ぼうけん
ボーイは馴染みの本を閉じて海賊になることを決意した。
ボーイは青年になり、義理の両親による有難い束縛と過保護に、いよいようんざりしていた。
そこで海賊のように自由に生きる道に憧れ、それになることを選んだのだ。
ボーイは夜中にランプとナイフとありったけの金を持ってこっそりと家を抜け出した。
星の明かりを頼りに生温い風を受けながらひたすらに港町を目指した。
道中、出会った荷馬車を利用して一日かけて港町に着いた。
ボーイはその足で港に急いだ。
紫色の空の彼方で海に飲まれる夕日が、様々な海賊船を皮肉にも綺麗に照らしていた。
ボーイはその中で、一番小さなものを選んで忍び込んだ。
小さければあまり恐ろしい奴はいないだろうと思ってのことだったが、そもそも海賊には恐ろしい奴しかいないのが当たり前であった。
船が港を離れてすぐ、ボーイは海賊に見つかった。
あっという間に刃物や鉄砲を持った海賊達に囲まれてしまった。
そこへ、小柄だが威厳のある船長が現れた。
法は陸にあれど海にはない。
ボーイは死を覚悟しながらも、海賊の仲間になりたいことを必死に伝えた。
船長は笑うことなくボーイの目をまじまじと見て、刃物をボーイの手に握らせた。
船長は言った、これで俺の体を切れと。
船長の体には無数の傷が刻まれていた。
人を傷つける覚悟を見せろと言うのだ。
ボーイは震える手で、少しだけ船長の胸を切った。
船長は小さな傷を見て、ボーイを雑用係りに任命した。
それからボーイは雑用係りとして一生懸命に働いた。
対価に旨い酒も飯も貰え、情の厚い仲間には親切にしてもらえた。
この船を選んで良かったと、海賊になれて良かったとボーイは喜んだ。
しかし、海賊同士の殺し合いや漁船などを襲撃する現場に何度も立ち会ううちに、ボーイは少しずつ元気を失っていった。
それを見かねた船長はボーイに海賊を辞めるようにと勧めてくれた。
ボーイはせめて宝を一つ持ち帰りたいと話した。
船長は考えることもなく、それを了承してくれた。
船長はせっかくだと、以前から調べていた海賊王の宝を狙うことを決めた。
幾月の後、草木が一本も生えていない岩の小島に一行は辿り着いた。
海賊達はいくつか見える洞穴へ散り散りに入っていった。
ボーイは尿意を催し、海岸を少し歩いて物陰で用を足した。
ここで、ボーイは蟹のように横向きになってようやく一人入れそうな狭い亀裂を眼下に見つけた。
引き潮の影響で現れたらしいそれに興味を持って、ボーイは勇敢にもその亀裂に入っていった。
一方で船長率いる一団は、大きな棺のある部屋にいた。
ところがその棺は空で、海賊達は一同に落胆した。
その時、洞穴全体が激しく揺れて棺の裏にある岩壁が崩れ落ちた。
その向こうにはボーイがいた。
海賊船に戻った一行は、小綺麗な海賊旗を囲んで酒盛りをしていた。
ボーイが見つけたのは海賊王が率いる伝説の海賊、アトランス海賊団の旗だった。
しかし、ボーイは浮かない顔をしていた。
これをアトランス王国に渡せば一生遊んで暮らせるほどの富を得ることが出来るという話だったが、ボーイは宝石や古代の遺物といった確かな宝が欲しかったのだ。
ボーイは海賊旗と酒瓶を持って部屋に戻った。
ランプの明かりに照らして海賊旗をよく見てみるも。
ボーイにとって、やはり大した物に思えず、ボーイはヤケになってグイッと酒を飲んだ。
つもりが、手を滑らせて溢してしまった。
あろうことか海賊旗に酒をかけてしまった。
ところで、船長はひとり、船長室で地図を眺めていた。
巨万の富を持ってどこに落ち着こうかと考えていた。
そこへ、慌ててボーイが飛び込んできた。
船長が何事かと聞く間もなく、ボーイは酒に染まった海賊旗を船長に見せつけた。
船長はそれを見て怒りよりも驚きをみせた。
海賊旗に何かの地図が小さく描かれていたのだ。
船長はうんと考えて、ある伝説を語った。
半世紀も昔の話。
海賊王のアトランスは何かとんでもない宝を見つけたらしい。
その宝を以て、アトランスは国を建てた。
それから圧倒的な力で領土を広げ、アトランスは海も陸も空も瞬く間に支配したという。
ボーイは、まさかその宝の在りかを示したものなのかと心を踊らせた。
船長はこの海賊旗は盗まれたもので、アトランス王が血眼になって探していることから信憑性は高いと言った。
さっそく一行はその地図にある目印を目指す事になった。
それは大陸のどこかを示していたので、そこから一番近い港に船を停めてから、船長とボーイと少数精鋭の海賊達とで目印を目指した。
やがて見つけたのは空を貫く巨大な岩壁だった。
船長はとても登ることは出来ないと判断すると、知り合いのいる町へと向かうことを決めた。
船長は広い世界のあちこちに知り合いがいる。
よほど海賊王の宝を手に入れたかったのだろう。
その知り合いの一人は飛行機を持っていた。
ここへ海賊達を残して、その知り合いと船長とボーイの三人で岩壁の頂上を目指すことになった。
岩壁の頂上には緑豊かな大自然が広がっていた。
遺跡らしきものが見えたところで、飛行機は側の砂原に着陸した。
そこからは歩いて遺跡を目指した。
遺跡には村があって人々が暮らしていた。
村人達に危うく殺されそうになったが、海賊旗に描かれた地図を見せると、村人達は長のもとへ三人を案内した。
そこで長は興味深い話を聞かせてくれた。
我々は古代人の生き残りで、アトランスから逃げてここに住んでいる。
その地図を描いたのはアトランスの右腕である男で、彼はアトランスから多くの古代人を守り、ひっそりとここに隠してくれた。
その地図はかつて、残された同胞達が利用したものだ。
それはこちらに渡して欲しい。
船長は素直に地図を渡すと、なぜ命を狙われているのかと長に聞いた。
長はそれは言えないと断った。
しばらく説得してみたが、何も手掛かりを得ることなく、三人はこの村を追い出されることになった。
ボーイはこうした今までの出来事を、家に帰って義理の両親に話した。
すると義父が真剣な表情をして、どうしても知りたいならこれを探しだせ、と言って一枚の写真をボーイに渡した。
それには見たこともない、飛行機とはまた違う大きな乗り物が写っていた。
ボーイがなぜ古代人が教えてくれなかっことを知っているのか、真実は何かと問うも、義父がそれに答えることはなかった。
ボーイは翌日、急いで船長行き付けの酒場へと向かった。
そこには運良く、ヤケになって酒を飲む船長がいた。
簡単な挨拶を済ませて写真を見せると、船長はすっかり上機嫌になった。
背景に写る建物に心当たりがあるらしい。
ボーイは再び海賊船に乗って、それを頼りに乗り物を探すことになった。
やがて訪れた港町には誰も住んでいなかった。
激しい戦闘の跡が残された廃墟だけがあった。
船長について行くと、そこはどうも役所のようだった。
やはり、役所も外観を辛うじて保っているほどに破壊されていた。
一行はその建物を徹底的に散策した。
しかし、何も見当たらぬまま夜を迎えた。
浜辺から色のない海をひとり望むボーイはふと思い付いた。
そして翌朝、海賊達を連れて海岸沿いを歩いた。
やや危険な崖を歩くこといくらか、ボーイはあの岩の小島で見たような亀裂を見つけた。
一行は中へとぞろぞろと進む。
先には、探していた大きな乗り物が海水の湖で眠っていた。
乗り物の中に船長が一人で入り、中から手帳のような物を見つけて来た。
それには乗り物の扱い方と、これを処分するようにとの事が書かれていた。
また、それには一枚の海図も挟まっていた。
船長はボーイを連れて、大きくも狭い乗り物に乗り込むと、いざ海図に印された場所を目指す。
乗り物は湖に沈み、海中を走った。
一日が過ぎたろうか。
それは突然に現れた。
あまりにも巨大なアーチが海溝深くへと続いていた。
乗り物はそれを辿ってどんどん潜って行った。
底には、あまりにも巨大な町があった。
透明な何かで覆われたその町は乗り物の明かりに照らされて、珊瑚のような美しさを見せてくれた。
アーチをさらに辿って行くと、大きな門の前に着いた。
門は自動的に開いて乗り物を中に招くと、門をまた自動的に閉じて、余分な海水を外に排出した。
二人は水路に落ちないよう気を付けながら乗り物から降りた。
それから二人は当てもなく、整った形の建造物が並ぶ町をさ迷った。
町には見たこともない言語が溢れていたが、ボーイにはそれが読めた。
家にある馴染みの本に綴られていた言語と同じだったからだ。
ボーイは町の案内図にアトランスの所有する施設があるのを見つけた。
二人がそこへ向かうと、どこよりも立派な建物があった。
中に入って案内図に目を遣ると、連金室という気になる部屋を見つけた。
そこは目立たぬほどこじんまりとした部屋だった。
しかし、置かれていた資料を見て二人は息を飲む。
この施設は古代人の血を金に変える為の施設である。
アトランスは古代人を裏切りここを制圧すると、際限を無視して連金を続け、やがてそれは虐殺に変わった。
大陸に暮らす古代人はもはや絶滅寸前となった。
しかし、私の友人が多くの古代人をうまく避難させてくれた。
私はこの町を治める夫婦を匿うことに決めた。
後はここを破壊するだけだが今は時間がない。
悪いが誰かに託すことにする。
もし今、誰かがこれを読んでいるのなら破壊は叶うということだろう。
あなたが心ある人間であることを信じてお願いする。
この施設を破壊して欲しい。
その終わりに、爆薬を仕掛けたことと起爆装置の作動方法が書かれていた。
船長は落ちていた金塊を拾って、これが欲しいかとボーイに訪ねた。
ボーイは当然断った。
船長は俺も同じだと言うと、破壊することを強く決めた。
ボーイは崩れ去る町を見ながらあることを考えていた。
それをボーイが怒りを抑えながら口にすると、船長は同感だと頷いた。
しかし続けて、静かに時が過ぎて、全て忘れられることが誰にとっても幸せになることをボーイに話した。
若いボーイは納得出来なかった。
許せなかった。憎かった。悔しかった。
それでも言葉を返すことが出来なかった。
あれから、乗り物は海賊が綺麗に解体して、部品は世界のあちこちに売られた。
ボーイは家に帰り、馴染みの本を大切に抱き締めた。
本当の宝はここにあった。
両親が残してくれたこの本と、ボーイを守り続けてくれた義理の両親だ。
さて、これからどう生きようか。