004
特に問題なく街の中に入ることが出来てしまった。事前に俺のことは聾唖で通すようランザに頼んでいた。それが良かったのかもしれない。門兵はちらりと俺と見たっきり、後はランザと二言三言喋って金子のやりとりをしただけだった。
真っ先に靴を買うことにした。裸足で歩いている人間が誰もいないのだ。物乞いなどが居ないのは、街の環境管理が行き届いているからだろう。その結果としてミオとは街の外で出会ったのだ。もっとも彼女が人間だったらまた別の話になっていただろうが。
靴屋という括りがなかった。雑貨屋か武器防具屋、そのどちらでも靴は売っている。ランザは自分が履いているようなブーツを進めたが、藁を編んだ粗末な作りのを俺が選んだ。履き慣れているのが決め手となったのだ。値段も安い。これ大事。
次がウマシカ亭で、ひとまず腹ごしらえ。払ってある料金は一人分だけなので、食べたのも俺だけ。ランザは正面の椅子に座って木製のコップで水を飲んでいる。気にしている様子はなさそうだ。俺も気にしないことにした。
「で、アテはあるのか?」手持ちぶたさになったのか向こうから話しかけてきた。声を潜めている。どうやら亜語を不用心に使わないほうが良さそうだ。靴を買うときも、俺に口を開くなと言うぐらいだった。
「食い終わったら騎士団のところへ行ってみようと思う。宿所か何かあるんだろ?」今までの経緯を伝えたのち、パンをちぎりながら言った。とにかく堅いので難儀している。スープに浸して食べるものらしい。
「街の南西に奴等のねぐらがあるぜ。だが行ってどうする? なんと言う?」
「かくかくしかじかで、ミオさんはご在宅でしょうか」
「本気で言っていんのか」
呆れられちまった。つまりランザも、そこにミオが居ないだろうと疑っているのだ。
「ミオは何かしら厄介ごとに巻き込まれたと思うんだが」満腹になって俺が言った。あまり腹に入らなかった。体が小さくなったからだ。
「だろうな」当然と言わんばかり。「じゃなきゃ獣人があんだけの金を持っているわけがない」
「その金と引き替えに、何を差し出したと思う?」
「暗殺か身代わりだろ」
「え?」
「……なんだと思ってたんだよ?」
最悪の場合でも、ロリコンの餌食ぐらいかと。「いや、まあ、……身代わりっていうと、代わりに罪をかぶるという意味かな?」俺はスープやパンの皿を彼にやった。まだ半分近く残っている。残すのは教えに反する。仏教の、ではなく人道である。
ランザは無言でパンを口にして、頷いた。「在留している騎士団なんだが、こいつら評判悪くてな。まあ罪の一個や二個あったとしても不思議じゃない。それをまとめてかぶせるつもりかもな。だがな、だとして、案外悪い話じゃないのかもしれん」
「良い話だって?」
「良しとまではしないが、獣人が罪に問われた場合、大抵は戦地に送られる。つまりは兵隊だ。三食ちゃんとついて、場所にも寄るが寝床も確保されると聞く。罪をかぶる代わりに出立金を求める獣人も、少数ながら確かに存在するそうだ」
「本当かよ。それで仮にそうなった場合、ミオを弁護できる者は居るか?」
「やろうと思えばおまえがやれば良い。ただ誰が弁護しようがしまいが、結果は変わらんだろう」
「それは彼女が獣人だから? それとも相手が騎士団だから?」
「獣人だからだ」極めて平静に言った。表情に変化がない。この短い時間で、俺がミオを気に入っているのを覚ったからこその反応に違いなかった。人の機微に聡いのだ。俺が嫌がることを知っている。
「あなたを雇って良かった」本心からだ。
「よせよ。まだ何もやっちゃいない。で、どうするつもりだ。まさか本当に騎士団の所へ行くのか?」
「あたりきよ。見ておきたいしな」
「敵を、見ておきたいということか」ランザがあごを引いた。目に警戒がある。
「まさか」と俺が笑った。「言葉通りの意味さ。観光と思ってくれていい。そもそも、俺に敵などおらんよ」
「たいした自信だな」俺の思惑通りには受け取ってくれなかったようだ。「なあ、これは提案なんだが」
「ん? ミオを探す良い方法が?」
「いや、そのミオを忘れるってのは駄目か」遠慮がちに聞いてきた。「俺も昔、獣人に命を助けられたことがあってな。だから出来るだけ彼等の力になってやりたいとは思っているんだが、本当に騎士団が獣人を身代わりに立てようとしているのなら、俺たちに出来ることなんて何もない。よしんぼ獣人を助けることが出来たとして、そうなったら街を追われるのはおまえだぜ、坊や。獣人に育てられたのかもしれないが、人の社会から孤立してまで助けるほどの恩と言えるのか。いや、あの獣人は人の社会に戻すために、教会に保護をして貰うよう坊やに伝言を残したんじゃないか? そのためにギルドに行ってまで冒険者を雇ったんだろう」
「……ギルドに行ってまでって、何だか大袈裟に言い方だね。それとも、獣人がギルドに行くってのは、大事なのかな」
「そうだ」ランザが俺の目を見て言ってきた。「事実、ずいぶんとなじられていたぜ」
「ランザさん、あなたいい人だな」
「は? ちょっと待てよ。今の話を聞いてなんでそんな感想が出てくるんだよ」
「いちゃもんをつけられている彼女の依頼を受けたんだろう? ひんしゅくを買うのを承知して。その上、獣人を探したいという俺の依頼にものってくれた」
「そんなんじゃねえよ。金のためさ」
「テレるなよ。事実だ」だからこそ心苦しい。
「うるせえ」ランザは顔を背けて言ったのだった。「……詳しい事情は知らない。だけどよ、もう一度言うぜ。それほどの恩なのか?」
「約束しちまったんだ。俺の奢りで飯を食おうって。理由としちゃ上等だろ」
へっ、とランザが鼻で笑った。「馬鹿らし」
食後に茶らしきものがついてきて、それを飲み干すと、どちらからともなく俺たちは立ち上がった。
街の中央に教会がでんと鎮座しており、車座になって店が建ち並んでいる。ウマシカ亭もそこの一角で、騎士団本営に行くのに教会を横切った。神父らしきと修道女らしきが教会の前で演説している。ランザに解説を頼むと、来たる終末に向けて免罪符はいかかですかという営業だった。横目で見ながら通り抜けた。「俺も持っている」とランザが自分の胸を叩いた。持ち歩いているらしい。顔が自慢げなのだった。
ほどなく本営が見えてきた。周りを木の柵で覆い、入り口には兵士が突っ立ている。奥のほうに拠点となる住屋があってこれが一番でかい。その手前にも柵があり、そのまた手前となって天幕が多数張られている。煙がそこかしこから上がっているのは、焚き火に鍋をかけているからだ。三十五……六人、七人。目に入る範囲でこれだけの人数。肌着は統一されているみたいだが、鎖帷子を着込んでいるのといないのでばらばら。ただいずれも帯刀、あるいは座り込んだ近くに剣を置いていた。
「中に入ることって出来るかな?」周りに人がいないのを確かめて俺が言った。
「難しいだろうな。なにせ理由がない。入り口はそこだけで、入ろうとすれば止められるぜ。何用か、って」
「社会見学」
冗談のつもりだったがランザが考え込んでしまった。「いや、やはり無理だろうな」
「地元の人間として兵士をねぎらいに来た」調子にのって俺が言った。
「それもどうかな。手土産でもあれば別だろうが」
「入団しに」
「子連れでか? 駄目だ駄目だ」
「近くに魔物の群れが居たの。怖いよぉ」
「嘘がばれた後が怖いな」
「暗殺依頼」さらっと言ったつもりだ。
「……」
「これって当たり前にあることなの?」
「……隊長次第だろうな。俺も元は王国兵士をやってて、ある街に駐在していたことがあったが、うちの隊長は堅物だったから賄賂でも受け取ろうもんなら首が飛んだぜ」
「でもここの騎士団は評判悪いらしいね。具体的にはどんな悪評が?」
「ツケの踏み倒しやら酒場での乱闘騒ぎやらだな。しかしさすがに暗殺を請け負っているなんてのは、噂でも聞いたことないぜ」
「嘘」
「嘘じゃねえよ」唾を地面に叩きつけて言った。不機嫌になっている。そのままじっと本営を見つめていた。俺の視線をかわしているのだ。
「暗殺か身代わり、そう言ったよな。何かを知ってるんじゃないの? だからぽろっと口から出たんでしょ」
「そんなこと言ったか」
誤魔化すつもりだ。さて、どうしようか。報酬を餌にするのは論外だな。つけあがられちゃあ困る。暴力に訴えても返り討ちがオチだ。なにせ大人と子供。もっとも立場が逆だとしてもそういった手段には出たくない。なんたって気分が悪い。残った手札としては同情を誘うぐらいだが、一枚切ると二度と使えない可能性があるため迂闊には場にさらせない。お手上げかな。
「……本営の場所はわかった。じゃあ次行こうか」
「良いのか?」拍子抜けした顔でランザがこちらを見てきた。ちょっと間抜けすぎやしないか。自白しているようなものだぞ。とはいえ核心に迫れば口を閉じてしまうだろう。時間が限られている以上、無駄にはできない。
ちょうど短針が七を指す位置の本営から、時計回りに街を探索していった。ランザが言うほど大きい街ではない。一時間足らずで、六を位置する入り口まで見て回ることができた。気になった点がいくつか。
「娼館がないんだね」これは少し意外だった。なんたって最古の職種のひとつだ。しかし人口を考えれば店舗を構えてまで商うのは無理があるのかもしれない。あるとしたら夜鷹が精々だろう。
「……まだ早い」
苦々しく言ったのを聞いて俺が動揺した。しくじりを認めたのだ。そういやぁ、ガキだった、俺。「いや、ほら、もしかしてミオがさ……ねえ?」
「言いたいことはわかるがな」
「……で、やっぱ居ないの? 娼婦って」
「居るには居るが、組織だってやってるわけじゃない」
「………?」
意味がわからなかった。それをランザはわかっていた。つまり、とランザが言う。
「本職を持っている人間が片手間にやる程度の娼婦は居る。後は楽団がたまに来るから、それぐらいだな」
楽団員が娼婦を兼ねているという意味だろう。「ふぅん。ちなみにそれって倫理的にどうなの?」
「良くはないんじゃないかな」
そりゃ良くはないだろう。言葉を濁したところから察するに、こいつ利用したことがあるな。
「流れ者が、わたし娼婦やりまーす、つって街角に立ったらどうなる?」
「わざわざ騎士団が出てくるほどではないと思う。女同士で縄張り争いするのが精々じゃないか。それとな、もしそうと心配しているのなら、獣人だ、すぐ噂になるぜ」
「過去にそういった噂は?」
「ない」
安心した。次の話題に移る。「この街の権力者って誰になるの? 領主的な人が?」
「そうだな……一番となると難しいが、現在この街では三人の大物が睨み合っている状態だな。一人は騎士団の隊長。一人は教会の司教。一人は領主」
「宗教者がときに権力者と対立するってのは、世にままあることだけど、騎士団と領主は一枚岩じゃないの?」
「騎士団は王国からの派遣兵だからな。領主は武力を持つことを国王に禁止されているんだ」
「ちゃんと守ってるの、その禁止令」
「身の回りの警護という名目で小規模な私兵は居る。ぎりぎりで黙認されているようだな」
「湖を背にしてお屋敷があったけど」
「そうだ。そこが領主の住屋だ」
「この三人の中で、獣人に対して理解があるのは誰?」とりあえず言ってみた。
「誰も居ない、と言わざるを得ないな」
「そう」期待していなかったので落胆はなかった。「次は教会かな」
「保護して貰いに行くのか?」
「まさか」
「だよな」やや期待外れという顔をした。「じゃあ何しに」
「教会には亜語を使える人が居るんでしょ?」
「知らないな。なんでそう思う」
「なんでって、ミオが教会に保護して貰えって伝言を残したからだよ」
「獣人が、教会に居る亜語を使える者に渡りをつけたと? それはちょっと考えにくいな。セフィロ神に仕える彼等が、獣人の言葉を使えたとしても、獣人の言葉を聞くとは思えない。単純に、行けってだけじゃないのか。行って自分で保護して貰えと」
言われてみればそうなのかもしれないし、俺が思っているよりもずっと、人間と獣人の間にある溝は深井のかもしれない。
「期待できないのはわかった。それでも一応確かめてみたい」
「どうやって? 亜語を使える者は、と挙手を願っても、手をあげてくれるとは思えないが」
「亜語でセフィロ神を罵倒するってのはどうかな。しかめっ面したら俺の勝ち」
「何を言っているかわからないにしても、亜語を使っているぐらいはわかるだろうよ。その時点でしかめっ面さ」
「なら褒め称えるのは? 笑顔になったら俺の勝ち」
「……どこまで本気なんだ?」
「さて」俺が破顔して答えた。「そこんとこ、俺もよくわからない」
西日を顔に受けてランザが考え込んでしまった。地面に落ちた民家の影に、ランザの首から上が乗って生首の影絵が出来上がっていた。不吉の象徴ではなく、俺は得体の知れない生物を見たかのようにぼんやりと眺めていた。
「宿に行こう」いきなりランザが言ってきた。「空いているとは思うが、部屋を二人部屋にして貰うなら早めに言っておいたほうが良い」
異論はないが、積極的に賛成はできなかった。何故か時間稼ぎに思えたのだ。しかしランザがそうするだけの理由を思いつけず、従うことにした。