告白
暑さがさらに深まり、夜でも風は暖かい空気を家に吹き込んでいた。
近年はいつもより温暖化が増して、ヒグラシが増えて煩いほどに鳴き続けてる。
いつもこの時間帯は賑やかなバラエティー番組が始まるのだが、この日は不意に暗い雰囲気で番組内のセットがぐるりと映されて、ある特番が始まった。そこには、今日本で問題になっている児童のデカい写真が微笑ましい顔で掲げてあった。司会者紹介をしようと、カメラマンがズームした時にテレビ電源は消された。
「・・・なんで?おとぉちゃん、この話キライなの?学校のみんな、話しているよ?」
「・・・いいから寝ろ。明日から、また学校だろ!それとも寝坊して、大好きなおかぁさんに甘えて起して貰うのかな~。」
「違うもん!!」
「俺も仕事なんだ、解ったか?」
そう云われずも、その子はふて腐れて布団に入ったそうだ。
それから2年後の今、私はその子と相談に近いカタチで横に居座りながら話をしている。
「先生、んで、あの頃の特番憶えてますか?」
「うん、憶えているよ。」
「先生はどんな風に観てたんですか?」
彼の質問に、私は少し戸惑った。ただ出逢って数か月も経たないが、自分の過去をそれでもかと話してくれた彼に嘘をつけまいと本音で話すことにした。
「僕はね、あの時テレビを見ないようにしたんだ。」
「え?」
「嫌だったんだ。それが自殺した子の願いだとは想いたくなくて。」
「先生、嘘ついてない?」
彼は何が知りたいのだろうか。だけど、この話に触れた途端徹底的に討論したいと思った。
「嘘じゃない、本当に。」
「でも、たった2年前ぐらいじゃ情報量は今と変わんないと思うし、ネット使えば自然と出てくるでしょ。しかも先生は、知りたがりって噂だし。」
「『見てない』とは、言ってないさ。見ないようにしただけ。」
彼は不服そうに、結局『見てんじゃん』と言わんばかりに唇を尖らせた。それを感じた私は、息と唾を一気に呑み込み話を続けてみた。
「僕は嫌だった、腹立たしかった…。憎くて憎くて、恨みたいと思った。いじめた相手じゃない、何の迷いもなく命を棄てきることが出来た被害者の子を腹立たしく思った。可笑しいって笑われたことがあった。まぁそいつは結局勝手に遠ざかっていったから、捕り越し苦労したけど…。僕はね、単にいじめた奴だとか、学校だったとか、家庭だとか、担任だとかなんとかかんとか…そんな事で怒ってたんじゃない。僕だって死にたかったんだ。リストカットだって首吊りだって、オーバードーズだって何だってしてきてしまった。そして今、取り返しがつかないほどに痕が消えないで残っている。罪人が人を殺して、『死刑になるまで許さない』とよく聴こえてくるけど、死ぬより生きる方がどんだけ苦しいのか考えてみてほしい。何度刑務所に入るようなことをしても、罪を犯すのは…もしかしたら逆に世間からの目から避けるためじゃないかって思う。それより悪質なのは、自分は健全なんだって謳っている人の方がよっぽどタチが悪いよ。それに…」
「…せい!…先生!!しゃべりすぎっ。」
私は、何を曲がった考え方をしているのだろうか。彼に止められるまで、必死に自分の意見をぶちまけていた。そして、それがこれらすべてが正しいかのように平然としゃべる自分に腹が立った。
彼は突然そっぽを向いて、言葉にしてきた。
「…先生、だからいつも長袖なんですか。だからいつも、ちゃんと生きてるように見せてYシャツの第一ボタンもネクタイもキチンとしているんですか。本気で笑ってくれてないんですか?何のために俺は、先生に全部話したんですか。俺の腕の傷を見せてあげたんですか!俺は、もう誰かを亡くすのは嫌なんです。ただもうどうしていいかわからなくて、誰に相談していいのかわからなくて、いじめを見て止められない勇気のなさに腹が立って…いじめられているあの子をただ黙って看ることでしか出来なくなっていて!!!先生は、先生はそんな人間なんですか?!!」
彼の怒りに私は驚かされた。それは悪い意味ではない、いい意味で怖くなった。このボランティアとして参加させられた私が、いつの間にか信頼をされていて、そして問題解決をする提示者に移り変わっていた。そもそも、自分の意見を押し付けている時点で突き放されるのだが、どうやら彼は私が必要らしい。
私は鞄から紙と鉛筆を取り出して、ある文字を書いて彼の目の前で破り捨てた。
『大丈夫。』という文字を大きく書いた後に、まっぷたつに破いたあと粉々に裂いていった。
彼は何かを思い立ったように溢れ出しそうだった涙を拭いて、走り出した。
いや、泣きながらどこかへ向かおうとしていた。
私はあの子の苦しみを聴いてきたつもりはない。
それは彼自身が笑い話にすり替えて、苦痛を直接表現してこなかったからだ。
でも何があったかは知っている。よく見ていれば、毎日毎日違うことを実感させられる。
たとえ自分がいじめられてなくても、加害者の気分になったり被害者の気持ちになったりする。
たとえ問題解決しようとリーダーや組織の一人が絡んできても、それは解決しようがない。
この問題は、けっして一人では片づけられないことだから。
支えてくれる仲間がいなければ、一緒に乗り越えられる仲間がいなければ、問題というよりこの過程を乗り越えられないから…。
私はこれから色んな所へ脚を運ぼうと思う。
そして今は、学力よりも『生きることについて』を、彼とその子と私とで今どうでもいい事を休んで学んでいこうと思う。
こんなにも夏は、空が蒼いんだ。広いんだ。
それをまず、あの子たちに顔を上げさせて見せたいんだ。
きっと反感は買うだろう、だけどその中でもこうして生きている自分がいる。
前歴がない訳じゃない。
でも
とにかく今、私は走らなきゃ行けないのだ。




