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42. 自分を知る旅へ

 《聖道暦1112年4月6日》



 大きな騒動が終わりを告げた日の翌日、エステル達は再び帝都に向けて出発しようとしていた。


 メルナから聞いた話では、エステルの拉致騒動の後、あのミシェルという女性は別の四人の女性と共にとある廃屋敷で見つかり保護された、ということだった。


 その後、メルナの部下による調べでわかったことは、ミシェルはフィリペ・ランジュの店の従業員だったが、他の四人は店とは無関係だったという事実だ。


 彼らはこの町に一人でいたこと、そして若く美しい女性であったことでフィリペらに標的にされ、人身売買という恐ろしい犯罪に巻き込まれてしまったのだろうということだった。


 ちなみにエステルが最初に出会ったあの白髪混じりのサミルという男は、どうやらフィリペの遠い親戚だったようで、彼から金をたんまりと貰い、犯罪の片棒を担いでいたそうだ。


 彼はエステル達が見つけた最初の監禁場所が使えなくなった後、弱みを握っている酒場の女主人の店に女性達を監禁させていたらしい。


 また今回フィリペが取引をしていた相手というのが、帝国内でもあまり良い噂を聞かない貴族の一人で、あの女性達は彼のいかがわしい趣味のために集められていたようだとメルナは苦々しい表情で語った。


 「一応それなりに力のある貴族だったから、エステリーナが掴んでくれた証拠がなければ逃げられるところだったわ、ありがとう!」


 メルナからはその後、安堵の表情と共にそんな感謝の気持ちも伝えられた。



 そして最後に、首謀者であるフィリペに関しての話になった途端、メルナの口は一気に重くなっていった。


 「そうね…うーん、捕まえた、のだけれど…まあ色々あって、結局彼は亡くなってしまったのよ。」

 「え!?」


 エステルは予想もしていなかった結果に驚き、メルナの顔をじっと見つめた後、下を向いて考え込んでしまった。


 「エステリーナ、大丈夫?」

 「え?ええ、大丈夫よ。そうだったの…でもこれでもうこの町で悲しい思いをする女性はいなくなるということよね?」


 メルナはエステルの手を取ると、笑顔で頷いた。


 その笑顔は一見すると自然なものに見えたが、その裏にはエステルには話せない何かがある不自然さも僅かにあった。


 そしてそれが彼女の優しさや気遣いによるものだということも十分に理解できた。だからこそエステルは、彼女の気持ちを汲み取り、精一杯の笑顔を返す。



 話の最後に、メルナは大事な事を一つ教えてくれた。


 「ところでこの件、おそらくまだ全てが終わったわけではなさそうなの。」

 「え、どういうこと?」


 笑顔だったエステルの顔色が変わる。メルナはいつもよりも真剣な眼差しで話を続ける。


 「最後に彼らの取引現場を押さえた時、暴れたフィリペの近くに黒い薬が落ちていたのよ。」

 「黒い薬?」

 「ええ。帝都に行かないと調査は難しいから今はそれが何なのかはわからない。でも間違いなくあの薬は、この世界に存在してはいけないものだと思うわ。」

 「そんなものが…」


 全て終わったと思っていた騒動がまだ続いていたことに、そしてそれが何か途轍もなく恐ろしい事態に繋がっていくような話であることに、エステルは背筋が冷たくなるような嫌な予感を覚える。


 それでも、今は前に進まねばならない。


 (帝都に行く、そして必ずその先に進んでみせる。本当の両親のことを知るために!)


 まだまだ聞きたいことも知りたいことも山ほどあったが、今は一日も早く帝都に向かうことこそ何より大事なことだ。


 (とにかく前に進む、それだけを考えよう!)


 エステルは何度もそう自分に言い聞かせると、メルナと別れ、出発のための準備に取り掛かっていった。



 ― ― ―



 数年前のこと。


 エステルが、自分の出自に疑問を持ち始めたのは、酔った母がぽろっとこぼした愚痴がきっかけだった。


 「お前、まだこの屋敷にいるのかい?ヒューイットが居なければ、私の子じゃ無いお前なんてすぐに追い出してやるのに…」


 酒癖の悪い母は、酔うといつもこうだった。酔っていない時はひたすら無視し続けてくるくせに、酒が入ると突然エステルを自分の部屋に呼び出し、日々の鬱憤を晴らすかのように暴言を撒き散らす。


 普段はどうでもいいことを延々と話しているだけなので聞き流していたが、先ほどの言葉だけはさすがに聞き捨てならなかった。


 (母の子じゃ無い?どういうこと!?)


 声に出して問いかけてしまえば、酔っている母であっても失言に気付いてそれ以上話してくれなくなるだろう。エステルは敢えて黙ったままそれ以外の情報を聞き出そうと、じっと続く言葉を待った。


 するとさらに酒を口にした母ポーリーンは、フンと鼻で笑いながらグラスを片手に再び語り始める。


 「あの人のところに行きたかっただけなのに…あの人の子を産みたかっただけなのに、うまくいかなかった。だからってあんな辺鄙なところの子供なんかどうして貰ってしまったのかしら。ああ、あの子が生きていたら、あの砂漠でランディと一緒に生きていけたかもしれないのに…」


 それはつまり、母は道ならぬ恋に溺れ、その人との子供を孕っていたということだろう。そしてその子は何らかの理由で亡くなり、母は代わりの子供をどこかから貰ってきた…


 (それが私?)


 母の話が真実だとしたら、エステルに特殊能力が備わっていないのも頷ける。そしてそうなると自分には別に両親がいることになるのだ。


 (砂漠…それって東の大陸のことよね?)


 すでに父母への愛情など枯渇していたエステルにとって、むしろそれは新たな希望となる情報だった。


 (調べてみよう。もしかしたら本当の両親に会えるかもしれない!)


 酔い潰れてソファーで寝転び始めたポーリーンを見ながら、エステルは体中に活力が湧いてくるのを感じていた。



 それ以降、あれほど嫌だったら母からの呼び出しには嬉々として臨んだ。


 酔って饒舌になったポーリーンは繰り返し同じ話をすることの方が多かったが、決して話を遮ったりせず、暴言も甘んじて受け入れた。



 そうこうしているうちに少しずつ情報が集まり始め、ついにある日エステルは、決定的な言葉を耳にする。


 それはいつものように母に呼ばれて彼女の部屋に入った時のことだった。


 「ああ!もう!あのメイドは本当に駄目ね!この引き出しは開けるなとあれほど言っておいたのに!!」


 いつもより深酔いしている様子の母が、ふらふらしながらクローゼットの奥に入り込み叫んでいる。こういう状態になってしまった場合どれだけ叫んでもメイド達は寄りつかないため、今はエステルだけが母の大きな独り言を聞いている最中だ。


 「ここに鍵を付けたいけれど、付ければきっとあの人に疑われるわ…ああ、あんな男もう嫌!ランディとの思い出を汚されたくないのに……」


 徐々にポーリーンの声が小さくなり、啜り泣く声が聞こえてきたところでエステルはそっと部屋の外に出た。


 (クローゼットの奥の引き出しに何かある!母が居ない時に探ってみるしかないわ!)


 エステルは自分に言い聞かせるように心の中でそう考えると、大きく頷いて自分の部屋へと戻っていった。



 数日後、絶好の機会が訪れた。


 母はその日父と共に、とある貴族の家に招待されて出掛けていた。兄達は両親が居ない日はたいてい好き勝手に遊びに行っていたし、その頃まだ学生だったヒューイットもまた、日中は不在だった。


 エステル以外誰も家族が居ないこの屋敷は、すっかり静まり返っている。だが当然使用人達は屋敷内で仕事をしているため、エステルは少し前にヒューイットから貰った姿を隠せるペンダントを胸に、母の部屋へと移動を始めた。


 廊下に誰も居ないことを確認すると、母の部屋に入り、大きなクローゼットの扉を開ける。


 中には大量に詰め込まれたドレス、帽子、靴。そしてアクセサリー類が大量に入りそうなチェストが二つ並べられている。


 その引き出しを順番に確かめていくと、右側のチェストの一番下の段に、見慣れない物が挟まっていた。


 「これ、何かしら?」


 薄茶色のリボンのように見えたそれは、細く折り畳まれた書類の切れ端だった。エステルは破れないように丁寧にその紙を開くと、そこには消え掛かった文字でこう書かれていた。


 「ハール孤児院…ザビナムって、確か東の大陸にある大きな国よね?」


 孤児院の名とその住所らしきものが書かれた紙をそっと元に戻すと、引き出しのさらに奥を確認する。


 「今度は何かしら?」


 手に触れた何か小さな箱のような物を奥から引っ張り出すと、それは装飾のほとんど無い、古びた木箱だった。


 箱の蓋は少し固かったが、何度か動かしていると音も無く開いた。そしてその中には、何通もの手紙が封筒に入ったままの状態で保管されていた。


 「これはお母様宛の手紙…ランディ・バーチという人からだわ!」


 さすがに手紙の中身まで読むつもりはなかったので、その箱はすぐに元の場所へと戻した。今も母ポーリーンの心の中には、このランディなる人物への想いが根深く残っているのだろう。だがエステルにとって問題はそこでは無い。


 (とにかく、少ないけれど貴重な情報が得られたわ!部屋に戻って、これからどうすべきか考えなければ!)


 エステルは再びペンダントに意識を集中すると、姿をしっかりと消した状態で、素早く自室へと戻っていった。



 ― ― ―



 それ以来エステルは、東の大陸に行くための計画を綿密に立てていった。


 ヒューイットの助けはどうしても必要だったが、彼にすらこの計画を話すことはできなかった。


 そのため弟には「帝国に行くために必要な準備だから」とだけ言って、目的地への旅に必要な情報を調べてもらったり、無理のない範囲で必要な物資の代理購入をお願いしたりしていた。


 さらに旅に出るまでの数年間、密かにカイザー卿の助手として働き、旅の資金も着実に貯めていった。そのお金が、今のエステルの旅を支えている。


 多少はヒューイットに金銭面での援助をしてもらったが、どうか最低限にしてほしいとお願いし続けてきた結果、無茶な援助は受けずに済んだ。



 こうして今エステルは、帝都に到着するまであと一歩、という所まで迫っている。


 帝国の北西にある帝都には、その港からしか出ていない特別な航路がある。


 それは東の大陸にある『ザビナム』という大国に繋がる、たった一つの航路だ。


 帝国の周囲の海域は他国に比べ荒れやすいが、帝都がある北西の港からは北側を回っていく形であれば、東の大陸の西側から入ることができるらしい。


 「必ず突きとめてみせるわ、私の両親が誰なのかを。」


 エステルは固い決意を胸に、ドゥビルの町を後にした。


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