アズの村へ その1
平原の道を一人歩く。彼の他に人の姿は無い。
たまに鳥が大空を飛ぶ。
ついでに何か光るものも飛んでいた。
晃一は歩いている途中で何度も見かけたが、変な光という事くらいしか分からない。
(ボルボロアさんなら知っているかな?)
しかし、彼にものを尋ねる事になれば対価を支払わないとならない。
(吹っ掛けられたら、それだけ重要なことなのだと思って聞くのを止めた方がいいな……)
そんなことを考えて、晃一は苦笑してしまった。
かなり異様な状態に置かれているというのに、既に馴染みはじめている自分がいる。
(……)
袋に担いでいるジュデイボは、時々大きく身体を動かしていた。
道は平原から森へと伸びていた。迂回するにしても森の規模が分からないので、晃一はそのまま歩き続けた。
陽の光が結構入っているので、そんなに暗いという印象は無い。彼は心の中で危険な動物に遭わない事を祈った。
ところが、災難は彼を見逃す事なく降りかかったのである。
魚が袋の中で動かなくなったのだ。
心配になって袋の中を覗いてみると、ジュデイボはピクリとも動こうとしない。
(もしかしてヤバイのか!)
晃一は慌てて袋を担ぐと、今度は歩調を早める。
水場を探すべきかアズの村を目指すべきか。
彼は迷っていた。
ジュデイボという魚に関しては何の基本情報も持っていないので、どれくらい無茶が出来るか見当がつかない。
(水筒を用意するか、バケツを使って移動するべきだった)
焦りと不安で気が重くなってきた時、いきなり目の前に小さな沼が現れた。
道が左に大きく曲がっていたのだが、それはこの沼を迂回していたのである。
(焦りすぎて全然気がつかなかった……)
晃一は苦笑してしまう。
『土地の人に許されている事でも旅行者には駄目なモノがある。
見知らぬ場所では常に謙虚に振る舞う事』
祖父はよくそう話した。
(そういえば、じいちゃんに会いに行っていないなぁ)
その教えを彼は実行する。
「え〜っと、沼の主さま。失礼します。
ジュデイボを少し休ませてください」
居るのか分からない水場を支配する者へ挨拶をすると、彼は腰掛けるのによさそうな岩場へと移動した。
足場を確認しながら、彼は袋ごと魚を水に浸ける。
途端に、ジュデイボは水しぶきをあげた。その音が沼に響く。
近くに生き物がいる気配も感じられない。
沼地は静かすぎるくらい音のない世界だった。
こうなると、元の世界なら不思議な雰囲気の沼ということで済む話でも、異世界ともなると本当に沼の主が実体を伴って出てきかねない。
一気にホラー映画のエキストラのような気持ちになる。
ジュデイボは水を得て悠々と袋の中を泳いでいた。
沼は木漏れ日を受けてキラキラと輝いている。
(もうすぐ昼かな?)
持っていた腕時計は異世界に来る前に外したので、晃一には時間を確認する術がない。
(……)
何をすれば良いのかという事すら、今の彼には判断しかねた。
『異世界へ行くというのは、それこそ最初から何の保証もありません』
彼は不意に、旅行会社側の説明を思い出す。
最初はいい加減な事を言う担当者だと思っていた。
だが、実際に来てみると相手は本当のことを言っていたのである。
異世界名・オムニアム。
ここは"外"から来た人間に安全を約束できるような場所ではなかった。