初心者専用宿屋 その2
テーブルの上には美味しそうな料理が用意されていた。
「一応、“外"から来た人間が食べても大丈夫だ」
宿屋の主人の言葉に、晃一は驚いてしまった。
「この世界では危険な食べ物があるのですか?」
相手はその問いに曖昧に頷くと、まずは食事を取れと言ったのだった。
彼は席に着き、出された料理を口にする。
宿屋の主人は晃一とテーブルを挟んで前の席に座った。
お腹が空いていたので、彼は宿屋の主人の視線は気にならなかった。
(これはパンに似ている。こっちは肉だけど、香辛料がキツイな……)
何だか料理番組の解説だなと思いながら、晃一は料理を味わう。
「兄ちゃんを脅かすようで悪いが、これも仕事だから我慢してくれ」
そう言いながら、彼は晃一から預かっていた腕輪をテーブルの上に出した。
「この世界は兄ちゃんの常識が部分的に通じない場所だ。そこを旅するというのは運が悪ければ野垂れ死ぬ事もある。
さっきの水汲みは、兄ちゃんの人柄を見る為の一環だ」
人によっては宿屋の主人を怪しみ、そのまま何処かへ行ってしまう人間がいるらしい。
宿屋の主人はそんな説明をした後、『霧のボルボロア』という通り名を晃一に教えた。
「この腕輪には兄ちゃんの個人情報が入っている。
そしてオレから見ると、兄ちゃんは普通の人間だ。
ここでは初心者専用宿屋では腕輪の情報を読み取って、良しとした人間に世界を旅する許可証を与える仕組みになっている。
さっき専用の道具で許可証を組み込んだから、兄ちゃんの人柄はこのオレが保証したということだ」
にやりと彼は笑う。
晃一は食事を取りながらも、何か嬉しくなった。
この世界に来る前に色々と感じていた不安が、少しだけ和らぐ。
宿屋の主人は言葉を続けた。
「兄ちゃんは運がいい。
ボルボロアの名の入った許可証は滅多にない」
「そうなんですか」
「何せ、この宿しかやってない」
晃一は笑って良いのか分からず、苦笑いしながら食事を続ける。
異世界の食べ物は少し癖があった。
食事の時間が終わり、ボルボロアが食後の飲物を持ってきた。
その綺麗な青に、晃一は飲むのを一瞬ためらう。
しかし、彼は宿屋の主人が変なモノを作るとは思わなかったので、思い切って口にしてみた。
コーヒーよりも苦い飲物だった。
晃一は思わず顔を顰める。
「苦かったか?」
「はい」
「そうか。よく知り合いからオレの料理は変だと言われる」
そう言って、ボルボロアは豪快に笑った。
「一応、“外"との取り決めでこれから幾つか質問をする。
嘘を混ぜるから、その都度訂正してくれ」
「わかりました」
相手の真剣な様子に、晃一は胃に重いものを感じながら答えた。
「名前はスミノエ コウイチ」
「そうです」
「年齢は35歳」
「17歳です」
既に嘘の領域を超えた質問である。
「異世界に渡る理由に友人を探すと申告したらしいが、そいつは行方が分からないのか?」
改めて尋ねられて晃一はどう答えようかと迷った。
自分でも何が本当の事なのか分からない所があったからだ。
「この世界から戻ってきた記録が無いと言われました」
ボルボロアは書類に目をやりながら、自分の推測を口にした。
「戻れなくなったのか、戻る気がないのか……」
この言葉に晃一は表情を曇らせたのだった。