表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

2択

夜は、静かだった。

その静けさが、不自然だった。

室井は車を降り、携帯の画面を見る。

同時刻に入った二件の通報。

——繁華街の雑居ビル。人質立てこもり。

——郊外の住宅地。放火の予告。

発生時刻は、ほぼ同時。

「……来たか」

低く呟く。

その時、別の通知が入る。

非通知のメッセージ。

「どちらか一つを選んでください」

画面に続く一文。

「両方は救えません」

室井の表情が固まる。

数分後。

現場近くの路地。

鷹宮がすでに立っていた。

「想定より早かったですね」

落ち着いた声。

室井は画面を見せる。

「お前にも来たか」

「ええ」

短く頷く。

沈黙が落ちる。

サイレンの音が遠くから響いてくる。

室井が口を開く。

「時間はない。どう見る」

鷹宮は少し考え、言う。

「構造としては明確です。

 二つ同時に発生させることで、リソースを分断する」

「陽動の可能性は」

「あります。ただし——」

一拍。

「どちらも“本物”である可能性が高い」

室井の眉がわずかに動く。

「根拠は」

「選別が目的だからです」

静かな声。

「どちらか一方が偽物であれば、選択の意味が薄れる」

室井は即座に理解する。

——どちらも救う価値がある。

だからこそ、選ばせる。

「……時間は」

「残り十二分、といったところでしょう」

腕時計を見て答える。

室井は目を閉じ、一瞬だけ考える。

繁華街のビル。

人質の数は多い可能性。

郊外の住宅。

逃げ遅れがいれば、致命的。

どちらも“正解”になり得る。

そして、どちらも“失敗”になる。

「分担する」

室井が言う。

「私はビルへ行く。お前は住宅地へ」

鷹宮は首を横に振る。

「間に合いません」

「何だと」

「距離と状況から見て、単独対応ではどちらかが確実に遅れる」

淡々とした説明。

「それに——」

視線を上げる。

「これは“分担させない設計”です」

室井は黙る。

理解している。

——どちらか一方を“自分で選ばせる”。

それが今回の本質。

「……なら、お前はどうする」

鷹宮は少しだけ考え、答える。

「私は、住宅地を推します」

「理由は」

「火は制御が難しい。被害が拡大しやすい」

合理的な判断。

「ビルは交渉で時間を稼げる可能性があります」

室井は視線を落とす。

正しい。

だが、それで全員が救える保証はない。

沈黙。

鷹宮が静かに続ける。

「最適解は存在しません」

その言葉が、重く落ちる。

「選ぶしかない」

室井はゆっくり顔を上げる。

「……ビルに行く」

鷹宮は表情を変えない。

「理由を伺っても」

「人質の数が多い可能性がある」

一拍。

「救える人数が多い方を取る」

鷹宮は頷く。

「理解できます」

否定はしない。

ただ、続ける。

「では、住宅地は捨てることになります」

室井の表情がわずかに歪む。

「……ああ」

その一言は重い。

鷹宮は視線を外す。

「承知しました」

静かに言う。

「私は住宅地に向かいます」

室井が顔を上げる。

「分担は無理だと言ったはずだ」

「ええ」

「ならなぜ——」

「選択は、あなたのものです」

鷹宮は穏やかに言う。

「私の行動は、別です」

室井は一瞬だけ言葉を失う。

鷹宮は続ける。

「どちらにせよ、全ては救えません」

その事実を、否定しない。

「ですが、試す価値はあります」

わずかに視線が柔らぐ。

「あなたの選択も、私の選択も」

沈黙。

サイレンが近づく。

室井は短く頷く。

「……生きて戻れ」

「できる限り」

鷹宮はそれだけ答え、背を向ける。

二人は別々の方向へ走り出す。

繁華街。

雑居ビルの前は騒然としていた。

規制線。野次馬。警官。

室井は中へ入る。

「状況は」

「三階に立てこもり。人質は五名以上」

予想通り。

時間はない。

室井は階段を駆け上がる。

扉の前で止まる。

中から声。

不安定な男の叫び。

「来るな!」

室井は扉越しに声をかける。

「話をしよう」

時間を稼ぐ。

一秒でも長く。

一方、住宅地。

炎がすでに上がっていた。

鷹宮は足を止め、状況を見る。

「……想定以上ですね」

火は広がっている。

近隣にも延焼の危険。

中に人影。

迷う時間はない。

鷹宮は上着を口元に当て、そのまま中へ入る。

煙。熱。

視界は悪い。

奥に、小さな影。

子供。

動けない。

鷹宮は躊躇せず抱き上げる。

出口へ向かう。

だが——

天井が軋む音。

崩落。

進路が塞がれる。

鷹宮の足が止まる。

一瞬の判断。

別ルートへ。

煙の中を進む。

呼吸が浅くなる。

「……大丈夫です」

子供に、静かに言う。

その声だけが、妙に落ち着いていた。

同時刻。

ビル三階。

交渉は続いていた。

室井は男の言葉を一つ一つ拾う。

焦り。恐怖。混乱。

「——俺は悪くない!」

「分かっている」

否定しない。

「だが、このままでは状況は悪くなる」

時間を引き延ばす。

少しずつ距離を詰める。

その時——

携帯が震える。

一瞬だけ視線を落とす。

メッセージ。

「住宅地:臨界」

室井の目が揺れる。

一瞬だけ。

だが、その一瞬で十分だった。

男が動く。

ナイフが振られる。

室井は間一髪でかわし、取り押さえる。

床に押さえつける。

呼吸が荒い。

人質は無事。

だが——

室井の意識は、別の場所にあった。

やがて。

炎は鎮火した。

担架が並ぶ。

救急隊の声。

鷹宮は外に出ていた。

咳をしながら、子供を引き渡す。

「大丈夫です。意識はあります」

淡々と説明する。

その場に座り込む。

空を見上げる。

黒い煙が、まだ残っている。

足音。

室井だった。

二人の視線が合う。

しばらく、何も言わない。

やがて室井が口を開く。

「……何人だ」

鷹宮は少し考え、答える。

「一人、間に合いませんでした」

その事実だけを言う。

室井は目を閉じる。

短く息を吐く。

「ビルは、全員無事だ」

鷹宮は頷く。

「それは良かった」

それ以上は言わない。

沈黙。

風が吹く。

やがて鷹宮が言う。

「今回の選択、どう評価しますか」

室井は答えない。

すぐには。

時間を置いて、言う。

「……正しかったとは言えない」

「はい」

「だが、間違いだったとも言えない」

鷹宮は静かに聞く。

「一人を捨てた」

その言葉は重い。

鷹宮は否定しない。

「事実としては、そうなります」

室井は拳を握る。

「だが——」

顔を上げる。

「次は、両方取る」

鷹宮はわずかに目を細める。

「それは、難易度が高いですね」

「分かっている」

「ですが」

一歩、近づく。

「不可能ではありません」

室井が見る。

鷹宮は続ける。

「今回、相手は“二択”を提示しました」

「次は、その前提を崩せばいい」

室井の目が変わる。

「……どうやって」

鷹宮はわずかに視線を上げる。

「構造を、逆に利用します」

一拍。

「相手に“選ばせる”状況を作る」

その言葉の意味が、ゆっくりと浸透する。

その時。

室井の携帯が鳴る。

新しいメッセージ。

「興味深い選択でした」

短い一文。

続けて、もう一行。

「次は、あなたが選ばれる側です」

室井と鷹宮、同時に画面を見る。

沈黙。

やがて鷹宮が言う。

「……来ますね」

室井は携帯を握りしめる。

視線は、前を向いている。

夜は、まだ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ