逃げてくれ。それでも、ダメだったら助けを呼べ。絶対に……」


歩く度に外套の者の声は遠ざかってゆく。


(あいつ、まだ偉そうなことを……)


少年の耳に入る声は小さくなってゆく。

それでも、はっきりと聞こえており、しっかり届いていた。


「絶対に諦めるな」


「……!! 」


少年の足がピタリと止まる。

同時に、彼は勢いよく後方へと振り向いていた。

そして、左右上下とあらゆる方向へ顔を向ける。

視界の中に多くの人が入ったのだが、その中に外套の者はいなかった。

やがて、少年はある場所へと顔を向ける。

そこはかつて外套の者が立っていた位置であった。


「絶対に諦めるな……か……」


少年は、外套の者が発した言葉を口ずさんだ。

この言葉を最後に、あの者は少年の前から去っていったのだ。


「絶対に諦めたりなんかしないよ……」


少年はそう呟くと、振り向いていた顔を正面に戻し、再び歩き始めた。

もう外套の者の声には反応すらしない。

強く決意したつもりであった。

それでも、少年は思わず足を止めて振り返ってしまった。

あの者の言葉は、少年にとって暖かく思えたからだ。

少年は町の外へ向かう途中、時折振り返っては外套の者の姿を探す。


(何も知らないのに、ひどいことを言ってしまった……)


あの外套の者に対して、少年はそう思い続けた。



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