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66. 痕跡を探して

 エステルの両親を探す旅は、たった一つの手がかりから始めていった。


 「…というわけで、今確実な情報はこれしか無いの。」


 エステルはユノにここに来た目的や事情を大まかに説明すると、鞄の中から小さな紙を取り出し、そこに書かれている文字を読み上げた。


 「ハール孤児院、ザビナム」


 すると上からそれを覗き込んでいたユノが、その砂色の髪を揺らしながら首を振った。


 「知らない名だな。ザビナムにある孤児院なら一通り把握しているけど、こんな名前の所は無いはずだよ。」

 「そうなの?」


 唯一の手掛かりであった孤児院がもう無いことにも驚いたが、ユノがザビナムにある孤児院を全て把握しているという事実にも少なからず衝撃を受けた。


 「うん。ザビナムは領土的には大きな国だけど、そのうちの半分以上が砂漠だから、実質人が住める場所は限られてくるんだよね。大きな町は十個ほどしか無いし、全ての町に孤児院があるわけでもない。首都であるこの『イサ』にだけは二つあるけど、でもそこも含めてこの名前の孤児院はザビナムには存在しないはずだよ。」

 「そうなの…何だかいきなり目標を見失ってしまったわ…」


 エステルがそう言って落ち込んでいると、ユノが突然パチンと指を鳴らして、そうだ!と叫んだ。びっくりして顔を上げると、彼はニコニコしながらこう言った。


 「過去の地図や資料を保管している特別な図書館があるんだ。俺が一緒に行けば入れるからさ、そこで調べてみよう!」

 「えっ、いいの?」

 「もちろん!エステルは俺の宝石を拾ってくれた恩人だし、今は友達だろ?ザビナムではさ、恩人や友達には一番喜ばれることをせよ、と小さい頃から教わって育つんだ。だから気にしなくていい。」


 優しく微笑む彼の少しだけ得意げなその表情は、子供っぽさと大人の優しさが混じり合っていてとても素敵に見えた。


 「ふふっ!ありがとう!私もこの国にお世話になっているのだから、これからはその教えを大事にするわ。じゃあ、よろしくお願いします!」

 「ああ!任せて!」


 そうして二人は新たな希望を追って、ユノの案内する特別な図書館なる場所へと向かっていった。




 「え…っと、ユノ、ここは図書館じゃないのでは…」


 エステルがそう言うのも無理はない。なぜならそこには広大な敷地と特別な公園のように見える庭園が存在し、さらにその奥にあるのは明らかに異国の城、という見た目の巨大な建物だったからだ。


 細長く続く長方形の池には綺麗な水が淵ギリギリまで満ちており、青々とした空と左右に整然と植えられたこの国特有の植物をくっきりと反射させている。


 そしてその池の終わりには、真っ白な階段と真っ白な壁を持つ巨大な宮殿が聳え立っていた。


 「大丈夫。中に行けば図書館があるから。」


 ちっとも大丈夫ではない!と焦るエステルだったが、ユノはいつものようにグイグイとエステルの手を引っ張ると、当たり前のように池の横をスタスタと歩いて、その美しい階段を登っていった。



 目の前に現れた巨大なドアの横には、水色の民族衣装を身につけた二人の男性が左右に立っていた。彼らはユノに気付くと、この国の敬礼らしき動きを見せた直後、同時にその両開きのドアを開いてくれた。


 エステルがドキドキしながら建物の中に入ると、まず目に入ったのは広すぎるほどのホールだった。


 床も壁も全て白一色。その上部は吹き抜けとなっており、天井部分は小さな窓から何筋もの光が差し込んでいる。さらに正面にはいくつものアーチの向こうに、これまた広々とした芝生と噴水らしきものが設置された中庭が見えていた。



 池の横を歩いている時にも思ったが、このホールを行き交う人々は皆、この国の民族衣装を身に付けている。それらは役割に応じて何色かに分かれているようで、この場所は何か役所のような役割を果たしている場所なのだろう、とエステルは勝手に推測していた。


 女性達は何かの植物で編まれた丈夫そうな籠を両手で持ち、食べ物や衣類のようなものを運んでいる。男性達も同じような籠を持ってはいるが、中身はどちらかといえば書類や工業的な部品のようなものが多く入っているように見えた。



 中庭を横目にそのホールの左側を進んでいくと、長く続く白い廊下の先に、この国独特の紋様が描かれたドアが見えた。するとユノは悩むことなくまっすぐそこに向かって歩いていく。


 エステルはその時ふと、何かに気付いた。


 「ねえユノ、ここの方々はみんなとても丁寧なのね。私達が近くを通ると必ず姿勢を低くしてくださるから、なんだか落ち着かないわ。私も同じように挨拶した方がいいの?」


 自分が礼儀を知らないだけかと不安になってそう尋ねると、ユノが少し困ったような顔で答えた。


 「あー、そうじゃないっていうか、まああれは気にしなくて良いよ。ほら、そこが図書館!さあ、入って入って!」


 何かはぐらかされたような気持ちにはなったが、エステルは背中を押されて仕方なく目の前の美しいドアを開いた。



 「うわあ…!!すごいわ!!」


 エステルの目に飛び込んできたのは、高い天井部分まで届くほどの棚にびっしりと詰まった、大量の本だった。


 落ち着いた白さの木でできた棚が壁際を全て覆い尽くすようにずっと奥まで続いており、その内側には人の背丈よりも少し高さのある同じ色の棚が、両面に大量の書物を抱え込んで何層にも配置されている。


 そしてこの部屋の壁際には窓はなく、いくつも設置されている天窓からのみ、柔らかな光が取り入れられるようになっていた。


 「俺も久しぶりにここに来たけど、いつ来てもすごいなって思うよ。ほら、そこ少し段が下がっているから、足元気をつけて!」

 「ありがとう!」


 ユノの優しさにほっこりとした気持ちになりながら、エステルは早速調べ物を始めていった。



 およそ二時間後。誰もいない図書館の中で、ユノの「あった!」という叫び声が響き、エステルは思わず持っていた本を足の上に落とした。


 「いったーい!!」


 するといくつもの書架の向こうから、パタパタパタ、という足音と共にユノが急いでエステルの元に駆けつけた。


 「どうした?って、うわっ…まさかその本を足の上に落としたのか?エステル、靴を脱いで足を見せて!」

 「いたた…え、駄目!さすがにそれは恥ずかしいから!!」


 ユノは靴を脱がそうと手を伸ばすが、エステルは必死にそれを押し返した。


 「いいから!俺、少しなら『治癒』が使えるから、ちゃんと見せて!」


 少しだけ怒ったような表情で手を掴んだユノに圧倒され、エステルは大きな諦めのため息と共に力を緩める。


 エステルが抵抗しなくなると、ユノはすぐにエステルを近くの椅子に座らせ、手際よく動き始めた。


 実は先ほど服を購入した店で、この国で歩く時にお勧めだという靴と靴下をプレゼントしてもらっていた。この国の靴はその硬さと弾力のバランスの良さで、多少なりとも重い本の衝撃から足を守ってくれた気がする。


 (こっちの靴に履き替えていて良かった…)


 彼はエステルの右足から優しくそれらを剥ぎ取ると、青くなり始めている足の親指を見て渋面を作った。


 「これは酷い。ちょっとだけ触るよ?」

 「うん…」


 そう言うとユノは患部にそっと手を当て、目を瞑って集中し始めた。ズキンズキンと痛む足にできるだけ意識を向けないようにしていると、十分ほどで痛みが和らいできたのを感じた。


 「ユノ、もうだいぶ良さそう。」

 「そう?じゃああと少しかな。」

 「ねえ、後は自力で…」

 「駄目。砂漠の国では足の怪我が一番死に直結するんだ。きちんと治して、きちんと歩いて、一日も早くエステルのご両親を見つけないと!」

 「…ユノ、ありがとう。」


 小さな声でエステルがそう礼を言うと、ユノがパッと顔を上げて微笑んだ。


 「いいんだよ。さあ、もう少しだから頑張って!」


 エステルは彼の純粋な優しさに、足だけでなく心まで癒やされていくような気がしていた。



 エステルの足の痛みが引き、ユノが見つけてくれた情報を紙に全て書きとめると、二人は静けさに満ちたその場所を離れた。


 (それにしても、本当にここはどこなのかしら?図書館だって言う割には誰もいなかったし…)


 エステルは最初に登ってきた階段を降りると、強い日差しに思わず目を瞑る。するとユノが後ろからフードをゆっくりと頭に掛けてくれた。


 「しっかり被っておいて。さて、それじゃあ行こうか!」

 「ええ。でも、さっき見つけた場所ってここから遠いんでしょう?」


 エステルが心配そうにそう尋ねると、彼は任せてと言うように自分の胸をポンポンと手のひらで叩いてみせた。


 「この国には良い乗り物があるんだ。まあ、ちょっと揺れるけどね!」

 「…う、うん?」


 そのちょっと揺れるという乗り物に若干の不安を感じつつ、エステルはユノの明るい笑顔に促されながら前へと進んでいった。


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