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67. つながっていく運命

 《聖道暦1112年5月16日午後》


 ユノが図書館だと言い張っていた場所から移動し、彼がお勧めだと言う店で持ち歩けるような昼食を購入すると、二人は大きな傘の下に設置されていた木の椅子に座り、そこで昼食を済ませた。


 ユノは『治癒』だけでなく『水』そしてその上位能力である『氷』も使えるらしく、エステルが買った飲み物にポンポンと小さな氷をいくつか作り出してくれた。


 「冷たい…美味しい!不思議な香りのお茶ね。ほんのり甘いわ!」

 「うん。この国では定番の飲み物なんだ。原料となる葉は、確かそっちの大陸には無い植物だったと思うよ。」

 「そうなんだ。すごく美味しいわ。」


 そう言って再びカップに口をつけると、そのカップが以前、ラトとパン屋で購入した時のものと同じだと気付いた。


 「これ…」


 無意識だったが、どうやら気がつかないうちにかなり暗い表情になっていたらしい。ユノが心配そうにエステルの顔を覗きこんで言った。


 「どうした?冷たすぎたかな?おーい、エステル?」

 「あ、ううん、なんでもないわ。」

 「…なあエステル、ここに来る前、何か辛いことでもあったのか?」

 「えっ?」


 なぜユノに気付かれたのだろう。そんなに悲壮感を漂わせていただろうか。


 「最初に君と会った時、君はもっとキラキラしてた気がするんだ。でも、久々にあった君は何だかちょっと疲れて見えた。それに…あー、こんなことを言うのは恥ずかしいけどさ、一目惚れ、だったんだ。」

 「え、ええっ!?」


 エステルは思わず隣に座るユノから距離を取る。ユノは苦笑いしながら両手を上げると、申し訳なさそうに言った。


 「驚かせてごめん!大丈夫、何もするつもりはないから!俺は…色々と制限があって、好きな人もそう簡単には作れないんだ。だから気持ちの上でだけって言うか、そう思っても何も行動はしないよ。」

 「ユノ…」


 ユノはいつものニコニコとした笑顔を再び見せてから、すっと顔を別の方向に向ける。そして首元から黒い紐に繋がれたあの『ベリ』と言う宝石を引っ張り出した。


 「それでも、これが君と再会させてくれたから、限られた時間の中でどうしても君の助けになりたかったんだ。」


 その宝石はあの日と同じ、まるで夕日の色を溶かしこんだように美しく輝いている。ユノが再びエステルに視線を向けた。


 「でも本当はちょっとだけ、そういう運命ならいいなって思ってる。君とのこと。」

 「…」


 ユノの柔らかな笑みと意味深な視線に耐えきれず、ドキドキしながらエステルは視線を逸らした。


 (不意打ちは心臓に悪いわ!)


 一瞬動揺してしまったものの、エステルはどうにか呼吸を整えると、両頬を軽く手で叩いてから彼の方に体ごと向けて言った。


 「あなたのことは本当に大切な友達だと思ってる。まだ知り合って時間は経っていないけれど、こんなに明るくて優しい人を私は知らない。だから、その、友達でいいなら…」

 「うん。そのつもり。大丈夫、ずっと友達だよ。それにちゃんと最後まで協力する。」

 「ユノ…ありがとう。」

 「いいよ。俺も、突然一目惚れなんて言ってごめん。ちなみに今は、前よりもう少し好きになってるけど。」

 「えっ!?」

 「あはは!友達としてだよ。さあ、そろそろ行こうか!」


 ユノは当たり前のようにエステルの食べ終わったものを受け取って片付けると、柔らかな白い服をふわりと揺らしながら歩き始めた。



 ユノはその後、エステルを連れて賑わっているその地域を離れていった。十五分ほど歩いただけで、店はおろか民家すら少なくなり、いよいよ砂漠の国らしい景色が見えたところで彼はふと立ち止まる。


 「ほら、あれ見て!」

 「え…何?あの大きな動物!?」


 その時エステルの目に入ってきたのは、大きな泉とその周りに茂るこの国特有の木々、そしてその木々になった実を美味しそうに頬張っている、真っ白い毛を持つ大型の動物だった。


 頭から背中まで続くサラサラと流れるたてがみ、長く伸びたまつ毛、馬よりも顔は長くないが、耳は少し長く、下に垂れている。全体的に毛量があり、馬よりも肉付きがいいようだ。


 「あれはこの砂漠にしか生息しない『ナグー』という名の動物だよ。見て、馬よりも蹄部分が大きくて、たくさん毛が生えているだろう?あれは砂漠の砂に沈みにくく、熱さから身を守れる体になっているんだ。」

 「へえ!砂漠で生きのびてきた動物ってすごいのね…」


 エステルが感心しながらそう言うと、ユノは頷き、再び手を握って歩き始める。何度目かのその行動にすっかり慣れてしまったエステルは、黙って彼について行くことにした。



 ナグーと呼ばれた動物達は、遠目で見た時には自由に過ごしているのだと思っていたが、近くに行くと、どうやら細く白い縄で繋がれていたようだった。


 数頭のナグー達がいる泉の少し先に、見慣れた白い土壁の建物が見えた。ユノと共にそこに向かうと、どうやら彼らを貸出する店だったようだ。


 ユノはあっという間に二頭のナグーを借りてくると、エステルに乗り方を簡単に指導し、「さあやってみて!」と微笑んだ。


 (ああ、この人は私を対等な友人として見守ってくれる人なんだ)


 躊躇いがちに頷いたエステルは、緊張しながらナグーに近付き、鞍の端を軽く引っ張った。すると背の高いナグーがゆっくりと足を曲げ、あっという間に体を地面に付けて座ってしまった。そこから跨るのは簡単だ。体を安定させるとナグーはゆっくりと立ち上がる。


 「高い…!」

 「あはは!しっかり手綱を握っておくこと。それと結構揺れるから、覚悟しておいて!」

 「うわあっ!?」


 確かに揺れは大きかったが、彼の穏やかな動きのせいで体が辛くなることはなかった。


 初めて訪れたこの異国の地で、エステルは一瞬一瞬を幸せに感じていた。そしてユノへの友達としての信頼は、さらに大きく膨らんでいった。



 その日の夕方から日が暮れる頃までナグーに乗って歩き続けた二人は、二時間ほど進んだところで大きな町に辿り着いた。


 「さあ降りて。俺はこの子達をあっちの泉に預けてくるよ。帰りもまた乗っていくからね。揺れは大丈夫だった?」

 「うん!全然平気!とても優しい子達だね。」


 そうだろう?と嬉しそうに言ってユノが泉の方に向かっていくと、エステルは改めて町を眺めてみた。


 たくさんの柔らかな灯りが様々な場所に吊るされている。おそらく蝋燭や燃料を使ったランタンのようなものなのだろうが、数が多いので暗さは感じない。


 白くぶ厚い布で覆われた大きなテントも泉の周りには点在しており、そちらの方は大きな篝火がいくつも設置されていた。


 「お待たせ。今夜はあのテントに宿泊して、明日の日中に調査に行こう。」


 ここに来るまでの道中で話していた通りの内容だったため、エステルはただ頷き、再びその異国の風景を見つめる。


 するとユノが横に立ち、誇らしげに言った。


 「美しいだろう?ここは首都からは少し離れた町だけど、俺の一番好きな場所なんだ。特に夜はこんなに素晴らしい。大事な友に見てもらえて嬉しいよ。」

 「そうね、本当に美しいわ。私、一生忘れない。」


 そうしてお互いに笑顔を見せ合った二人は、ユノの案内で今夜の宿となるテントへと向かっていった。




 《聖道暦1112年5月17日》


 翌日、エステルは早速ユノと調べた『ハール孤児院』があったと言われる場所へと向かった。


 この町は大きな泉の周辺には店や住宅、大きな畑や果樹園のようなものがあるものの、少し離れるとすぐに、砂が覆う寂しい土地へと景色が変わっていってしまう。


 その日二人が訪れたのも、そうした寂れた土地の一画だった。



 「ここって…元々はきっと道だったのよね?」


 ユノが小さくため息をつき、頷く。


 「そうだね。この辺りも以前はもう少し住宅があったんだけど、泉が以前より小さくなって、この辺りにはあまり人が住めなくなってしまったんだ。」

 「そうだったの…」


 強い日差しと時々砂を舞い上げる強い風が、エステルに哀しさと不思議な高揚感を抱かせる。


 (昔はここにもっと町が広がっていた…そして、あの孤児院もあったのかな。ここに以前は子供達の声が響いていたなんて、何だか変な感じ…)


 郷愁とは違う、何とも言えない気分のままさらに先へと進んでいくと、十分ほど歩いた場所に、崩れた大きな建物の残骸があった。


 「多分、これだと思う。」


 ユノが指をさし、エステルは呆然とそれを見つめる。


 「そんな…」


 半分ほどは建物の壁だったのだろうと思われる部分が残っていたが、それ以外はほとんどが砂に覆われ、風で破壊されて、原型はほぼ留めていない状態だった。


 「こんな状態だと内部を調査するなんて絶対に無理よね。」

 「そうだな。でも、俺達にはもう一つ手掛かりがある。」


 そう言ってユノがポケットから取り出したのは、彼が図書館で書きつけていた別のメモだった。


 「当時勤めていた人の情報、あの場所じゃなければ絶対に見つからなかったね。まだこの中の誰かがこの辺りに住んでいれば、何かわかるかもしれない。」

 「そうね、最後まで諦めたら駄目よね!」

 「うん!さあ、日が高いうちにいくつか回ってみよう!」

 「ええ!」


 二人はしっかりとそれぞれのフードを目深に被り、書かれている住所を一つ一つ調べはじめた。



 二時間ほど町の中を歩き回り、過去に『ハール孤児院』で働いていた人達を必死で探していったのだが、汗だくになった二人が見つけられたのは、食堂で子供達の食事作りをしていたという女性だけだった。


 「あの頃はまだ新米で、食事のことしか教えてもらっていなかったから、そこに居た子供達のことはよく知らない」


 ユノの通訳によると、彼女から聞けた話はそれだけだったようだ。彼女に孤児院の関係者について誰か一人でも思い出してくれないかと食い下がっていると、そこに彼女の母親らしき人が奥からやってきて、三人の話に割り込んできた。


 「エステル、この方がね、『イサ』に当時の院長の娘さんが住んでいるはずだって仰ってる!」

 「本当!?お名前とかわかるかしら?」

 「……わかる。ヘリサ・ラディ、だって!」


 エステルが嬉しさのあまり思わずユノの腕を掴むと、彼はそれに驚きながら笑顔を向けてくれた。


 「今からなら日が暮れる前には向こうに戻れる。急いで向かおう!」

 「うん!」


 昼食を食べることなどすっかり忘れた二人は、その場で頂いたお茶で心身を満たし、再びあの賑やかな町へと戻っていった。


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