アズの村 その1
沼に逃げられた以上、その事を村人に伝えなくてはならない。
フォドはガッカリした様子でアズの村へと晃一を案内する。だが、案内される方は憂鬱を通り越して、得体の知れない恐さを感じていた。
(いったいどうなるんだ?)
晃一には逃げる理由はないが、どう見てもトラブルの渦中に首を突っこむことになる。しかし、ジュデイボを置いて、次に何処へ行けというのか。
(ここで俺が逃げたら、フォドさんにも迷惑がかかる)
とはいえ、この世界に来る前に旅行会社の担当から「危険を察知したら、とにかく逃げてください」と念を押されている。
(とにかく最初から逃げることを前提にする必要はないはずだ……)
そう自分を納得させたとき、フォドが立ち止まって遠くの方を指さした。
アズの村が見えてきたのである。
二人が村に入ると、ケインを先頭に村の子供たちが近寄ってきた。その子らの親であろう大人たちが、不安げに二人を見ている。
「フォドさん、兄ちゃん。ウロコは見つかった?」
何かを期待しているような子供たちの眼差しに、晃一の胸は痛む。
「それが、沼に逃げられてしまったあとじゃった」
フォドは包み隠さず答える。途端に子供たちはガッカリしたように俯く。中には泣きだす子もいた。
「それじゃ、村長さんとお別れなの?」
「明日、恐い奴らが来るんだろ」
「お父さんも連れて行かれちゃうの?」
子供たちの言葉に、晃一は村の状況が自分の想像以上に深刻なのだと悟った。役人に口頭で怒られるだけという問題ではないのだ。
「フォドさん……」
「コーイチは気にせんでいい。これはワシらが何とかしなくてはならない問題なんじゃ」
そういって彼は晃一を村長と引き合わせた。
この村の村長は穏やかそうな老人だった。しかし、その表情は何かを諦めた印象を受ける。
「フォドさん。やっぱり沼は無かったか」
「あぁ、逃げられてしまった」
「そうか。そんなにも都合よく『逃げ沼』がワシ等の前に現れるわけがないか……。だが、おかげでスッキリとした気持ちで罰が受けられる」
村長は晃一の方を見る。
「旅の人にもご迷惑をおかけした」
そう言って深々と頭を下げられて、晃一は言葉につまってしまった。仕方がないとはいえ、すれ違いのようなタイミングで希望を失った人々を見るのは辛い。
「旅の人の魚はこっちじゃ」
大きな四角い木の桶には水が注がれており、覗いてみるとジュデイボが悠々と泳いでいる。彼は半分ほっとしながらも、村人と言葉を交わせるわけもなく個性的な顔だちの魚を見続けた。
ジュデイボはというと、ときどき口を大きく開けて咳き込むかのような仕草をする。
そのうち魚の口から何かが飛び出した。
「?」
晃一は水の中に手を突っ込むと、それを拾う。
「指輪?」
小さな宝石と精密な細工が施されており、一目で高価なものだということが分かる。
「エサと間違えたのか?」
悪食にもほどがある。しかし、そういう習性の魚なのかもしれない。とにかく消化できないものを体内に入れては魚は弱ってしまうだろう。晃一はジュデイボの尾びれ付近を掴むと、思いっきり魚を逆さにした。
そして指を口につっこむ。
「とにかく吐け!」
彼の行動に子供たちが興味深げに近付く。
ジュデイボは暴れたが、その反動で口の中からキラキラと光る石が出てくる。一個出てくると魚は腹に溜めていたものを次々と出し始めた。
そして最後には、この身体の何処に入っていたのか疑いたくなるような、板のような形の真っ赤な石が吐き出される。
「赤竜のウロコだ!」
その様子を見ていた大人が叫ぶ。
晃一は思わずジュデイボの顔をまじまじと見たのだった。