初心者専用宿屋 その4
奇妙な味付けの朝食を終えると、晃一はジュデイボのいるバケツに近付いた。
魚は窮屈そうにバケツの中を泳いでいる。
バケツに水を入れたまま運ぶという事に、彼は既にウンザリしていた。
そこへボルボロアがやって来て、魚を編み目の袋にいきなり入れたのである。
「兄ちゃんのところはどうだか知らないが、ジュデイボは水の外に出しても平気で生きている。
これだけの大きさなら、たまに水の中に入れるだけでアズの村まで大丈夫だ」
袋は水の重さも加わって、かなり重い。
しかし、バケツを借りて移動するよりは楽である。
「ありがとうございます」
そう言って、晃一は袋を受け取った。
「夜に出歩く生き物は昼のよりも危険なのが多い。
もしアズの村を出るのが夜になりそうなら、村長に頼んで泊めてもらえ」
「わかりました」
「あいにく地図のような便利なものは、町に行かないと手に入らない。
少し遠回りだが道を外れないようにしろ」
村へ行くための注意を受けながら、晃一は簡易的な食料を手渡される。
小さくまとめられた食料は、結構な重さがあった。
「色々とありがとうございます」
二度目の礼を言うと、ボルボロアは笑いながら晃一の肩を軽く叩いた。
「兄ちゃん、頑張れよ。
とにかく“外”へ戻るには専用の宿屋を経由しないとならないから、まずはちゃんと戻って来い」
「はい」
晃一は宿屋を出るとボルボロアの指さす方向を見る。
今は霧も出ておらず、アズの村がある方向には平原が続いていた。
「一応、短剣を貸しておく。お守りとして持っておけ」
それは、木で作られた鞘に入っている短剣だった。
晃一が試しに抜いてみると綺麗に磨かれた刀身が現れる。
(あれっ?)
彼は短剣をじっと見た。
一瞬だけ何か模様のようなものが見えたような気がしたからである。
しかし、改めて見直してもそのようなものは見当たらない。
「兄ちゃん。目利きかい?」
「いえ、違います。すみません、短剣が珍しかったので見取れていました。
では行ってきます」
晃一は慌ててアズの村へと歩き出す。
その姿を見て、ボルボロアは苦笑いをしながら頭を掻いた。
「あの兄ちゃん、ヤバイ奴に目を付けられなきゃいいが……」
そう呟いた後、彼は宿に入る。
しばらくして、『霧の中でビックリ亭』の周辺に白い煙が掛かり始めた。
それは霧のように周囲に広がり、ついには宿屋を覆い隠す程になる。
(えっ……)
映像の早回しのような現象に、晃一は何事かと思ってしまう。
この時、彼は自分が霧の発生に関するメガにズムについて詳しくないことを残念に思った。
だからといって、この世界で自分の知識がどれほど役に立つのかは分からないのだが……。
とにかく道が消えたわけではないので、彼は村を目指すことにした。
ちなみに袋の中のジュデイボは、結構元気に暴れている。
服が濡れることに関しては、諦めの境地だった。
(旅の仕方と地図の書き方も知っておいた方が良いのかな……)
元の世界に戻ったら、速攻で図書館へ行こうと心に誓う彼であった。