ものうりともりのいきものたち
需要と供給というよく似た双子がおります。
二人は下手な商売人です。
「森に行かないか?」
「どうした?」
「森の生き物たちはきっと人より劣るから、そこで物を売れば、きっとボロ儲けするに違いない」
「それはいい。行こう」
どちらが需要と供給なのか、それはどうでもいいこと。
とにかく二人は、適当な商品をありったけ荷車に積むと、それを引いてさっそく森にやって来ました。
「やあ、君は誰かな」
「僕さアルマジロ」
二人は、アルマジロという妙ちくりんな動物と出会いました。
「次郎君」
「僕さアルマジロだよ」
「アルマ次郎君」
「なんだい?」
「君だけに、いや、君の為にお得な商品をこしらえてきたよ」
「それは気になるな。是非見せて」
言われて、二人は荷車よりバットとヘルメットを取り出しました。
「これはなんだい?」
「こっちの木の棒がバットで、こっちの被り物がヘルメットだよ」
「それで、それはどういった物なんだい?」
訊かれて、どちらかがそれらを身に付けました。
「かっこいいね」
アルマジロは、うきうきと言いました。
「バットは武器で、ヘルメットは防具さ」
「なんだい、武器と防具なの」
武器と防具と知った途端、アルマジロはしょんぼりしました。
「なんと今なら、合わせて三千円だよ」
「いいや」
「勉強するよ」
「いい」
値を下げると言われても、アルマジロの答えは変わりませんでした。
「だって僕さ。立派な爪と体を持っているんだもの」
言ってアルマジロは、両手にある爪をうんと高くあげたり、体を丸めて二転三転ころころしました。
「そう言わずに。ほら、今だけバスケットボールがついてくるよ」
アルマジロは見せられたボールをつんつんと爪でつつくと、やはり首を振って断りました。
そして。
「ごめんね」
と一礼して去って行きました。
残された二人はブツクサと文句を吐き捨てると、さらに森の奥へと進みました。
「やあ、君は誰かな」
「僕はアリンコだよ」
二人は、アリンコというとても小さな虫と出会いました。
「そうだアリンコだ。君の仲間を町や家でも見かけたよ」
「そうだアリンコだ。この前踏み潰してやった奴だよ」
それを聞いたアリンコは、真ん丸な目に涙をたぷたぷと浮かべて、とっても悲しい顔をしました。
「ひどいや」
「ごめんよ。俺達は決して悪気があって踏んだ訳じゃないんだ」
どちらかが平気で嘘をつくと、どちらかが逃がすまいと手早く商品を取り出しました。
「アリンコさん。これお詫びに食べてよ」
アリンコは二人から角砂糖をひとつ受け取ると、涙をこしこしと拭いて、るんるんと目を輝かせました。
「角砂糖だ。いいの」
喜び、ぴょんぴょんと愛らしく跳ねるアリンコの姿を見て、二人は心から踏み潰してやりたいと思いましたが、今は大事な商談中、ここはグッと我慢しました。
「どうかな」
「とても甘くて美味しいよ」
アリンコはぺろりと角砂糖を平らげると。
「こんなに良い角砂糖。みんなにも分けてあげたいなあ」
と想いを口からこぼしました。
それを聞いて待ってましたと言わんばかりに、どちらかが興奮を抑えながらこう言いました。
「じゃあ今回だけ特別に、さっきの角砂糖を君達に安く売ってあげよう」
「いいの」
「いいとも。ささ、急いで仲間を呼んでおいで」
言われてアリンコは、ぱたぱたと嬉しそうに駆けて行きました。
その背中を二人は、シメシメと気味悪くにやけながら見送りました。
「連れてきたよ」
幾分も経たないうちに、アリンコはたくさんの仲間をゾロゾロと引き連れて帰ってきました。
二人がその数をいちいち指で差しながら数えてみますも、百を越えたところで数えるのを止めてしまいました。
「これは数が多すぎる」
「角砂糖はビン三つしかないんだ」
言われて、アリンコは少し残念な顔をしましたが、仲間とアリンコ会議をこしょこしょと始めました。
「あの」
それも幾分も経たないうちに終わり、アリンコは二人にお願いしました。
「少しばかり高くても構いません。僕らに三つとも売ってはくれませんか」
「三つ合わせると一万円にもなりますよ」
それを聞いて、再びこしょこしょアリンコ会議。
それに、どちらかが割って入りました。
「こほん。アリンコの諸君」
アリンコ達はぴょこぴょこと顔を上げると、林檎のように丸くて大きな顔に注目しました。
「ひとつ提案があります」
「はい」
「今回だけですよ。特別に、なんと半額の、たった、五千円でお売り致しましょう」
その提案にアリンコ達は、るんたったるんたったと喜びに踊りました。
「では決まりと言うことで」
と、そこへ。
どこからか一羽の蝶が飛んで現れて、待ったをかけました。
「アリンコさん達。騙されてはいけません」
「やい、何だお前は」
「邪魔をするな」
二人は怒鳴り、その蝶を捕まえようとしましたが、蝶は軽やかに、半ばおちょくるように舞い、それから捕まることはありませんでした。
「アリンコさん達。町で売られている角砂糖はビン一つ五百円なんです。改めて言います。騙されてはいけません」
そう注意されたアリンコ達は、アリンコ会議を開くことなく、パラパラと散って行きました。
蝶も気付いた時にはいませんでした。
「くそっ、あの汚い蛾め」
「蛾じゃない蝶だ」
「いいや、あの汚さは間違いなく蛾だ」
「そうだあの蛾め。今度会ったらランプに閉じ込めて燃やしてやる」
二人は腸がグラグラと煮えくり返る思いでした。
なので側にある木に、どちらかがバットで八つ当たりしました。
その木は何度も乱暴されて、ついには皮が剥がれてボロボロになってしまいました。
皮が剥がれたところからは、蜜が涙のようにトロトロと流れました。
「気が済んだか」
「ちっとも」
「俺もだ」
「今度こそ売ろうな」
「ああ、必ずだ」
二人は荷車をガタンゴトンと揺らしながら、さらに森の奥へと進み、やがて湖まで来ました。
「ここで休もう」
「そうしよう」
二人は湖の水を忙しくすくっては口に運び、ずいぶんと水を飲みました。
すると少し気分が落ち着いて、どちらかが、畔に一輪だけ咲く、太陽に負けないくらい美しい花に気付きました。
「やあ、君は誰かな」
「私はタンポポ」
「タンポポさん。突然だけど、君にいい商品を紹介したい」
「いらないわ」
タンポポは空を泳ぐ雲を見つめながら、キッパリと断りました。
「話だけでも聞いてくれないかな」
「私はお花だから。お日様とお水とがあれば、特に何もいらないの」
「そう言わずにせっかくだからさ」
「じゃ、聞かせて」
タンポポは可愛らしく揺れながら二人の話を聞きます。
「これは、傘って言うんだ」
「傘は雨や風から君を守ってくれる優れものだよ」
言って、どちらかがタンポポに開いた傘を添えました。
するとタンポポは。
「お日様が見えないわ。それに、雨と風は、私にとって大切な友達なのよ」
と言いました。
「では次」
どちらかが傘を荷車に放り捨て、どちらかが荷車から肥料を取り出しました。
「これは肥料、君に必要な栄養がたっぷりだよ」
「これで君も元気になれる」
「私はとっても元気よ」
タンポポは言って、風がふわぁと吹くのと一緒に、さっきよりも可愛らしくめいいっぱい体を揺らしました。
「もっともっと元気になれるよ」
「ありがとう。でもやっぱりいらないわ」
ここで我慢ならなくなったどちらかが、タンポポの素敵な花びらを全部むしってしまいました。
「ひどいわ。なんてことするの」
えーんえーんと大声で泣き出すタンポポ。
それに、どちらかがさらに激情して、とうとうタンポポをズバッと引き抜いてしまいました。
「お前なんざこうしてやる」
「糞にも劣る奴め」
二人はそれぞれタンポポの頭と足を持つと、息を合わせて、思いっきり二つに引きちぎってやりました。
タンポポはもう泣くこともありませんでした。
「スッキリした」
「でも疲れた」
「帰るか」
「そうだ。帰ろう」
「森の生き物たちは呆れぐらいに人間より劣る」
「ああ、人間の方がマシだ」
「バカらしい」
「アホらしい」
二人はタンポポをその辺りに雑に投げ捨てて、調子よく、どちらかが鼻唄を歌いながら、どちらかが口笛を吹きながら帰路につきました。
その途中、二人は森の中で子供のリスと出会いました。
「やあ、お前はリスだな」
「そうだ。小さいが今夜の飯にしよう」
二人がそう言うも、子リスは恐れることなく、むしろ懸命に助けを乞いました。
「お母さんが罠に掛かって、足を怪我してしまいました。お願いです。助けて下さい」
子リスは頭の先から尾の端まで、ぷるぷると震わせて涙を流しました。
それでも二人は。
「きっと、いつか俺達の仕掛けたウサギ用の罠だ」
「これはいい。親も食おう」
と言って、舌で口の周りを舐めました。
おまけにヨダレまで垂らしました。
「あたしのことは食べてくれても構いません。けれどお母さんだけは、お母さんだけはどうか助けて下さい」
二人はウンウンと笑顔で頷くと、泣き顔を晴らした子リスをヒョイと摘まんで荷車に放りました。
「お母さんのところへ案内しておくれ」
「助けてやるからさ」
子リスは捲し立てるように二人を道案内しました。
そうして、とても早く、二人は子リスの親のもとへやって来ました。
「あなた達は人間」
お母さんリスは両足から血を流していて、歩くことも出来ないようです。
それを見た二人は、目を合わせてニッコリとしました。
「あんた、どうして人間なんか連れてきたの」
子リスはお母さんの隣に駆けつけて言いました。
「この人達にお母さんを助けてとお願いしたの」
「いけない。この人達は悪い人間よ」
「わかってる。この人達はあたしを食べるつもりだもの」
「なんだって。ではどうして連れてきたの」
「お母さん、あたしこの人達と約束したの。お母さんを助けてくれたら、あたしを食べていいよ、て。だからお母さんはもう大丈夫」
お母さんリスはそれを聞いて、さめざめと泣きながら子リスを抱き締めました。
しかし、どちらかによって二人はすぐに引き離されました。
「どいたどいた、そら手当てしてやるぞ」
そう言って、どちらかはナイフを取り出しました。
「待って下さい。何をなさるおつもりですか」
子リスがナイフを持つ手に飛びかかって言いました。
「決まってるだろ。殺して黙らせるのさ」
子リスは反対の手で強く握られ、身動きが取れません。
「お母さん、ごめんなさい。どうか逃げて下さい」
子リスがキィキィと泣き叫ぶも、お母さんは怪我のせいで逃げることが出来ません。
「ありがとう。その手に噛みついて、あんただけお逃げ」
「やだ。お母さんやだ。人間さん。どうか許して下さい」
子リスがあんまりにも泣くものですから、どちらかは子リスをお母さんの隣へ投げ捨てました。
「うるさいぞ。黙らないか」
「どうして命を奪うのですか。どうして騙すのですか」
突然に、お母さんリスが寂しい声で二人に言いました。
「私達があなた達に、いったい何をしたと言うのですか」
「何もしてない」
「では、なぜこのような酷いことをするのですか」
「知らん」
「同じ命を、心を持っているはずです。なのにどうしてこんなことができましょう」
お母さんリスは続けて訴えかけました。
「共に助け合い、共に生きることは敵わないのでしょうか。私にはそれが出来るように思います」
「無理だ」
「今は無理でも、いずれ叶うはずです」
「動物は、食べて食べられるのが自然だろう」
「ですが……そうだとしても、私は共に生きたいと心から思うのです」
お母さんリスがそう終えると、二人は何か考え事をした後、荷車から包帯やらを取り出してお母さんリスを手当てしてやりました。
「ありがとうございました」
「本当にありがとうございました。良かったね、お母さん」
二匹はまた泣いて、喜び抱き合いました。
「あなた達を信じて良かった」
お母さんリスは心からそう言いました。
「どうして悪い人間を信じて訴えかけた。俺達には理解出来ない」
「頭では理解出来なくても、心では理解しているはずです」
「心で?」
「あなた達……。いえ、あなた方が私を助けてくれたのと同じです」
言われて考えて、二人はわかったようなわからないような。
しかしそれはどうでもいいこと。
とにかく二人は、とても満足しました。
そこでにわかに。
「お願いがある」
と、どちらかがお母さんリスに言いました。
「お願いですか?」
「あたし、お礼に何でも聞きます」
子リスが、体を萌える芽のようにうんと伸ばして、耳をちこちこと動かして、尻尾を盛んに振って、鼻息を荒くして一歩のめり出ました。
「俺達は、この森で商売がしたい」
「商売……それはどうしましょう」
困った顔をする子リスの頭を、どちらかが優しく撫でてやりました。
ふわっとしたり、するっとしたり、とても気持ちの良い感触でした。
「俺達は確かに商売が下手だ。でも知りたいのはそれじゃない」
「では、なんでしょうか」
「この森の生き物たちとの上手な付き合い方」
「そして、彼らが求めるものを知りたい」
「俺達にこの森のことを色々と詳しく教えてほしい」
「どうかお願いします」
二人は同時に髪に泥をつけてまでお願いしました。
「しかし……」
お母さんリスは暗い表情でうつ向きました。
「私は風の噂で、あなた方が今日この森で行った、信じられないような酷い仕打ちのことを聞きました」
二人はそれを聞いて、言葉を返すことが出来ませんでした。
「噂は真ですか?」
「真です」
「とても許されないことをしました」
思い返して、二人は胸が締め付けられるような、あるいは刺されたような、鋭いジクジクした痛みを知りました。
さらに涙がこぼれてきて止まりません。
子リスは二人から落ちてくる涙を避けながら、一生懸命に二人を慰めました。
「俺達は気が狂ったのか、いったいどうしてあんな酷いことを」
「俺達はこの罪をどう償えばいいんだ」
お母さんリスは二人の体をするするっと登って、頭を撫で巡り、地面に降りると優しく言ってやりました。
「まずは、きちんと謝りましょう。何事もそれからです」
「わかりました」
「みんなに謝ろう」
決めた二人は森を歩いて、アリンコと蝶と、それから傷付けた木にと謝って回りました。
リスの親子のおかげもあって、二人は何とか許してもらえました。
最後に、二人は湖へとやって来ました。
「タンポポさん。君にはさっき酷いことをした」
「俺達は美しい君の命を勝手に散らしてしまった」
二人は、二つに分かれたタンポポをそれぞれ胸に抱いて、子供みたいにワアワアと泣きました。
それをリスの親子は互いに寄り添って、遠くからそっと見守りました。
「これは、ほんのばかりのお詫びです」
「許してくれとは決して言いませんし思いもしません」
二人はタンポポを想いと一緒に地面に埋めると、ガラス玉や貝殻といったもので綺麗に飾りつけました。
そして二人並んで。
「ごめんなさい」
と、しっかり謝って。
「これからは全てを大切に生きていきます」
そう強く決心しました。
それから、幾年が過ぎました。
今や二人はあの湖の畔に店を構え、森の生き物たちを相手にうまく商売をやっています。
その店に初めに訪れたのはアルマジロで、彼はバットとヘルメットを喜んで買ってくれました。
彼はそれを、今もファッションとして楽しんでくれています。
ところで。
麗らかな陽気が心地良い、とある日のこと。
店の前の花壇に植えられたタンポポ達が、水をやりに来た二人に話しかけました。
「いつもありがとう」
「いや、こんなところに勝手に植えたりして」
「俺達は何だか申し訳ないよ」
「そう言わないで」
「お二人は私達が種の頃から毎日欠かさずお水をくれて、慈しみ、大切に育ててくれました」
「私達はお二人のこと好きよ」
その言葉を受けて、二人は顔を見合わせて照れくさそうに笑いました。
「俺達には君達が必要だ」
「君達を見ていると心が洗われ、元気になり、今日も一日頑張れる」
「私達は、お二人のおかげで毎日元気です」
「だからそれは、元気のお返しなのです」
「元気のお返しか」
どちらかは思いました。
誰かが何かを求めている。
どちらかは思いました。
誰かがそれを与える。
二人は思いました。
それは季節のように巡る。
ずっとずっとずっと、誰かの為に。
「商売っていいもんだ」
「うん。今日も頑張ろう」
意気込む二人を、タンポポ達は可愛らしく体を揺らして応援しました。
また、リスの親子が屋根の上で嬉しそうに微笑みました。