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【無料】注文の少ない料理店  作者: くらむぽん
9/18

ひつじのまーとん

おやおや。

あそこでのんびりと草を食べているのは羊のマートンです。

散髪を終えて、彼はすっかりごきげんのようです。


「マートン」


名前を呼んで現れたのは、この牧場で一番偉いカーニバルです。

カーニバルはマートンを優しく撫で、温かい目で見つめて言いました。


「マートン。ちょっとついてきてくれ」


マートンは動物の本能から直感しました。

いよいよ食べられるんだと。


「めえ~」


「どうした。暴れるんじゃない」


眼鏡の向こうにあるカーニバルの目が厳しくなりました。

マートンはとっさに彼から逃げようとします。


「めえ~」


「マートン」


「や~めえ~」


「え?」


「や~めえ~て~」


これは驚きです。

マートンが言葉を話しました。


「マートン、お前」


「僕を食べないでえ」


きっと神様がくれたラストチャンスだ。

そう考えたマートンは必死に語りかけます。


「食べられたくめえ」


「お前は食べられる為に生まれてきたんだ」


カーニバルはひどいことを平気で言いました。


「ち~が~う~」


「俺は食べる為に、お前を苦労してここまで育ててきたんだぞ」


「ぼ~く~は」


マートンは、ここでお母さんのことを思い出しました。


「ま~ま~は~?」


「ママ?ああ、とっくの昔に食われたよ」


「めえ~めえ~」


マートンは、めえいっぱい泣きました。

いつもとは違いヤギのような高い声で。


「さ、天国のお母さんに会いに行こう」


「食べられたくめえ」


マートンは後退り、首を振って拒否します。


「大丈夫。痛くないし、それに美味しく食べるから」


「い~き~た~い~よ~」


「そうだ。お前は今日のパーティーの主役なんだぞ」


「死にたくめえ」


「マートン。これ以上わがままを言うな」


カーニバルは怒鳴って、マートンの頭を思いっきりひっぱたきました。


「や~めえ~て~」


「言うこと聞かないと、痛い目に合わせて殺すぞ」


カーニバルはずいぶん勝手な奴です。

マートンのことを、もはや食料としか見ていません。


「え~い」


マートンは前足をつき出して、マトンチョップをカーニバルにくれてやりました。


「マートン、貴様」


マートンが手加減したので、カーニバルは直ぐに立ち上がりました。


「ズタズタに裂いてやる」


カーニバルはとうとう怒って、全力で逃げるマートンを牧羊犬のように追いかけました。

マートンは遠くにある森に向かって、一生懸めえ走ります。


「や~めえ~て~」


「覚悟しろ、甘えんぼうのとんちきめ」


「仲良くしてえ」


「羊なんかが生意気に」


「一緒に生きてえ」


「羊なんかが偉そうに」


ここで、ターン、という聞き慣れない大きな音が牧場に響きました。


「いたい」


マートンの見る景色は不思議なことに横向きになりました。

空と大地が仲良く手を繋いでいて、マートンはとても羨ましく思いました。


「こんちくしょう。足に当たったから良かったものの」


「うるせえな。仕留めただけありがたく思え」


マートンが真っ赤な足をペロペロ舐めていると、突然に辺りが暗くなりました。


「めえ~」


マートンが見上げると、そこには彼をよく虐めるハンターがいました。


「頭を撃つぞ」


「めえ」


「仕方ねえな」


「や~めえ~」


ターン。


「て」


それからマートンは塩茹でにされ、パーティーに訪れたたくさんの人達に美味しく食べられました。

そこでにわかに、一人の子供が言います。


「羊さん、美味しいお肉をありがとう」


その子のお母さんは言いました。


「あらいい子ね坊や。羊さんもきっと喜んでいるわ」


マートンはそれを側で聞いていました。

皆が美味しそうに自分を食べるところを見ていました。

いつか、マートンは風と一緒に消えました。


夜になって、空に美しい牡羊座が見えました。

マートンは光になって、その星を綺麗に輝かせました。

牡羊座は、こうして死んでいった羊達の光でいつも輝いているのです。


そして時折、彼らの流す涙は流れ星となって私達の上を駆けるのです。


その瞬間、そっと耳を澄ませてみて下さい。

マートンの声があなたに届くかも知れませんから。


「めえ~」

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