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証拠なき罪

雨は、まるで街の記憶を洗い流そうとしているかのように降っていた。


元警視庁捜査一課の室井慎次は、駅前の雑踏を抜け、安いビニール傘を差したまま立ち止まっていた。

その目は鋭さを残しながらも、どこか濁っている。


警察を辞めた理由は単純だ。

部下の暴走、証拠の捏造。

その責任を押し付けられ、彼は組織から切り離された。


それから半年。

肩書きも正義も、彼の手からは滑り落ちていた。


「あなたが…室井さんですか」


振り返ると、一人の女が立っていた。


「妹が殺されました」


その一言で、空気が変わる。


「犯人は分かっています。でも逮捕されない」


「証拠がないからか」


「はい。でも…あなたなら分かるはずです」


室井は黙る。


「…殺してください」


雨音だけが響いた。


———


その夜、室井は古びたバーにいた。


「殺しの依頼を受けた」


マスターは手を止める。


「ここは警察じゃない。“仕事人”の店だ」


室井は静かに言う。


「証拠はない。だが真実はある」


「ならやることは一つだ」


———


ターゲットはIT企業社長・羽柴玲司。


完璧なアリバイを持つ男。


だが室井は、その嘘を知っていた。


———


深夜のオフィス。


「証拠がないんだよ」


羽柴が笑う。


「本当にそう思うか」


振り返ると、室井が立っていた。


「元警察だ」


「証拠は?」


「ない」


「なら終わりだ」


室井は近づく。


そして、ブラインドの紐を手に取る。


「なにを…」


その瞬間、紐が首に絡む。


強すぎない力で、しかし確実に締め上げる。


「やめろ…!」


「お前は裁かれない」


「だから終わらせる」


羽柴の抵抗は徐々に弱まり、やがて止まった。


———


室井は静かに作業を始める。


紐の位置、椅子、姿勢。


すべてを“自殺”に整える。


警察時代に見てきた現場の記憶。


違和感のない死。


「証拠はない。だが真実はある」


———


翌朝。


ニュースは「自殺」と報じた。


———


「…ありがとうございました」


依頼人の女が頭を下げる。


室井は言う。


「終わった。それだけだ」


———


バー。


「戻れないな」


「最初から戻る気はない」


こうして、“仕事人”が一人誕生した。


証拠なき罪を終わらせる者として。

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