第三章
「…………」
重たい沈黙が続いた。
「失礼します…」
耐え切れなくなった美夜は部屋を飛び出した。
ふと外を見るともう日は深く沈んでいた。
目を細め、疎ましいと思った。
夜は嫌いだ…
美夜は独りごちた。
昔もよく言った。
国に預けられてからは武士の寮のような所に預けられた。
その際、夜は一人だった。
そのせいなのか…
妙に夜が恐いのだ。
今は愛奈の側に仕えているため、自分の屋敷は使いに任せている。
だが、自分の家を持つ前は国の寮で一人で寝た。
親から何も聞かされず預けられた。
親から捨てられた思っている美夜はにとっては拷問だった。
美夜には兄弟がいた。
妹が一人。
妹は両親から愛されていた。しかし、妹ではなく長女である自分を捨てたのはなぜか…
幾度も考えた。答えは出なかった。
たた、親が自分を捨てたという事実がますます事実として為っただけだった。
そんなことを考えていると、秋に会いに行く気さえ失せた。
渡り廊下の真ん中で足を止め、月を見ていた。
嫌になった。
もう嫌だ。
美夜は自室へと足を向けた。
「美夜様っ!?」
愛奈付きの侍女が美夜の姿を確認すると驚きの声を上げた。
「どうしたのですか?」
そんな侍女をよそに自室に入り襖を勢いよく開けた。
そこには、もう使われなくなった刀。それと、絹で大切に包まれた軍の着物。
美夜は思い切り絹を引っ張った。中からバサバサと着物が降ってくる。
それを無造作に引っ張り上げ、目を細める。
二度と着る事はないと思っていた。まさか、王との約束を破ろうとは…
美夜は自分の着物を脱いだ。シンプルな花柄の小袖を部屋の隅に放った。
そして、緋色の軍服を羽織った。
軍服といっても至って普通の着物である。しかし、左腕には袖がない。弓を引く際、邪魔になるからである。
戦前に出る場合は鎧を付けることもあるが、大体は付けない事が常だった。
だがそれは美夜に限る事であり、七瀬や優実は常に鎧を着用していた。
美夜はゆっくりと腰に刀をさす。
そうして勢いよく城を飛び出した。
馬小屋に全力で駆けてゆくと、自分の愛馬、朱の首にしがみついた。
すると、朱は軽く首を振った。その首をなでてやり、手綱をつけた。
朱にまたがり思い切り脇腹を蹴った。
朱はのけ反り、勢いよく馬小屋を飛び出した。
向かう先は、実家。
今は七瀬が預かっている美夜の家。
使いが数人いるものの、主がいなければ成り立たない。そこで、白羽の矢が立ったのが七瀬だった。
暗い夜道を漆黒の馬が駆けて行く。
そうして着いた一ヶ月ぶりの我が家は懐かしい匂いがした。
すると、一人の侍女がかなり驚いた顔で駆け寄って来た。
彼女の名前は、淦理。
素直で愛らしい女性だ。
「お屋形様っ!?」
「あぁ…淦理…久しぶりだな…」
そう言いながら彼女に手綱を渡した。
何故、と聞きたそうな顔をしていたが、あえて淦理は聞かなかった。
「美夜様!」
表を上がった時に奥からもう一人の使いが来た。
「一体どうなさったのですか!?」
「何でもない…しばらく一人にしてはくれないか…?」
彼女は困ったような顔をした。
しかし、それさえも無視して自室へ向かった。
美夜の苛立ちは限界に達していた。
そっと襖を開けるとなぜか涙が溢れて来た。後ろ手に襖を閉めるとそのままへたり込んだ。
暗い部屋に明かりはない。ただ、美夜の涙が落ちる音だけが在った。
しばらくして目が暗闇に慣れたせいか、部屋の様子ががよく見える。
ぼんやりとしたまま、襖にもたれ掛かっていた。
すると、廊下での動きが変わった。
「美夜様がお帰りになったようなのですが…」
戸惑う声の主は淦理だ。
少しだけ、頭を持ち上げて耳を傾けた。
「美夜が…!?でもあの子…」
七瀬の戸惑いの声が廊下から聞こえて来た。
しばらく沈黙が続いた後、襖の反対側から七瀬の声が聞こえた。
「美夜…?」
返事はしない。
黙って聞く。
「大丈夫?一体どうしたって言うの…?」
「もう…分からない…」
「…入るよ、美夜」
七瀬はそう言って襖を開けた。美夜は机に伏せっていた。
「七瀬…私、禁忌を犯す…」