アズの村へ その2
晃一は乾いた岩の上に腰掛けると、沼をぼんやりと眺めながる。
(初めて説明を聞いたときは、どこの夢物語かと思ったけど……)
実際に来てしまうとなると、ただの夢物語では済まされない。
うっかり危険なことをしでかせば、確実に自分の命に関わるのだ。
(本当にアイツを見つけられるのか?)
いるのかどうかもわからないのに……という考えを無理矢理うち消して、晃一は再び立ち上がる。
自分もまた休息が取れた。
あまり長居すると、アズの村に辿り着けなくなる恐れがある。
「沼の主さま。お邪魔しました」
沼に向かって挨拶をした後、彼は沼からジュデイボの入った袋を引き上げた。
袋は水分をたっぷり含んで重くなっている。
「あれっ?」
下の方を見てみると、紐のようなものがくっついていた。
確認の為引っ張ってみると、やはり紐だった。
しかも、袋に小さな穴が開いている。
(まさか!)
慌てて袋の中を覗いてみると、ジュデイボは逃げ出してはおらず口をパクパクと動かしていた。
道は森を抜け、分岐する事なく伸びている。
周辺には点在する木々と野原と大空が広がっていた。
しかし、晃一は未だに村らしいものどころか人の姿も見てはいない。
晃一はいったん立ち止まると、周囲を見回した。
(こっちで良いはずだよな……)
なんとなく方向を間違えているのではないかと疑いたくなるが、目印になるようなものはない。
結局、彼は経験不足ゆえの戸惑いが残る直感に従うしかない。
『こことアズの村を往復して、よく考えてみるといい』
宿屋の主人が言った言葉を思い出し、晃一は溜息が出てしまった。
(ただ歩いているだけなのに、随分気を付けなきゃならないことが多いんだな)
親友もこんな気持ちで旅をしたのだろうか。
そう考えつつも、親友は猪突猛進型だった事を思い出した。
(だめだ。勢いに任せて行動するアイツしか思いつかない……)
そしていつの間にか、親友はとんでもない事に首を突っこんでいるのだ。
晃一はそっちのほうが当たっているような気がした。
(……あれ?)
彼はこの時、前方に二つの人影らしいものを見付ける。
それはこちらに向かって移動していた。
(ボルボロアさん以外で、初めてこの世界の人と会うんだ!)
旅行会社からは初心者専用宿屋の主人以外には、自分たちが異世界から来た事を知られないようにするよう何度も念を押されている。
(とにかくアズの村への道を確認させて貰おう)
どんな風に話しかけるのかを頭の中で何度もシュミレートを行う。
道の向こうからやって来るのは、釣り竿のようなものを持った老人と小さな子供だった。
その二人が晃一の存在に気が付く。
晃一はいよいよだと思い言葉を発しようとした時、子供の方がいきなり彼に駆け寄った。
「兄ちゃん。何処の水場に落ちたんだ?」
急に話しかけられて、晃一は言葉に詰まる。
(水場って……、袋が濡れているからか?)
水場には落ちていないと訂正するべきかと思ったが、老人の方が発言が早かった。
「ケイン。いきなり失礼じゃぞ。
その人の場合は荷物が濡れているだけじゃ」
しかし、子供は怒ったかのように反論した。
「荷物でも何でも、こんなにも濡れているんだ。絶対にこの兄ちゃんは"ニゲヌマ"に居たんだよ」
その断言に老人は晃一を疑わしそうに見る。
晃一の方は話が全然分からなかった。